絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百十三話 探索Ⅱ

「結局、何もいいことはなかったな」

 マーズはそう言うと、ハリー騎士団の面々からも小さな溜息がもれた。当然だろう。本日の釣果はゼロだ。まったく何も成果が上げられていない。このままでは大変なことになる――というわけでもないが、かといってまったく成果を上げないのも他の騎士団に示しがつかない。
 ハリー騎士団が存在しているのは、二つ理由があると言われている。
 ひとつは表向けの目的である、インフィニティの保護。
 インフィニティは最強のリリーファーだが、それを操縦する起動従士は不安定な状態にあった。だから、インフィニティだけを野晒しにしてしまったら、使える戦力も使えなくなってしまう。それを保護するために騎士団を、インフィニティを中心にして作った。
 もうひとつは実際には語られない、どちらかといえば噂のように語られている出来事だ。
 それはマーズ・リッペンバーを国王ラグストリアル・リグレーが痛く気に入っているということ。
 一般の人間から見ればそれは噂のようにも思えるし、嘘のようにも思えるが、起動従士たちの間からするとそれは当たり前というか何を今更という感じだった。
 マーズからしてみればそんなことは有り得ない――というより、国王と付き合うことは普通に考えれば玉の輿もいいところなのだが、マーズにはその意思がまったく無かった。とはいえ、国王の方も「マーズちゃんと会うとマーズちゃんに会いたいたのしみが減っちゃう!」と宣っており、結果として、それも嘘っぱちのようだった。
 だから、実際にはそれがどういう意味なのかを理解している人間など居ないのだった。

「さて、作戦会議と洒落込もうではないか」

 ハリー騎士団の詰所で、マーズは不機嫌そうな表情を浮かべながら一同にそう言った。

「作戦会議といっても……今日はほとんど回っていないですよ? 強いて言うならばホームレスがあまりにも多すぎた路地裏を通ったくらい」
「まあ、そうだ。たしかにそうだ。このペースで路地裏を回っていれば、いつになっても『徽章』を盗んだ犯人を探し出すことはできない」
「たしかにそれはそうですね」

 コルネリアは呟く。

「それじゃあ、メンバーをチームで分けて行くんですか?」
「まあ、そういうことになるね」

 マーズはそう言った。マーズはコーヒーを飲みながら、きちんとしていた姿勢を崩した。ラフな姿勢に崩したほうが話もしやすいというものである。
 と、そんなときマーズがコーヒーメーカーを指差して、

「どうだ、お前たちも飲みながら会議でもしようじゃあないか。そのほうが気分も楽になっていい」
「カフェイン中毒ですか?」
「その考えは否めないね」

 マーズはそうせせら笑うと、またコーヒーを飲む。

「とりあえず、明日以降はペアを組んで向かうことにしよう。常套手段だ。えーと……私とヴィエンス、コルネリアとエレン、マグラスとエルフィーで組もう。三つの路地裏を一気に回れるかな? それでなんとかなるだろう」
「ちょっと待ってください。それでもし徽章を盗んだ相手が見つかったらどうするんですか?」
「見つかったら……どうするって? そりゃあ簡単だ。殺してしまえ。今までの罪を考えれば、それくらいが妥当だ」
「殺す……って。私とマグラスは構わないかもしれないけれど、残りは学生ですよ?」
「私だって、きちんと戦闘の技術を学んでいるのだけれど」

 エルフィーの言葉に、エレンが否定の意思を示す。

「そうだった。忘れていました」

 エルフィーはそう言いながら、コーヒーを飲む。その口にコーヒーは合わなかったのか、一瞬苦々しい表情を見せた。
 それを見ながら、エレンは小さく微笑む。

「……まあ、それはいい。ということはそれによって戦力がうまい具合に分散され、平均的に路地裏を潰していく。そういうことになりますね?」

 エレンが訊ねると、マーズは頷く。

「そういうことだ。平均的に路地裏を潰していけば、具体的にその数は明らかになっていく。そして最後まで潰していく。時間はかかるが、これが確実な方法だろう」

 そして、彼らは解散した。


 ◇◇◇


 次の日。
 予定通りハリー騎士団はチームに別れての捜索を開始した。
 マグラスとエルフィーはひとつの小さな路地へと足を踏み入れていた。その路地は昨日入った路地より少し北側にある。どちらかといえば昨日のよりかは明るい路地となっている。
 しかしながら、そこには人は入らない。なぜなら明るくとも不気味な雰囲気を漂わせているのにはかわりないからだ。

「何というか……ここは昨日の路地裏よりも異変は無さそうだ」

 マグラスは呟きながら、路地裏を進む。エルフィーはマグラスの直ぐ後ろについて背後を警戒していた。

「だからといってこういうのを蔑ろにしてはいけないわ、マグラス。作戦は余すところなくやり遂げなくちゃ……」
「解っている。そして、それくらいは常識だ」

 マグラスはそう言うと、さらに路地裏を進んだ。
 路地裏を進んで、そんな時間がかからないうちに突き当たりに到着した。
 突き当たりには木製の古びた扉があった。その扉には鍵穴等は見当たらない様子だった。
 それを見つけてエルフィーとマグラスはアイコンタクトをする。そして、その扉にマグラスはノックした。
 三回ノックするのを一つの流れとして、計五回それを行ったが、反応はなかった。それどころか中に人の気配すらしなかった。

「……」

 エルフィーとマグラスは再びアイコンタクト。それを確認し頷くと、マグラスはゆっくりと扉のドアノブを握り――扉を開けた。
 中は暗かった。机や椅子が乱雑に置かれ、さらに壁には棚があった。棚にはたくさんのワインがあった。

「ここは……バーか何かだったのか?」

 ともかく、明かりが無ければ何も始まらない。そう考えるとエルフィーは携帯していた固形燃料を、机に置かれていたグラスに入れた。それをライターで火種をつけた。
 簡易ランプに明かりが灯ると、その部屋の全容が解るようになった。
 部屋はやはりバーだった。しかしここ暫く営業していないからか、床には汚れが目立つ。

「こんなところにバーなんてあったんだな……。エルフィー、地図情報と一致するか?」
「いいえ。どうやら少なくとも一年前までにはここは潰れていたようね。まだワインとかがあるということは夜逃げ同然のようにも思えるけれど――」

 そこでエルフィーの言葉が途切れた。そして、その原因をマグラスは知っていた。

「――先ずはこの輩を倒してからにしましょう」

 闇に消えていたエルフィーの右手にはナイフが構えられていて、それが男の首に当てられていた。少しでも力を加えれば男の首は斬られてしまうだろう。
 それを見て、マグラスは小さくため息をつき、エルフィーから簡易ランプを受け取った。そしてそれを男の顔の近くに持っていった。

「……正直に話せ。嘘をついたその瞬間に、こいつが持ったナイフがお前の首をじわじわと斬っていく。チャンスは三回。三回目が終わったらお前の頭はもう身体とは繋がっていないだろうな。……理解したか?」

 マグラスは静かにそう言うと、男はゆっくりと頷いた。

「それでは先ずお前の所属について話してもらおうか。勿論名前もだ」
「…………」
「なんだ、聞こえないぞ? おい」

 そう言ってマグラスはエルフィーを見た。エルフィーは頷くと、ナイフを構えている手に力を加えた。と同時に男の首から血が滴り落ちる。

「……!」
「なんだ、その目付きは。おれに聞こえなかったから嘘をついていると思ったのでな。……こうされたくないのなら、きちんと話してもらおうか」


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