絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百十話 ピックアップ
会議終了後、会議室から続々と騎士団長が出て行った。
マーズはため息をつきながら廊下を歩いていた。
「ねえ、マーズさん」
背後から声がかかると、マーズは再びため息をついて振り向く。
そこに立っていたのはサマンサ・クローセだった。サマンサはにこりと微笑みながらゆっくりと近付いてくる。
マーズはそれが嫌だったのでじりじりと後退するが――すぐに壁に当たった。それを見て、マーズは舌打ちする。
「どうしたんだい、マーズさん。僕はただ話がしたいだけなのに。どうして逃げるんだい?」
「あんたはいけ好かないから、話もしたくない」
「ふふん、そういう強気な女性は嫌いじゃあないね」
サマンサは壁に手を当てる。
「ちょっと何してんのよ、サマンサ・クローセ」
サマンサの隣にはひとりの少女が立っていた。その少女はフレイヤ・アンダーバードだった。
「何だいフレイヤさん、君とは会話をしていないだろう?」
「私は彼女と会話したいのよ」
フレイヤはそう言ってサマンサを突き放し、マーズの右手を握る。
「さ、行くわよ」
「待ちたまえ。どうして私をそういう風に除け者にしようと思っているのかな?」
「あんた、マーズから嫌われてんだよ。少しは自覚したらどうだい? あんたくらいなら頑張らずとも結婚出来るだろうに」
「マーズさんだからいいのさ。僕だってファンクラブの一員としてね」
「またファンクラブか、あのくそジジイ……」
マーズはそう小さく呟いて舌打ちする。
フレイヤはそれを聞いて苦笑いした。
「まあまあ、そんなことはいいでしょう……とりあえずまたあとで」
そしてフレイヤとマーズはその場を後にした。
◇◇◇
フレイヤとマーズが二人で廊下を歩いていた。
「……そういえば彼は大丈夫なの?」
フレイヤの言葉にマーズはすぐ答えることはできなかった。
フレイヤの言った彼――というのは崇人のことだ。インフィニティが暴走し、精神が崩壊し、自分の殻に閉じこもった存在。
フレイヤは崇人と直接会ったことはないが、同じ起動従士として彼を心配していた。もしかしたら、実際に心配しているのは崇人の存在ではなく、インフィニティの存在価値だったかもしれない。
「タカトはそう……まだあの感じでは戻らなそうね。今もまだ自分の殻に閉じ篭っている。どうやってそいつを自分の殻から出してやろうかとメリアが躍起になっているよ」
そう言ってマーズは両手を上げる。
対してフレイヤはため息をついた。
「……大変ね、あなたも」
「いいや、私は国王からそう命じられたからね。命じられたことは常識の範囲内ならばこなさないと。幾ら相手があのくそジジイだとしても、よ」
「ほんとあんたくらいよね……王様にそんな口叩けるの。聞いている方がヒヤヒヤしちゃう」
「そうかな? 皆の神経が細すぎるんじゃあないの?」
「あんたが図太すぎるのよ……」
フレイヤはため息をついたちょうどその時、彼女たちは丁字路へと差し掛かった。
「それじゃあ、私はこちらだから」
フレイヤは右に曲がり、マーズに手を振る。
フレイヤと別れたマーズは一人、物思いに耽っていた。
崇人がこれからどうなってしまうのだろうか――ということについてだ。すでにエスティの両親には会って彼女が死んだことは告げている。母親は悲しんでいた。
当たり前だ。この世界で子供の死を悲しまない親が何処にいるというのだろうか。
エスティの母親にその真実を告げるとき、決してマーズは感情を外に出さなかった。
それを見たエスティの母親はマーズの肩に掴みかかって何度も何度も叫んだ。
「どうしてうちの子は死んでしまったの」
と。
マーズは言えるわけはなかった。あなたの子供はリリーファーに踏み潰されて、容赦なくその命を終えた――と。
言えるわけがなかった。そんなことを躊躇なく云える人間はもはや人間ではなく、別の存在ともいえるだろう。
だから、彼女は耐えた。何を言われても、ただひたすら耐えた。
それを思い出すだけで、彼女の目からは涙が滴り落ちる。
「うっ……」
嗚咽を漏らしながら、マーズは廊下を歩く。
カーネルでの戦争を終え、ハリー騎士団は否応なくその力を発揮した。実際には崇人――インフィニティが暴走し、南カーネルの大半を破壊し、ペイパス唯一のリリーファーとその起動従士を『抹殺』した。
それによる成果はペイパス王国の戦力を大幅に削いだことでもあり、カーネルの機能をヴァリエイブルに依存することで最大限になるということに成功した。
だが、それはヴァリエイブルが世界中からの非難を受けたことにほかならない。
ヴァリエイブルは近いうちにペイパス王国を併合し、一つの共和国にすることが決定している。また、連邦制を取り、ヴァリエイブル連邦王国に国名を変更することがあとひと月――七二一年一月に迫っていた。あのカーネルの戦争が七二〇年七月だったことを考えると、それから半年も経ったということだ。
この半年近く、恐ろしいほど平和に過ごしていたハリー騎士団は日々鍛錬に励んでいた。
そして七二〇年十二月十八日。
比較的温暖な気候にあるヴァリス城の廊下を歩いて、マーズは漸くハリー騎士団の詰所へとやってきていた。
起動従士訓練学校は昨日をもって冬休みとなっており、そのため今日は全員居る。エルフィーとマグラスもあの戦争のあと、正式にハリー騎士団に加入した。エレン・トルスティソンも最初は嫌々訓練に参加していたが、今は馴染めている様子だった。
「やあ、エレン。どうやらもうこの騎士団に馴染めているようね」
マーズが訊ねると、エレンは小さく頷いた。
「こう見るとただの小さい子供なんだけれどねえ……アレス以上のリリーファーを巧みに操っているだなんて思えないね」
「それは皮肉と受け取っても?」
「まさか」
マーズはそう言って微笑んだ。
エレンはそのままダンベルを持ち上げ始めた。
ここで行うのは基礎体力を上昇させるためのトレーニングだ。ハリー騎士団は魔法を使える起動従士が居ない。そのため魔法を鍛えるためのトレーニングを行える施設は存在しないのである。
「そういえば副騎士団長、会議はどうだったんだ?」
訊ねたのはヴィエンスだった。
「あなたはまず敬語を覚えましょうね……。まあ、それはさておき、会議はつまらないものよ。強いて言うならば最近徽章を狙う人間が居るってことくらい」
「それすごい重要じゃないですか!」
そう叫んだのはコルネリアだった。
エルフィーとマグラスは右胸につけた徽章を見ていた。鷹が描かれた徽章だった。徽章はヴァリエイブル連合王国に属する人間であることを証明するものだ。それを手に入れることが目的ということは即ちヴァリエイブル連合王国に仇なす者だということになる。
そんな者を連合王国直下にいる騎士団が制圧するのは、普通に考えて当たり前のことといえるだろう。
「……まあ、恐らく特にないと思うけれどもし炎の翼をもった鳥の徽章をつけた人間に会ったら注意はしておいてね。もしかしたら、徽章盗みの犯人である可能性が高い」
「『赤い翼』の残党である……と言いたいのか」
マグラスの言葉にマーズは小さく頷いた。
「そうね、あなたは元『赤い翼』だったものね。……そうよ。『赤い翼』の残党がまだ生きていて、ヴァリエイブル連合王国に存在を確認させるため、そして今は勢力を集めて反旗を翻すためにこのヴァリス王国のどこか……もっというならこの首都のどこかに潜伏している可能性がある」
マーズのその表情はとても固かった。
マーズはため息をつきながら廊下を歩いていた。
「ねえ、マーズさん」
背後から声がかかると、マーズは再びため息をついて振り向く。
そこに立っていたのはサマンサ・クローセだった。サマンサはにこりと微笑みながらゆっくりと近付いてくる。
マーズはそれが嫌だったのでじりじりと後退するが――すぐに壁に当たった。それを見て、マーズは舌打ちする。
「どうしたんだい、マーズさん。僕はただ話がしたいだけなのに。どうして逃げるんだい?」
「あんたはいけ好かないから、話もしたくない」
「ふふん、そういう強気な女性は嫌いじゃあないね」
サマンサは壁に手を当てる。
「ちょっと何してんのよ、サマンサ・クローセ」
サマンサの隣にはひとりの少女が立っていた。その少女はフレイヤ・アンダーバードだった。
「何だいフレイヤさん、君とは会話をしていないだろう?」
「私は彼女と会話したいのよ」
フレイヤはそう言ってサマンサを突き放し、マーズの右手を握る。
「さ、行くわよ」
「待ちたまえ。どうして私をそういう風に除け者にしようと思っているのかな?」
「あんた、マーズから嫌われてんだよ。少しは自覚したらどうだい? あんたくらいなら頑張らずとも結婚出来るだろうに」
「マーズさんだからいいのさ。僕だってファンクラブの一員としてね」
「またファンクラブか、あのくそジジイ……」
マーズはそう小さく呟いて舌打ちする。
フレイヤはそれを聞いて苦笑いした。
「まあまあ、そんなことはいいでしょう……とりあえずまたあとで」
そしてフレイヤとマーズはその場を後にした。
◇◇◇
フレイヤとマーズが二人で廊下を歩いていた。
「……そういえば彼は大丈夫なの?」
フレイヤの言葉にマーズはすぐ答えることはできなかった。
フレイヤの言った彼――というのは崇人のことだ。インフィニティが暴走し、精神が崩壊し、自分の殻に閉じこもった存在。
フレイヤは崇人と直接会ったことはないが、同じ起動従士として彼を心配していた。もしかしたら、実際に心配しているのは崇人の存在ではなく、インフィニティの存在価値だったかもしれない。
「タカトはそう……まだあの感じでは戻らなそうね。今もまだ自分の殻に閉じ篭っている。どうやってそいつを自分の殻から出してやろうかとメリアが躍起になっているよ」
そう言ってマーズは両手を上げる。
対してフレイヤはため息をついた。
「……大変ね、あなたも」
「いいや、私は国王からそう命じられたからね。命じられたことは常識の範囲内ならばこなさないと。幾ら相手があのくそジジイだとしても、よ」
「ほんとあんたくらいよね……王様にそんな口叩けるの。聞いている方がヒヤヒヤしちゃう」
「そうかな? 皆の神経が細すぎるんじゃあないの?」
「あんたが図太すぎるのよ……」
フレイヤはため息をついたちょうどその時、彼女たちは丁字路へと差し掛かった。
「それじゃあ、私はこちらだから」
フレイヤは右に曲がり、マーズに手を振る。
フレイヤと別れたマーズは一人、物思いに耽っていた。
崇人がこれからどうなってしまうのだろうか――ということについてだ。すでにエスティの両親には会って彼女が死んだことは告げている。母親は悲しんでいた。
当たり前だ。この世界で子供の死を悲しまない親が何処にいるというのだろうか。
エスティの母親にその真実を告げるとき、決してマーズは感情を外に出さなかった。
それを見たエスティの母親はマーズの肩に掴みかかって何度も何度も叫んだ。
「どうしてうちの子は死んでしまったの」
と。
マーズは言えるわけはなかった。あなたの子供はリリーファーに踏み潰されて、容赦なくその命を終えた――と。
言えるわけがなかった。そんなことを躊躇なく云える人間はもはや人間ではなく、別の存在ともいえるだろう。
だから、彼女は耐えた。何を言われても、ただひたすら耐えた。
それを思い出すだけで、彼女の目からは涙が滴り落ちる。
「うっ……」
嗚咽を漏らしながら、マーズは廊下を歩く。
カーネルでの戦争を終え、ハリー騎士団は否応なくその力を発揮した。実際には崇人――インフィニティが暴走し、南カーネルの大半を破壊し、ペイパス唯一のリリーファーとその起動従士を『抹殺』した。
それによる成果はペイパス王国の戦力を大幅に削いだことでもあり、カーネルの機能をヴァリエイブルに依存することで最大限になるということに成功した。
だが、それはヴァリエイブルが世界中からの非難を受けたことにほかならない。
ヴァリエイブルは近いうちにペイパス王国を併合し、一つの共和国にすることが決定している。また、連邦制を取り、ヴァリエイブル連邦王国に国名を変更することがあとひと月――七二一年一月に迫っていた。あのカーネルの戦争が七二〇年七月だったことを考えると、それから半年も経ったということだ。
この半年近く、恐ろしいほど平和に過ごしていたハリー騎士団は日々鍛錬に励んでいた。
そして七二〇年十二月十八日。
比較的温暖な気候にあるヴァリス城の廊下を歩いて、マーズは漸くハリー騎士団の詰所へとやってきていた。
起動従士訓練学校は昨日をもって冬休みとなっており、そのため今日は全員居る。エルフィーとマグラスもあの戦争のあと、正式にハリー騎士団に加入した。エレン・トルスティソンも最初は嫌々訓練に参加していたが、今は馴染めている様子だった。
「やあ、エレン。どうやらもうこの騎士団に馴染めているようね」
マーズが訊ねると、エレンは小さく頷いた。
「こう見るとただの小さい子供なんだけれどねえ……アレス以上のリリーファーを巧みに操っているだなんて思えないね」
「それは皮肉と受け取っても?」
「まさか」
マーズはそう言って微笑んだ。
エレンはそのままダンベルを持ち上げ始めた。
ここで行うのは基礎体力を上昇させるためのトレーニングだ。ハリー騎士団は魔法を使える起動従士が居ない。そのため魔法を鍛えるためのトレーニングを行える施設は存在しないのである。
「そういえば副騎士団長、会議はどうだったんだ?」
訊ねたのはヴィエンスだった。
「あなたはまず敬語を覚えましょうね……。まあ、それはさておき、会議はつまらないものよ。強いて言うならば最近徽章を狙う人間が居るってことくらい」
「それすごい重要じゃないですか!」
そう叫んだのはコルネリアだった。
エルフィーとマグラスは右胸につけた徽章を見ていた。鷹が描かれた徽章だった。徽章はヴァリエイブル連合王国に属する人間であることを証明するものだ。それを手に入れることが目的ということは即ちヴァリエイブル連合王国に仇なす者だということになる。
そんな者を連合王国直下にいる騎士団が制圧するのは、普通に考えて当たり前のことといえるだろう。
「……まあ、恐らく特にないと思うけれどもし炎の翼をもった鳥の徽章をつけた人間に会ったら注意はしておいてね。もしかしたら、徽章盗みの犯人である可能性が高い」
「『赤い翼』の残党である……と言いたいのか」
マグラスの言葉にマーズは小さく頷いた。
「そうね、あなたは元『赤い翼』だったものね。……そうよ。『赤い翼』の残党がまだ生きていて、ヴァリエイブル連合王国に存在を確認させるため、そして今は勢力を集めて反旗を翻すためにこのヴァリス王国のどこか……もっというならこの首都のどこかに潜伏している可能性がある」
マーズのその表情はとても固かった。
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