絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第八十五話 第五世代(中編)
「彼らは第五世代の情報を手に入れたわけか」
白い部屋で、ハンプティ・ダンプティは紅茶を飲みながら画面を見つめていた。
ハンプティ・ダンプティのほかにいたのはバンダースナッチだけだった。それ以外は何処かへ行ってしまったのだ。
それに気づいたバンダースナッチは、ハンプティ・ダンプティに訊ねる。
「あれ? 帽子屋たちは?」
それにハンプティ・ダンプティは答える。
「チェシャ猫は事務処理、帽子屋は……ありゃもう完全に趣味だね」
「趣味?」
「趣味というよりかは計画、かな」
「ああ」
そこでバンダースナッチは何かに気付いて、頷く。
「インフィニティの起動従士に会いに行ったんだな」
それを聞いて、ハンプティ・ダンプティは頷く。
「どうなるか……楽しみだよ。少なくとも、帽子屋と彼は会った事がない。シリーズの襲撃に抗ったことはあったにしろ、直接帽子屋と彼が会うのは初めてのはずだ」
「直接?」
「あの大会があっただろう? あれにも出ていたのだよ。インフィニティの起動従士の様子見、という面もあって」
「なるほどね」
その言葉で会話が一旦終了し、彼らは再び画面に集中した。
◇◇◇
「どうしたの?」
そこで唐突に声が聞こえて、崇人は我に返った。
エスティが、彼の手を握っていたのだ。
「い、いや……何でもないよ」
嘘だ。
崇人はムラサメの怖さを知ってしまった。それだから、そのように怖い思いを抱いているのだ。
それをエスティに教えてもいいのだろうか。
彼女が怖がってしまって、どうなるのだろうか。
それは崇人には解らない。
「……何か解ったんでしょう?」
しかし、エスティの言葉は彼が『言って欲しくない』フレーズだった。
「だったら、教えてよ。タカトだけじゃあなくて、私にも。情報は共有しておくべきでしょう?」
「それは……」
そうだ。その通りだ。
その事実を否定することが、崇人には出来なかった。
彼女を傷つけてしまうような気がしたからか?
それは、彼のエゴだ。勝手である。
だから。
彼は、先程知った事実を彼女に吐き出した。
彼女は驚いていた。絶句していた、と言った方が正しいのかもしれない。
「だから、いったんだ」
「……いいや。でも、私はこれを知れてよかったよ」
そうか。と崇人は頷く。
「とりあえず、この事実をみんなに伝えなくては……」
「それは無駄さ」
そんな声が聞こえて、崇人とエスティは振り返った。
そこに居たのは一人の青年だった。
「お初にお目にかかるよ、タカト・オーノ……いや、君はどっちで呼んだほうがいいんだろうかな。解らないけれど、とりあえず『この世界』での呼び方とさせてもらうよ」
それを聞いて、崇人の表情が硬ったものとなった。
「……何者だ」
崇人の声が、自然と低いものとなる。
それは、そこにいる存在を警戒しているからだ。
そこにいる、前の世界の崇人を知る存在は。崇人にとってチャンスだった。
だが。
今、この世界から居なくなってしまえば、ハリー騎士団はどうなる? エスティは? マーズは? ヴァリエイブルは? 崇人の中でそのような思いが渦巻いていた。
その様子を、青年は気が付いていたらしく小さくため息をついた。
「この世界に愛着でも湧いたのかい、タカト・オーノ。まあ、それは僕らにとっても喜ばしいことだ」
「誰だ、誰なんだ、お前は!!」
「もう気付いているんじゃあないかい?」
崇人の激昂にも怯まず、寧ろ落ち着いた様子で青年はゆっくりと近づいてくる。
ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと。
崇人とエスティの心情を汲んでいるのか、焦らしながら、青年は崇人たちの方に近付いてくる。
「僕は――『シリーズ』の帽子屋と言うよ。はじめまして……でいいのかな、一応は」
帽子屋は、そう頷いて微笑んだ。
◇◇◇
カーネルのどこかにある建物の地下には巨大な牢屋群が存在する。一つの牢屋の収容人数は一名から、多い時は八人まで収容できる巨大な牢屋がある。
その中の一つの牢屋にマーズたちは収容されていた。両手をロープで縛られており、手を使うことが出来ないようになっていた。さらには扉の前には監視役が居り、そう簡単に抜け出すことは出来ない。
「……ふむ、どうする?」
マーズは小さくため息をついた。監視役に見られないように必要最低限の口の上下運動をして、コミュニケーションをとっていた。
何のために?
それは簡単だ。ここから脱出するためだ。
「一先ずあの監視役をどうにかしなくてはいけないでしょう。……にしても、ここはいったいどこなんでしょうね?」
「それが解れば苦労しないよ」
マーズはそう言って、鬱陶しそうな表情を浮かべる。
「まずはこのロープをどうにかしなくてはいけないな……」
「これでどうでしょう?」
その声を聞いてマーズたちは振り返る。
そこに居たのはコルネリアだった。コルネリアは茶がかったショートヘアをさらりと手で撫でて、手が自由であることをアピールする。
「コルネリア、あなた手は……?」
「この通りよ。まあ、私にかかればこれくらいどうってことはないわ」
そう言ったコルネリアの言葉を聞いて、マーズは訊ねる。
「あなた、どうやったかは解らないけれど……それを私たちにも出来る?」
「どうってことないわ」
そしてコルネリアはハリー騎士団の他のメンバーにもその術式を施していく。
あっという間に終わってしまい、はじめマーズは嘘かと思ったが、しかしそれは事実なのだった。
「……あなた、これどうやったのよ?」
「魔法……とでも言えばいいですかね。私はもともとヴァリエイブルの生まれではないものでしてね。法王庁領の生まれなもので」
「法王庁領。なるほど、それなら魔法が使えて起動従士の素質があるというのも頷ける」
そう言って、マーズは小さく頷いた。
ヴァリエイブル連合王国にいる起動従士の大半は魔法を使うことが出来ない。これは素質の問題であるが、その根底には血筋という根本的に解決できない問題があった。
血筋というのは非常に重要である。リリーファーと同調する素質を持った血筋というのもあるし、魔術師になる素質を持った血筋もある。
しかし、希に魔術師の素質もあって起動従士になる素質もある、変わった血筋を持つ人間が出来る。
それを大切にして起動従士としているのが、北方にある『法王庁領』と呼ばれる場所だ。
首都は自由都市ユースティティア。地位による格差がほとんど存在せず、平和に暮らしている地域だ。正確に言えばこの地域は国というカテゴリには属さない。政府組織が存在しないためである(とはいえ、法王庁が実質的に支配しているため、政府組織は法王庁ということになるのだが)。
法王庁の信念として、魔法を使える人間はカミサマからの贈り物を頂いた特殊な人間であるということがある。そのため、魔法を使うことの出来る人間は高い職に就く事が出来る。例えば、法王庁に三名しか居ない大司教という存在は高位魔法を悠々と使うことができるし、専用リリーファー『聖法衣』を操縦することが出来る。つまりは魔法もリリーファーも操縦出来なければ高い地位にたつことなど出来ないのである。
しかも魔法も使えてリリーファーの操縦も可能な血筋は非常に珍しく、そういう血筋の人間は軍でも地位の上昇が早いとされている。珍しいからこそ、だ。
「……法王庁領だったら一生平和で暮らせていけたはずじゃあないのかしら」
マーズは訊ねるとコルネリアは、
「平和というのは、いったいどう定義すればいいのでしょうね?」
そう、答えた。
白い部屋で、ハンプティ・ダンプティは紅茶を飲みながら画面を見つめていた。
ハンプティ・ダンプティのほかにいたのはバンダースナッチだけだった。それ以外は何処かへ行ってしまったのだ。
それに気づいたバンダースナッチは、ハンプティ・ダンプティに訊ねる。
「あれ? 帽子屋たちは?」
それにハンプティ・ダンプティは答える。
「チェシャ猫は事務処理、帽子屋は……ありゃもう完全に趣味だね」
「趣味?」
「趣味というよりかは計画、かな」
「ああ」
そこでバンダースナッチは何かに気付いて、頷く。
「インフィニティの起動従士に会いに行ったんだな」
それを聞いて、ハンプティ・ダンプティは頷く。
「どうなるか……楽しみだよ。少なくとも、帽子屋と彼は会った事がない。シリーズの襲撃に抗ったことはあったにしろ、直接帽子屋と彼が会うのは初めてのはずだ」
「直接?」
「あの大会があっただろう? あれにも出ていたのだよ。インフィニティの起動従士の様子見、という面もあって」
「なるほどね」
その言葉で会話が一旦終了し、彼らは再び画面に集中した。
◇◇◇
「どうしたの?」
そこで唐突に声が聞こえて、崇人は我に返った。
エスティが、彼の手を握っていたのだ。
「い、いや……何でもないよ」
嘘だ。
崇人はムラサメの怖さを知ってしまった。それだから、そのように怖い思いを抱いているのだ。
それをエスティに教えてもいいのだろうか。
彼女が怖がってしまって、どうなるのだろうか。
それは崇人には解らない。
「……何か解ったんでしょう?」
しかし、エスティの言葉は彼が『言って欲しくない』フレーズだった。
「だったら、教えてよ。タカトだけじゃあなくて、私にも。情報は共有しておくべきでしょう?」
「それは……」
そうだ。その通りだ。
その事実を否定することが、崇人には出来なかった。
彼女を傷つけてしまうような気がしたからか?
それは、彼のエゴだ。勝手である。
だから。
彼は、先程知った事実を彼女に吐き出した。
彼女は驚いていた。絶句していた、と言った方が正しいのかもしれない。
「だから、いったんだ」
「……いいや。でも、私はこれを知れてよかったよ」
そうか。と崇人は頷く。
「とりあえず、この事実をみんなに伝えなくては……」
「それは無駄さ」
そんな声が聞こえて、崇人とエスティは振り返った。
そこに居たのは一人の青年だった。
「お初にお目にかかるよ、タカト・オーノ……いや、君はどっちで呼んだほうがいいんだろうかな。解らないけれど、とりあえず『この世界』での呼び方とさせてもらうよ」
それを聞いて、崇人の表情が硬ったものとなった。
「……何者だ」
崇人の声が、自然と低いものとなる。
それは、そこにいる存在を警戒しているからだ。
そこにいる、前の世界の崇人を知る存在は。崇人にとってチャンスだった。
だが。
今、この世界から居なくなってしまえば、ハリー騎士団はどうなる? エスティは? マーズは? ヴァリエイブルは? 崇人の中でそのような思いが渦巻いていた。
その様子を、青年は気が付いていたらしく小さくため息をついた。
「この世界に愛着でも湧いたのかい、タカト・オーノ。まあ、それは僕らにとっても喜ばしいことだ」
「誰だ、誰なんだ、お前は!!」
「もう気付いているんじゃあないかい?」
崇人の激昂にも怯まず、寧ろ落ち着いた様子で青年はゆっくりと近づいてくる。
ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと。
崇人とエスティの心情を汲んでいるのか、焦らしながら、青年は崇人たちの方に近付いてくる。
「僕は――『シリーズ』の帽子屋と言うよ。はじめまして……でいいのかな、一応は」
帽子屋は、そう頷いて微笑んだ。
◇◇◇
カーネルのどこかにある建物の地下には巨大な牢屋群が存在する。一つの牢屋の収容人数は一名から、多い時は八人まで収容できる巨大な牢屋がある。
その中の一つの牢屋にマーズたちは収容されていた。両手をロープで縛られており、手を使うことが出来ないようになっていた。さらには扉の前には監視役が居り、そう簡単に抜け出すことは出来ない。
「……ふむ、どうする?」
マーズは小さくため息をついた。監視役に見られないように必要最低限の口の上下運動をして、コミュニケーションをとっていた。
何のために?
それは簡単だ。ここから脱出するためだ。
「一先ずあの監視役をどうにかしなくてはいけないでしょう。……にしても、ここはいったいどこなんでしょうね?」
「それが解れば苦労しないよ」
マーズはそう言って、鬱陶しそうな表情を浮かべる。
「まずはこのロープをどうにかしなくてはいけないな……」
「これでどうでしょう?」
その声を聞いてマーズたちは振り返る。
そこに居たのはコルネリアだった。コルネリアは茶がかったショートヘアをさらりと手で撫でて、手が自由であることをアピールする。
「コルネリア、あなた手は……?」
「この通りよ。まあ、私にかかればこれくらいどうってことはないわ」
そう言ったコルネリアの言葉を聞いて、マーズは訊ねる。
「あなた、どうやったかは解らないけれど……それを私たちにも出来る?」
「どうってことないわ」
そしてコルネリアはハリー騎士団の他のメンバーにもその術式を施していく。
あっという間に終わってしまい、はじめマーズは嘘かと思ったが、しかしそれは事実なのだった。
「……あなた、これどうやったのよ?」
「魔法……とでも言えばいいですかね。私はもともとヴァリエイブルの生まれではないものでしてね。法王庁領の生まれなもので」
「法王庁領。なるほど、それなら魔法が使えて起動従士の素質があるというのも頷ける」
そう言って、マーズは小さく頷いた。
ヴァリエイブル連合王国にいる起動従士の大半は魔法を使うことが出来ない。これは素質の問題であるが、その根底には血筋という根本的に解決できない問題があった。
血筋というのは非常に重要である。リリーファーと同調する素質を持った血筋というのもあるし、魔術師になる素質を持った血筋もある。
しかし、希に魔術師の素質もあって起動従士になる素質もある、変わった血筋を持つ人間が出来る。
それを大切にして起動従士としているのが、北方にある『法王庁領』と呼ばれる場所だ。
首都は自由都市ユースティティア。地位による格差がほとんど存在せず、平和に暮らしている地域だ。正確に言えばこの地域は国というカテゴリには属さない。政府組織が存在しないためである(とはいえ、法王庁が実質的に支配しているため、政府組織は法王庁ということになるのだが)。
法王庁の信念として、魔法を使える人間はカミサマからの贈り物を頂いた特殊な人間であるということがある。そのため、魔法を使うことの出来る人間は高い職に就く事が出来る。例えば、法王庁に三名しか居ない大司教という存在は高位魔法を悠々と使うことができるし、専用リリーファー『聖法衣』を操縦することが出来る。つまりは魔法もリリーファーも操縦出来なければ高い地位にたつことなど出来ないのである。
しかも魔法も使えてリリーファーの操縦も可能な血筋は非常に珍しく、そういう血筋の人間は軍でも地位の上昇が早いとされている。珍しいからこそ、だ。
「……法王庁領だったら一生平和で暮らせていけたはずじゃあないのかしら」
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