絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三十三話 邂逅
「……待て」
それを言ったのは、ハンプティ・ダンプティだった。
それを聞いて、彼らは足を止める。
「こちらから戦いを持ちかけた……というわけでもないが、ここでの戦いは良くないと思うのだ。我々も、君にとっても、だ」
「一度引こうと、そう言いたいのかしら」
アーデルハイトは呟くと、ハンプティ・ダンプティが微笑む。
「まあ、そういうことだ」
「……ふうん」
アーデルハイトは考える。
確かにここで戦ったとしても正直なところ勝てる保障はない。それに、関係のないスタッフや選手がここを通ったら彼らに何をされるか解らない。ともかく、ここは彼らの言うことに従うほかないようだった。
「……いいわ。それで手を打ちましょう」
そう言って、アーデルハイトは警棒を仕舞った。
「そう言ってもらえると思ったよ、君はそこまで獰猛な性格ではないと思ったからね」
ハンプティ・ダンプティはそういうと、帽子屋の肩にひょいと飛び乗った。
帽子屋は無反応を貫き、そのまま右手を掲げる。
その刹那、音もなく彼らは消え去った。まさに『突然』の出来事であった。
「……どこに消えた……!」
彼女が探しても、しかし見つかることはなかった。
◇◇◇
「……それで、シリーズとの交戦は呆気なく終わってしまった、と……。予想外の代物ね」
マーズとアーデルハイトは電話をしていた。トラックに乗っているところに、アーデルハイトから連絡があったので驚いているところだったのだ。なぜなら、彼女からは決まった時間以外の電話はかかってこないためだ。
『ええ。まさか、彼らが紛れ込んでいただなんて。「赤い翼」を殲滅しようとしたのに、こいつは少し深い闇かもしれない』
「……赤い翼とシリーズが組んでいる、と?」
『可能性はある』
アーデルハイトは淡白に告げる。
事実を理解しているからこそ、言えることなのかもしれない。
そんなことを考えながら、マーズはタンブラーに入っていたブラックコーヒーを一口すする。
「……苦っ」
『はい? 何か言いましたか?』
「ん。……ああ、いや、何でもないわ」
マーズは聞かれてしまったかとその場を取り繕う。
『そうですか。しかし、コーヒーか何かを飲んでそのあとの感想が「苦い」という大人ぶったマーズさんの一面が垣間見れた気がしたのですが、それは気のせいということでよろしいですね?』
「絶対聞こえてただろあんた」
そんなことを嘯いたアーデルハイトに舌打ちしながら、マーズは周りを見る。周りには幾人ものマーズの同僚がいたが、笑っているのはフレイヤ・アンダーバードだけだった。
「こら、フレイヤぁ! 笑うんじゃないっ!」
「だって……マーズさん、ブラックコーヒー飲めないのに飲むって……。飲めないなら飲まなきゃいいのに……ティヒヒ」
「すっごいあんた笑い声気持ち悪いからな! 言っとくけど!」
マーズはそう言って、再びアーデルハイトとの通話へと戻す。
「ああ。えーと……何の話だったかしら?」
『ですから、コーヒーを飲んだあとの感想が――』
「オーケイ。そこはいい。じゃあ、その次かしらね。……もし『赤い翼』がシリーズと組んでいたとなれば、問題は私たちだけではなくなる。世界全体の問題になることは間違いない」
『ですね』
「ともかく、アーデルハイト。あなたはそれの確認を急いで。私たちは少なくとも今日中には着けると思うから、それまで何かあったらよろしく頼むわ」
『ええ、解りました』
そして、マーズは電話を切った。
「……ったく、フレイヤ!? あなたいったい何がしたいのよ!!」
「突然叫ばないでくれよ、至極うるさいから」
「あなたが原因でしょうが!」
「……そんなことより、見えてきたそうよ」
フレイヤがそう言ったので、マーズは窓から外を眺める。その光景を見て、マーズは小さく微笑んだ。
「ああ、ほんとだ――」
セレス・コロシアムが目の前に迫っている光景が、そこには広がっていた。
◇◇◇
結果として、第一回戦を全員が勝ち抜いた。
第二回戦のカードは既に決まっているとのことで、崇人たちは食堂前の壁に設置された液晶ディスプレイでそのカードを見ることにした。ちなみに、もう全員は食事を終えている。
「どんなカードになるのか……楽しみだね」
「ああ」
エスティと崇人はそんな会話を交わす。
だが、考えて欲しい。
この大会、既に六人+十二人で十八人の敗退が決定している。
即ち、残りは六名――。
それが意味するのは。
ディスプレイにはこのようにカードが書かれていた。
ヴァリエイブル タカト・オーノ VS ヴァリエイブル エスティ・パロング
ヴァリエイブル ヴィエンス・ゲーニック VS ヴァリエイブル アーデルハイト・ヴァンバック
ヴァリエイブル ヴィーエック・タランスタッド VS 西ペイパス ファルネーゼ・ポイスワッド
「予想はしていたが……実際に見るとこれはひどいな」
崇人が呟く。それは誰もが思ったことでもあった。
六人中五人が、ヴァリエイブルのメンバー。それは余りにも出来すぎていることにも思える。
「本当に……大変なことだけれど、個人戦だから戦わない、というわけにもいかないからね……」
アーデルハイトが呟くと、ヴィエンスの方へと歩く。
「対戦相手が同じ学校だからって、気を抜かないで欲しいものね? ヴィエンス・ゲーニック」
「当たり前だ。それはこっちのセリフだよ、アーデルハイト」
そう言って、二人はそのまま別れた。
「エスティ……負けないからね」
「私だって」
そして、エスティと崇人はそのまま各々の部屋へと戻っていった。
残されたヴィーエックは近くにあった自動販売機でオレンジジュースの缶を購入し、それをちびちびと飲みながら部屋へと戻っていった。
「やあ」
ちょうどその時だった。ヴィーエックにひとりの少年が話しかけてきた。
凡て白の服で整えられた少年は手に大きな本を持っていた。その大きさというのは、彼の肩幅くらいの大きさだった。ハードカバーだったが、タイトルは書いておらず、しかし、革を鞣したカバーからしてその本の高級さが見て取れる。
「……どうしたんだい、君? 迷子?」
ううん、と少年は横に首を振る。
「なんだか、浮かばれないなあ、って思って」
「……え?」
ここで普通ならば、「何を言っているんだ」と憤慨することだろう。しかし、彼はそれをしなかった。否、するという選択肢がそもそも存在しなかった。
「ひどく、かわいそうだよ。……ねえ」
少年は、ヴィーエックの前に立って、言った。
「君はとても強くなりたいとか、思ったことはないの?」
「――」
ない、わけではない。ないと言えば嘘になることがそれは、ヴィーエック自身にも明白であった。
「あのねあのね、僕が入っているグループ、今ちょーどひとつ席が空いているんだよ。だからさっ、入ってみない?」
「……」
その言葉に、ヴィーエックはコクリと頷いた。
◇◇◇
「選手の一人が消えた?」
その夜、マーズは疲れた身体に鞭打ってアーデルハイトの部屋までやってきていた。名目上は、『過去居た学校を応援するため』となっているが、勿論のこと本当は違う。
「ええ……。ヴィーエック・タランスタッドはオレンジジュースの缶を買ったのを最後に行方が解らなくなっています」
アーデルハイトが申し訳なさそうに言うと、マーズは舌打ちする。
「そういう時のためにあなたがこのチームに居たんじゃなかったのか」
「……申し訳ない。私がいたというのに……!」
「今は傷を抉る場合ではないな。……さて、ではどうすればいいかね。『赤い翼』に拿捕されていたらこれは問題だぞ……。私たちがやることが明るみに出ることはないだろうが、だとしてもあいつらのことだ。またそういうのを利用してここの占領を素早く進めかねないぞ」
「解っている……解っていますよ……」
「『解っている』では済まされないし、すぎたことは変えることもできない。それは君にだって、いや、世界の誰にだって変えることのできない大前提だ。ならば、それから先を考えなくてはならないよ。それから先を考えるのが、その大前提を、もしかしたら変えられる人間なのかもしれないが」
それを言ったのは、ハンプティ・ダンプティだった。
それを聞いて、彼らは足を止める。
「こちらから戦いを持ちかけた……というわけでもないが、ここでの戦いは良くないと思うのだ。我々も、君にとっても、だ」
「一度引こうと、そう言いたいのかしら」
アーデルハイトは呟くと、ハンプティ・ダンプティが微笑む。
「まあ、そういうことだ」
「……ふうん」
アーデルハイトは考える。
確かにここで戦ったとしても正直なところ勝てる保障はない。それに、関係のないスタッフや選手がここを通ったら彼らに何をされるか解らない。ともかく、ここは彼らの言うことに従うほかないようだった。
「……いいわ。それで手を打ちましょう」
そう言って、アーデルハイトは警棒を仕舞った。
「そう言ってもらえると思ったよ、君はそこまで獰猛な性格ではないと思ったからね」
ハンプティ・ダンプティはそういうと、帽子屋の肩にひょいと飛び乗った。
帽子屋は無反応を貫き、そのまま右手を掲げる。
その刹那、音もなく彼らは消え去った。まさに『突然』の出来事であった。
「……どこに消えた……!」
彼女が探しても、しかし見つかることはなかった。
◇◇◇
「……それで、シリーズとの交戦は呆気なく終わってしまった、と……。予想外の代物ね」
マーズとアーデルハイトは電話をしていた。トラックに乗っているところに、アーデルハイトから連絡があったので驚いているところだったのだ。なぜなら、彼女からは決まった時間以外の電話はかかってこないためだ。
『ええ。まさか、彼らが紛れ込んでいただなんて。「赤い翼」を殲滅しようとしたのに、こいつは少し深い闇かもしれない』
「……赤い翼とシリーズが組んでいる、と?」
『可能性はある』
アーデルハイトは淡白に告げる。
事実を理解しているからこそ、言えることなのかもしれない。
そんなことを考えながら、マーズはタンブラーに入っていたブラックコーヒーを一口すする。
「……苦っ」
『はい? 何か言いましたか?』
「ん。……ああ、いや、何でもないわ」
マーズは聞かれてしまったかとその場を取り繕う。
『そうですか。しかし、コーヒーか何かを飲んでそのあとの感想が「苦い」という大人ぶったマーズさんの一面が垣間見れた気がしたのですが、それは気のせいということでよろしいですね?』
「絶対聞こえてただろあんた」
そんなことを嘯いたアーデルハイトに舌打ちしながら、マーズは周りを見る。周りには幾人ものマーズの同僚がいたが、笑っているのはフレイヤ・アンダーバードだけだった。
「こら、フレイヤぁ! 笑うんじゃないっ!」
「だって……マーズさん、ブラックコーヒー飲めないのに飲むって……。飲めないなら飲まなきゃいいのに……ティヒヒ」
「すっごいあんた笑い声気持ち悪いからな! 言っとくけど!」
マーズはそう言って、再びアーデルハイトとの通話へと戻す。
「ああ。えーと……何の話だったかしら?」
『ですから、コーヒーを飲んだあとの感想が――』
「オーケイ。そこはいい。じゃあ、その次かしらね。……もし『赤い翼』がシリーズと組んでいたとなれば、問題は私たちだけではなくなる。世界全体の問題になることは間違いない」
『ですね』
「ともかく、アーデルハイト。あなたはそれの確認を急いで。私たちは少なくとも今日中には着けると思うから、それまで何かあったらよろしく頼むわ」
『ええ、解りました』
そして、マーズは電話を切った。
「……ったく、フレイヤ!? あなたいったい何がしたいのよ!!」
「突然叫ばないでくれよ、至極うるさいから」
「あなたが原因でしょうが!」
「……そんなことより、見えてきたそうよ」
フレイヤがそう言ったので、マーズは窓から外を眺める。その光景を見て、マーズは小さく微笑んだ。
「ああ、ほんとだ――」
セレス・コロシアムが目の前に迫っている光景が、そこには広がっていた。
◇◇◇
結果として、第一回戦を全員が勝ち抜いた。
第二回戦のカードは既に決まっているとのことで、崇人たちは食堂前の壁に設置された液晶ディスプレイでそのカードを見ることにした。ちなみに、もう全員は食事を終えている。
「どんなカードになるのか……楽しみだね」
「ああ」
エスティと崇人はそんな会話を交わす。
だが、考えて欲しい。
この大会、既に六人+十二人で十八人の敗退が決定している。
即ち、残りは六名――。
それが意味するのは。
ディスプレイにはこのようにカードが書かれていた。
ヴァリエイブル タカト・オーノ VS ヴァリエイブル エスティ・パロング
ヴァリエイブル ヴィエンス・ゲーニック VS ヴァリエイブル アーデルハイト・ヴァンバック
ヴァリエイブル ヴィーエック・タランスタッド VS 西ペイパス ファルネーゼ・ポイスワッド
「予想はしていたが……実際に見るとこれはひどいな」
崇人が呟く。それは誰もが思ったことでもあった。
六人中五人が、ヴァリエイブルのメンバー。それは余りにも出来すぎていることにも思える。
「本当に……大変なことだけれど、個人戦だから戦わない、というわけにもいかないからね……」
アーデルハイトが呟くと、ヴィエンスの方へと歩く。
「対戦相手が同じ学校だからって、気を抜かないで欲しいものね? ヴィエンス・ゲーニック」
「当たり前だ。それはこっちのセリフだよ、アーデルハイト」
そう言って、二人はそのまま別れた。
「エスティ……負けないからね」
「私だって」
そして、エスティと崇人はそのまま各々の部屋へと戻っていった。
残されたヴィーエックは近くにあった自動販売機でオレンジジュースの缶を購入し、それをちびちびと飲みながら部屋へと戻っていった。
「やあ」
ちょうどその時だった。ヴィーエックにひとりの少年が話しかけてきた。
凡て白の服で整えられた少年は手に大きな本を持っていた。その大きさというのは、彼の肩幅くらいの大きさだった。ハードカバーだったが、タイトルは書いておらず、しかし、革を鞣したカバーからしてその本の高級さが見て取れる。
「……どうしたんだい、君? 迷子?」
ううん、と少年は横に首を振る。
「なんだか、浮かばれないなあ、って思って」
「……え?」
ここで普通ならば、「何を言っているんだ」と憤慨することだろう。しかし、彼はそれをしなかった。否、するという選択肢がそもそも存在しなかった。
「ひどく、かわいそうだよ。……ねえ」
少年は、ヴィーエックの前に立って、言った。
「君はとても強くなりたいとか、思ったことはないの?」
「――」
ない、わけではない。ないと言えば嘘になることがそれは、ヴィーエック自身にも明白であった。
「あのねあのね、僕が入っているグループ、今ちょーどひとつ席が空いているんだよ。だからさっ、入ってみない?」
「……」
その言葉に、ヴィーエックはコクリと頷いた。
◇◇◇
「選手の一人が消えた?」
その夜、マーズは疲れた身体に鞭打ってアーデルハイトの部屋までやってきていた。名目上は、『過去居た学校を応援するため』となっているが、勿論のこと本当は違う。
「ええ……。ヴィーエック・タランスタッドはオレンジジュースの缶を買ったのを最後に行方が解らなくなっています」
アーデルハイトが申し訳なさそうに言うと、マーズは舌打ちする。
「そういう時のためにあなたがこのチームに居たんじゃなかったのか」
「……申し訳ない。私がいたというのに……!」
「今は傷を抉る場合ではないな。……さて、ではどうすればいいかね。『赤い翼』に拿捕されていたらこれは問題だぞ……。私たちがやることが明るみに出ることはないだろうが、だとしてもあいつらのことだ。またそういうのを利用してここの占領を素早く進めかねないぞ」
「解っている……解っていますよ……」
「『解っている』では済まされないし、すぎたことは変えることもできない。それは君にだって、いや、世界の誰にだって変えることのできない大前提だ。ならば、それから先を考えなくてはならないよ。それから先を考えるのが、その大前提を、もしかしたら変えられる人間なのかもしれないが」
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