天井裏のウロボロス

夙多史

Section1-4 突発的計略

 悪戯っぽく微笑む日下部夕亜に紘也は目を丸くした。
「どうして、日下部が……?」
 同じ街に住んでいる香雅里はいいとしても、遠く離れた八櫛谷に本拠を持つ日下部家宗主と遭遇するなんて予想外すぎた。
 そもそも夕亜はヤマタノオロチの封印術式の自己崩壊に巻き込まれて入院していたはずだ。退院した話など紘也は聞いていない。
「夕亜ってば、今日まで退院するって私にも隠してたのよ。アポもなしにうちに来るなんて妖魔が化けて出たのかと思ったわよ」
 香雅里が疲れた様子で息を吐いた。朝から振り回されていた光景が如実に想像できるから困る。
「だってサプライズにした方が面白いでしょう?」
「誕生日パーティーじゃないんだから……」
 肩を落とす香雅里に夕亜はカラコロと笑う。相変わらず天真爛漫な性格をしている日下部家宗主様である。
「でねでね、久々に香雅里ちゃんとデートしたくて蒼谷市に来たの。そしたら紘也君にも出会えてビックリだよ」
 ぎゅっと香雅里に後ろから抱きつく夕亜。香雅里は慣れたものか諦めているのか、特に抵抗もせず抱擁を受け入れていた。
 が、慣れてない者としては言葉と行為をそのまま受け取ってしまうわけで―― 
「デートって……」
 柚音と美良山は開いた口に手を当てて二人を交互に見るのだった。
「えっ、お二人はそういう関係?」
「BLは好きですがレの人はちょっと……」
「ち、違うわよ!?」
「残念ながらねー。だって香雅里ちゃんはお兄ちゃんラブだし」
「それも違うわよ!?」
 顔を赤くして否定する香雅里に夕亜は抱きついたままニヤ顔を更に近づける。
「でも今は別の気になる人がいるんだったかなー?」
「ほほう、それは私も興味ありますね。あっ、秋幡先輩はダメですよ孝一先輩という人がいますから!」
「あなたたちその口縫いつけるわよ!? 氷で!?」
 ついに護符までを取り出したので夕亜はバッと香雅里から離れた。それからフシャーと猫のように威嚇する香雅里をどうどうと落ち着かせ、今さらというか、柚音たちに視線を向ける。
「ところで、この子たちだーれ?」
「そういえば、なんか一人増えてるわよ、秋幡紘也?」
 夕亜にとっては紘也以外全員初対面。香雅里は美良山を知らない。話は柚音から聞いているかもしれないが、会うのは初めてのはずだ。
「ああ、えーとな――」
 柚音たちも夕亜のことは知らないので、紘也は簡単に紹介することにした。
「そっかぁ、紘也君の妹ちゃんとそのお友達かぁ。日下部夕亜です。よろしくね♪」
「よ、よろしくお願いします。夕亜さん」
「葛木先輩もよろしくお願いしまーす♪」
「それでこっちのカッコイイお姉さんがケツァルコアトル――ワオ! 神級のドラゴン族! すごいすごい!」
「恐縮です」
 互いの紹介も終わり、紘也は改めて最初の疑問へと戻ることにした。
「えーと、夕亜がここにいる理由はわかったが、本当に退院して大丈夫なのか? 抜け出したんじゃないだろうな?」
 意識を取り戻した頃に見舞いにも行ったが、かなり衰弱していてそう簡単に退院できるとは思えなかった。
 なにせ魔術による負傷だ。それも一族が代々心臓に刻まれてきた術式の崩壊。紘也の母親だって最高峰の魔術医療機関で十年間療養生活をしているというのに。
「そこは紘也君のおかげかな。キミの魔力干渉がなければ絶対に死んじゃってたし、そうじゃくても一生歩けない体になってたかも」
 夕亜は少し真面目な表情になってそう言った。紘也が魔力を流し込み、術式と心臓の間に緩衝材として置いたおかげで彼女は助かった。
 その処置は紘也が思っていた以上に効果があったということだろう。
「キミには感謝してもしきれない。命の恩人だから当たり前だよね。本当は真っ先にお礼を言いに行きたかったんだけど、手ぶらでってのもなんでしょう? せめて菓子折り持参しないとって思って香雅里ちゃんと買いに来たってわけ」
「そういう理由だったの? 言ってくれれば百貨店じゃなくてもっと専門のお店に案内したのに」
「ううん、ここでよかったわ。だって香雅里ちゃんとデートしたいのは本当だし、いろいろお買い物したかったし」
 しばらく入院生活だった憂さ晴らしもしたかったのだろう。彼女は大人しく部屋に引き籠っていられるような性格ではないのだ。
 夕亜が改めて紘也に向き直り、ビシッと指差してくる。
「というわけで紘也君! ここで会ったが百年目よ!」
「なんで恨まれてるような言い方なんだよ」
「私の命を救ってくれたお礼に――いろいろ考えた結果、紘也君のメイドになって一生ご奉仕とかどうかな!」
「けっこうです」
「フラれちゃった!?」
 それを許可するわけにはいかない。仮にも、いや仮じゃないが日下部家宗主なのだ。それにウロたちが対抗してメイド服とか着て一日中引っ付いてきそうだから考えただけでSAN値が下がる。
 なにより……彼女の兄に知られたら殺されそうだ。冗談抜きで。
 ちょっと彼女がフリフリのメイド服を来ている姿を想像してしまったのは内緒だ。
「しょうがないわ。私がダメなら香雅里ちゃんがご奉仕するわね」
「なんでそうなるのよ!?」
「いいからいいから♪」
「私がよくないから!?」
 後ろから香雅里の肩に両手を置いてぐいぐいと紘也の方へと近づける夕亜。なにがしたいのか紘也にはさっぱりわからない。
 と――
「……(夕亜さん、もしかして)」
 柚音が小声でなにか呟いた気がした。するとわざとらしく周囲を見回した柚音は、おもむろにケツァルコアトルと美良山の手を取る。
「仁菜ちゃん、ケツァ、キャシーが戻って来ないからちょっと様子を見に行くわよ」
「御意」
「え? 私も?」
 そのまま二人を引っ張ってエスカレーターの方へと歩いていく柚音は、ふと立ち止まって夕亜を見た。
「夕亜さんも一緒に行きませんか? 私にはもう一人、いや一匹契約幻獣がいるので紹介します」
「ワオ! 行く行く! ケツァルコアトルだけでもすごいのに。流石紘也君の妹さんね!」
 ルンルンとスキップでもしそうな勢いで柚音たちについていく夕亜。そういうことなら全員で行けばいいだろう。
「じゃあ俺も――」
「あ、お兄は来なくていいよ! というか、来ないで!」
「はい?」
「私は――」
「ここは私に任せて、香雅里ちゃんは先に行って!」
「どういうこと!?」
 柚音と夕亜に掌でストップと言われた紘也と香雅里はその場に立ち尽くすしかなかった。この息の合いよう……なにかが通じ合っている気がする。
「一体なんなんだ?」
「さあ?」
 エスカレーターで上階に消えていく四人を見送ることしかできず、紘也と香雅里は揃って眉を顰めるのだった。

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