天井裏のウロボロス

夙多史

Section5-4 作戦始動

「あれれ? なんかヤマタノオロチが動かなくなっちゃった」
 徐々に南下していた八つ頭の大蛇がどういうわけかその場に鎮座を決め込んだ。
 それを、朝彦たち日下部家の術者は見渡しのよい丘の上で眺めていた。洞窟の崩壊で生き埋めになったかと思われた彼らだったが、〈沓薙剣〉の土気を操る力と夕亜の結界で身を守りつつここまで辿りついたのだ。
「フン、止まってくれるのならば好都合だ。こちらは滞りなく準備を進められる」
 円運動する宝剣の中心にいる朝彦は、冷め切った瞳で絶えず敵を観察している。だが、この丘へわざわざ赴いたのは眺めがいいからという理由だけではない。
「朝彦様、空間跳躍術式の起動が全て完了しました」
 分家の青年が報告に来る。そうか、と朝彦はようやくヤマタノオロチから目を離し、皆の方を向く。約三十名の日下部家の術者が整列しており、彼らの向こうにはストーンヘンジに似たサークルが三つ、青白い輝きを持ってその存在感を放っている。
「班分けは打ち合わせ通りだ。俺が用意した空間跳躍術式を用いて各ポイントに移動しろ。ただし間違えるな。その術式は〈縮地〉を真似て俺が編み出した劣化品。一方通行だ」
 了解です! と一同が応答し、四班に分かれた内の三班がそれぞれのサークル内へ入って消える。この場には朝彦と夕亜とヤタガラス、それと八櫛亭の女将を含んだ三人の術者だけが残った。
 劣化版とはいえ空間跳躍術式なんてものを編める朝彦は、連盟の大魔術師にも引けを取らない術者である。そんな朝彦は、彼の妖魔が『生贄の姫巫女』という器に入っている内に倒すつもりなど端からなかった。というより、四本の宝剣を得たくらいで滅ぼせるなど思ってもいない。
 だからこそ、朝彦は長い時間をかけてヤマタノオロチを屠るための準備を整えてきた。
「奴を滅ぼすには〝霊威〟を剥ぎ取る『酒』と、その巨体を貫く『剣』が必要だ」
 そのための術式は既にこの八櫛谷という地に組み込んである。地脈のツボを突くように四つの点として展開している。あとは彼の妖魔が一定の位置に来た時、日下部家の術者たちがそれを同時起動させるだけだ。
 朝彦は右手を軽く挙げる。すると周囲を公転している四本の宝剣の内、〈都牟刈大刀〉〈八重垣剣〉〈沓薙剣〉の三本が三方向に切っ先を向けて高く高く上昇する。
「――行け」
 朝彦の呟きに呼応し、三本の宝剣は光に包まれると流星のように何処へと飛んで行った。
 手元にある〈天叢雲剣〉を見詰め、朝彦は思う。
「術式の起動鍵として最も適していた剣が、全てヤマタノオロチから出てきた物だとはな。皮肉もいいところだ」
 今のところ全て順調に進んでいる。ただ一つ心配なことは、不確定要素が存在することだ。だからそちらの動きも掌握しておかなければならない。
「ウロちゃんとウェルシュちゃん、落っこちちゃったけど大丈夫かしら?」
 朝彦は未だ動きを見せないヤマタノオロチを不安げな顔で眺めている妹に言う。
「夕亜、お前は秋幡辰久の息子の下へ行け。奴らに一つやってもらうことがある。本来なら俺が死ぬ覚悟でやろうとしていたことだが、奴らなら俺よりうまくやれるはずだ」
 夕亜はしばし逡巡した後、日下部家宗主としての顔で頷いた。

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