天井裏のウロボロス
Section3-10 王威VS霊威
「――ッ!?」
葛木邸。『黎明の兆』の襲撃者たちの自爆をどうにか食い止め、拘束している最中だった。
「な、なんなの、この魔力……?」
葛木香雅里は目を大きく見開いてその方角を凝視する。急激に高まった並外れた魔力に肌が粟立つ。それは鷺嶋神社がある方角だった。
「これ、まさか秋幡紘也?」
最初はそう感じた香雅里だが、すぐに魔力の『質』が変化したことに気づく。
その変化後の魔力にも覚えがあった。ついこの間、八櫛谷に出現した彼の妖魔と全く同じなのだ。
香雅里は戦慄する。
「ヤマタノオロチ……嘘でしょ?」
そう思いたいが、香雅里の魔力覚は間違いを認めてくれない。とそこに葛木家の術者の一人が顔を青くして近づいてきた。
「香雅里様、この魔力はもしや……」
「わかってるわ。至急、手の空いてる人を集めて」
向こうで一体なにがあったのか? 敵が復活させてしまったのか? 秋幡紘也たちは阻止できなかったのか?
最悪の想像を膨らませながら、香雅里は数人の術者を引き連れて鷺嶋神社に戻ることにした。
∞
大量の魔力を一度に放出した紘也は、押し寄せた途轍もない疲労に堪らず膝をついた。
「くっ……」
全身が弛緩して気を抜けば倒れそうだ。紘也の魔力が空になったわけではないし寧ろまだ余裕すらあるのだが、こんなに疲れるものなのか。今度から無茶な譲渡は控えるべきだろう。その『今度』はもう二度とあってほしくないが。
《まったく。これだからひ弱な人間の雄は》
と、いろいろな部分が急成長を遂げて幼女から美女に進化した山田――もといヤマタノオロチが呆れた様子で紘也に手を差し伸べてきた。立たせてくれるような親切がこいつにあったのか、と思わず手を取ってしまった紘也だったが、迂闊だった。
ヤマタノオロチのホオズキ色をした瞳に凶悪なものを感じた途端、紘也はゴミを捨てるような雑然とした動作で道の端へとぶん投げられたのだ。
「な、なにしやがる!?」
咄嗟の力でどうにか上体だけ起こして抗議する紘也。ヤマタノオロチは本来の力を取り戻したことが余程嬉しいのか、不敵にニヤついた顔で告げる。
《そこで見ておれ。人間の雄。己に死なれるわけにはいかんのだ》
例の呪いの件か、と紘也は悟る。紘也が死ねばヤマタノオロチも死ぬ。逆もまた然り。ヤマタノオロチがグリフォンに敗れてしまえば、その時は紘也の命も尽きる時である。
《アレらも邪魔だな》
クイッ、とヤマタノオロチが宙を手で切る。すると彼女とグリフォンとの間に倒れていたウロとウェルシュの体が弾かれたように両脇に薙ぎ飛ばされた。〝霊威〟の特性。ヤマタノオロチが持つ得体の知れない力だ。念能力の一種だという説もあるが、それだけだと説明できない箇所が多々あったりする。あの青い着物とか。
意識のない怪我人に対して乱暴過ぎやしないかと紘也は思ったが、こいつにとっては本当に道端に転がるゴミを蹴り除けた感覚なのだろう。
「ほう、雑魚が少しばかりマシになったようだな」
溢れ出るヤマタノオロチの魔力を前にしても、やはり〝勇猛〟のグリフォンは臆する気配を見せない。腕を組んだ尊大な姿は見た目が青年とは思えない迫力があった。
《その雑魚に己はこれから喰い殺されるのだと知れ!》
血のようなホオズキ色をした瞳が好戦的に爛々と煌く。
瞬間――ガン! 不可視のハンマーを下から叩きつけられたかのようにグリフォンが弾かれ、空中に打ち上げられた。
「――ッ!?」
《吾の〝霊威〟は水気を繰る》
ヤマタノオロチの突き出した掌に青い光の粒子が収斂した直後、ダムが決壊したような轟音を立てて凄まじい水の流れがレーザー光線のごとく射出された。
五十メートルのプールを一瞬で満タンにできそうな水量。幻獣としての姿に比べればやはり劣るが、それでもちょっとしたビルくらいなら簡単に押し流せそうだ。
「チッ」
舌打ちしたグリフォンは翼を広げて制動し、腕を振るって迫り来る水流砲に風をぶつけた。だが相殺するためではない。その反動を利用して自身の体を移動させ、水流砲を回避するためだ。
水流の側面に沿うように飛翔し、ヤマタノオロチへと向かって急降下するグリフォン。しかしヤマタノオロチの攻撃は一撃だけでは終わらない。
八本の束に分かれたうねる髪の毛が、一斉に照準をグリフォンに合わせた。それぞれの髪束から放たれたのは先程と同じ規模の水流砲。八本、いや、両手を含めて十本の奔流が僅かな時間差で天空を裂き続ける。『人化』状態だからこそ威力は下がるが、文字通り手数は増えている。
一撃一撃が高威力で広範囲。それを連続で対空放射されては流石のグリフォンも思うように近づけないようだ。当たりこそしないが空で踊らされている感が否めない。今は味方ながら恐ろしい、と紘也は思った。
「面倒だ」
唐突にグリフォンが空中で静止した。その青年の顔にはまだまだ余裕といった笑みが貼りつけられている。だが止まってしまえば狙い撃ちだ。当然そこにヤマタノオロチは水流砲を撃ち放つ。
「避けるのも飽きたぞ」
グリフォンはウロから奪った黄金色の大剣を構え――
なんの躊躇もなく水流砲へと突撃をかました。
「なっ!?」
紘也は瞠目する。一気に流されるかと思いきや、グリフォンは自身の体をドリルのように回転させて水流を逆走している。しかもどうやら魔術で風を纏っているらしく、その推力もあって目に見える速度でヤマタノオロチとの距離を縮めてきた。なんて無茶苦茶な奴だ。
《吾の〝霊威〟は水気を凍てつかせる》
ヤマタノオロチが詠唱する。パキリ、と透き通った音を立てて水流が根本から一瞬で凍結した。グリフォンは呑み込まれたまま、天を衝いた氷の柱に封じられた形になる。
やった、とは流石に思わない。
ウロとウェルシュを圧倒したグリフォンだ。この程度でやられるくらいならウロたちだけでどうにでもなっていただろう。
紘也の読み通り、グリフォンのいた辺りの氷が内部から破裂した。飛び出したグリフォンは一直線にヤマタノオロチに向かって翔ける。
――速い!
グリフォンはそれほど素早い種族ではないと言われているが、それは元の姿の巨体故だ。『人化』した状態だと速度は格段に上がる。それはウロたちドラゴンも同じ理屈だ。
《吾の〝霊威〟は――ッ!?》
応戦しようと詠唱を始めたヤマタノオロチが、止まった。同時に紘也にも圧し掛かる精神的な重量――グリフォンの〝王威〟だ。
一瞬の停滞は勝敗を大きく分ける。ヤマタノオロチが怯んだ僅かな時間で、グリフォンは間合いを詰めてしまった。
「貴様は俺相手によく戦ったと誉めてやろう。その首、貰うぞ」
黄金色の大剣が乱暴に一閃させる。ヤマタノオロチの白く細い首を刈り取らんと凶刃が迫る。
しかし、生首が地面を転がる光景にはならなかった。
ヤマタノオロチの首は繋がったまま、血一滴流さず大剣を受け止めていたのだ。
《ふん。そのようなナマクラで吾の〝霊威〟を貫けるものか》
ペロリと舌嘗めずりをし、ヤマタノオロチはグリフォンの胸倉を掴んで引き寄せ――一本背負いの要領で投げ飛ばした。
《吾の〝霊威〟は従順な僕を生む》
と、道路脇の茂みからなにかが一斉に飛び出した。一メートルほどの大きさをした多足の怪物。新手の幻獣かと身構えそうになったが、一度経験した紘也にはわかる。アレらの異形は〝霊威〟によって変異した、ただの昆虫たちだ。
元はカマキリやバッタだと思われる化け物たちが五体、投げられてまだ宙を飛んでいるグリフォンに襲いかかる。
「虫ケラが」
グリフォンは鷲の翼を利用して空中で体勢を立て直し、襲い来る怪物たちを剣の一薙ぎで呆気なく斬り払った。普通の幻獣とは違いマナに還らないため残骸が飛散する。直視すると吐きそうだった。
《吾の〝霊威〟は水気を繰る》
足下に水気の青い煌めきが霧のように立ち込めた。それはグリフォンを中心に巨大な渦を巻き、次第に実際の水へと具象して自由を奪う。
「これも面倒な」
《水気は天空を貫く至高の槍とならん》
渦から抜け出そうともがくグリフォンだったが、彼が脱出するよりも早く凄まじく巨大な水柱が間欠泉のように噴き上がった。夜空が暗いせいか、一体どこまで突き上がったのかとても目視できない。
とんでもない力だ。
日下部朝彦の専用術式――〈八塩折酒〉でしか破れなかった〝霊威〟の守りに加え、大規模な破壊力を持つ災悪の怪物。
紘也たちはかつてこんなチートと戦っていたのか。
もう二度と敵に回したくはない。割と深刻に紘也はそう感じていた。
《終わったぞ。人間の雄。さあ。吾の愛沙を奪い返しに行こうぞ》
八本に分かれた髪をうねらせ、水気の煌めきを周囲に纏い、ヤマタノオロチは凶悪な顔で笑む。愛沙に懐いていて本当によかったと心底思う紘也だった。
しかし――
「間違えるな雑魚。王たる俺を差し置いて貴様に終わらせる権限などない」
「――ッ!?」
何事もなかったかのような青年の声が降ってきた途端、紘也は絶望にも似た感覚に襲われた。〝王威〟の影響か、それとも単に紘也が恐怖しているだけなのか。もはや判断は難しい。
空からなにかが突っ込んでくる。グリフォンかと思ったが違う。夜闇でもわかる黄金色をしたそれは、ウロボロスの大剣だ。しかも狙いはヤマタノオロチにではない。
紘也だった。
《チィ!》
大きく舌打ちしたヤマタノオロチは凶悪な表情を一転させ、慌てて〝霊威〟で大剣を打ち弾いた。ウェルシュのアミュレットがあるとはいえ、ヤマタノオロチが防いでくれなければ紘也は殺られていたかもしれない。
その直後――爆撃のような落下音に大地が激しく振動した。
見ると、地面が円形に大きく抉られていた。深さ一メートルほどの穴。その中央で突っ伏すヤマタノオロチの後頭部を、冷酷な瞳をしたグリフォンがずしっと踏みつける。
「ほう、あの高度から蹴りつけたというのにまだ潰れないのか? ウロボロスの鎧はわかりやすい『硬さ』だったが、貴様はなんとも面妖な鎧を纏う。実に面白い」
天高く打ち上げられる前にグリフォンは水柱から抜け出していたのだろう。そのまま急降下の蹴りでヤマタノオロチを地面に沈めたのだ。だがダメージは負っているらしく、グリフォンの高級そうだった身なりは見る影もなくなっていた。
「寸でのところで触れられん、か。不思議な感覚だ。だが俺の〝王威〟は効くようだな」
ぐぐぐ、とグリフォンは踏みつける足に力を徐々に加えていく。地面に縫いつけられたヤマタノオロチは着物が少々汚れた程度だが、髪の毛一本も動かせないようだった。今までとは桁外れの〝王威〟がヤマタノオロチ単体を威圧している状況だろう。
《ふん。この程度の縛り。すぐ振り解いてくれる》
「やってみろ。貴様なら可能だろうが、その前に俺はあの人間を狩る」
《――ッ!?》
ヤマタノオロチの瞠目に、グリフォンはニヤリと口の端を吊り上げた。
「貴様は言っていたな。あの人間が死ぬと困る、と。やはりただの契約関係ではなさそうだ」
――気づかれた!
いや、紘也を殺せばどうなるかまでは知られてはいない。けれど、無敵の〝霊威〟を纏うヤマタノオロチ最大の弱点が紘也だということは知られてしまった。
「言え。あの人間を殺すとどうなる?」
《さあな。己に教えることなどなにもない》
「強がるか。ならば構わん。試すだけだ」
グリフォンの鋭い眼光が紘也を射る。粗雑な動作で腕が振るわれる。
《離れろ人間の雄!》
ヤマタノオロチが叫ぶも、魔術的に発生した不自然な風は刃と化して容赦なく紘也を襲う。今の紘也に風の流れなんて読めないし、読めたとしても満足に動かない体では回避など不可能だ。
ならどうする?
紘也にできることは?
考えている時間はない。紘也は重い体に鞭打って手を動かし、ポケットに入っているはずの赤い六芒星を探す。ウェルシュのアミュレット。これに頼る以外道はない。
真紅の炎が紘也を包む。炎はグリフォンの風刃を呑み込み、滅し、紘也に掠り傷一つすらつけることを許さなかった。
が、それはアミュレットによる〈守護の炎〉ではなかった。
「……マスターに、手出しはさせません」
意識を取り戻したウェルシュ・ドラゴン本人が放った〈守護の炎〉である。よろめきながら彼女は歩み寄り、紘也を庇う位置に立った。
「ウェルシュ、無事なのか?」
「無事ではありません。ですが、ウェルシュはまだ戦えます」
無表情ながらもウェルシュは真紅の瞳に闘志を燃やしている。やる気は充分。戦えるというのも嘘ではないだろう。
「死にかけの蜥蜴が。寝ていれば少しは長生きでき――ッ!?」
グリフォンの言葉は突如爆発した魔力の輝きによって遮られた。小さな規模に圧倒的な魔力が凝縮されたそれは、言わずもがな、ウロボロスの魔力弾だ。
「あたたた、まったく、心臓を〝再生〟したのは初めての経験ですよ」
左胸を右手で抑え、左手で魔力弾を放った体勢のウロがそこにいた。破れたはずの服もすっかり元通りになっている。心臓潰されても死なないとか、ウロボロスの不死性は伊達じゃない。でも普通は死ぬ。「あたたた」じゃ済まない。
「ちょっと気絶しちゃってましたが、おかげで酔いも完全に醒めました。今度は本気の本気であんたをぶっ潰しますから覚悟してください。もちろん覚悟しなくても潰しますが!」
ウロは指をポキポキ鳴らしながら、「これは返してもらいますね」と落ちていた〈竜鱗の剣〉を拾った。
爆光が消え去る。
その中から姿を現したのは――ヤマタノオロチだけだった。
《おのれ金髪! 吾まで巻き込んだな!》
「あ? なんで山田がでっかくなってるんですか? てっきり別の敵かと思いましたよ」
ヤマタノオロチはいつものように喚いていたが、〝霊威〟に守られた体に傷らしい傷は見られない。もし幼女の姿だったら死んでいた。そう考えると目眩がしてくる紘也である。
それにしてもグリフォンがいないのはどういうことだ。直撃をくらったように思えたが、吹き飛んだのだろうか?
「マスター、あそこです」
ウェルシュが指差した方向――蒼谷市街側の道路の中央に、奴は立っていた。体が少し焦げていて魔力弾をしっかりくらったのだとわかるが、なにやら深刻な顔をして掌や翼を閉じたり開いたりしている。まるで調子を確かめるように。
「手負いの連中とはいえ、ドラゴン族が三体か。残りの魔力で相手取れないこともないが、少々厳しいな」
なにかをぶつぶつと呟くグリフォン。もしや魔力の残量が少ないのだろうか?
それもそうだ。あまり派手な魔術などは使っていないが、三体を相手にあれだけの戦闘を繰り広げたのだ。魔力の消費量は並大抵ではないはず。
いくらグリフォンが強力な幻獣だとしても、魔力の量でドラゴン族に勝るとは思えない。
つまり――
「ガス欠ですか? それは実に都合がいいですね」
ウロの言う通り、これはあのグリフォンを討ち取るチャンスだ。
「どうします? 愛沙ちゃんの居場所を吐いてからあたしらにボコられて死ぬか、あたしらにボコられてから愛沙ちゃんの居場所を吐いて死ぬか。好きな方を選ばせてあげますよ」
どっちを選んでも結局は同じだった。戦意剥き出しのウロボロスに対し、グリフォンは興醒めしたようなつまらない表情をしていた。
疲れたようにグリフォンは首を横に振り、
「いや、今回は退くとしよう」
予想外の言葉を口にした。
「貴様らは殺すつもりだったが、『黎明の兆』は既に目的を達成している。これ以上は契約外だ。俺自身、ここから先は楽しめそうにないのでな」
「逃げるですって? 〝勇猛〟のグリフォンとは思えない潔さですね」
眉を顰めるウロ。ウェルシュもヤマタノオロチも意外そうな顔して青年を見ていた。
「俺は退き際を見極められない無能とは違う。立ち向かうことしかできん者は〝勇猛〟とは呼ばん。ただの愚か者だ」
「逃がすと思ってんですか?」
「捕えられると思っているのか?」
退こうとするグリフォン。
追おうとするウロたち。
牽制し合う両者。火花の散りそうな険悪な空気が場を支配する。グリフォンと紘也の契約幻獣たちの睨み合いは一秒が一分に感じられるほど緊迫していた。
「待て、お前、今『契約外』とか言ったよな。『黎明の兆』の仲間ってわけじゃないのか?」
そんな繊細な雰囲気の中、紘也は思い切って先程気になった言葉について訊ねることにした。するとグリフォンは不愉快そうに眉を吊り上げる。
「仲間だと? 口を慎め人間。俺はこの世界で生きるために奴らを利用しているに過ぎん。同列に並べるな」
イマイチ関係性が見えない。『黎明の兆』に所属する誰かの契約幻獣、というわけではなさそうなのは確かだ。
「……くだらん話をしたな」
グリフォンが猛禽類の目をギン! と見開く。その瞬間、紘也たちは自分から地面に倒れ込まされた。
「ぐ……」
今までとは比べ物にならない精神的な重み。ウロたちですらすぐには立ち上がれない威圧感。気をしっかり保たなければ意識をごっそり持って行かれそうだ。
――こいつ、まだこれほどの力があったのか!?
改めて紘也は戦慄する。
「この〝王威〟の個種結界を破れるなら追って来るがいい。まあ、その様子では無理だろうがな」
嘲笑い、グリフォンは踵を返して鷲の翼を大きく広げた。
「この……」
立ち上がろうとするウロだったが、疲労やダメージは〝再生〟せず蓄積されるせいか、せいぜい片膝を突く程度が限界だった。
「そうだ」
羽ばたく前に、ふと、グリフォンが首だけ振り返る。
「このまま貴様らを殺せず去るのも後味が悪い。ヒントをやろう。『黎明の兆』はしばらくこの近辺に潜伏するようだぞ」
それだけ言い残して、グリフォンは夜空の彼方へと消え去った。
愛沙を攫われ、敵に足止めされ、まんまと時間稼ぎをくらってその相手にも逃げられてしまった。
紘也たちの、完全な敗北だった。
葛木邸。『黎明の兆』の襲撃者たちの自爆をどうにか食い止め、拘束している最中だった。
「な、なんなの、この魔力……?」
葛木香雅里は目を大きく見開いてその方角を凝視する。急激に高まった並外れた魔力に肌が粟立つ。それは鷺嶋神社がある方角だった。
「これ、まさか秋幡紘也?」
最初はそう感じた香雅里だが、すぐに魔力の『質』が変化したことに気づく。
その変化後の魔力にも覚えがあった。ついこの間、八櫛谷に出現した彼の妖魔と全く同じなのだ。
香雅里は戦慄する。
「ヤマタノオロチ……嘘でしょ?」
そう思いたいが、香雅里の魔力覚は間違いを認めてくれない。とそこに葛木家の術者の一人が顔を青くして近づいてきた。
「香雅里様、この魔力はもしや……」
「わかってるわ。至急、手の空いてる人を集めて」
向こうで一体なにがあったのか? 敵が復活させてしまったのか? 秋幡紘也たちは阻止できなかったのか?
最悪の想像を膨らませながら、香雅里は数人の術者を引き連れて鷺嶋神社に戻ることにした。
∞
大量の魔力を一度に放出した紘也は、押し寄せた途轍もない疲労に堪らず膝をついた。
「くっ……」
全身が弛緩して気を抜けば倒れそうだ。紘也の魔力が空になったわけではないし寧ろまだ余裕すらあるのだが、こんなに疲れるものなのか。今度から無茶な譲渡は控えるべきだろう。その『今度』はもう二度とあってほしくないが。
《まったく。これだからひ弱な人間の雄は》
と、いろいろな部分が急成長を遂げて幼女から美女に進化した山田――もといヤマタノオロチが呆れた様子で紘也に手を差し伸べてきた。立たせてくれるような親切がこいつにあったのか、と思わず手を取ってしまった紘也だったが、迂闊だった。
ヤマタノオロチのホオズキ色をした瞳に凶悪なものを感じた途端、紘也はゴミを捨てるような雑然とした動作で道の端へとぶん投げられたのだ。
「な、なにしやがる!?」
咄嗟の力でどうにか上体だけ起こして抗議する紘也。ヤマタノオロチは本来の力を取り戻したことが余程嬉しいのか、不敵にニヤついた顔で告げる。
《そこで見ておれ。人間の雄。己に死なれるわけにはいかんのだ》
例の呪いの件か、と紘也は悟る。紘也が死ねばヤマタノオロチも死ぬ。逆もまた然り。ヤマタノオロチがグリフォンに敗れてしまえば、その時は紘也の命も尽きる時である。
《アレらも邪魔だな》
クイッ、とヤマタノオロチが宙を手で切る。すると彼女とグリフォンとの間に倒れていたウロとウェルシュの体が弾かれたように両脇に薙ぎ飛ばされた。〝霊威〟の特性。ヤマタノオロチが持つ得体の知れない力だ。念能力の一種だという説もあるが、それだけだと説明できない箇所が多々あったりする。あの青い着物とか。
意識のない怪我人に対して乱暴過ぎやしないかと紘也は思ったが、こいつにとっては本当に道端に転がるゴミを蹴り除けた感覚なのだろう。
「ほう、雑魚が少しばかりマシになったようだな」
溢れ出るヤマタノオロチの魔力を前にしても、やはり〝勇猛〟のグリフォンは臆する気配を見せない。腕を組んだ尊大な姿は見た目が青年とは思えない迫力があった。
《その雑魚に己はこれから喰い殺されるのだと知れ!》
血のようなホオズキ色をした瞳が好戦的に爛々と煌く。
瞬間――ガン! 不可視のハンマーを下から叩きつけられたかのようにグリフォンが弾かれ、空中に打ち上げられた。
「――ッ!?」
《吾の〝霊威〟は水気を繰る》
ヤマタノオロチの突き出した掌に青い光の粒子が収斂した直後、ダムが決壊したような轟音を立てて凄まじい水の流れがレーザー光線のごとく射出された。
五十メートルのプールを一瞬で満タンにできそうな水量。幻獣としての姿に比べればやはり劣るが、それでもちょっとしたビルくらいなら簡単に押し流せそうだ。
「チッ」
舌打ちしたグリフォンは翼を広げて制動し、腕を振るって迫り来る水流砲に風をぶつけた。だが相殺するためではない。その反動を利用して自身の体を移動させ、水流砲を回避するためだ。
水流の側面に沿うように飛翔し、ヤマタノオロチへと向かって急降下するグリフォン。しかしヤマタノオロチの攻撃は一撃だけでは終わらない。
八本の束に分かれたうねる髪の毛が、一斉に照準をグリフォンに合わせた。それぞれの髪束から放たれたのは先程と同じ規模の水流砲。八本、いや、両手を含めて十本の奔流が僅かな時間差で天空を裂き続ける。『人化』状態だからこそ威力は下がるが、文字通り手数は増えている。
一撃一撃が高威力で広範囲。それを連続で対空放射されては流石のグリフォンも思うように近づけないようだ。当たりこそしないが空で踊らされている感が否めない。今は味方ながら恐ろしい、と紘也は思った。
「面倒だ」
唐突にグリフォンが空中で静止した。その青年の顔にはまだまだ余裕といった笑みが貼りつけられている。だが止まってしまえば狙い撃ちだ。当然そこにヤマタノオロチは水流砲を撃ち放つ。
「避けるのも飽きたぞ」
グリフォンはウロから奪った黄金色の大剣を構え――
なんの躊躇もなく水流砲へと突撃をかました。
「なっ!?」
紘也は瞠目する。一気に流されるかと思いきや、グリフォンは自身の体をドリルのように回転させて水流を逆走している。しかもどうやら魔術で風を纏っているらしく、その推力もあって目に見える速度でヤマタノオロチとの距離を縮めてきた。なんて無茶苦茶な奴だ。
《吾の〝霊威〟は水気を凍てつかせる》
ヤマタノオロチが詠唱する。パキリ、と透き通った音を立てて水流が根本から一瞬で凍結した。グリフォンは呑み込まれたまま、天を衝いた氷の柱に封じられた形になる。
やった、とは流石に思わない。
ウロとウェルシュを圧倒したグリフォンだ。この程度でやられるくらいならウロたちだけでどうにでもなっていただろう。
紘也の読み通り、グリフォンのいた辺りの氷が内部から破裂した。飛び出したグリフォンは一直線にヤマタノオロチに向かって翔ける。
――速い!
グリフォンはそれほど素早い種族ではないと言われているが、それは元の姿の巨体故だ。『人化』した状態だと速度は格段に上がる。それはウロたちドラゴンも同じ理屈だ。
《吾の〝霊威〟は――ッ!?》
応戦しようと詠唱を始めたヤマタノオロチが、止まった。同時に紘也にも圧し掛かる精神的な重量――グリフォンの〝王威〟だ。
一瞬の停滞は勝敗を大きく分ける。ヤマタノオロチが怯んだ僅かな時間で、グリフォンは間合いを詰めてしまった。
「貴様は俺相手によく戦ったと誉めてやろう。その首、貰うぞ」
黄金色の大剣が乱暴に一閃させる。ヤマタノオロチの白く細い首を刈り取らんと凶刃が迫る。
しかし、生首が地面を転がる光景にはならなかった。
ヤマタノオロチの首は繋がったまま、血一滴流さず大剣を受け止めていたのだ。
《ふん。そのようなナマクラで吾の〝霊威〟を貫けるものか》
ペロリと舌嘗めずりをし、ヤマタノオロチはグリフォンの胸倉を掴んで引き寄せ――一本背負いの要領で投げ飛ばした。
《吾の〝霊威〟は従順な僕を生む》
と、道路脇の茂みからなにかが一斉に飛び出した。一メートルほどの大きさをした多足の怪物。新手の幻獣かと身構えそうになったが、一度経験した紘也にはわかる。アレらの異形は〝霊威〟によって変異した、ただの昆虫たちだ。
元はカマキリやバッタだと思われる化け物たちが五体、投げられてまだ宙を飛んでいるグリフォンに襲いかかる。
「虫ケラが」
グリフォンは鷲の翼を利用して空中で体勢を立て直し、襲い来る怪物たちを剣の一薙ぎで呆気なく斬り払った。普通の幻獣とは違いマナに還らないため残骸が飛散する。直視すると吐きそうだった。
《吾の〝霊威〟は水気を繰る》
足下に水気の青い煌めきが霧のように立ち込めた。それはグリフォンを中心に巨大な渦を巻き、次第に実際の水へと具象して自由を奪う。
「これも面倒な」
《水気は天空を貫く至高の槍とならん》
渦から抜け出そうともがくグリフォンだったが、彼が脱出するよりも早く凄まじく巨大な水柱が間欠泉のように噴き上がった。夜空が暗いせいか、一体どこまで突き上がったのかとても目視できない。
とんでもない力だ。
日下部朝彦の専用術式――〈八塩折酒〉でしか破れなかった〝霊威〟の守りに加え、大規模な破壊力を持つ災悪の怪物。
紘也たちはかつてこんなチートと戦っていたのか。
もう二度と敵に回したくはない。割と深刻に紘也はそう感じていた。
《終わったぞ。人間の雄。さあ。吾の愛沙を奪い返しに行こうぞ》
八本に分かれた髪をうねらせ、水気の煌めきを周囲に纏い、ヤマタノオロチは凶悪な顔で笑む。愛沙に懐いていて本当によかったと心底思う紘也だった。
しかし――
「間違えるな雑魚。王たる俺を差し置いて貴様に終わらせる権限などない」
「――ッ!?」
何事もなかったかのような青年の声が降ってきた途端、紘也は絶望にも似た感覚に襲われた。〝王威〟の影響か、それとも単に紘也が恐怖しているだけなのか。もはや判断は難しい。
空からなにかが突っ込んでくる。グリフォンかと思ったが違う。夜闇でもわかる黄金色をしたそれは、ウロボロスの大剣だ。しかも狙いはヤマタノオロチにではない。
紘也だった。
《チィ!》
大きく舌打ちしたヤマタノオロチは凶悪な表情を一転させ、慌てて〝霊威〟で大剣を打ち弾いた。ウェルシュのアミュレットがあるとはいえ、ヤマタノオロチが防いでくれなければ紘也は殺られていたかもしれない。
その直後――爆撃のような落下音に大地が激しく振動した。
見ると、地面が円形に大きく抉られていた。深さ一メートルほどの穴。その中央で突っ伏すヤマタノオロチの後頭部を、冷酷な瞳をしたグリフォンがずしっと踏みつける。
「ほう、あの高度から蹴りつけたというのにまだ潰れないのか? ウロボロスの鎧はわかりやすい『硬さ』だったが、貴様はなんとも面妖な鎧を纏う。実に面白い」
天高く打ち上げられる前にグリフォンは水柱から抜け出していたのだろう。そのまま急降下の蹴りでヤマタノオロチを地面に沈めたのだ。だがダメージは負っているらしく、グリフォンの高級そうだった身なりは見る影もなくなっていた。
「寸でのところで触れられん、か。不思議な感覚だ。だが俺の〝王威〟は効くようだな」
ぐぐぐ、とグリフォンは踏みつける足に力を徐々に加えていく。地面に縫いつけられたヤマタノオロチは着物が少々汚れた程度だが、髪の毛一本も動かせないようだった。今までとは桁外れの〝王威〟がヤマタノオロチ単体を威圧している状況だろう。
《ふん。この程度の縛り。すぐ振り解いてくれる》
「やってみろ。貴様なら可能だろうが、その前に俺はあの人間を狩る」
《――ッ!?》
ヤマタノオロチの瞠目に、グリフォンはニヤリと口の端を吊り上げた。
「貴様は言っていたな。あの人間が死ぬと困る、と。やはりただの契約関係ではなさそうだ」
――気づかれた!
いや、紘也を殺せばどうなるかまでは知られてはいない。けれど、無敵の〝霊威〟を纏うヤマタノオロチ最大の弱点が紘也だということは知られてしまった。
「言え。あの人間を殺すとどうなる?」
《さあな。己に教えることなどなにもない》
「強がるか。ならば構わん。試すだけだ」
グリフォンの鋭い眼光が紘也を射る。粗雑な動作で腕が振るわれる。
《離れろ人間の雄!》
ヤマタノオロチが叫ぶも、魔術的に発生した不自然な風は刃と化して容赦なく紘也を襲う。今の紘也に風の流れなんて読めないし、読めたとしても満足に動かない体では回避など不可能だ。
ならどうする?
紘也にできることは?
考えている時間はない。紘也は重い体に鞭打って手を動かし、ポケットに入っているはずの赤い六芒星を探す。ウェルシュのアミュレット。これに頼る以外道はない。
真紅の炎が紘也を包む。炎はグリフォンの風刃を呑み込み、滅し、紘也に掠り傷一つすらつけることを許さなかった。
が、それはアミュレットによる〈守護の炎〉ではなかった。
「……マスターに、手出しはさせません」
意識を取り戻したウェルシュ・ドラゴン本人が放った〈守護の炎〉である。よろめきながら彼女は歩み寄り、紘也を庇う位置に立った。
「ウェルシュ、無事なのか?」
「無事ではありません。ですが、ウェルシュはまだ戦えます」
無表情ながらもウェルシュは真紅の瞳に闘志を燃やしている。やる気は充分。戦えるというのも嘘ではないだろう。
「死にかけの蜥蜴が。寝ていれば少しは長生きでき――ッ!?」
グリフォンの言葉は突如爆発した魔力の輝きによって遮られた。小さな規模に圧倒的な魔力が凝縮されたそれは、言わずもがな、ウロボロスの魔力弾だ。
「あたたた、まったく、心臓を〝再生〟したのは初めての経験ですよ」
左胸を右手で抑え、左手で魔力弾を放った体勢のウロがそこにいた。破れたはずの服もすっかり元通りになっている。心臓潰されても死なないとか、ウロボロスの不死性は伊達じゃない。でも普通は死ぬ。「あたたた」じゃ済まない。
「ちょっと気絶しちゃってましたが、おかげで酔いも完全に醒めました。今度は本気の本気であんたをぶっ潰しますから覚悟してください。もちろん覚悟しなくても潰しますが!」
ウロは指をポキポキ鳴らしながら、「これは返してもらいますね」と落ちていた〈竜鱗の剣〉を拾った。
爆光が消え去る。
その中から姿を現したのは――ヤマタノオロチだけだった。
《おのれ金髪! 吾まで巻き込んだな!》
「あ? なんで山田がでっかくなってるんですか? てっきり別の敵かと思いましたよ」
ヤマタノオロチはいつものように喚いていたが、〝霊威〟に守られた体に傷らしい傷は見られない。もし幼女の姿だったら死んでいた。そう考えると目眩がしてくる紘也である。
それにしてもグリフォンがいないのはどういうことだ。直撃をくらったように思えたが、吹き飛んだのだろうか?
「マスター、あそこです」
ウェルシュが指差した方向――蒼谷市街側の道路の中央に、奴は立っていた。体が少し焦げていて魔力弾をしっかりくらったのだとわかるが、なにやら深刻な顔をして掌や翼を閉じたり開いたりしている。まるで調子を確かめるように。
「手負いの連中とはいえ、ドラゴン族が三体か。残りの魔力で相手取れないこともないが、少々厳しいな」
なにかをぶつぶつと呟くグリフォン。もしや魔力の残量が少ないのだろうか?
それもそうだ。あまり派手な魔術などは使っていないが、三体を相手にあれだけの戦闘を繰り広げたのだ。魔力の消費量は並大抵ではないはず。
いくらグリフォンが強力な幻獣だとしても、魔力の量でドラゴン族に勝るとは思えない。
つまり――
「ガス欠ですか? それは実に都合がいいですね」
ウロの言う通り、これはあのグリフォンを討ち取るチャンスだ。
「どうします? 愛沙ちゃんの居場所を吐いてからあたしらにボコられて死ぬか、あたしらにボコられてから愛沙ちゃんの居場所を吐いて死ぬか。好きな方を選ばせてあげますよ」
どっちを選んでも結局は同じだった。戦意剥き出しのウロボロスに対し、グリフォンは興醒めしたようなつまらない表情をしていた。
疲れたようにグリフォンは首を横に振り、
「いや、今回は退くとしよう」
予想外の言葉を口にした。
「貴様らは殺すつもりだったが、『黎明の兆』は既に目的を達成している。これ以上は契約外だ。俺自身、ここから先は楽しめそうにないのでな」
「逃げるですって? 〝勇猛〟のグリフォンとは思えない潔さですね」
眉を顰めるウロ。ウェルシュもヤマタノオロチも意外そうな顔して青年を見ていた。
「俺は退き際を見極められない無能とは違う。立ち向かうことしかできん者は〝勇猛〟とは呼ばん。ただの愚か者だ」
「逃がすと思ってんですか?」
「捕えられると思っているのか?」
退こうとするグリフォン。
追おうとするウロたち。
牽制し合う両者。火花の散りそうな険悪な空気が場を支配する。グリフォンと紘也の契約幻獣たちの睨み合いは一秒が一分に感じられるほど緊迫していた。
「待て、お前、今『契約外』とか言ったよな。『黎明の兆』の仲間ってわけじゃないのか?」
そんな繊細な雰囲気の中、紘也は思い切って先程気になった言葉について訊ねることにした。するとグリフォンは不愉快そうに眉を吊り上げる。
「仲間だと? 口を慎め人間。俺はこの世界で生きるために奴らを利用しているに過ぎん。同列に並べるな」
イマイチ関係性が見えない。『黎明の兆』に所属する誰かの契約幻獣、というわけではなさそうなのは確かだ。
「……くだらん話をしたな」
グリフォンが猛禽類の目をギン! と見開く。その瞬間、紘也たちは自分から地面に倒れ込まされた。
「ぐ……」
今までとは比べ物にならない精神的な重み。ウロたちですらすぐには立ち上がれない威圧感。気をしっかり保たなければ意識をごっそり持って行かれそうだ。
――こいつ、まだこれほどの力があったのか!?
改めて紘也は戦慄する。
「この〝王威〟の個種結界を破れるなら追って来るがいい。まあ、その様子では無理だろうがな」
嘲笑い、グリフォンは踵を返して鷲の翼を大きく広げた。
「この……」
立ち上がろうとするウロだったが、疲労やダメージは〝再生〟せず蓄積されるせいか、せいぜい片膝を突く程度が限界だった。
「そうだ」
羽ばたく前に、ふと、グリフォンが首だけ振り返る。
「このまま貴様らを殺せず去るのも後味が悪い。ヒントをやろう。『黎明の兆』はしばらくこの近辺に潜伏するようだぞ」
それだけ言い残して、グリフォンは夜空の彼方へと消え去った。
愛沙を攫われ、敵に足止めされ、まんまと時間稼ぎをくらってその相手にも逃げられてしまった。
紘也たちの、完全な敗北だった。
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