終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―

触手マスター佐堂@美少女

第3話 目覚め


 再び目覚めたとき、トバリは家のトイレの中にいた。
 周りを見回して、今の自分の状況を確認する。

「たしか僕は、刹那に噛み付かれて、それで……」

 そこでやっと、自分がどうやってこのトイレに入ることになったのかを思い出した。
 ゾンビと化した刹那に噛み付かれたトバリは、彼女から逃れるためにこのトイレへと逃げ込んだのだ。

「――っ!」

 感染。
 そんな単語が脳裏を過ぎる。
 慌てて肩を確認すると、まるで何事もなかったかのように傷口が塞がっていた。

「あれ?」

 夢ではない。
 こうして目が覚めても、トイレの床はトバリの血でべったりと汚れているのがその証拠だ。

 ……おかしい。
 ここまで大量に出血するほどの傷が、数時間で塞がるなどということがあり得るだろうか?
 それに、

「僕は、感染したんじゃ、ないのか……?」

 刹那に噛み付かれたときに、致死率百パーセントのウイルスがトバリの身体の中に入り込んだのは間違いない。
 身体の中心から冷たくなっていく、あの感覚。
 あれは間違いなく『死』だったと、トバリの直感がそう告げていた。

「生きてる……よな?」

 不安になり、身体のあちこちをぺたぺたと触ってみる。
 特に身体が冷たいということもないし、心臓の鼓動も聞こえる。
 脈もある。
 なにより、トバリはこうして自分で思考することができている。
 少なくとも、死んでいるということはない。

「でも、なんで死ななかったんだろう?」

 致死率百パーセント。
 それはつまり、これまでにこのウイルスを体内に取り込んで助かった人間はいないということに他ならない。
 そんな得体の知れないウイルスを体内に取り込んで助かったということは、

「僕の身体が特殊だった、ってことなんだろうな……」

 運がよかった。
 首の皮一枚繋がったと言ったところだろうか。
 しかし、状況が良くなっているわけではない。

 トバリは外を確認しようとして、トイレのドアをそっと開けた。

「…………」



 扉を開けてすぐのところに、刹那の顔があった。



「うぉおおおおお!?」

 慌ててドアを閉める。
 全然ダメだ。
 トイレのドアの前に立ち尽くす刹那は、動く気配すらない。

「せめて刹那がリビングのほうまで行ってくれれば……」

 トイレの目と鼻の先に階段があるので、刹那がリビングのほうまで行ってくれれば、とりあえずは自室ホームに帰ることができる。
 まあ、帰ったところで状況が好転するわけでもないのだが。

「ん?」

 そんなことを考えていたトバリは、刹那の気配がこちらから遠ざかったのに気がついた。
 おそらく、トバリの願いが通じてリビングに行ってくれたのだろう。

 これはチャンスだ。
 トバリは素早くトイレを抜け出し、階段を駆け上がろうとする。
 それはトバリの気配に気付いた刹那が襲ってくることを警戒しての行動だったが、

「……あれ?」

 リビングにいる刹那が動く気配は全くなかった。
 まるで、トバリのことを獲物として認識していないかのような様子だ。

「襲って、こない?」

 ゾンビは、人間を見つけたら襲いかかってくるのではなかったのか?
 そんな疑問が、トバリの中で膨れあがる。
 おそるおそる近づいても、刹那がトバリに襲いかかってくる気配はない。
 顔や目の向きを見る限り、トバリのことを認識してはいるようだが、先ほどまでの獲物を狙うような切迫した感じは全くなかった。

「じゃあ、最初のアレは一体なんだったんだ……?」

 先程までの刹那は、たしかにトバリのことを獲物と認識していた。
 間違いなくトバリの肩の肉を喰らい、咀嚼していたのだ。

 どうして、刹那がトバリのことを獲物として認識しなくなったのかはわからない。
 ……わからないが、襲ってこないならそこまで警戒する必要もないのかもしれない。

 なにせ、相手はあの刹那なのだ。
 ゾンビになったから警戒しなければ、と頭の中ではわかっていても、どこかで刹那のことを敵だと認識し切れていないトバリがいるのも事実だった。

「……喉、渇いたな」

 トバリは椅子に腰掛け、ため息をこぼした。
 緊張感が途切れると、身体が水分を求めているのを実感する。
 あれだけの血液が流れたのだから、それも当然の反応と言えるだろう。

 不意に、トバリは誰かに肩を叩かれた。

「ん?」

 顔を上げると、麦茶のペットボトルとコップを持った刹那が目の前に立っていた。
 刹那が、冷蔵庫から麦茶を取って来てくれたのだろう。

「ああ。ありがとう、せつ――」

 そこまで言って、トバリは硬直した。

 まじまじと刹那のことを見つめるトバリ。
 その瞳の中に渦巻いている感情は、戸惑いだ。

 普段の刹那ならばともかく、今トバリの目の前にいるのは、謎の疫病によってゾンビと化した刹那の死体だ。
 そんな存在が、トバリの言葉を認識して、トバリのために何かを行うなどということがあり得るのだろうか?

「……刹那、そこに座って」

 ふと、ある一つの可能性に思い至り、トバリは刹那にそう命令してみた。
 すると刹那は、まるでそれに従うのが当然とでも言わんばかりに、リビングの椅子にちょこんと腰掛けたのだ。

「……どうなってるんだ?」

 なぜか、ゾンビと化した刹那がトバリの言う事を聞くようになっていた。
 わけがわからない。

 体内に侵入したウイルスが変異して、ゾンビに言う事を聞かせるような力を得たとでもいうのだろうか。
 しかし、まだ仮説の域を出ない話だ。

 そして、トバリには他にも気になることがあった。

「そういえば、肩の傷口も塞がってたよな」

 この肩の傷口も、トバリがトイレで目を覚ました時に塞がっていたものだ。
 トイレに誰も入ってきた形跡がない以上、肩の傷口は自然治癒したと考えるのが妥当なところだろう。
 つまり、トバリの身体は、再生力、もしくは回復力が飛躍的に向上している可能性が高い。 

「……まあ、どうでもいいや」

 しかし、それがそこまでトバリの関心を引くことはなかった。
 治癒能力が向上しているからなんだというのか。
 どうせ、何かしたいことがあるわけでもない。

「……したいこと、か」

 トバリの瞳が、椅子に座っている刹那をとらえた。
 そして、トバリの顔と刹那の顔が重なり――、



 ――トバリは、刹那の唇にキスをした。



「……何をやってるんだ、僕は」

 こんなことをしても、あまりにも遅すぎる。
 そんなことはわかっているのに、トバリは刹那への想いを抑えられそうになかった。

 トバリの視線がまず顔に行き、次に彼女の胸に向かう。

 さっきは心臓の鼓動を確かめるために何気なく触った胸だが、女性経験がないトバリにとって、そこはいまだに未知の領域だ。
 そして、今トバリがそこに触れて咎める人間は、どこにもいない。

「…………」

 それを意識した瞬間、今までにない興奮を覚えた。

 トバリにも、人並みに性欲はある。
 想い人である刹那のことを考えて、自分を慰めたのも一度や二度ではない。

 そんな刹那が、今は無防備でトバリの目の前にいるのだ。
 我慢など、できるはずがなかった。

 トバリはゴクリと唾を飲み込む。
 そして、刹那の双丘に触れた。

「……っ!! す、すごい……」

 柔らかな感触が、トバリの両手に伝わってくる。
 想像していたよりも硬いが、服の上からならばこんなものだろう。

 夢中になって、服の上から刹那の胸を揉みしだくトバリ。
 そして、そんなトバリを、刹那が優しく抱きしめた。

「せつ、な……?」

 今の刹那はゾンビのはずだ。
 それはあまりにも不可解な行動だった。

 しかしトバリにとっては、それすらもどうでもよかった。
 ただ、刹那が自分の事を抱きしめてくれたという事実だけが、トバリにとっての救いだった。

「僕はずっと、ずっとずっと昔から、刹那のことが好きだった。好きだったんだ……」

 トバリの理性が、剥がれ落ちていく。
 その告白を聞いているのか聞いていないのか、刹那はトバリから離れる気配がない。

「だから、ごめん。刹那……」

 トバリは、刹那を床に押し倒した。
 刹那の光を無くした瞳が、トバリの顔を映している。
 それを見てはいけない気がして、トバリは再び刹那に口づけする。

 命令を何もしていないにもかかわらず、刹那は明らかにトバリのことを求めるような挙動を見せていた。

「――――っ!!」

 そんな刹那の姿を見て、トバリの中で何かが壊れた。

「終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ホラー」の人気作品

コメント

コメントを書く