終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―
第35話 化け物の正体
「どうやら、何人かやられたらしいな」
化け物を視認した三田が、苦々しげな顔でそう言った。
触手を伸ばしている化け物の周りには、血の水溜まりができている。
三田の推察は正しいように、トバリには思われた。
「……二人、食べられた」
「……そっか。ありがとう、ユリ。大丈夫か?」
「うん。だいじょうぶ」
トバリは、ユリを抱きしめる。
軽く身体を調べるが、怪我をしている様子もない。
だが、トバリには少しだけ気になることがあった。
「ユリ、あれを食べたのか?」
トバリが小声で、ユリにそう尋ねる。
その目線が示す先には、先端が中途半端なところで削れたような触手があった。
「うん。力、でなかったから」
「……なんだって?」
「力。前よりも、弱く、なってたから……。たぶん、しばらく、食べてなかった、からだと思う」
そこまでユリが言って、ようやくトバリも彼女が何を言わんとしているのか、気がついた。
つまり、ユリは最近人肉を食べていなかったから、トバリと出会う以前よりも力が弱くなっていたのだ。
それで、ユリは触手を食べて足りていなかった何かを補給しようとしたのだろう。
「いや、だからって、あんな得体の知れないものを食べなくても……」
「だいじょうぶ、だよ。ユリが食べたかったから、食べただけ、だから」
「いや、そういう問題じゃないんだけど……まあいいや。今はそれより――」
トバリはユリの説得を途中で切り上げ、目の前にいる化け物を見据えた。
あれがどこからやってきたのか、あれの正体は何なのかなど、色々と聞きたいことはあるが、化け物に人間の言葉が通じるとは思えない。
「あれが、他の拠点を壊滅させた化け物……なんだろうな」
城谷が、忌々しげにそう吐き捨てる。
トバリも、城谷の考えに同意見だ。
あんなのが大量に襲ってきたら、ただの人間などひとたまりもないだろう。
「それにしても、どこから入ってきたんだろう?」
辻は、困惑したような表情を浮かべている。
それはさっき、トバリも疑問に思っていたことだ。
屋上の入り口は、一つしかないはずだ。
そこからあの化け物が進入してきたとは考えにくい。
まさか、外壁を登ってきたとでも言うのだろうか。
「あいつ、空から、降ってきた……」
「……え?」
「男の子たちが、そう言ってた」
トバリを含め、他の三人も驚愕の表情を隠すことができない。
ユリのその言葉が事実ならば、あの化け物は空を飛べる可能性すらある。
「なんにせよ、早く殺してしまうに越したことはないわけだな」
三田はそう呟くと、化け物に向かって駆け出す。
自身を捕らえんとする触手を回避しながら、右手に持った金属バットを、化け物の真ん中に振り下ろした。
そして、すぐに距離を取る。
普通の人間であれば、背骨が折れてしまっていたであろう、鋭く重い一撃だ。
しかし、化け物は少し身じろぎしただけで、大したダメージを受けている様子はない。
その様子に、三田は舌打ちする。
「とりあえず、あの黒衣を引き剥がしてみないと、中がどうなっているのか見当がつかんな」
「ですね……」
今の化け物はその全身を黒衣に覆われており、その中身がどんな構造になっているのか、まったくわからない。
「とにかく、あの邪魔な布を引き剥がしましょう。構造を見れば、攻略の糸口も見えてくるはずです。三田さんと城谷と辻はあの化け物の気を引きつけてください。ユリは僕と一緒に本体の布を狙おう」
「わかった」
三田もそれがベストだと判断したのか、トバリの提案に反対することはなかった。
「ユリ、ナイフはあるか?」
「……ごめん。お家に、忘れた」
「じゃあこれ使え。さすがにあいつらの前で噛み切るわけにもいかないだろ」
トバリは懐に隠し持っていたサバイバルナイフを、ユリに手渡す。
こういうことになることを見越して、常に二本のナイフを携帯していたのだ。
どうやら、トバリたちが来るまでの間、彼女はナイフ無しであの化け物と渡り合っていたようだった。
その戦闘力には改めて感心せざるを得ない。
「行くぞ!」
「はいっ!」
三田と城谷と辻が、先に仕掛けた。
化け物も、黒衣の下からさらに触手を増やして応戦する。
城谷と辻は、先ほどよりも数の増えた触手に翻弄されている。
向かってくる触手たちを金属バットで叩き落とすのに精いっぱいで、それ以上の役割は期待できそうにない。
対して、三田は触手をすり抜け、化け物の本体に何回か金属バットでの攻撃を当てていた。
しかし、化け物の動きが鈍くなる気配はない。
「よし。僕たちも行こう」
「うん!」
トバリとユリも、化け物の本体に向かって走り出す。
そんな中で、トバリは僅かな不安を感じていた。
トバリにとって初となる、人外との戦闘だ。
人間やゾンビ相手ならともかく、相手が触手というのはなかなか厳しいように思われた。
だが不思議なことに、トバリたちを狙う触手は、三田たちを相手にしている触手よりも明らかに動きが鈍い。
それらの間を縫って、割と簡単に化け物の本体に近づくことができた。
「トバリ!」
「よし、いくぞ」
トバリは、化け物にサバイバルナイフを突き立てた。
黒衣が破れる感触と共に、肉を抉る感触があった。
サバイバルナイフを黒衣に突き立てたまま、それをゆっくりと下ろしていく。
やがてそれが下まで到達すると、ユリがその切れ目から布を引き千切った。
そしてついに、化け物の身体があらわになる。
「……おいおい。マジかよ」
その正体に、トバリはおろか、三田や城谷たちも驚きの色を隠せない。
化け物には、人間のような頭があった。
いびつに歪んだその頭部が、不自然な角度で首を曲げて、足元にある人間の肉を食べ続けていた。
そしてその化け物には、人間のような胴体と腕、それに足があった。
一つだけ人間と違うのは、身体中のありとあらゆるところから赤紫色をした触手が生え出ていることだ。
その化け物の身体は、身体全体のサイズが少し大きいことと触手が生え出ていることを除けば、トバリたちが知っているあるものに、とても似ている。
それは他でもない。
「まさか……あれはゾンビなのか?」
「いや……でも、そう考えるのが妥当だと思う」
トバリの疑問の言葉を、辻が肯定する。
しかし、あの化け物がゾンビならば、納得できる部分もある。
安藤が法衣の男に遭遇したとき、隣に寝ていた男子生徒は腹部を食い荒らされていたという。
でも、もしその化け物がゾンビの一種なのだとしたら、安藤が化け物に襲われなかったのは運が良かったからでもなんでもなく、『資格』を持っていたからだ。
先ほど、トバリとユリの接近に対してもいまいち反応が鈍かったのも、トバリとユリが半ゾンビ化しているから、と考えれば辻褄が合う。
もっとも、普通のゾンビと違って、トバリとユリを全く狙っていないわけではなさそうだが……。
どちらにせよ、あれは、
「ゾンビの変種、ってことになるんでしょうね」
おそらく、そういうことなのだろう。
「でも、それなら頭を狙うのが有効なはずだ。三田さん!」
「わかっている!」
トバリが声をかけるよりも前に、三田が動いていた。
それに反応して、化け物が背中から大量の触手を生やし、頭の部分を守ろうとするが、
「はあ――ッ!!」
トバリとユリが、その触手を切断していく。
結果、三田たちのほうに大した量の触手は伸びない。
「これで、終わりだ」
三田が、化け物の頭部に思い切り金属バットを振り下ろした。
頭蓋が砕ける鈍い音が辺りに響き、化け物の動きが鈍くなる。
三田がもう一度殴ると、化け物の動きが完全に止まった。
その頭蓋は、完全に砕けている。
脳漿と血が飛び散り、化け物だったものはただの死骸になり下がっていた。
「ふぅ……」
終わった。
一瞬、場の空気が弛緩する。
だが、ゆっくりはしていられない。
この化け物がここに来たということは、つまり、
「……法衣の男が動き出した可能性が高い。三田さんたちは、すぐに下にいる人たちに避難準備を始めるように――」
トバリがそこまで言った、そのときだった。
「……ん? なんか揺れてないか」
「地震かな?」
小さな振動が、トバリたちの足に伝わってきた。
城谷と辻が、揃ってそんな声を上げる。
「……いや、これは」
三田が目を細める。
トバリも一瞬、地震かと思ったが、違う。
振動は、一定の間隔を開けて、トバリたちの足元を揺らしている。
天災ではなく、これは人為的なものだ。
そして、
「……誰か、来る」
トバリたちが謎の振動に困惑していると、屋上に一人の男がやってきた。
相当急いでいたようで、息も絶え絶えだ。
彼はなんとか息を整えると、
「た、大変です! 巨大なゾンビが、バリケードを突破しようとしています!」
「……なに?」
彼のその言葉に、三田は訝しげな表情を浮かべる。
城谷と辻も、同じような顔をしていた。
「トバリ……」
「ああ……。来たみたいだな」
事態の進行に思考が追いついていない三田たちを尻目に、トバリとユリは、お互いの理解を確かめ合っていた。
法衣の男たちが、ついにここへとやって来たのだと。
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