東方魔人黙示録

怠惰のあるま

《魔王は全てを拒絶する》


幻真は耳を疑った。いや、冗談に聞こえたかもしれない。なぜなら、目の前の男。白谷 磔の発言があまりにもベタな発言だったからだ。
そのせいか、幻真は笑って磔に言った。

「おいおい。冗談はやめろよ磔」
「何がだ?」
「何って、アルマのことだよ。そうか! お前らグルになって俺を騙そうとしてんだな!」

幻真は辺りを見渡して言った。
きっと隠れて俺を驚かそうとしている。そう思ったからだ。しかし、現実は違う。

「幻真...冗談とかじゃない。本当に誰のことを言ってるんだ?」
「全く...そんなに真剣に言えば騙されると思ったのかよ」
「悪いけど幻真。騙すとかじゃなく、アルマって人物。私たちはわからないわ」

意識がはっきりした桜も磔と同じようなことを言った。そのことに幻真は冗談ではないのだと気付き始めた。そして、まだ意識が混濁しているパルスィへ言葉を投げかけた。

「な、なぁ! パルスィ! アルマって知ってるだろ!? お前の夫の!」

どこか焦りが篭ったその声に彼女は首を傾げた。

「夫...? 私は子供はいるけど、結婚なんかしてないわよ」

幻真は完全に理解した。原因はわからないが、彼らは本当に《桐月アルマ》という存在を忘れてしまっていた。いや、どちらかといえば消されてしまった、と言った方があっているのかもしれない。
アルマの最愛の妻であるパルスィが、嘘偽りなくアルマを知らないと言ったのだ。彼女が冗談でも彼を知らないと言うことはない。何故ならパルスィも同じくアルマを狂うほどに愛しているから。
その確信があったが故に幻真はこの現状をどうすることもできないと理解し、否定の言葉しか出せなかった。

「うそ...だろ...?」
「幻真。お前気絶した時に打ち所悪かったんじゃないか?」
「いえ、幻真さんは正常ですよ」

優しく、どこか悲しげな言葉が聞こえた。
幻真はその声の主であるさとりに顔を向けた。

「さとり...」
「私もアルマという名前は記憶にありません。ですが、幻真さんの心を覗いて見て、そのアルマという人物を見させていただきましたが、不思議なことに見覚えがあるのです」
「じゃあ、こういうことかしら。私達は何かが原因でアルマという存在を忘れてしまった、と」

豊姫の考えにさとりは小さく頷いた。
その考えに涙亜は頭を抱えながら、唸っていた。

「なんか...話が突拍子も無くて頭が痛くなってきたよぉ〜...!」
「そうね。もし、幻真のいうアルマという人物の記憶が消されていたとして、何故その記憶が消されたのかしら?」
「それは...よくわからない。俺たちは終作に呼ばれただけだからな」

桜の疑問に磔は困惑した表情をしていた。彼の言葉に幻真は終作がいないことを思い出した。

「そうだよ! 終作はどこに行ったんだ?」
「そういえばあいつ...気がついたらいなくなってたな」
「記憶の改変未遂と終作が行方不明...一体何がどうなってるんだよ...!」

自分達の現状に彼らは完全に混乱していた。
呼ばれたと思えば、呼んだ本人は消え、記憶が改変されている可能性。そして、これからどうすればいいか、目的もない。
彼らはどうすればいいのか分からないでいた。
そんな彼らに近づいてくる影があったが、彼らはまだ気づいていない。









△▼△









場面は変わり、記憶から自分自身の存在を消し去ったアルマは地上に出ていた。
どこに向かっているのか、急ぎ足で進む彼は何かを感じた。

「何の用だ...?」

足を止めるとアルマは後ろを振り向く。そこには誰もいない。だが、彼は一点を睨む。
それが数秒続くと空間に歪みが生まれた。そこから現れたのはニヤニヤと不敵に笑う終作だった。

「何の用とな。目が覚めたら目の前の怪しい人物がどこかに去って行ったんだ。むざむざ見逃すはずないだろ〜?」
「なるほど。合理的だな。おまえらしくもない」
「俺を知ってるような口ぶりだねぇ。こっちはあんたを知らないのに」

どこかとぼけた顔で淡々と喋る終作にアルマは異法で黒く染めた右腕を振りかぶっていた。
硬い金属音が辺りに響く。しかし、その音は終作を殴った音ではなかった。
攻撃が来るのを分かっていたかのように終作とアルマの間の空間に狭間が生まれていた。その中にアルマの黒腕は突き刺さり、空間を通して彼の右側頭部にヒットしていた。だが、彼もそれを読んでいたように異法で右側頭部を硬化していた。

「やるねぇ」
「てめぇの考える事なんかお見通しなんだよ」
「それはコワァイ!」

態とらしく怖がるふりをすると右から迫る黒く染まったアルマの左脚を右手で受け止めた。

「さて、あの場で何をしていた」
「お前に話して得があるのか?」
「もしかしたら仲良くなれるかも〜?」
「それは俺にとって損だっつーの!!」

右腕を鎌のように変形させると終作を斬り裂いたーーーーーーーはずだった。
その鎌に感触はなく。ただ、変な違和感だけを残し、アルマは鎌となった腕を振り下ろしていた。
いつの間にか背後に回っていた終作はニヤニヤと笑っていた。

「魔怪負傀か...」
「おろ? このモードを知ってる。本当に不思議なこともあるもんだ」
「猿芝居はよせよ」
「なんのことやら」

赤と黒を基調とした大鎌を大きく振りかぶり、終作は横薙ぎにそれを振った。同じくアルマも空間から魔鎌・首削を取り出し、終作とは反対方向から横薙ぎに振るった。
バチバチと火花が起こる。アルマは魔力を流し、大鎌の刃をチェーンソーのように動かした。終作の大鎌からより一層火花が飛んだ。

「嫌な武器だね〜!」
「そう言いながら削れねぇじゃねぇか!」
「そう簡単に削れては武器として使えないよ〜ん!」
「あっそ。まあ...関係ないけどな!!」

嫌な笑みを浮かべると、大鎌同士のぶつかり合いで嫌な音と火花を出していたが、なぜかどちらの音も消えた。
その異変に終作は気づくと、それを見た彼はギョッとする。驚く事にアルマの持っていた大鎌が終作の大鎌をすり抜けて彼の体に迫っていた。

「な、なんだこりゃ!?」
「なぁにお前の武器を無視しただけさ」
「無視しただぁ? 意味がわからないが、んなもん避けたという結果だけを反映させればいいだけだよねぇ!」

終作は能力を発動するが、終作が避けたと言う結果は反映されず、大鎌は能力を発動する前と同じ場所から動いていなかった。まるで彼の能力を無視したように。
迫る大鎌から逃げるように、もう一つの能力である次元を操る程度の能力で終作は次元の狭間に入る。そして、アルマから距離を取った位置で先ほどの現象に大声を出した。

「どういうことだ!?」
「だから言ってるだろ。無視してるって」
「おいおいおい! 物質だけじゃなくて概念も無視すんのかよ!?」
「俺の拒絶は全てを無視する。まるで本当に無いものと認識するかのようにな」

アルマの拒絶は本人の言うように、この世の現象、物質、概念。全てを無視する力がある。故にそれを攻撃に応用すれば防御無視の一撃となり、能力や攻撃から身を守る事に使用すれば完全な防御となる。
最強の矛であり最強の盾なりうる力。
それが《拒絶》の感情。
終作は寒気を覚えた。目の前にいる敵は言わば対抗策のない幽霊を相手にしているようなもの。しかし、相手はこちらに干渉は可能。そう。ほぼ詰みである。

「くそ! 無駄に首を突っ込まなければよかったぜ!」
「後悔しているところ申し訳ないが、これから俺の障害なりうるお前はここで消させてもらうぞ」
「お、おいおい! 友達を本当に殺す気か!?」
「......はぁぁ、やっぱり記憶消えてないのかよ」
「あ、やべ。バレちった」

うっかり口を滑らしたかのように終作は口を手で抑えた。
その様子にアルマは額に手を当てると面倒臭そうに彼に質問をした。

「どうやって記憶の札の能力を防いだ?」
「そんなの簡単! 結果を操ったのさ!」
「なるほど...能力が効かない、という結果を反映したってわけか。しかし、解せないことがある。なんで俺が記憶を消すって思った?」
「アルマくんは単純だからね〜! 君のやることなんかお見通しさ!」

ドヤ顔をする終作にアルマは弾幕を一発お見舞いした。どこぞの黒服男のように背中を仰け反らせ華麗にかわすが、アルマに軽く押され背中から倒れた。
頭を軽く打ったようで撫でながら彼にあることを聞いた。

「で、記憶の残った俺をどうするんだい?」
「どうせお前には効かないんだ。不本意だが協力してもらうぞ」
「いいよ〜ん! と言うわけで、仲間や最愛の家族の記憶すら消してまで成し遂げたいアルマくんの計画とはなんだ〜い?」

その質問に対しアルマは数秒悩み、口を開いた。

「まあ教えてもいいか。ただし、これは誰にも言うなよ。万が一記憶が戻ったパルスィには絶対言うな」
「なんで?」
「聞いたらあいつは自分が犠牲になろうとする。俺が今回やろうとしているようにな」
「やっぱり死ぬ気か」
「これしか方法はないんだ。説得されても拒絶する」

アルマは、どこか納得のいかない終作に今回の計画が自己犠牲に至った経緯を話した。
その内容はあまりにも残酷で悲しいものであった。
あの終作でさえ、絶句せざるを得ない。それほどの悲しき内容であった。

「なんでそんな...よりにもよって...!」
「きっと嵌められたのさ。俺がこうならざるを得ない状況に陥れさせるために」
「だったら首謀者を!!」
「関係ない。これは《無》によって定められた運命だ」
「......クソがっ!!」

終作は地面を力一杯踏みつけた。それは地面が割れるほどの怒りが込められていた。
珍しく怒り散らす彼を見たアルマはうっすらと笑っていた。
それが気に食わないのか終作はアルマに向けて荒げた声を出した。

「おまえ...なんとも思わないのか!?」
「思う、思わないじゃねぇ。もう抵抗なんて不可能なんだよ」
「おまえらしくもねぇ! いつもみたいにいやらしく生きようとしてみろよ!!」
「《無》を知らねぇからそう言えるんだよ」
「無だか有だか知らねぇが、本当に他に方法はねぇのかよ!!」
「ねぇよ。運命の呪いを解くには片方が死ぬしかない」

淡白に話すアルマに終作は何も言えなかった。いや、全てを見ることができる彼だからこそ、アルマの気持ちが嫌なほど見えたから何も言えなかったのだ。
残酷な現実を無理矢理にでも受け入れ、最愛の妻のために自分の命を投げ出そうとしている魔王の気持ちが痛いほど見えてしまったから。
故に、彼は決意する。

「...なら俺はお前を守るからな」
「は?」
「目の前で仲間が理不尽に死のうとしていて見捨てるほど俺は腐ってねぇよ」
「......勝手にしろ」

素っ気ない反応を返すと魔王は歩みを進める。その歩みがどれだけ絶望に近づく事になろうとも。
そして、彼を守るために始祖神は後ろをついて行く。これ以上、魔王を絶望へと近づけんために。









△▼△









場面は戻り、幻真達はというと。

「じゃあ、俺達は魔王を倒せばいいんだな」
「まあ、そういう事だ」
「おい! 俺は反対だって言ってるだろ!」
「幻真さん。気持ちは分かりますが...」
「お前らは忘れてるだけだ! アルマは悪い魔王じゃねぇんだよ!!」

言い合いをしていた。
事の発端は、彼等彼女等が目的を見失っていた時まで遡る。
困惑している中、磔がある気配に気づき武器を構えたのだ。それに続くように涙亜や未来達も臨戦態勢に入った。
現れたのは三人の男女だった。
一人は尖った黒髪。黒い半袖の上に深緑のミリタリーコート、サイズの大きいダメージジーンズを履いている男。
もう一人は半袖のローブを羽織り、口元をマフラーで隠したガタイのいい年を少々食った男。
最後の一人はポンチョのようなものに身を包み、クリームの髪色をしたボブカットの幼い少女。
誰も面識のない中、三人のうちの一人の黒髪の男が声を発した。

「武器を下ろせ。俺たちは敵じゃねぇ」
「そう言われて下ろすと思うか?」

磔が用心深く言った。
その返答に、マフラーで口元を隠したガタイのいい男が答える。

「だろうな。しかし、敵だとしたらお前達がこちらに気付く前に俺達は攻撃をしてたぞ」
「磔、落ち着きましょう。下手に攻撃しない方がいいわ。それに彼等から敵意は感じない」
「...分かった。武器を下ろそう」
「争う気はないって分かったようだね。全く、疑り深い人達だよ」

ボブカットの少女がどこか上から目線で言った。そして、全員が武器を下ろすのを確認すると改めて自己紹介を始めた。

「自己紹介をさせてもらうわよ。私はグランヒルデ・アルケミーよろしくなの」
「俺はベント・ラングレンだ。よろしく頼むぜ」
「俺は鶫 剛だ。よろしく。さて、早速で悪いがお前らに協力して欲しいんだ」
「協力?」
「ある魔王を倒すのを手伝って欲しい」

魔王という言葉に、幻真は過剰に反応する。彼は嫌な予感がしたのだ。

「そ、その魔王の名前って...?」

幻真は震えた声で聞いた。その問いにベントが答えた。

「そいつは、感情の魔王 桐月アルマだ」
「桐月アルマ...え? 確かアルマってーーー」
「ふざけんな!!」

涙亜がアルマという名に既視感を覚えたと同時に、幻真はベントに斬りかかっていた。
それを容易に受け止め、彼は不思議そうに首を傾げた。

「どういうつもりか知らねぇが...斬りかかったってことは殺されてぇみたいだな!!」
「落ち着けベント。お前も何のつもりだ?」
「お前らがアルマを倒すって言ったからだ!! 魔王だとしても、あいつは倒すべき相手じゃない!」
「何を言ってるんだ? 魔王は倒すべき絶対悪だろ」

剛の言葉に幻真は怒りが込み上がった。

「相手のことを理解せずに魔王が悪だって決めつけんじゃねぇよ!」
「......テメェ。変に魔王に肩を持つが、まさか味方するわけじゃねぇよな?」
「するもしないも。アルマは俺の大切な仲間だ!」
「へぇ? じゃあ、君も倒す対象と見ていいのね」
「お、おいおい! お前ら一旦落ち着け!!」

今にも火ぶたが切られそうな四人に磔は間に割って入った。

「どけろ磔! 俺はこいつらをぶっ飛ばさないと気が済まない!!」
「落ち着きなさい幻真。とにかく話だけでも聞きましょう」
「クソッ!」

二人に止められた幻真は悪態をつきながらも武器をしまった。
剛達も臨戦態勢を解き、まだ殴りかかろうとしているベントを抑えながら、磔に幻真の行動の経緯を聞いた。
彼は今までに起こったこと、幻真以外の記憶が弄られた可能性のこと、仲間の一人が行方不明のことを話した。
話を聞き終えた三人は一つ気がかりなことあったようだ。

「記憶が弄られているとして。どうして、その幻真って奴だけ記憶があるんだ?」
「憶測だけど、幻真はここに来た時に気絶していたの。それが原因で記憶の改変を受けなかったんじゃないかしら?」
「ふ〜ん。でも、こうも考えられない? その気絶していた幻真って子だけが記憶の改変にあって魔王が仲間だと思い込んでいるとか」

グランヒルデは冷静に答えた。
彼女の意見は最もだろう。たった一人記憶があり、それ以外の全員が記憶を改変されたという現状はあまりにも不自然だ。
逆にその一人だけ記憶があるのがおかしいと考えるのが妥当であろう。

「俺が洗脳されてるとでも言いたいのか!?」
「そう考えるのが妥当だよ」
「そうですね。ですが、彼の心を見る限りそれはあり得ないです」
「どうしてそう言えるんだい?」
「少なからず、洗脳されている人間は心が不安定になります。けれど、幻真さんにその傾向は見られない。故に洗脳の可能性は低いかと」

自分の意見を否定されたからか、さとりの意見に信憑性があるからか、グランヒルデは拗ねた様子で顔を逸らした。

「そもそも、あなた方は誰に呼ばれこちらの世界に訪れたのですか?」

さとりの質問に磔は首を傾げる。

「さっき話に出た勇者召喚じゃないのか?」
「だとしたら、この方々は状況を理解していてもいいはずです」
「と、言うと?」
「勇者召喚とは、本来召喚された世界の現状を頭にインプットされるはずです。この世界の管理者によって」
「さとり...あなたは何を知ってるの?」

まるで全てを悟っているかのように話す彼女に桜は疑問を抱かずにはいられなかった。
それでもさとりはにこやかな笑顔を見せて、いつものようにはぐらかす。

「私はただの傍観者です。さて、話を戻しましょう。あなた方は誰に呼ばれたのでしょうか?」
「あんたのいう通り、俺達は別に勇者としてこの世界に呼ばれたわけじゃない。ただ、何かに引き寄せられるように気づけばここにいた」
「つまり、あなた達もここにきた原因は分からない、と」
「そういうことだ」

剛の答えにさとりは考え込んだ。
そんな中、幻真はある事に気付いた。

「待てよ。こいつらが勇者として呼ばれてないなら本当の勇者は別にいるってことか?」
「そうなりますね」
「じゃあ...その勇者ってどこにいるんだ?」
「それはーーーーー」

さとりの声はそこで途絶えた。
胸を貫く腕によって。
その場にいた者は何が起こったか一瞬理解することができなかった。目の前にいた彼女の胸から突然、真っ赤な腕が貫いて現れたのだ。状況を理解するのに時間がかかっても仕方がないだろう。
そして、数秒。最初に思考が戻ったのは磔であった。

「さとり!?」
「がふっ...! な...ぜ......?」

さとりは驚いた様子で自分の胸を貫いたであろう人物を見た。
その者は彼女から腕を引き抜くと、どうでも良さげに声を発した。

「これ以上、俺の計画の邪魔をされたら困るからだ。さとり様」
「テメェ...! 何者だ!!」

磔は地面に倒れ込むさとりを腕で抱き抱えると、目の前の男へ怒りを込めた声で問い掛けた。

「俺は魔王 桐月アルマ。全てを拒絶し、この世界に混沌を呼ぶ者」

感情の魔王ーー桐月アルマは涙を流し、かつての友を見つめた。




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