東方魔人黙示録
地の底に住まいし者
ブクブクと泡を浮かべる大きな灰色の地底湖があった。
時折、異形の生物が湖から現れては湖から伸びる触手に捕まり消えていく。同じ光景がほぼ永遠に近い間続いていた。
そんな地底湖にある訪問者が現れた。
「お久しぶりですね。お元気でしたか?」
その者は灰色の地底湖に語りかけた。答えるように吹き出る泡が強くなる。
ニコッと笑う訪問者は話を続けた。
「ここであなたと出会ってから何十年が経過したでしょうか。と、まあ思い出話をしにきたのではありません。お願いがあってきたのです」
淡々と話す訪問者に地底湖は静かに聞いていた。自分から這い出る異形の怪物達を捕まえる触手を止め、すでに捕らえていた怪物を喰らうこともない。
またブクブクと返事をするかのように泡を立てる。
「アルマを助けて欲しいのです」
ブクブクと泡立っていた地底湖が大きく波打った。まるで何かの感情を表すかのように。
何も声を発することがなかった地底湖はさらに自身を波打ち何かを表現しているようだった。
訪問者はそれを理解したのか深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。あなたがいればアルマも助かるでしょう」
ニコッと微笑む訪問者。それに対し、地底湖は触手を出して横にブンブンと振った。
「それでは私はこれで...」
立ち去ろうとする訪問者に地底湖は何かを伝えるようにブクブクと泡立つ。内容は分からないが訪問者はクスクスと小さく微笑んだ。
「私はいつでも傍観者...ですよ?」
訪問者の瞳が淡く輝いた。その全てを見据えているかのような紫色に輝く瞳には何が映っているのだろうか。
やれやれと言いたげな地底湖は小さな分体を作り出した。トコトコと分体が走り、訪問者の肩の上に乗った。そして、分体が耳打ちをすると小さく頷き、訪問者はその場を離れまた別の場所へと向かった。
誰もいなくなった空間に地底湖はブクブクと泡を立て捕らえていた異形の怪物達を喰らうと、その場を去った訪問者に向けて高いとも低いとも言えない声を発した。
『家族を傷つけられて傍観者でいられるのか...? のう...さとりよ...』
地底湖は訪問者ーーー古明地さとりへ心配そうに答えが返ってこない質問をしたのだった。
△▼△
地霊殿よりもさらに深い場所で感情の魔王 桐月アルマはボロ雑巾のように地面の上に横たわっていた。
「はぁぁ...いてぇ...」
ペナルティが終わったと思えばこんなところに捨てられるとは、全く酷いもんだ。
もっと丁重に扱ってくれても良くない? と愚痴を言っても仕方がないか。しっかし、ニャルラトホテプ...外なる神なだけはあるな。強すぎる。しかも能力まで奪われてしまうとはなーーーーーーーー
ーーーーーーーー数刻前
拘束されていた俺はなす術もなくあいつらの戦いを見ていた。ルシファーは相手側だったみたいだし、俺の隣で傍観していた。
「感情の魔王。今どんな気分?」
「とりあえずお前を完膚なきまでにぶっ潰したい」
「それは怖い」
「何が目的だ...ニャルラトの本性はお前が一番知ってるだろ」
「知ってるとも。けど今回の目的にはあいつの協力が必要不可欠なんだ」
そこだ。俺はこいつの目的がわからない。
ニャルラトの言っていた全次元の魔王になる。という馬鹿げた話は冗談か、本当になるつもりなのか...どっちでもいい。どのみちニャルラトは混沌を起こせればいいのだ。
しかし、ルシファーは謎だ。最初はアザトース関連かと思えば違った。
全くもってわからない。何が目的なんだこいつは?
「私の目的が気になるかい?」
「そりゃあな」
「そうかそうか。まあ気になったところで教える気はないよ」
だと思いましたよ。
小さくため息をしていると戦況が劇的に変化していた。
なかなかのコンビネーションを発揮していた四人の魔王だったがそれでもニャルラトホテプには到底敵わず弄ばれていた。
「四人の魔王だろうとあいつに勝てるわけがない。仮にも外なる神の一柱。そう簡単にいかないよ」
「そんな外なる神がいるのになぜ俺を恐れる必要がある? 確実に勝てるだろ」
「分かってないようだね。君の能力は強い弱い関係なくすべての生物、況してや神でさえも弄ぶ。そんな能力を放っておける訳がないだろう」
異世界の強者共には感情の操作がまともに効いた試しがないのですが言わないでおこう。
ふむ。俺の能力はどうやら過大評価されてるようだ。この能力ってそんなに恐れますかね。
「まあそれだけではないけど...」
「なんか言ったか?」
「いいや。さて、魔王も片付いたようだし...食事の時間だ...!」
そう言ってルシファーは暴食によって四人の魔王の肉体を全て喰らい、魂を飲み込んだ。
何倍も膨れ上がった魔力は近くにいるだけでヒシヒシと感じる。この次元の最強の魔王達を飲み込んだんだ。当たり前か。
しかし...なぜ俺を喰わない? もしかして美味しくなさそう? そうだとしたら泣きそう。
「ふむ。ルシファーちゃんアルマくんはどうするんだい?」
「ペナルティを与えたらそこらの世界に捨てればいい」
「ほうほう。ならルーレットスタート!!」
パチン! とニャルラトホテプが指を鳴らした。それが合図だったらしく俺の後ろに佇む大きなルーレットの針が動いた。
グルグルと大きな音を立てて針は回る。
「何が出るかな〜? 何が出るかな〜?」
ルーレットを楽しむようにニャルラトは目を輝かせる。こっちは命懸けのルーレットだというのに悪質な野郎だ。
数秒が経過し、また指を鳴らすニャルラト。回っていたルーレットの針はゆっくりと速度を落として行きカチ、カチ、と少しずつ進みカチン! と動きを止めた。針が示す場所に書かれていたのは【The ability】。
どうやらペナルティは能力だそうだ。
あれ? これってやばくないですか?
「君は本当に運がないな! 私達が恐れた能力を奪われるとはね!」
「うん。全くもって俺は運がない」
「それじゃあ...アルマくん? 能力をもらうよ〜ん!」
ゆっくりと俺の体に触れようとするニャルラトの腕を俺の体から飛び出した黒い腕によって阻まれた。
「勝手な真似はさせぬぞ...!」
黒い液体を撒き散らし、俺の体から飛び出したのは真っ黒い肌に赤い紋様を浮かべ二対となっているグネグネと歪な形をしたツノ。真っ黒に染まった瞳。自分を覆い隠せそうなほど大きな翼。そして、心臓のある部分にはトライバルのタトゥー。
現れたのは俺の憤怒の感情の化身である黒眼の怪物だった。
「おやおや〜ん? これはびっくり! 大魔王のサタンさんじゃないですか〜!」
「我は《黒い目をした憤慨の怪物》サタンなどではない」
「似てるだけ? まあいっか! それに〜誰であろうと〜邪魔をしないでいただきたい」
ニャルラトはおちゃらけな態度をやめ、光の無い瞳で黒眼の怪物を見つめた。
それを意に解することなく赤い炎に包まれた拳をニャルラトに振り下ろした。
「潰れろ...!!」
「やれやれ...憤怒というのはせっかちな感情だ。まあ僕は嫌いじゃないよ!」
何処からか取り出したのは黒く染め上げた黒鉄の盾。そのサイズは普通よりもふた回り以上あり、ニャルラトの全身を覆うほどである。
黒眼の拳をその盾で防ぐと衝撃を吸収した。
「この盾は全てを飲み込む闇の盾。いかなる攻撃もこの盾の前では無に等しい」
たじろぐ黒眼にニャルラトは白銀に染まったレイピアを取り出し空を斬る。すると、空気が揺れたと思えば黒眼の怪物が何かが衝突したかのように後ろへ吹き飛ばされてしまった。
呻き声を上げ、ニャルラトを睨みながら黒い霧へと霧散した。
「闇に飲み込まれたものはこの光の剣により吐き出される」
「憤怒!!」
「さぁてと! 邪魔者はいなくなったし続けようか!」
ニコニコと笑うニャルラトは右手を俺の心臓に向けて突き刺した。
グチャリグチャリと音を立て、俺の心臓辺りを搔き回す。痛みで叫ぶ俺の姿をルシファーは嬉しそうに顔を赤らめて見ていた。
数分続いてニャルラトは俺の中にある何かを握り引き抜いた。握られていたのは白く輝く球体のようなものだった。
「能力を抜くとこんなにも綺麗な宝石になるんだね」
「いやいや〜こんなに綺麗なのはアルマくんの能力が素晴らしい力だからさ!  ルシファーちゃんも抜いてみる?」
「遠慮しておくよ。さてと...感情の魔王。君にはご退場願おうか。ニャルラト」
「ほいほ〜い! ほれ!」
パンッ! と手を鳴らすと俺を拘束していた十字架と触手は消え、代わりに足元に大きな穴が開いた。
能力を抜かれた俺は上手く力が入らず無抵抗のままズブズブと沈んでいった。ルシファーとニャルラトホテプの笑い声を聞きながら俺は完全に穴の中に飲み込まれた。
ーーーーーーーそれで現在に至るわけであるがひとまず、ここはどこだ? 俺の世界の地底のようにも見えるがこんなところ見たことがない。
軋む体を無理やり起こし辺りを見渡すと前方から何かが近づいてくる。
俺は両腕を異法で武器化させ警戒態勢に入った。
ゆっくり、ゆっくりと近づく何か。正体が見えてくると俺はギョッとした。
コウモリとナマケモノを足したような見た目の毛むくじゃらの体。気だるそうな表情をした生き物がノッシノッシと俺に近づく。
「な、何だお前は!?」
近づいてくる毛むくじゃらの生き物に俺は大声で話しかけた。すると、その場で立ち止まり頭を掻いた。
面倒くさそうな生き物は小さくため息をすると口を開いた。
「我はツァトゥグァ。ここら一帯に生息する者。貴様は?」
「俺は桐月アルマ。ここは何処だ? 地底なのか?」
「地底ではあるが貴様らが住む場所よりもさらに下に位置する場所だ」
やっぱりここは俺の住む世界か。なぜこんな地底深くに捨てたのかは分からないが運が良ければみんなと合流できるかもな。俺の忠告を聞いてくれてればだがな。
「アルマと言ったな。まさかと思うが感情の魔王 桐月アルマか?」
「確かに他の魔王にはそう呼ばれてるが...なぜ初対面のお前がそれを知ってる?」
「それは...いや説明は我ではなく主に聞いた方が良いだろう」
「主...? お前がここを支配してるんじゃないのか?」
ついて来れば分かるとだけ言って来た道を戻って行った。どうやら行くしかないようだ。
まあ...とにかく。
「動けないから乗っけてくれない?」
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