比翼の鳥

風慎

第74話 引き寄せたものは

「あの反応は、ちょっとヤバいな……。」

 俺は、そんな風に人並みの速度で走りながら呟いた。
 並走するルナも、その言葉に頷く。

 飛来しようとしていた魔物の群れは、正直どうとでもなる。
 しかし、その後から来る奴はダメだ。あれは、まずい。

 なんせ、魔力量が今まで会ったどの生物より上だ。
 何より、この魔力波長、この感じは、俺が良く知っている存在に極めて似ていた。
 ふと、首筋が疼く。やはり、反応しているのだろうか?

 世界を旅するなら、いつかは出会うと思っていたが……まさか、こんな形で、しかも向こうからやって来る事になるとは。

 俺は半ば愚痴りたくなりながらも、足早に市場へと向かっていた。
 ちなみに、ヒビキとリリー、そして此花と咲耶が率いるティガ兄弟には、既に市場の包囲を任せてある。
 ここから、を外に逃がすわけにはいかないのだ。

 そして、さっき、その大物の反応を見てみて、漸く合点がいった。
 市場にある反応を目指して、あの親玉はやってくるのだろう。
 もしかしなくても、教団にいるあの反応も関わっているだろうが、本命はこちらだと思う。
 そして、問題は、市場から感じられる、その反応の弱さだ。

 やばいかもしれん。

 これでこの反応が消えたら、もう後戻りできなくなる。
 俺は焦る気持ちを抑えながら、反応に向かってひた走る。
 まだ、大きく反応が減じることは無い所を見ると、すぐさまどうこうしようと言う訳ではなさそうだ。
 だが、状況がいつ急変するかは不明なのだ。

 俺は、その弱々しい反応を追いながら、周囲の反応も逐次チェックしていく。
 近づく度に、【サーチ】から得られる情報の精度が上がる。
 その結果、目標の反応は、市場の奥まった場所にある家屋の中で、檻のような物に捕らわれている事が分かった。
 そして、その周りには、護衛と思しき反応が4つ。
 いずれも、大したことは無い。

 制圧するか?

 一瞬、そう考えるも、教団から程近い場所で魔法陣を使うのは、躊躇ためらわれる。
 弱い魔法なら大丈夫だろうか?

 しかし、魔法を使う以上は、そこに魔力の残滓が残る事になる。
 もし、解析できる魔法があるようなら、そこから俺の素性がばれる可能性があるわけで……。

 いや、しかし、どの道、この反応を移動させるには、【ステルス】をかけなくてはならない訳で……まぁ、良いか。

 俺が考えをまとめ終えると同時に、その家屋に到着した。
 周りに人の目が無いことを確認すると、俺達は、家屋の屋上へと飛び上がり、中の様子を伺う。
 そうして、中の様子を伺うため強化した聴覚に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「こ、これで、金貨、に、二百枚とは、ボロボロ儲けですねぇ。ひひ、ひひひひ。」

「うへ、うへへへ。」

 ……おい。
 まさか、あんたらか? あんたらなのか?
 この、声には、嫌と言う程、聞き覚えがあった。
 砂漠のさそりだったか? ギルドで俺達に絡んできた、あのどうしようもない奴らだ。
 最近、見ないと思ったら、そうか。こういう事か。

 次いで、あのヒョロ男が、ルナをいやらしい目で見てきたことを思い出し、心に黒々とした物が広がるが、俺は黙ってそれに蓋をする。
 いや、今は、そんな私情で暴れていて良い場合じゃない。
 そんな風に、心を落ち着かせていると、ルナがそっと手を握ってきた。
 視線をよこすと、少し苦笑しながら首を振るルナ。

 そうだな。こんな事で、心を乱している場合じゃないな。
 俺がルナに頷いたところで、聞き覚えの無い女性の声が響いた。

「ほら、お前達、早くそこの死にぞこないを見せるんだよ。」

「へ、へぃ、姉さん。」
「あ、姉ざん、分かったんだな。」

 少し甲高いながらも、強い気迫と有無を言わさない迫力を備えたその声に、慌てたように二人が動いたのを感じる。
 乱暴に足音を立てながら、檻の方へと誰かを連れて行くのが、その様子から分かった。

 ちぃ。視覚が確保できないのは痛いな。ファミリアを入れるか?

 俺が迷っていると、更に野太い男の声がはっきりと聞こえる。

「おお、これが! これがか! ククク、これで私もついに不老不死になれる。」

 その完全にテンプレな言葉に、俺は思わず肩を落とす。
 ……おい。そんなくだらない理由なのか? こんな馬鹿の為に、この都市が滅びようとしているのか?
 俺は、あまりのアホな会話に、思わず頭を抱え悶える。

「さて、旦那? いえ、大司教様の方が良かったですかねぇ? ご満足いただけましたか?」

「うむ。実に良い。さぁ、受け取れ。」

 その瞬間、床を叩く硬質な音が連続し、次いで女性の恭悦きょうえつともいえる笑い声と、叫び声が響いた。

「あははは! こんなに! ほら! お前達! 早く拾うんだよ!」

「「へ、へぃ!」」

 恐らく床にばら撒かれた大量の金貨を拾っているのだろう。
 3人が床を這いずり回る音が響く中、大司教と呼ばれた男の様子がおかしい事を、俺は気にしていた。
 これは、もしかして、もしかすると?

 俺は【サーチ】から、大司教の魔力が高まっていることを感じ取っていた。
 こいつ、やる気か?

 どうやら、そんな大司教の不穏な動きも、あの三人は金貨を集めることに必死で気が付いて無いようだ。
 全く……なんで俺が……と思いつつ、証人に死なれたら、それはそれで、問題だ。
 俺は、割り切って、突入する決意をした。
 横を見ると、ルナも真剣な顔で頷く。

 俺は黙ったまま、心の中でカウントダウンをする。
 3・2・1・今!

 その瞬間、爆音が部屋に響くも、ルナが張った障壁によって、それは外に漏れることは無かった。
 煙の充満した部屋の中に、屋上を破ってそのまま突入した俺は、一気に制圧をしようとしたが……今の爆発だけで、4人とも、完全に気絶していた。

 おいおい、少し鍛錬が足りないんじゃないだろうか?
 俺は呆れつつ、4人を森製のロープで拘束し、ついでに猿ぐつわも噛ませて、部屋に転がしておく。

 そして、煙が晴れてきたのを確認すると、俺はゆっくりと檻へと近寄った。
 その中には……羽を切り裂かれ、体に何本も透明な杭を打ち付けられ、その傷から血を流し続ける、幼い竜の姿があったのだった。


 皆と合流した俺は、此花と咲耶、それにルナに、ギルドへの報告を任せることにし、【ステルス】を使って、檻ごと、都市を離脱した。リリーとヒビキ親子は、のびた4人の監視に残す。
 向かった先は、あの地下農場である。

 まずは、この竜の子の治療が先だと判断したからだ。
 それには、気兼ねなく魔法の使える場所に移動する必要があった。
 あの場所なら、例え竜の子が暴れたとしても、ちょっとやそっとでは壊れないし、何より、その影響が外に漏れる心配がない。
 そして、場合によっては、俺が傷を負うかもしれない。そんな場面を俺らの家族が見て、暴走しないとも限らないからな。
 念には念を入れた結果、ここを選ぶことにしたのだ。

 檻の中に杭で縫い付けられて頭を床に押し付けられている竜の子は、微動だにしない。
 若草を思わせるつるりとした緑色の表皮は、今はどす黒い血で染まり、無残な姿を晒していた。
 顔は大きく、その体躯より二回りほど小さいだけだ。そのバランスから、ぬいぐるみの様な印象を受ける。
 しかし、その体躯も、3本のガラスを思わせる透明な杭に貫かれている。それは、子供が無邪気に行った遊びのように、無造作に、しかも、残酷な印象を俺に与えていた。
 大きな目も今はしっかりと閉じられ、時折、震える瞼と、その苦しそうな表情が俺の焦燥感を刺激する。

「待ってろよ? もう少しで着くからな?」

 俺は身じろぎ一つしない竜の子に、そう呟くと、檻を揺らさないように、飛行速度を上げた。
 そうこうしている内に、地下農場へとついた俺は、いつもとは別ルートから入る。

「天岩戸、緊急開放! コード:ツバサ。」

 俺の声と共に、砂地が割れ、大きく口を開ける。
 時間を惜しんだ俺は、開きかけの扉を抜け、一気に農場内部へと飛行した。
 暗い通路はすぐに後方へと過ぎ去り、光が満ちる空間へと侵入する。
 その空間は第二の地上だった。
 地下を飛びながら、草原の上を滑空する。
 草原には風がなびき、その合間を力強く、兎の群れが駆けて行った。

 背中に光を受けながら、俺は檻をゆっくりと草原へと降ろす。
 そうして、檻を固定すると、すぐにその上部を切断した。
 次いで、床以外の部分を切断し、作業しやすいようにする。

 この段階で、今まで動かなかった竜の子が目を開いた。

 良かった、まだ大丈夫そうだな。
 そう思うも、そのつぶらな瞳が俺をとらえた瞬間、唸り声がその体躯より響いた。
 興味深そうに様子を伺っていた周りの動物たちも、この声を聴いた瞬間に蜘蛛の子を散らすように、逃げて行く。
 それ程、その唸り声には隠しようもない怨嗟が詰まっていたのだ。

 俺はその声を受けながら、ゆっくりと竜の子へ近づいていく。
 そんな俺のゆっくりとした動きを、竜の子は睨む。

 さて、ここからが正念場だな。
 嘘は許されない。ここからは、心と心のぶつかり合いだ。
 俺は息を吐くと、しっかりと竜の子の目を見て口を開いた。

「こんなに傷つけてしまって、本当にごめん。痛いよな? 今治すから。できれば受け入れてほしい。」

 そう言いながら、左手をそっと、竜の子の頭へと持っていき……次の瞬間、俺の左手は竜の子の口の中へと納まった。
 硬質な音が一瞬響き、その後走った激痛に俺は一瞬、息を詰まらせる。
 見ると俺の左肘の少し上、力こぶの辺りに牙が食い込んでいた。

「そうだよな。むかつくよな。怖いよな。本当に、ごめんな。詫びようが無いよ。だから、むかつくなら噛んでて良いからな?」

 俺は、なるべく苦痛を表に出さないように、そう語りかけた。勿論、そんな言葉に竜の子は耳も貸さず、何とか俺の腕を噛み切ってやろうと、力を籠め続ける。
 流石は竜の子だ。簡単に俺の障壁を破り、肉まで食いついてきた。
 肉体も強化していなかったら、俺の左腕は無かったな。
 しかし、この程度の痛みで済むなら、安いものだ。
 それぐらい、この子に人間は酷いことをしたのだから。
 それに、このぐらいならまだ耐えられる。群発頭痛のあの殺人的な辛さに比べたら、問題ないレベルだ。
 俺は痛さを通り越し、沸き上がる吐き気を飲み込みながら、まずは、竜の子に突き刺さる杭の一本を外しにかかる。

「ちょっと痛いからな? ごめんな。」

 そう言うと、勢いよく杭を抜く。
 飛び散る血しぶき。それは、噴水のように吹き出し、俺の体を赤く染めた。
 痛かったのだろう。一瞬、俺の左腕に噛みつく力が弱まった。

「【ヒール】」

 俺が魔力を籠め、魔法陣を発動した瞬間、その傷は逆再生でもするように、一気に盛り上がりそして、跡形も無く消え去る。

 よし、とりあえず、魔法陣は有効だな。ちゃんと再生も出来ている。
 流石に、失った血は戻らないだろうが……。
 ふと見ると、竜の子の噛みつく力が弱くなり、何か戸惑った視線を俺に向けていた。
 そんな竜の子の様子に俺は、こみ上げる笑みを抑えることができず、笑いながら、

「うん、よく頑張ったな。後2本だよ。もう少しだけ耐えてくれな?」

 そう語りかけた。
 そんな俺の言葉が何かの勘に障ったのだろうか? 噛む力が強くなった。
 なったのだが、それは牙ではなく、臼歯きゅうし……つまり、平らな歯に変わる。
 しかも、それは俺の腕に噛みついてできた傷から微妙に外れていた。
 つまり、あまり痛くない。

「お前……優しい奴だな。ありがとう。じゃあ、次抜くからな? ちょっと痛いけど我慢してな。」

 俺のそんな言葉を聞き流すように、竜の子は何かにとりつかれた様に、俺の腕を甘噛みしている。
 その様子を見て、俺は2本目を引き抜くと、すぐさま【ヒール】で傷を塞いだ。

 今度はあまり痛く無かったのか、特に反応も無かった。
 俺は、そんな竜の子の頭を右手で優しくなでる。

「よく頑張ってるな。後1本だからな。さっさと終わらせような?」

 俺の呼びかけに、一瞬、竜の子は俺に視線をよこすも、やはり俺の腕を甘噛みしていた。
 と言うか、それだけじゃなく、なんか舌で舐め始めている。
 左腕の半分が口の中に入っているので、舌が動くと、腕全体が舐めまわされる訳で、なんというか、こう、背中がゾワッと来る。

 ちょ、くすぐったいんだが。おい、もしかして食べようとしてるんじゃないよな?
 そう思うも、治療が終わればそれも終わるので、さっさと済ませてしまうことにした。

 最後の1本を引き抜き、すぐに【ヒール】で傷を塞ぐ。
 更には、細かい傷も癒し、見たところ傷は全て治せたようだ。

「よし、治療完了だ。どうだい? どこか痛い所は無いかい?」

 俺の言葉を受けて、漸く、竜の子は俺の左腕を口腔内から解放すると、自分の体を舐め始めた。
 ひとしきり体のあちこちを舐めた後、ジッと俺に視線をよこす。

 これは、大丈夫という事で良いのだろうか?
 一瞬、咲耶か此花を連れてこなかった事を後悔したが、過ぎた事は仕方ない。

「大丈夫そうだ……よな? じゃあ、後は、失った血を回復させるためにも、食べないとな。」

 俺は、そういうと、【ストレージ】から、肉料理を取り出す。
 以前作っておいた森産の焼肉だったが、差し出しても、鼻を引くつかせた後、そっぽを向かれてしまった。

 ありゃ。肉はダメか? てっきり肉食かと思ったのだが。
 うーん? 竜って何食べるのよ?

 流石に、元の世界にいないので、見当がつかない。

 とりあえず一通り食材を出してみたが、反応したのは牛乳と何故か黒い米だった。
 どっちも、曰く付きの食材なんですが。

 まぁ、いいや。この組み合わせだと……ミルク粥かな? 特に今は弱っているから、胃に優しい物の方が良いだろう。
 俺は早速、ストレージから調理道具を取り出し、岩盤を成形して、促成のキッチンを作った。

 さてと、作りますかな。
 まずは、鍋に水を入れ、沸騰させようかな。
 そのまま、虚空に魔法陣を描き、鍋を直接熱する。

 っと、その間に、蜥蜴肉を少し細かくしておこう。
 俺は、石の板を成形すると、殺菌し、水で流した後、まな板代わりに使う事にした。

 少し大きめの肉を左手で抑えながら、右手で持った包丁を使い、細かく切断していく。
 リズミカルに動かし、心持ち小さめに、肉を切り分ける。
 この方が火の通りも早いし、消化しやすいだろう。

 お、お湯が沸いたな。といでおいたお米と今切った蜥蜴肉を入れると。んで、蓋をして時々かき混ぜつつ、様子を見る。
 そのまま10分程経っただろうか? コメの色が変わり、真っ黒から、透明感のある黒へと変わる。
 相変わらず、この色には慣れんな……。まぁ、そろそろ芯まで通ったかな?
 んじゃ仕上げに、牛乳をドバーッと。
 最後に塩で味付けして、完成っと。

 出来上がったミルク粥を一すくいして、味見をする。
 うん、少し甘さが引き立っているが、これがまた良い。体も温まるし、優しい味に仕上がった。
 周りにはミルクの甘い香りが広がり、食欲をそそる。

 はて、何か今の調理で違和感があったような……なんだったろうか?

 まぁ、良いか。
 とりあえずこれなら食べてくれそうかな?
 そう思い竜の子に視線を向ける。

 そこには、涎を垂らし、こちらをキラキラした瞳で見つめる竜の子が、行儀よくお座りしていたのだった。

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