比翼の鳥

風慎

第37話 マチェット王国動乱(6)

 眼下に見下ろすように対峙したビビと率いられた魔物の群れは、雄叫びを上げるかのように、思い思いに吠えていた。
 その中心で、ビビは天に向かって翼を広げ、獅子の様なその咆哮を、辺りに響かせている。

 吠えると言う表現が示す通り、ビビを中心として群れているのは、殆どが狼や犬のような獣の姿をしていた。
 その数は、【サーチ】で確認したところ、およそ300程だ。こちらとの距離は高低差を無視して、およそ1km。

 眼下に見える獣の群れは、ここからは、さながら黒い波のように見える。
 その波間から浮かぶ赤い光。それは、剣呑な色を湛えており、決壊寸前のダムの様に、解き放たれるその時を、今か今かと待っているようにも見えた。
 ちなみに、本当にどうでも良い事なのだが……獰猛な獣の集団の中にあって、黒く斑になってしまったものの、ビビのその体躯は、非常に違和感を持って俺の目に飛び込んで来て、何となくやる気がそがれる。

 いや、だってさ、肉食獣の群れの真っただ中に巨大文鳥ですよ?
 どう考えても絵面的には、捕食者に囲まれている文鳥ですよ。ただ単に、大きいだけでさ。
 俺は、そんな事を考えるも首を振り、思考を切り替える。

 そうして、リリーの腕を叩き、言葉を交わした。

「はい、大丈夫です。まずは、手筈通りに」

 そう。俺達も無策でここに居る訳ではない。
 一応、こうなる事は予見できていたから、流れや不測の事態を考えて、ある程度の意思疎通は図っておいた。

 リリーはこの間にも、魔力を練り、その力を高めている。
 俺も魔力を練り、周囲の魔力をかき集め続けていた。

【サーチ】を維持しながら、その様子を観察していたが、思っていた通りだ。
 徐々にではあるが、この場に漂う黒い魔力……つまり元々は俺由来の魔力が、ゆっくりと俺の元に集まって来るのを感じる。
 それは、魔物たちが発散する魔力も例外ではない。
 黒い霧の様に立ち込めていた魔力が、徐々に薄れていくのが、高台からだと良く分かった。

 それは、まるで流れる様に俺の元へと集まってくる。

 その様子を肌で感じたのだろう。
 魔物たちの遠吠えが、徐々に少なくなってきた。困惑した様に、周りの様子を落ち着きなく見回す魔物たちと対照的に、ビビは俺を睨むように一瞬見つめると、次の瞬間、天へと咆哮を上げる。

 その瞬間、魔物達が一斉にこちらに向けて走り始めた。

いぃ~リリー
「はい!」

 こちらも、その瞬間、行動を起こす。

 リリーは溜めていた魔力を解放し、地面を右足でしっかりと踏みしめた。
 その瞬間、まるで津波の様に広がる魔力の波。

 その波は、リリーの右足を中心に丘の下に向かって扇形に広がる。
 最初は点でしかなかった魔力の力場も、その歩を進める度に面積を増して行く。
 そうして、その魔力波は、先陣を切った魔物達の踏みしめる大地を巻き込みながら何ごともなく進み、最後尾で雄叫びを上げ続けるビビの所まで難なく到達した。
 全ての魔物達の足元に、リリーの魔力が到達したその瞬間。

「破!!」

 踏みしめた右足を軸として、天を仰ぐ様に左足を振り上げると……そのまま、その足を大地に力強く叩き付ける。

 同時に全ての魔物の足元が、一斉に陥没し……その体躯の大半が地面へと埋まる。
 勿論、狂ったように雄叫びを上げていたビビですら例外ではなく、その身の半分が、地面へと沈んだ。

 この機をリリーが逃すはずも無く、震脚の勢いそのまま跳躍すると、足を取られ身動きの取れない魔物の群れの直上へ身を躍らせる。
 そして、そのまま、クルリと身をひるがえし、腰だめに構えた右拳を露わにした。
 拳に宿る金色の魔力が、まるでもう一つの太陽の様に光を放ち、解き放たれるその瞬間を待っている。

突式とつしき 流星槍りゅうせいそう!!」

 彼女の力ある言葉に答えた魔力が、その拳より放たれる。
 只の球体だったその魔力が、彼女の意思を受け、その姿をあるべき形へと変化させた。

 数瞬後に空を覆いつくしたそれは、光で出来た槍だ。

 それらがまるで意思を持つかのように、魔物達へと殺到する。その光景を遠くから見れば、まるで流星群が大地に降り注ぐかのように見えた事だろう。
 地面に半身を沈め、身動きの取れない魔物達は、その一瞬で全て、その光の槍に貫かれていった。
 まるで、初めからいなかったかのように、音もなく霧散する魔物達。その存在を示すのは、大地に空いた無数の穴だけだった。

 うわ、一撃だわ……。

 魔物の強さがどの程度かは不明ではあるが、少なくとも、並の獣よりは遥かに強靭なのは、その魔力量を観れば、想像がつく。
 だが、それ以上に、リリーの力は圧倒的だった。正に、歯牙にもかけないレベルである。

 尤も、今の技はかなりの大技だったらしく、彼女の魔力量はその総量を大きく減らしていた。
 そのまま地面に降り立った彼女は、油断なくビビを見つめるも、その肩が、やや大きく上下しているのが、肌越しに分かる。

 そんなビビにも槍は届いたようだが、どうやら他の魔物の様に貫通しあっさりと倒すとまではいかなかったようだ。
 しかし、半身を地面に埋めたまま、両手……じゃなかった、両翼で頭を抑えてプルプルしている所を見ると、それなりに痛かったらしい。

 そして、俺も油断なく魔力を集め続けていたが、その吸入量が、突然、爆発的に増えた。
 それは、今迄、集めていた量の比では無い。一気に桁違いの魔力が俺の元に凝縮される。

 やっぱり、この魔物達は……俺の魔力で出来ている。

 ビビの様な、元々ある存在ではなく、魔力を固めた様な、ある種不安定な存在。
 今、リリーが蹴散らしたのは、そういう存在の様だ。
 だから、存在が維持できなくなった瞬間、それは単なる魔力として、俺の元に集まって来たのだろう。

 この量なら、もしかしたら……?

 一瞬、俺はそんな欲を出したが、それを許してくれるビビでは無かったようだ。
 今も尚、俺の元に集まり続ける膨大な魔力を警戒したのだろう。

 見ると何となく涙目の様な気がするが、そのまま気丈に吠えると、翼を広げ、衝撃波を放って来た。
 ちなみに、未だにビビの半身は埋まったままである。

「っ!」

 一瞬、金属がこすれる様な音と共に、火花の様な光があがるも、リリーは、それを拳ひとつでいなした。

「ビビさん! 私の事、分かりませんか!? リリーです! ツバサ様もいますよ!」

 まぁ、こちらから先制攻撃しておいて、今更な感もあるが、一応、家族に手を上げるのは心苦しかったらしい。
 ちなみに、俺は一目見た時に、既に説得は諦めている訳だが。

 残念ながら、こういう展開の時、話し合いで解決できた話を俺は見た事が無い。
 この世界のルールに乗っ取るなら、それは恐らく無理だと、理解していた。完全に暴走モードのそれであるし。

 だが、同時に、例外がある事も俺は知っていた。
 セレネの時の様に、命令権が発動する可能性も、あるかもしれない。

いいビビ! あうもうぅあうあえぁやめないか! あうあ俺はうあぁあおツバサだよ~!」

 一縷の望みをかけて叫んだ俺であったが……意外な事に、その声を聞いて、ビビの視線が真っ直ぐ俺に向く。
 あれ? もしかして、理解できているのか?

 そう思ったのもつかの間、ビビは興奮した様に、口から泡を吹きつつ、半身を地に埋めながら、踊る様にその身をくねくねと蠢かす。

 ひぃ、何か恐い!?

「ちょ、ちょっとビビさんが、気持ち悪いです……」

 どうやら、俺と同じ感想を抱いたリリーからそんな言葉が漏れる。俺も激しく同感である。

 そんな俺達を尻目に、勢いよく地面から飛び出すと、シュタッと、音がしそうな綺麗な着地を決めるビビ。
 ちなみに、羽は綺麗に開かれ、なんかイラっとするポーズまで決めている。

 そのままのポーズで、首をこちらに向けると……咆哮と共に、その目を細める。
 その姿に、俺は何故か生理的な嫌悪感を覚えた。

 なんか、獲物を見付けた肉食獣を連想させる、愉悦の混じる笑みに俺には感じられたのだ。
 身を震わせる俺に対して、半身になって、背中におぶさった俺を庇う様に、ビビに対峙するリリー。

 次の瞬間、ビビの姿が一気に近くへと現れる。

 は、速い!?

 俺の強化された知覚をもってしても、ビビの動きは、まるで瞬間移動の様に見えた。

 しかし、リリーはそんなビビの動きを読み切っていたようで、最小の動きでビビの突進を躱しながら、左手で突進による衝撃波をいなし、そのまま流れるような動作ですれ違い様に、ビビの身体へ掌底を叩き込む。
 慣性も働いて、そのままの勢いですっ飛びながら、もんどり打って地面を滑るビビ。

 す、すげぇ。リリー、何その動き。

 そう感心する暇もなく、すぐに起き上がったビビが、咆哮を上げながら再度突進してきたが、結果は同じだった。

「そんな直線的な動き、私には通用しませんよ」

 そう。これは、リリーと前もって話し合っていた事なのだが、ビビにはある弱点がある。
 ビビが地を走る時は、進行方向にしか進めないのだ。

 それはそうだろう。体の構造が鳥類なのだから。
 ステップする事は可能なのだろうが、爆発的な動きを産むには、どうしても直進するしか無いのである。
 それを俺はリリーと確認しあい、ビビと対峙した事で、それは実証されたのだ。

 その言葉を聞いてなのか、それとも単に悔しいからなのか……ビビは、突然地団駄をし始めた。
 いや、文鳥が地団駄って……。

 口から泡を吹き出しながら、地団駄する文鳥。その姿は、滑稽を通り越して軽く狂気である。

「ツバサ様ぁ……ビビさんが、恐いです」

 今迄、無敵の存在の様なリリーの言葉が震えていた。よく見ると耳も少しヘタレている。
 しかし、まだ、戦意を保っているようで、リリーは油断なく、ビビの様子を伺っていた。

 そうして、地団駄を踏んでいたビビだったが、突然、ピタリとその動きを止める。
 そして、ゆっくりと首を巡らせ、そして何かを思案する様に傾けた。

 だが、次の瞬間、何かを閃いたかのように、興奮した様子でその場を飛び跳ね始めた。

 もう、なんなんだか、分らぬ。
 これは、本当にあのビビなのだろうか? と、その様子を見て、心が揺らぎ始めた俺が居る。

 しかし、そんな俺の微妙な心境を察する事も無いビビは、興奮した様にこちらを見つめ、翼を天へと見せつける様に大きく開く。

 その如何いかにも、この次は何かしますよと言わんばかりの動作を見て、俺とリリーの間に緊張が走る。

 そして、次の瞬間……ビビは走った。に。

 その動きは、まるで優雅に踊るバレリーナを彷彿させるものだった。
 天へと伸ばされた腕の様な翼。
 しかし、何故かどや顔にも見えるその視線は、こちらを見据えていた。
 伸びた胸筋が強調され、その胸の厚さを見せつける。
 そして、つま先立ちのまま、その足の位置を左右に高速で入れ替え、土ぼこりを上げながら真横に物凄い速さで駆け始めた。

 ひぃいいいい!? 何かすごく気持ちが悪い。

 こう、物理的にあり得ない物を見た、嫌悪感と言うか……生理的に受け付けない気持ち悪さと言うか。
 衝撃だけなら、あの黒い悪魔の動きと同じ嫌悪感を俺に与えるものだった。

「い、いやぁぁあ!? つ、つつつ、ツバサ様、ビビさんが、凄く気持ち悪いです!!」

 まるで、ほら見ろ!! と見せつけるかのように、左右に高速移動するビビを見て、流石のリリーも声を上げた。

 俺ももう、何だか滅してしまってさっさと楽にしてあげたいと、ちょっと本気で思ってしまう位に、ビビの姿が気持ち悪い。

 何故、翼を上げる必要がある!? そして、そのどや顔は何だ!?

 って言うか、今迄の行動で分かったけど、ビビは俺達の会話を理解して反応を示している。
 だが、その行動原理が全く分からない。もう意味不明である。
 とりあえず、良く分からない対抗心がある事だけは、見て取れる訳だが。

 そして、そんな姿を見せつけて、満足したのか、ビビは突然止まり、ヘィッ! と言う掛け声が聞こえそうなキレのある決めポーズをする。

あぃおいーうライトニング

 力ある言葉に答え、俺のかき集めた魔力の半分以上が、紫電へと変化し数ミリ秒でビビを捉え、轟音と共にその身を打ち据えた。
 気のせいだろうが、一瞬、骨が見えた様な気がする。うん。
 しかも、まともに直撃したらしく、暫く、アババババと言う声が聞こえそうな勢いで、盛大に感電した後、ビビは身体から煙を立ち上らせながら、土煙を舞わせながら真横に豪快にぶっ倒れた。

「え、えーと、ツバサ様?」

 流石に、これはやり過ぎでは……と、一筋の汗を流しつつ、リリーが目で訴えかけて来る。

 すまん。ちょっとイラっと来て思わずやった。後悔はしていない。

 心の中で詫びるも、困惑するリリーには勿論、伝わらない。
 だって、何かムカついたんだもん。

 文鳥がしていい動きじゃないぞ、あれは!
 もし、全国の文鳥愛好家が見たら、ぶっ倒れるぞ!
 むしろ全国の愛好家さんに謝れと言いたい。

 しかも、最後はドヤ顔で決めポーズまで……。
 俺は、認めん。真横に走る文鳥なんぞ、認めやしないぞ!!

 俺の良く分からない怒りを感じ取ったのか、リリーは苦笑しつつ、ビビへと視線を戻す。

 見ると、小鹿の様にプルプルと足を震わせながら、ビビが立ち上がる所だった。
 更に、どうやら、先程の雷撃がかなり効いたせいなのか、ビビを覆っていた黒い魔力がその面積を減らしており、元々の白い体躯が見え始めているのが確認できた。
 そして、その剥がれ落ちたと思われる黒い魔力は、俺へと集まり、先程の攻撃に使ってしまった分のかなりの部分を補ってくれる。

 ビビは漸く起き上がると、こちらを一睨みし……またも咆哮を上げる。
 そして、放たれる衝撃波。

 それを、リリーは確実にいなす。

 1つ、2つ、3つ……と、弾いたところで、突然、ビビは身体の側面を見せつける。

 む、何かまた新しい事をするつもりか!?
 俺とリリーが、警戒し、魔力を集中させたその時……。

 ビビはひと際、大きな咆哮を上げると、猛スピードで真横に走り始める。俺達とはに。

 はっ?

 一瞬、何が起こったか理解できず……次の瞬間、俺達は、声を上げた。

うぇあ逃げた!?」
「逃げた!?」

 そんな俺達の叫びに応えるかのように、見る見るうちに小さくなっていくビビから、間延びした咆哮が届くのであった。

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