比翼の鳥

風慎

第70話 地下農場

 翌朝、椅子にもたれて仮眠を取っていた俺は、胸に圧迫感を感じ、目を覚ました。

 ぼやけた視界の先にある窓の隙間から日の光が入り込み、部屋を切り裂くように照らしている。

 視線を下げると、此花と咲耶が俺を離さないとでも言うように、しっかりとしがみ付いている姿が確認できた。
 なるほど。圧迫感の原因はこれか。
 寝起きの気怠けだるい思考の中、二人の頭を優しくなでる。

 そして、何か足元が暖かいと思えば、クウガとアギトが黒団子と化して、俺の足元を埋めていた。

 ふと、地の底から響くような、弱々しいうめき声が聞こえて来たので、視線をうめき声の発生源であるベッドに向けると……そこには、やはりと言うか、予想通りに二日酔いと戦う2人と1頭の姿があったのだった。


「うぅぅ……二度と飲み過ぎないと誓ったはずなのにぃ……。」

 リリーが涙を浮かべながら、そう独白するのを見て、俺は苦笑する。
 そして、その隣でぐったりと潰れているルナもまた、体を動かす気力すら無いようだ。
 ちなみに、ヒビキは、唸る事も無く、静かに伏せているが、額のしわが渓谷と化している事と、耳が痙攣している所を見ると、結構辛いらしい。

「前にも言ったと思うけれど、酒は飲んでも飲まれるなだよ。罰だと思ってせいぜい、苦しむんだね。」

 そんな冷たい俺の言葉に、ルナが涙を称えた瞳を向け、なんとも恨めしそうな視線が飛んでくるも、顔を上げるのも辛いようで、またベッドに突っ伏してしまう。
 リリーの方からは、さめざめとすすり泣く声が聞こえてくるが、あえて無視した。

 可哀想だとは思うが、お酒の飲み過ぎは、冗談抜きに人生を破滅させかねない。
 そもそも、酒の席なら何でも許されると思ったら、大間違いなのだ。
 酔えない人も飲めない人も最近では多い訳で、そんな人から見れば、酒に飲まれた人間は、獣にしか見えないのです。

 特に、酔っている時の自分の言動たるや、本人の自覚以上に酷い物がある。理性のタガが外れた人間ほど危なっかしい生き物はいない訳で。
 ましてや、この二人が大暴れでもしたら、それこそ、この都市が壊滅しかねないのだ。
 もう少し自覚を持ってもらわないと困る。

 大体、何で素面しらふの人が、勝手に酔って暴れた人の介抱をしなきゃならんのだ!

 と思うも、実際には放っておけず、かと言って酒のせいという事もあり、怒る気にもなれず……元の世界で、散々、世話を焼いた飲み会の惨状を何となく思い出した。

 しかし、まさかとは思うが……公衆の面前で、服脱いだりしてないよな?
 俺は、一瞬、昨夜見てしまった二人の衝撃的な下着姿を、脳裏に描く。

 いや、改めて考えてみたら、二人とも、どこであんな可愛い下着を……って、考えるまでも無いか。
 きっと、ライトさんのお店で買ったのだろう。
 しかし、流石は変態……いい仕事してるじゃないか。
 あの刺繍の見事さもさることながら、彼女たちの肌に吸い付くようなあの滑らかな質感は、彼女たちのスタイルが良い事もあって、扇情的な雰囲気をこれでもかと言うほど醸し出していた。
 今思い出してみても、あれは刺激的な光景だった。うん。良い物見れたっていう意味では、お酒も悪くない。
 しかし、なんで下着をつけた女性ってあんなに綺麗なんだろうな? 真っ裸だと、何か物足りない感じなのに。

 一瞬、いつかの温泉で見たルナの肢体を脳裏に描くと、同時に、何故かルナが悶え始めた。
 ありゃ、ばれてる? ばれてますか? そう心で語り掛けると、ルナは真っ赤になった顔をこちらに向け、恨めしそうな視線をこちらに向けて来た。

 いや、これは不可抗力でしょう。何より、とても綺麗だったし。ありがとうございます。
 俺は心の中でお礼を言いつつ、合掌もイメージしておく。

 そんな風に一瞬見つめ合うと、どうしても昨夜見てしまったルナの肢体が勝手に脳裏に浮かび上がってしまう。
 締まりこそ無かったが、薄っすらと赤く上気した顔と、身体。そして、浮かび上がる様な滑らかな曲線と純白の下着が、鮮明に思い起こされた。

 うむ。実に良い。ライトさんじゃないが、むしゃぶりつきたくなる様な光景である。

 その思考が流れたのだろうか。
 ルナは音でもしそうなほど、更に赤みを増した表情を見せるも、どうやら、血圧が上がって、頭痛が増したのだろう。途端に顔をしかめると、そのまま俺の視線から逃げるように、ベッドに突っ伏した。

 流石にこれは、意地悪過ぎたかな。ごめんな。

 そんなルナの様子を見て、俺は心の中で謝り、苦笑すると、頬を指で掻き、場をごまかす様に口を開く。

「しかし、前回でこりたと思ったんだが……何があったんだ?」

 だが、そんな俺の問いかけに、皆、何故か一斉に俺から視線を外した。
 そんな態度取られると、余計に気になるんですけど。
 ……まぁ、言いたくないなら、良いか。

 俺は、あえてこの件をこれ以上問い詰めるのを諦める。
 何か変なものを掘り起こしそうで、ちょっと怖いという本音もあったりするし。

「まぁ、帰ったら治してあげるから、今日は安静にしてなさい。いいね?」

 俺はそんな二日酔いトリオに声をかける。リリーのすすり泣く声が一段上がった気がするが、放置します。
 そして、逆に見せつけるように、胸元でしがみ付いている我が子達に、

「じゃあ、此花と咲耶は、お父さんと一緒に、お出かけしような。昨日の約束もあるしね。」

 そう、優しく声をかけた。
 そんな俺の言葉を聞いて、彼女たちは嬉しかったのだろう。目を輝かせると、

「「はい!」」

 と、部屋に響き渡るような大声で答えた。

 君達、ワザとやってないよね?

 そんな元気な返事を受けて、二日酔いトリオが、人知れず涙を流していたのを、俺はため息をつきつつ、視界の端に収めるのだった。



 それから、いつもの様に、此花と咲耶に依頼を受けてもらった後、俺達は門を出て草原へと足を踏み入れていた。

 イルムガンドから直線距離にして50km程離れた場所に、それはある。
 その付近は赤茶けた岩が覆い尽くし、岩盤が地面より突き出ている所もある不毛の地だ。特にこの一帯はあまり草も生えない荒れ地となっており、生き物の姿は殆ど見かけられない。
 だが、スキャンで調べた所、この地下一体は、単一層からなる巨大な岩盤が形成されているらしく、地盤的にも非常に強固であることがわかった。
 また、地下数百mの所には水脈も存在するらしく、掘り抜くことができれば、良い隠れ家になると睨んだのだ。

 見つけたのは、数日前で、とりあえずファミリアに掘削をさせており、その規模は今も広がり続けている。
 なお、削った岩盤の内、不定形な物は整形し、石材へと再利用しているとともに、鉱物資源は、抽出し、インゴットとして加工、保管してある。
 この辺りは、ファミリアの有用性が存分に発揮された形となった。

 そんな荒野の中に現れた岩場を乗り越え進むと、一際大きく突き出た岩を発見することが出来る。その岩の前に俺達は立っていた。

「さて、どうやって扉を開くか覚えているかな?」

 俺は、此花と咲耶に、そんな質問を投げかけた。
 これからは、俺抜きで、ここに来る機会が多くなるわけだし、確認の意味を込めての質問である。
 そんな俺の心配は杞憂だったらしく、

「勿論ですわ。お父様。」
「然り。この咲耶、一文字も違わず覚えておりまする。」

 我が子達から、自信に満ちた返答が返ってきた。
 そして、俺は、そんな二人に扉の開閉を任せる為、頷いて一歩下がる。
 そんな俺を見て、此花と咲耶は、一泊おいて息を吸うと、大声で目の前の岩に叫んだ。

「「天岩戸、開きたまえ!」」

 その声が宙に溶けてすぐに、変化が起こる。
 鈍い地響きが起こり、ついで、目の前の岩が消え去ると、その下より地下へと続く階段が姿を表したのだ。

 俺はそれを見届けると、此花と咲耶の頭に手を置いて優しく撫でる。
 どこか得意そうな二人の笑顔を見て、俺も笑顔を返すと、我が子と、クウガ、アギトを伴って、地下へと降りていった。


 このギミックは結構苦労したが、どうやら形になっているようだ。
 一応、魔法的に入り口を遮断することは、砂漠の地下に作った秘密基地にも施してあるのだが、あれは見栄えが悪く、改良の必要性は感じていたのだ。
 そこで、今回は地下に構造物を作るにあたって、入り口を物理的に塞ごうと、こうした仕掛けを施したのだ。
 原理は非常に簡単で、全部ファミリア任せだ。入り口もファミリアを配置して、動作を管理しているだけである。
 まぁ、いざとなったら、ファミリアが自爆して入り口を潰すこともできるし、即興にしては、案外悪く無いかなと思っているのだが、もう少ししたら、本格的に、魔法陣を物に書きつける技術を開発したいと思っていた。

 ちなみに、入り口は物理的に塞がれているのも勿論だが、【ステルス】で隠蔽されているし、障壁によって人物の選別も行っているので、許可のある者以外は中に入ることは出来ない。
 それぐらい、ここは秘匿性の高い場所にしてあるのだ。

 ファミリアを使った自動で動く床に乗り、2分ほどかけて、ゆっくり斜めに降りていった。
 そして、薄暗かった通路が、突然光に包まれる。
 目の前には霧のように白く煙る景色が広がるも、それは30秒もしない内に、上方へと過ぎ去っていく。
 そして、その眼下に広がるのは、緑色の絨毯であった。

 おかしいな……。1日前まで、ここは無機質な岩石と黒土の広がる大地だったはずなんだが……。
 確かに、スケイルボアを追っていった際に行った西側の土壌下にあった火山灰黒ボク土壌と思われる、黒土を運んで敷いてみたが……こんなに直ぐに草原に変わるのはおかしいだろ。
 ……と言うことは、蒔いた種が原因なのか?

 俺は、嫌な汗を垂らしながら、目の前に広がる景色を呆然と見る。
 対して、わが子達は、果てしなく広がっているように見えるこの箱庭を見て、はしゃいでいた。

 彫り抜かれた空間は、天井が霞んで見えない程高い。
 それはそうだ。高さにして500m以上あるわけだし。
 元の世界で言えば、東京タワーの更に上、スカイツリーに届こうかという程である。

 こんな規模になったのも理由がある。
 この地下に広がる岩盤は、深さ2km以上、そして、120km四方と言う、アホみたいな広さを誇っていたのだ。
 その内、俺は、せいぜい、四方数km、高さ1km程を掘り抜いたに過ぎない。
 まぁ、あまり大きくし過ぎると、地盤が割れそうなので、この空間は障壁で補強し、ついでに隠蔽、遮音を完璧なものにしている。
 ただ、まだ、ファミリアが数を揃えられてないので、定期的に魔力を補充しに来ないと、この障壁が消えてしまうのが難点だ。

 ちなみに、この岩盤は、要塞都市 イルムガンドの下にも広がっている。
 イルムガンドの近くでは、この岩盤の上に砂と土が堆積している所を見ると、この岩盤はかなり古い層であることが想像できる訳だ。
 ゆくゆくは、イルムガンドの下まで掘り進んで、通路を作ることも検討していたが、今の時点では、贅沢は言わない。

 俺が考え事をしていると、床の動きが止まった。
 どうやら、底に着いたらしい。改めて見れば、そこは瑞々しい草が、青々と茂る草原であった。
 まだくるぶし辺りの高さにしか育ってはいないが、しっかりと根付いているようで、足の底に伝わる土の柔らかい感触が心地よい。
 天井を見上げれば、そこには、光を放つファミリアがあった。
 流石に1つでは太陽の代わりが出来なかったので、4つほど同時に浮かべている。
 出力こそ本物に劣っているが、その光の組成は、太陽の物と同じにしてあるのだ。

 そして、光を放つファミリアを遮るように、時折、雲のような水蒸気の塊が天井付近を滞留している。
 流石に、雲を作るのは難しかったので、地下水から蒸発させた水蒸気を凝縮して、天井付近に滞留させてある。
 俺の任意のタイミングや、セットした周期で、雨のように水を撒くようにしておいた。
 この植物の繁茂はんも具合を見るに、上手く機能しているようである。

 遠くから鳴き声が響く。
 見ると、一目散にこちらに向かってくる集団があった。

 此花と咲耶は突然現れたその集団に、驚いているようだ。
 そう言えば、まだ何も話していなかったな……そう思いつつ、俺は青い絨毯へと歩を進めると、その集団を迎えようとして……。

「な……んだと!?」

 驚愕のあまり、その呟きを押さえることが出来なかった。
 先頭をきってこちらに爆走してくるのは、あのダチョウのような動物だ。
 なるほど。ダチョウのような姿だけあって、やはり走るのは早いらしい。

 その後を必死に追従するのが、俺に一番懐いていた鹿のような動物だ。
 左右に跳躍しながら、何とかダチョウの前に出ようと四苦八苦している。
 その後ろから、ちらほら兎っぽい動物や、豚っぽい動物など、俺が連れてきた子達が、草の合間に見え隠れしていた。

 うん。皆、元気そうで良かった。
 1日放置してしまったから、ちょっと心配していたのだ。
 だが、全くの杞憂だったようだ。
 皆、おかしい位に元気である。
 そして、それは距離が縮まる毎に、俺の脳裏に警鐘を鳴らす事になった。

「ごめん、皆。ちょっと下がっててね。心配はいらないから、そこで見ててくれ。」

 そう言いながら、俺は此花や咲耶、そしてクウガとアギトから距離を取る。
 そして、改めておかしなスピードで突っ込んでくる動物達を視認して、俺は、クウガとアギトと出会った時のことを思い出していた。

 そう現実逃避している暇も無いほど、ダチョウが高速で突っ込んで来くると、俺の身長をゆうに超えるその体軀たいくをぶちかます勢いで擦りつけてきた。
 流石に障壁を展開したら、このダチョウが怪我では済まないので、俺は覚悟して身体強化で受け止める。
 まるでダンプカーが壁にでもぶつかったかのような、鈍い轟音が響いた。

 そして、その直後に、俺の頭ほどの塊が同じように、脇から突っ込んできて、俺は吹っ飛ばされないように踏みとどまる。
 見ると、どうやら、華麗なステップで俺の脇腹に突進し、そのまま頭を擦りつけている鹿の姿があった。
 それから、俺は足やら背中やらを殴打されつつ、何とかそこに踏みとどまる事に専念した。
 時間にしてたった数秒であったが、激しい抱擁が収まり、徐々に皆の興奮が治まってくると、動物達は、思い思いの位置にくつろぎ始める。

 うん。何か、色々とおかしいが、まぁ、元気そうだし、良いのか?

 俺の真横で、興味深そうに此花と咲耶に視線を寄越す鹿は、座っても俺の肩口に頭がある。
 同じく、震えながら、俺を盾のようにしながらも、恐る恐る我が子達に視線を向けるダチョウは、胴体が俺の胸辺りにある。
 先日とは打って変わって、立派にその姿をへと成長させた野生動物達を見て、俺は乾いた笑い声を出す事しか出来なかったのだった。

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