比翼の鳥
第4話 蜃気楼(4)
まどろみの中、俺は、たゆたう。
フワフワとしながら、ゆらりと流れ、浮き、回り、そして、止まる。
その感覚は、激しい物では無く、優しく俺を包んでいた。
ずっとこのままで居たくなるような、そんな心地良さを伴って、俺を揺らす。
ん? 前にもこんな事があったような……?
しかし、そんな疑問はすぐに霧散し、穏やかな時間が戻って来た。
……はずだったのだが、身体が引っ張られる感覚に、俺は顔をしかめる。
うーむ、静かに寝かせて欲しい物なのだが。
そんな俺の思いとは裏腹に、引き寄せられるスピードは、どんどん上がっていく。
そうして、どの位経ったのだろうか? 向かう先に何かが見えた。
人? うーむ。あれは、女性か?
遠くからでも見える柔らかな曲線は、女性の物だと俺は感じた。
そして、その人影に近付くにつれ、容姿が確認できるようになる。
暗闇にあって尚、白く輝く長い髪。
細い手足と、小さな顔。ワンピースの下に隠された女性らしさを控えめに強調するその柔らかな体躯は、見る者に母性を感じさせ、安心を与える。
『おに……ツバサさん。』
その声を聞いて、俺は涙を流しそうになった。
そう、失われたはずの声。失われたはずの彼女が、目の前にいる。
「ルナ……。」
俺の呟きを聞いて、ルナはその口角を釣り上げた。
『そう。私は、ルナ。』
違和感が頭の片隅を過る。
だが、彼女が俺の頬に手を添えた瞬間、その考えが霞をかけたように、曖昧なものとなった。
『何も考えないで。私を受け入れて。』
「受け入れる? ルナを?」
ルナを拒絶した事など、無いと思うのだが。
そう思い、ふと見ると、ルナの髪の色が黒く染まっていた。
「あれ? ルナ、髪の色が?」
『ふふ。これが本当の私。』
「本当の? いや、だけど。ルナの髪は白……。」
俺が反論しようと口を開くも、彼女は俺の頬を優しくなでる。
『違うわ。本当は、この色なの。』
「そうなの……か? いや、しかし。声もなんだか……。」
『ふふ、それも本当の私の声。』
暫く、そんな押し問答が続くも、それが重なる度に、徐々に俺の思考が緩慢になる。
上手く物を考えられない。ルナと言う像が思い出せなくなっていく。
まるで、上書きされていくかのように、徐々に彼女の存在が、目の前の彼女に合致していった。
何かがまずい。変だ。
だが、そんな考えも、すぐに霧散する。
『そう。ルナは私。それで良いじゃない。ね? お兄さん。』
そうなのだろうか? いや、そうなのかもしれない。そもそも、彼女はもう……。
『そうよ。私がルナ。そうすれば、お兄さんはずっと幸せに暮らせるわ。』
黒いツインテールを揺らし、怪しくルナが微笑む。
「そう……か。そうなのかも……な。」
自分の声とは思えない程、緩慢な様子で、俺の口が動く。
その瞬間、目の前に居る少女が、ルナであると認識できるようになる。
そうか。この子はルナだ。
『そう。私はルナ。 ……ふう、やっと認めてくれたわね。お兄さん、強情なんだから。ふふふ。』
「えっと、ごめん? なんだか、良く分からないが。」
今迄、霞がかかっていたような思考が急に晴れるのを感じる。
ルナが、微笑みながら、俺の頬を優しく撫でる。
『良いのよ。じゃあ、お兄さん、そろそろお休みの時間よ? もう寝ましょう。』
「そうなのか? じゃあ、ハグしないとな。おいで、ルナ。」
そんなルナの言葉に、俺は反射的に口を動かしていた。
ハグしないと、後が怖いしな。また、氷結地獄で正座は勘弁願いたい。
そう思いながら俺は手を広げると、ルナを受け止める準備を整える。
『え……。』
しかし、ルナは身体を硬直させると、俺の顔をマジマジと見つめ……そして、顔を背けてしまった。
「ん? どうした? 元々、ルナから言い始めた事だろ? それにハグ位、今更でしょ。それ以上の事もしてるし。」
寝る時はいつも俺に抱きついていたし、露天風呂では素っ裸を堂々と見せていたしなぁ。
そう考えると、ハグとか、彼女が今更、恥ずかしがるほどの事では無い気がする。
流石の俺も、毎日やる内に慣れてしまった。初期にあった羞恥心は既に、どこかに吹き飛んでしまっている。慣れって恐ろしい。
だが、何故かルナはその言葉を聞いて、顔を真っ赤にすると、慌てた様に、口を開いた。
『ちょっと、聞いてないわよ?!……何やってるのあの子……。そ、それに、わ、私だって、こ、こここ、心の準備ってものが……。』
ふむ、何故だか分からないが、今日のルナは変だ。
俺が手を広げながら、首を傾げると、ルナは一瞬、気まずそうな表情を浮かべ、首を振る。
『わ、分かったわよ。そ、その位! そ、そうよ。何てことないわよ。わ、私がちょっと本気を出せば。』
そう一気に捲し立てると、ルナは鼻息荒く、俺の前に立ち……まるでタックルでもするかのように、俺の胸へと飛び込んで来た。
それを何とか受け止め、しっかりと抱きしめる。全く、あわてん坊さんだなぁ。
俺は苦笑しつつも、更にルナをしっかりと抱きしめる。
その瞬間、直立不動のまま、硬直してしまうルナ。
そして、俺もルナを抱いて……強烈な違和感に襲われた。
ん? おや? ん~~??
俺は、その違和感の原因を探るべく、ルナの腰に手を回し、抱きしめたり、肩甲骨の辺りに手をやり抱きしめたりと、試行錯誤してみる。
『ちょ!? 何してんのよ!』
我に返ったのだろう。ルナが顔をゆでだこの様にしながらも、俺の腕の中から見上げて来るが、逃げる様子はない。
俺はそんなルナの頭を、落ち着かせるように、優しくなでる。すると、頭から湯気でも出そうな勢いで委縮しながら、途端におとなしくなる。
おや、今日のルナさんは、なんだか初々しいな?
そう思いつつ、俺はルナの抱き心地にある、違和感の正体を確かめる。
ふむ。ん~? なんかこう、物足りないと言うか、惜しいと言うか。
そのまま何度かそうやって、ハグをしてみて、漸く理由が分かった。
「あ、なるほど。」
俺のそんな呟きに、ルナは何故か潤んだ目をこちらに向けてくる。
『な、何を、一人で、な、納得しているの……よ。』
俺のそんな呟きに、弱々しくではあるが、ルナが恨めしそうに声をかけて来た。
「いや、何か今日のルナの抱き心地がね、いつもと違っててさ……なんでかなーと思ったら。」
『……思ったら?』
おずおずと言う感じで、顔を真っ赤にしながら、続けるルナ。
俺は、そんなルナを腕の中から開放すると、少し困りながら答えた。
「いやぁ、ルナ、痩せた? ちょっと胸の当たりがいつもと違ってさ。病気とかしてないよね?」
そう。全体的に、抱きしめた時の体の柔らかさが足りなかった。特に、胸の当たりは、こう、抱いた時の反発というか、それが寂しい。
改めて見たら納得だ。何故か、ルナの胸が激減していた。まぁ、そこまで気にする事は無いんだが。
俺の言葉を受けて、暫くの間、何を言われているのか理解できないと言うように、硬直していたルナだったが、意味が浸透したのだろう。一気に爆発したように真っ赤になると、俯きながら小刻みに体を震わせている。
そんな彼女の様子を見て、しまったと思う。少しデリカシーが無かったかな?
単にいつもと違うから、心配だっただけなんだが。
「ああ、けど、俺は気にしてないからね? なんせ、ルナの体だから。胸の大きさとかで、ルナの魅力が変わったりしないから。」
そう、俺なりにフォローをしたつもりだったのだが……。
ルナはその言葉を聞いて、顔を上げると、涙の溜まった目で、俺を睨む。
「いや、ちょっと、待て。落ち着けルナ。とりあえず、その手を……。」
『お兄さんの……馬鹿ぁああ!!』
そう、弁解するまでも無く、乾いた音が響く。
おいおい、またかい。
そう思うと同時に、黒い世界が粉々に吹き飛んだのを視界の端に収めつつ、俺の意識は急速に遠のいたのだった。
目が覚めると、見慣れた俺の部屋の天井が視界を覆う。
古い合板で出来た木製の天井には、木目が様々な模様を描いていた。
そういや、その中の一つが目に見えて、暫く上を向いて寝れなかったっけな。
懐かしさに引かれ、その模様を探すと直ぐに見つかった。まるで、女性の瞳を思わせる、少し細長い模様を見つめ、そして、軽く苦笑しながら体を起こす。
窓からは陽射しがこぼれ出て、部屋を薄く照らしていた。
そして、よく見ると、部屋の片隅に小さい何かが鎮座している。
何だ? そう思い、意識を向ければ、それは、頭を抱えて蹲っている少女だった。
「ううぅ、またやっちゃった。折角のチャンスだったのに……。全く、どうしていつも私って肝心な所で……。」
ふむ。良く分からないが、どうやら、彼女は何かをやらかしたらしい。
そして、未だに良く分からないのが、何故、彼女が俺の部屋に堂々と居座っているのかと言う事だ。
そもそも、何者だ? と思い、彼女の名前が、月島瑠奈と言う名の幼馴染だと思い当たる。
ああ、そうだった。今日も起こしに来てくれたのかな?
彼女は、何故か俺の家で朝食をとるついでに、俺の事も起こしに来てくれる。
まさか、ギャルゲーの王道を素で行く事になるとは。
まぁ、それも妹の春香を起こし来たついでらしい。
俺はため息を吐くと、時間が気になり時計を見る。
もうすぐ7時半になろうかと言う所だった。そろそろ、起きなければ学校に遅れてしまう。
「……っ。」
俺は、彼女の名前を呼ぼうとして……何故か俺は、この子をルナと呼ぶことに躊躇いを覚える。
ん? なんだ? 何かが違う。
一瞬、心に湧き上がった疑問。俺はその違和感が、とても大事な事だと、一瞬で、理解した。
だが、同時に、切羽詰まったこの状況では、深く考える時間も惜しい。
数瞬、考えた後、俺は、意を決すると、何だか黒いオーラを纏ってそうな彼女に声をかける。
「瑠奈。何をそんな所で、うずくまっているんだい?」
一瞬、強烈な違和感を覚える物の、俺はそれを表に出さず、その手でカーテンを開ける。
やはり違う。この子は、ルナではない。それは確かだ。
陽射しが差し込み、部屋を明るく照らす。
同時に、部屋の隅で縮こまっていた少女の姿を、眩しい陽光の中に浮き上がらせた。
驚いたようにこちらに視線を向ける瑠奈を名乗る少女。
その少女を一目見て、俺は思う。
少女は、悔やんでいた。そして、疲れていた。
その姿を見て、俺は一瞬、過去の自分を思い出す。
頑張ったけれど、報われなかった。それを引きずってしまった。
どうすれば良かったのか? そればかり考えて、自分を責めてしまった
ああ、なんか、この子。俺に似てるかも。
ふと何故か、そう思った。
そう思ったら、何となく、許せる気がした。
「お兄……さん? 今、私の事、ルナって呼んだ?」
正直、違和感は多分にある。謎も一杯だ。
……だが、まぁ、良いだろう。
「ああ、呼んだよ? だって、それが君の名前なんだろう?」
俺も、そこまで意地を張る必要も無いかもしれない。
彼女が瑠奈と語るなら、付き合おう。
「そ、そうよ! それが、私の名前よ! 良かったぁ。お兄さん、ちゃんと、せんの……じゃなくて、覚えていてくれたのね。」
……大丈夫か? この子。今、絶対、洗脳って言いかけただろう。
だが、何だか、その表情は先程とは打って変わり、晴々としていて、とても嬉しそうだ。
そんな彼女の明るい表情を見て、考える。
俺は、何か大事な事を忘れていると思う。
だが、それでも、この少女が少しでも笑えるなら、少し付き合うのも良いだろう。
そう言う気持ちが芽生えて来た。だから、俺は彼女を肯定する意味を込めて、こう答える。
「ああ、瑠奈は瑠奈だからね。」
「ええ、そうよね! そうだよね!」
うふふふ。やっと上手く行ったわ。と小声で呟いちゃうこの子は、結構、残念な感じがするが、それも愛嬌なのだろう。
俺はそんな言葉を聞かないふりをして苦笑すると、ご機嫌な彼女に声をかける。
「んで、着替えたいんだが。見ていくのか?」
俺はシャツに手をかけ、わざとゆっくりたくし上げる。
まぁ、おっさんのストリップとか、需要ないけどな。
だが、彼女は、一瞬にして顔を真っ赤にすると、
「ば、ばかぁ!」
と言いながら、慌てて部屋から出て行った。
そして、1秒後、「うきゃぁあああああ!?」と言う悲鳴と共に、重い音を連続して家中に響かせる事になった。
あ、階段から落ちた。
そんな光景を想像して、湧き上がる笑いを漏らしつつ、着替えを済ませ、登校の準備を進める。
うん。今日は、少し面白い事になりそうだ。
そう思いながら、俺は部屋を後にしたのだった。
フワフワとしながら、ゆらりと流れ、浮き、回り、そして、止まる。
その感覚は、激しい物では無く、優しく俺を包んでいた。
ずっとこのままで居たくなるような、そんな心地良さを伴って、俺を揺らす。
ん? 前にもこんな事があったような……?
しかし、そんな疑問はすぐに霧散し、穏やかな時間が戻って来た。
……はずだったのだが、身体が引っ張られる感覚に、俺は顔をしかめる。
うーむ、静かに寝かせて欲しい物なのだが。
そんな俺の思いとは裏腹に、引き寄せられるスピードは、どんどん上がっていく。
そうして、どの位経ったのだろうか? 向かう先に何かが見えた。
人? うーむ。あれは、女性か?
遠くからでも見える柔らかな曲線は、女性の物だと俺は感じた。
そして、その人影に近付くにつれ、容姿が確認できるようになる。
暗闇にあって尚、白く輝く長い髪。
細い手足と、小さな顔。ワンピースの下に隠された女性らしさを控えめに強調するその柔らかな体躯は、見る者に母性を感じさせ、安心を与える。
『おに……ツバサさん。』
その声を聞いて、俺は涙を流しそうになった。
そう、失われたはずの声。失われたはずの彼女が、目の前にいる。
「ルナ……。」
俺の呟きを聞いて、ルナはその口角を釣り上げた。
『そう。私は、ルナ。』
違和感が頭の片隅を過る。
だが、彼女が俺の頬に手を添えた瞬間、その考えが霞をかけたように、曖昧なものとなった。
『何も考えないで。私を受け入れて。』
「受け入れる? ルナを?」
ルナを拒絶した事など、無いと思うのだが。
そう思い、ふと見ると、ルナの髪の色が黒く染まっていた。
「あれ? ルナ、髪の色が?」
『ふふ。これが本当の私。』
「本当の? いや、だけど。ルナの髪は白……。」
俺が反論しようと口を開くも、彼女は俺の頬を優しくなでる。
『違うわ。本当は、この色なの。』
「そうなの……か? いや、しかし。声もなんだか……。」
『ふふ、それも本当の私の声。』
暫く、そんな押し問答が続くも、それが重なる度に、徐々に俺の思考が緩慢になる。
上手く物を考えられない。ルナと言う像が思い出せなくなっていく。
まるで、上書きされていくかのように、徐々に彼女の存在が、目の前の彼女に合致していった。
何かがまずい。変だ。
だが、そんな考えも、すぐに霧散する。
『そう。ルナは私。それで良いじゃない。ね? お兄さん。』
そうなのだろうか? いや、そうなのかもしれない。そもそも、彼女はもう……。
『そうよ。私がルナ。そうすれば、お兄さんはずっと幸せに暮らせるわ。』
黒いツインテールを揺らし、怪しくルナが微笑む。
「そう……か。そうなのかも……な。」
自分の声とは思えない程、緩慢な様子で、俺の口が動く。
その瞬間、目の前に居る少女が、ルナであると認識できるようになる。
そうか。この子はルナだ。
『そう。私はルナ。 ……ふう、やっと認めてくれたわね。お兄さん、強情なんだから。ふふふ。』
「えっと、ごめん? なんだか、良く分からないが。」
今迄、霞がかかっていたような思考が急に晴れるのを感じる。
ルナが、微笑みながら、俺の頬を優しく撫でる。
『良いのよ。じゃあ、お兄さん、そろそろお休みの時間よ? もう寝ましょう。』
「そうなのか? じゃあ、ハグしないとな。おいで、ルナ。」
そんなルナの言葉に、俺は反射的に口を動かしていた。
ハグしないと、後が怖いしな。また、氷結地獄で正座は勘弁願いたい。
そう思いながら俺は手を広げると、ルナを受け止める準備を整える。
『え……。』
しかし、ルナは身体を硬直させると、俺の顔をマジマジと見つめ……そして、顔を背けてしまった。
「ん? どうした? 元々、ルナから言い始めた事だろ? それにハグ位、今更でしょ。それ以上の事もしてるし。」
寝る時はいつも俺に抱きついていたし、露天風呂では素っ裸を堂々と見せていたしなぁ。
そう考えると、ハグとか、彼女が今更、恥ずかしがるほどの事では無い気がする。
流石の俺も、毎日やる内に慣れてしまった。初期にあった羞恥心は既に、どこかに吹き飛んでしまっている。慣れって恐ろしい。
だが、何故かルナはその言葉を聞いて、顔を真っ赤にすると、慌てた様に、口を開いた。
『ちょっと、聞いてないわよ?!……何やってるのあの子……。そ、それに、わ、私だって、こ、こここ、心の準備ってものが……。』
ふむ、何故だか分からないが、今日のルナは変だ。
俺が手を広げながら、首を傾げると、ルナは一瞬、気まずそうな表情を浮かべ、首を振る。
『わ、分かったわよ。そ、その位! そ、そうよ。何てことないわよ。わ、私がちょっと本気を出せば。』
そう一気に捲し立てると、ルナは鼻息荒く、俺の前に立ち……まるでタックルでもするかのように、俺の胸へと飛び込んで来た。
それを何とか受け止め、しっかりと抱きしめる。全く、あわてん坊さんだなぁ。
俺は苦笑しつつも、更にルナをしっかりと抱きしめる。
その瞬間、直立不動のまま、硬直してしまうルナ。
そして、俺もルナを抱いて……強烈な違和感に襲われた。
ん? おや? ん~~??
俺は、その違和感の原因を探るべく、ルナの腰に手を回し、抱きしめたり、肩甲骨の辺りに手をやり抱きしめたりと、試行錯誤してみる。
『ちょ!? 何してんのよ!』
我に返ったのだろう。ルナが顔をゆでだこの様にしながらも、俺の腕の中から見上げて来るが、逃げる様子はない。
俺はそんなルナの頭を、落ち着かせるように、優しくなでる。すると、頭から湯気でも出そうな勢いで委縮しながら、途端におとなしくなる。
おや、今日のルナさんは、なんだか初々しいな?
そう思いつつ、俺はルナの抱き心地にある、違和感の正体を確かめる。
ふむ。ん~? なんかこう、物足りないと言うか、惜しいと言うか。
そのまま何度かそうやって、ハグをしてみて、漸く理由が分かった。
「あ、なるほど。」
俺のそんな呟きに、ルナは何故か潤んだ目をこちらに向けてくる。
『な、何を、一人で、な、納得しているの……よ。』
俺のそんな呟きに、弱々しくではあるが、ルナが恨めしそうに声をかけて来た。
「いや、何か今日のルナの抱き心地がね、いつもと違っててさ……なんでかなーと思ったら。」
『……思ったら?』
おずおずと言う感じで、顔を真っ赤にしながら、続けるルナ。
俺は、そんなルナを腕の中から開放すると、少し困りながら答えた。
「いやぁ、ルナ、痩せた? ちょっと胸の当たりがいつもと違ってさ。病気とかしてないよね?」
そう。全体的に、抱きしめた時の体の柔らかさが足りなかった。特に、胸の当たりは、こう、抱いた時の反発というか、それが寂しい。
改めて見たら納得だ。何故か、ルナの胸が激減していた。まぁ、そこまで気にする事は無いんだが。
俺の言葉を受けて、暫くの間、何を言われているのか理解できないと言うように、硬直していたルナだったが、意味が浸透したのだろう。一気に爆発したように真っ赤になると、俯きながら小刻みに体を震わせている。
そんな彼女の様子を見て、しまったと思う。少しデリカシーが無かったかな?
単にいつもと違うから、心配だっただけなんだが。
「ああ、けど、俺は気にしてないからね? なんせ、ルナの体だから。胸の大きさとかで、ルナの魅力が変わったりしないから。」
そう、俺なりにフォローをしたつもりだったのだが……。
ルナはその言葉を聞いて、顔を上げると、涙の溜まった目で、俺を睨む。
「いや、ちょっと、待て。落ち着けルナ。とりあえず、その手を……。」
『お兄さんの……馬鹿ぁああ!!』
そう、弁解するまでも無く、乾いた音が響く。
おいおい、またかい。
そう思うと同時に、黒い世界が粉々に吹き飛んだのを視界の端に収めつつ、俺の意識は急速に遠のいたのだった。
目が覚めると、見慣れた俺の部屋の天井が視界を覆う。
古い合板で出来た木製の天井には、木目が様々な模様を描いていた。
そういや、その中の一つが目に見えて、暫く上を向いて寝れなかったっけな。
懐かしさに引かれ、その模様を探すと直ぐに見つかった。まるで、女性の瞳を思わせる、少し細長い模様を見つめ、そして、軽く苦笑しながら体を起こす。
窓からは陽射しがこぼれ出て、部屋を薄く照らしていた。
そして、よく見ると、部屋の片隅に小さい何かが鎮座している。
何だ? そう思い、意識を向ければ、それは、頭を抱えて蹲っている少女だった。
「ううぅ、またやっちゃった。折角のチャンスだったのに……。全く、どうしていつも私って肝心な所で……。」
ふむ。良く分からないが、どうやら、彼女は何かをやらかしたらしい。
そして、未だに良く分からないのが、何故、彼女が俺の部屋に堂々と居座っているのかと言う事だ。
そもそも、何者だ? と思い、彼女の名前が、月島瑠奈と言う名の幼馴染だと思い当たる。
ああ、そうだった。今日も起こしに来てくれたのかな?
彼女は、何故か俺の家で朝食をとるついでに、俺の事も起こしに来てくれる。
まさか、ギャルゲーの王道を素で行く事になるとは。
まぁ、それも妹の春香を起こし来たついでらしい。
俺はため息を吐くと、時間が気になり時計を見る。
もうすぐ7時半になろうかと言う所だった。そろそろ、起きなければ学校に遅れてしまう。
「……っ。」
俺は、彼女の名前を呼ぼうとして……何故か俺は、この子をルナと呼ぶことに躊躇いを覚える。
ん? なんだ? 何かが違う。
一瞬、心に湧き上がった疑問。俺はその違和感が、とても大事な事だと、一瞬で、理解した。
だが、同時に、切羽詰まったこの状況では、深く考える時間も惜しい。
数瞬、考えた後、俺は、意を決すると、何だか黒いオーラを纏ってそうな彼女に声をかける。
「瑠奈。何をそんな所で、うずくまっているんだい?」
一瞬、強烈な違和感を覚える物の、俺はそれを表に出さず、その手でカーテンを開ける。
やはり違う。この子は、ルナではない。それは確かだ。
陽射しが差し込み、部屋を明るく照らす。
同時に、部屋の隅で縮こまっていた少女の姿を、眩しい陽光の中に浮き上がらせた。
驚いたようにこちらに視線を向ける瑠奈を名乗る少女。
その少女を一目見て、俺は思う。
少女は、悔やんでいた。そして、疲れていた。
その姿を見て、俺は一瞬、過去の自分を思い出す。
頑張ったけれど、報われなかった。それを引きずってしまった。
どうすれば良かったのか? そればかり考えて、自分を責めてしまった
ああ、なんか、この子。俺に似てるかも。
ふと何故か、そう思った。
そう思ったら、何となく、許せる気がした。
「お兄……さん? 今、私の事、ルナって呼んだ?」
正直、違和感は多分にある。謎も一杯だ。
……だが、まぁ、良いだろう。
「ああ、呼んだよ? だって、それが君の名前なんだろう?」
俺も、そこまで意地を張る必要も無いかもしれない。
彼女が瑠奈と語るなら、付き合おう。
「そ、そうよ! それが、私の名前よ! 良かったぁ。お兄さん、ちゃんと、せんの……じゃなくて、覚えていてくれたのね。」
……大丈夫か? この子。今、絶対、洗脳って言いかけただろう。
だが、何だか、その表情は先程とは打って変わり、晴々としていて、とても嬉しそうだ。
そんな彼女の明るい表情を見て、考える。
俺は、何か大事な事を忘れていると思う。
だが、それでも、この少女が少しでも笑えるなら、少し付き合うのも良いだろう。
そう言う気持ちが芽生えて来た。だから、俺は彼女を肯定する意味を込めて、こう答える。
「ああ、瑠奈は瑠奈だからね。」
「ええ、そうよね! そうだよね!」
うふふふ。やっと上手く行ったわ。と小声で呟いちゃうこの子は、結構、残念な感じがするが、それも愛嬌なのだろう。
俺はそんな言葉を聞かないふりをして苦笑すると、ご機嫌な彼女に声をかける。
「んで、着替えたいんだが。見ていくのか?」
俺はシャツに手をかけ、わざとゆっくりたくし上げる。
まぁ、おっさんのストリップとか、需要ないけどな。
だが、彼女は、一瞬にして顔を真っ赤にすると、
「ば、ばかぁ!」
と言いながら、慌てて部屋から出て行った。
そして、1秒後、「うきゃぁあああああ!?」と言う悲鳴と共に、重い音を連続して家中に響かせる事になった。
あ、階段から落ちた。
そんな光景を想像して、湧き上がる笑いを漏らしつつ、着替えを済ませ、登校の準備を進める。
うん。今日は、少し面白い事になりそうだ。
そう思いながら、俺は部屋を後にしたのだった。
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