比翼の鳥
第19話 起床、そして緩やかな日々(1)
前略、元の世界のご両親様。
皆様、ご健勝でいらっしゃるかと思いますが、その後、如何お過ごしでしょうか。
不肖ながら、貴方達の息子である、私は、今日も何とか元気に生きております。
ですが、今の俺の姿を見たら、きっとお二人は泣くでしょうね。ええ、もう確信できます。
「さぁ、ツバサ様。ご飯ですよ。どうぞ、御飲み下さい。」
目の前に突き出される、形の良い乳房に、俺の身体はいとも簡単に吸い込まれていく。
んま、あま、ばぶぅ……。
って!? 駄目だってば!? 何やってんの俺!? 
だが、俺の心の叫びは、「あわぁ~」と言う間抜けな声として、外界へと発せられた。
「あらあら、ツバサ様、駄目ですよ。もっと頂かないと、大きくなれませんよ。」
躊躇もなく押し付けられたその柔らかな感触に、吹けば飛ぶような俺の理性は、あっさりと駆逐され、身体は数秒かからずに陥落する。
うま、うま、ままぁ……。
……あああぁぁああ!? 違うんだ! 俺は、そんな事を望んでなんか……なんか……あだぁ……はっ!?
再度、「あぶぅ~」と言う間抜けな声が響く中、リリーは俺の頭を優しく撫でながら、慈愛の満ちた顔で俺の顔を見る。
やめろ、止めてくれ……リリー。俺をそんな目で見ないでくれ。なんか、もう良いかなとか、思っちゃうじゃないか。
「ふふ、ツバサ様、可愛い。」
ギュッと抱きしめられ、俺は彼女の柔らかさと体温に包まれる。
ぐ……この歳になって、母親の偉大さと、人生で味わった事も無い羞恥心に翻弄される事になるとは……。
おっさんに赤ん坊プレイは、少々荷が重すぎる。
本来ならば、全力で拒否したい所だ。流石に、この状況は、俺には色々な意味で、高度すぎる。
だが、リリーの幸せそうな笑みを間近で見ていると、無下に突っぱねる事も躊躇われた。
まぁ、そもそも、突っぱねるとか言う以前に、思い通りに動かない上に、俺は彼女と会話すらできない状況ではあるのだが。
俺は意識を取り戻してから、彼女と会話しようと何度か試みているのだが……見て分かる通り、全くしゃべれなかった。
何より、俺の身体が……と言うより、本能の部分なのだろうが、俺の意思とは関係なく、彼女の乳房を貪る為に、勝手に動くのだ。
俺が目を覚ますと、彼女の乳房が既に目の前にある状態だったりする訳で、そんな状況では1秒も持たず、本能に屈服する事になる。
それにさ、暖かいやら、甘いやらで、今迄経験したことも無い、多幸感に包まれてしまうんだよ。
俺の理性なんて、これほど大きな感覚の前には、紙くず同然だ。
だが、そんなゴミのような理性を崩壊させながらも、現状をどうにか把握しようと務めていた結果、分かったことがある。
まず、どうやら、彼女が与えてくれているのは、母乳ではなく魔力だ。
この何とも甘美で後味もスッキリとしたモノが俺の心を溶かす訳だが、不思議と口の中には残らないため液体では無いのだろう。
そもそも、こんな美味しいものが、うまうま……人の体から出ているとか……あむあむ。
はっ!?
気がついたら、またもや、俺はリリーの乳房を貪っていた。
まて、俺の体!? それで良いのか!? おっさんのやって良いことじゃないぞ!?
「うやぁ~」と声が出た気がするも、そんな事は気にしていられない。
何とか俺は、体の支配を取り戻し、リリーの乳房から口を離すと、彼女を説得する為に彼女を見つめた。
そうして、なけなしの理性と尊厳の全てを賭け、俺はリリーへと語りかける。
「あぅ~~~~、あやぁ~~~~~~~」
「あら、ツバサ様、もうお腹いっぱいなんでちゅか~?」
「だうぅ~~、あうぁ~~~~~、んきゃぅ~~~~~、あ~~~~~!」
「ふふ、今日はご機嫌斜めなんでちゅね~。大丈夫でちゅよ~。私がちゃんと守りますからねぇ~」
全く通じていなかった……。
絶望に打ちひしがれる俺をよそに、優しく微笑みながら、俺を見下ろすリリーの表情は、慈愛に満ちている。
そして、彼女の赤ちゃん語が妙に癇に障る上に、恥ずかしいとあって、突っ込みどころが満載である。
だが、そんな状況に追い込まれつつも、俺の言葉は、全くもって彼女に伝わる様子を見せないのが悲しい。
しかし、何だろうか、今まで自分の事で精一杯だったが、今の彼女の様子に何か引っかかる点があると、俺は気付いた。
そして、一回気になりだすと、それは波のように俺の心を揺さぶる。
そんな衝動に突き動かされるように、俺はもう一度、彼女をよく観察する事にした。
笑顔を浮かべるリリーの顔に刻まれた傷。それは、右頬から首の近くまで続いていた。
特訓の際に乱暴に切りそろえた髪は、前と同じような長さを取り戻している。それは光を浴びて、幻想的な雰囲気をまとい、静かに輝いていた。
上をはだけてしまっているが、どうやら、ブラウスのような物に身を包んでいるようだった。見ると、生地も中々に上質な物のようである。
違うな、そんな表面上の変化ではない。
もう一度、彼女をよく観察する。
相変わらず、耳と尻尾の制御は甘いようで、耳が風でも起こす勢いでパタパタと動いている。彼女の体に隠れて見えないが、尻尾も大変なことになっているのだろうな。何となく感じる空気の流れが、それを確信させた。
空気といえば、ここはどうやら、狭い部屋のようだ。
一応、採光はされているようで、彼女の横から日の光が差し込んできている。
それが彼女の髪を美しく見せていたのだろう。
となると、部屋の入口が何処かということになるのだが、俺の視野の範囲には、それらしい物は無いことから、彼女の背に隠される形であるのだろう。
「ふふ、ツバサ様、ここが何処か気になりますか? 大丈夫ですよ。ここは安全ですから」
そんな風に、周りの様子を伺っていた俺の様子を見て、彼女は柔らかく微笑む。
……そうか……そうじゃない。目だ。
優しい微笑みの奥に、何か大きな意志を感じる。俺の知っている彼女に、その片鱗はあったが、ここまで確固たる物ではなかった様に思う。
だが、今の彼女は何か一本芯が通ったようにも見える。
それは、恐らくだが、先程の彼女の言葉に現れているのだろう。
彼女は、俺を守ると言った。
それはつまり、彼女は俺を守らなくてはならないような状況であり、その為に戦ってきたのではないかと推察できる。
頬の傷も、やつれた顔も、その証なのだろう。
リリー……君が、俺を守り続けてくれたのか?
俺の胸に、感謝と共に、苦い気持ちが湧き上がる。
本来なら俺が彼女を守るつもりだったが、実際は逆だ。俺がこんな状況になって、彼女にきっと多くの苦労を背負わせてしまっている事だろう。
俺はそんな彼女や、他の家族達を守る為に、ここに帰ってきたんだろう?
こんな事、やっている場合じゃない。
何故かは分からないが、楽しくて仕方ない様子で微笑むリリーに俺は視線を寄越す。
そんな俺の様子が今までと違うことに、彼女は気がついたようだ。
首を傾げつつ、俺の顔を覗き込んできた。
そうだ、手はある。言葉が駄目なら、文字だ。
俺は指先をリリーへと向け……虚空に文字を書こうとした。
「あ……」
驚いたリリーが、言葉を漏らす中、淡い煌めきが空中に浮かび、それが虚空に光の軌跡となる瞬間……強烈な倦怠感が俺を襲う。
あ、これあかんやつだ。
そんな、悠長な事を頭の片隅で思いながら、俺の意識は急速に闇へと引きずり込まれたのだった。
「まったく……びっくりいたしました。ツバサ様は赤ちゃんなんですから、魔力を使おうとかしちゃ駄目です!」
あれから1時間程、盛大に気絶していたらしく……開口一番、リリーに叱られて、俺はシュンとしつつも、彼女の乳房から魔力を貪るように吸っていた。
どうやら、彼女の言うように、俺の体には殆ど魔力が無いようだった。
冷静に考えれば至極当然なことであり、だからこそ、俺の体は本能のままに、魔力を貪ろうとするのだろう。
しかし、困った。これでは、本当にただの赤ん坊である。
しかも……これでは文字が書けないではないか。
本来、どういう形であれ、魔力を流し込んで貰えさえすれば、問題ないはずだ。そうしたら、工夫する余地もあるというのに。
……そう思うも、今迄の出来事を思い出し、傍と思いたる。
あれ? そう言えば、俺って、他の人から魔力供与って受けた事無いよな?
勿論、手違いと言うか、若気の至りと言うか、ちょっと手が滑って膨大な魔力を得るようになったのが、そもそもの発端ではあったが、冷静に考えてみると、他の人が魔力の受け渡しをしている姿を、見た事が無い。
考えてみれば、森でレイリさんに魔力供与を行った時も、酷く驚かれた事を思い出す。
つまり、魔力供与は、本来、この様な形で行われるという事なのだろうか?
何て素晴らしい……じゃなくて、悩ましいんだ。
そんな風にリリーの乳房……から出る魔力を貪りつつ、俺が悩み続けていると、突然、轟音が部屋に響いた。
「おう、お嬢!! いつまでかかっとんのじゃ!」
それと共に、リリーの背中側から響く大声に、彼女は慌てた様子も無く、背中を向けたまま答える。
「ダグスさん……扉は静かに開けてって、いつも言っていますよね? あと、ツバサ様がびっくりしちゃいますから大声も控えて下さい」
うん、びっくりしたよ。まぁ、扉がそちらにある事が分かったのは、良しとするが。
しかし、この突然の乱入者は……一体? しかも、なんか、どっかで聞いた名前のような?
「ちっ、細けぇ事は気にするなよ。んで、まだかかるのかよ? 今日は、小娘が来る日だろ?」
俺の疑問を他所に、更に新たな情報が増え続ける。
「まだ、ツバサ様がご満足されていないので、無理です。ダグスさん、代わりに出迎えて下さい」
そんな彼の声に、リリーは俺と二人きりの時とはまるで別人のように、淡々と答える。
おう、何かリリー凄く偉そうだぞ。うーむ、一体、何がどうなっているのやら。
小娘? 出迎え? 相変わらず謎な状況に、俺は思わず首を傾げる。
そんな俺の様子を見て、リリーは笑みを浮かべる。
「ふふふ、大丈夫ですよ。ツバサ様は、何も心配する必要は、ありませんからね」
俺の頬をぷにぷにと突っつきながら、楽しそうにそう口にする彼女の声色は、先程と同じように自愛に満ちていた。
そんな態度が癪に障ったのか、それとも、他に理由があるからなのか、背後から響く声には、若干苛立ちが篭もる。
「ったく、そんな餓鬼、放っておけや。ああ、そうだ、魔力だけなら俺でもやれるだろ。ほれ貸せ」
「いやです。ツバサ様のお世話は、私がします」
「んな事言っても、魔力吸わせるだけなら、俺でも良いだろ。それに、お嬢の胸も、俺の胸も、言うほど変わら……」
その瞬間、俺は浮遊感に包まれる……時を置かずして、轟音と共に、彼の声が途切れた。
それが何を意味するのか、瞬時に俺は察せられた。ああ、それは幾ら何でも駄目だろう。
見るとリリーの耳は天を突いていた。うん、彼女の逆鱗に触れたよね、これは。
リリー気にしなくて良いんだぞ。俺は、君の胸は素晴らしいと思うぞ。
俺は心で語りかけながら、少しだけ同情しつつ、彼女の胸から魔力を吸う。
そんな風に、風通しの良くなった部屋の外で、誰かが騒ぐ声が響くのを、何ともなしに聞きながら、俺は、彼女の魔力を一心不乱に吸うのであった。
皆様、ご健勝でいらっしゃるかと思いますが、その後、如何お過ごしでしょうか。
不肖ながら、貴方達の息子である、私は、今日も何とか元気に生きております。
ですが、今の俺の姿を見たら、きっとお二人は泣くでしょうね。ええ、もう確信できます。
「さぁ、ツバサ様。ご飯ですよ。どうぞ、御飲み下さい。」
目の前に突き出される、形の良い乳房に、俺の身体はいとも簡単に吸い込まれていく。
んま、あま、ばぶぅ……。
って!? 駄目だってば!? 何やってんの俺!? 
だが、俺の心の叫びは、「あわぁ~」と言う間抜けな声として、外界へと発せられた。
「あらあら、ツバサ様、駄目ですよ。もっと頂かないと、大きくなれませんよ。」
躊躇もなく押し付けられたその柔らかな感触に、吹けば飛ぶような俺の理性は、あっさりと駆逐され、身体は数秒かからずに陥落する。
うま、うま、ままぁ……。
……あああぁぁああ!? 違うんだ! 俺は、そんな事を望んでなんか……なんか……あだぁ……はっ!?
再度、「あぶぅ~」と言う間抜けな声が響く中、リリーは俺の頭を優しく撫でながら、慈愛の満ちた顔で俺の顔を見る。
やめろ、止めてくれ……リリー。俺をそんな目で見ないでくれ。なんか、もう良いかなとか、思っちゃうじゃないか。
「ふふ、ツバサ様、可愛い。」
ギュッと抱きしめられ、俺は彼女の柔らかさと体温に包まれる。
ぐ……この歳になって、母親の偉大さと、人生で味わった事も無い羞恥心に翻弄される事になるとは……。
おっさんに赤ん坊プレイは、少々荷が重すぎる。
本来ならば、全力で拒否したい所だ。流石に、この状況は、俺には色々な意味で、高度すぎる。
だが、リリーの幸せそうな笑みを間近で見ていると、無下に突っぱねる事も躊躇われた。
まぁ、そもそも、突っぱねるとか言う以前に、思い通りに動かない上に、俺は彼女と会話すらできない状況ではあるのだが。
俺は意識を取り戻してから、彼女と会話しようと何度か試みているのだが……見て分かる通り、全くしゃべれなかった。
何より、俺の身体が……と言うより、本能の部分なのだろうが、俺の意思とは関係なく、彼女の乳房を貪る為に、勝手に動くのだ。
俺が目を覚ますと、彼女の乳房が既に目の前にある状態だったりする訳で、そんな状況では1秒も持たず、本能に屈服する事になる。
それにさ、暖かいやら、甘いやらで、今迄経験したことも無い、多幸感に包まれてしまうんだよ。
俺の理性なんて、これほど大きな感覚の前には、紙くず同然だ。
だが、そんなゴミのような理性を崩壊させながらも、現状をどうにか把握しようと務めていた結果、分かったことがある。
まず、どうやら、彼女が与えてくれているのは、母乳ではなく魔力だ。
この何とも甘美で後味もスッキリとしたモノが俺の心を溶かす訳だが、不思議と口の中には残らないため液体では無いのだろう。
そもそも、こんな美味しいものが、うまうま……人の体から出ているとか……あむあむ。
はっ!?
気がついたら、またもや、俺はリリーの乳房を貪っていた。
まて、俺の体!? それで良いのか!? おっさんのやって良いことじゃないぞ!?
「うやぁ~」と声が出た気がするも、そんな事は気にしていられない。
何とか俺は、体の支配を取り戻し、リリーの乳房から口を離すと、彼女を説得する為に彼女を見つめた。
そうして、なけなしの理性と尊厳の全てを賭け、俺はリリーへと語りかける。
「あぅ~~~~、あやぁ~~~~~~~」
「あら、ツバサ様、もうお腹いっぱいなんでちゅか~?」
「だうぅ~~、あうぁ~~~~~、んきゃぅ~~~~~、あ~~~~~!」
「ふふ、今日はご機嫌斜めなんでちゅね~。大丈夫でちゅよ~。私がちゃんと守りますからねぇ~」
全く通じていなかった……。
絶望に打ちひしがれる俺をよそに、優しく微笑みながら、俺を見下ろすリリーの表情は、慈愛に満ちている。
そして、彼女の赤ちゃん語が妙に癇に障る上に、恥ずかしいとあって、突っ込みどころが満載である。
だが、そんな状況に追い込まれつつも、俺の言葉は、全くもって彼女に伝わる様子を見せないのが悲しい。
しかし、何だろうか、今まで自分の事で精一杯だったが、今の彼女の様子に何か引っかかる点があると、俺は気付いた。
そして、一回気になりだすと、それは波のように俺の心を揺さぶる。
そんな衝動に突き動かされるように、俺はもう一度、彼女をよく観察する事にした。
笑顔を浮かべるリリーの顔に刻まれた傷。それは、右頬から首の近くまで続いていた。
特訓の際に乱暴に切りそろえた髪は、前と同じような長さを取り戻している。それは光を浴びて、幻想的な雰囲気をまとい、静かに輝いていた。
上をはだけてしまっているが、どうやら、ブラウスのような物に身を包んでいるようだった。見ると、生地も中々に上質な物のようである。
違うな、そんな表面上の変化ではない。
もう一度、彼女をよく観察する。
相変わらず、耳と尻尾の制御は甘いようで、耳が風でも起こす勢いでパタパタと動いている。彼女の体に隠れて見えないが、尻尾も大変なことになっているのだろうな。何となく感じる空気の流れが、それを確信させた。
空気といえば、ここはどうやら、狭い部屋のようだ。
一応、採光はされているようで、彼女の横から日の光が差し込んできている。
それが彼女の髪を美しく見せていたのだろう。
となると、部屋の入口が何処かということになるのだが、俺の視野の範囲には、それらしい物は無いことから、彼女の背に隠される形であるのだろう。
「ふふ、ツバサ様、ここが何処か気になりますか? 大丈夫ですよ。ここは安全ですから」
そんな風に、周りの様子を伺っていた俺の様子を見て、彼女は柔らかく微笑む。
……そうか……そうじゃない。目だ。
優しい微笑みの奥に、何か大きな意志を感じる。俺の知っている彼女に、その片鱗はあったが、ここまで確固たる物ではなかった様に思う。
だが、今の彼女は何か一本芯が通ったようにも見える。
それは、恐らくだが、先程の彼女の言葉に現れているのだろう。
彼女は、俺を守ると言った。
それはつまり、彼女は俺を守らなくてはならないような状況であり、その為に戦ってきたのではないかと推察できる。
頬の傷も、やつれた顔も、その証なのだろう。
リリー……君が、俺を守り続けてくれたのか?
俺の胸に、感謝と共に、苦い気持ちが湧き上がる。
本来なら俺が彼女を守るつもりだったが、実際は逆だ。俺がこんな状況になって、彼女にきっと多くの苦労を背負わせてしまっている事だろう。
俺はそんな彼女や、他の家族達を守る為に、ここに帰ってきたんだろう?
こんな事、やっている場合じゃない。
何故かは分からないが、楽しくて仕方ない様子で微笑むリリーに俺は視線を寄越す。
そんな俺の様子が今までと違うことに、彼女は気がついたようだ。
首を傾げつつ、俺の顔を覗き込んできた。
そうだ、手はある。言葉が駄目なら、文字だ。
俺は指先をリリーへと向け……虚空に文字を書こうとした。
「あ……」
驚いたリリーが、言葉を漏らす中、淡い煌めきが空中に浮かび、それが虚空に光の軌跡となる瞬間……強烈な倦怠感が俺を襲う。
あ、これあかんやつだ。
そんな、悠長な事を頭の片隅で思いながら、俺の意識は急速に闇へと引きずり込まれたのだった。
「まったく……びっくりいたしました。ツバサ様は赤ちゃんなんですから、魔力を使おうとかしちゃ駄目です!」
あれから1時間程、盛大に気絶していたらしく……開口一番、リリーに叱られて、俺はシュンとしつつも、彼女の乳房から魔力を貪るように吸っていた。
どうやら、彼女の言うように、俺の体には殆ど魔力が無いようだった。
冷静に考えれば至極当然なことであり、だからこそ、俺の体は本能のままに、魔力を貪ろうとするのだろう。
しかし、困った。これでは、本当にただの赤ん坊である。
しかも……これでは文字が書けないではないか。
本来、どういう形であれ、魔力を流し込んで貰えさえすれば、問題ないはずだ。そうしたら、工夫する余地もあるというのに。
……そう思うも、今迄の出来事を思い出し、傍と思いたる。
あれ? そう言えば、俺って、他の人から魔力供与って受けた事無いよな?
勿論、手違いと言うか、若気の至りと言うか、ちょっと手が滑って膨大な魔力を得るようになったのが、そもそもの発端ではあったが、冷静に考えてみると、他の人が魔力の受け渡しをしている姿を、見た事が無い。
考えてみれば、森でレイリさんに魔力供与を行った時も、酷く驚かれた事を思い出す。
つまり、魔力供与は、本来、この様な形で行われるという事なのだろうか?
何て素晴らしい……じゃなくて、悩ましいんだ。
そんな風にリリーの乳房……から出る魔力を貪りつつ、俺が悩み続けていると、突然、轟音が部屋に響いた。
「おう、お嬢!! いつまでかかっとんのじゃ!」
それと共に、リリーの背中側から響く大声に、彼女は慌てた様子も無く、背中を向けたまま答える。
「ダグスさん……扉は静かに開けてって、いつも言っていますよね? あと、ツバサ様がびっくりしちゃいますから大声も控えて下さい」
うん、びっくりしたよ。まぁ、扉がそちらにある事が分かったのは、良しとするが。
しかし、この突然の乱入者は……一体? しかも、なんか、どっかで聞いた名前のような?
「ちっ、細けぇ事は気にするなよ。んで、まだかかるのかよ? 今日は、小娘が来る日だろ?」
俺の疑問を他所に、更に新たな情報が増え続ける。
「まだ、ツバサ様がご満足されていないので、無理です。ダグスさん、代わりに出迎えて下さい」
そんな彼の声に、リリーは俺と二人きりの時とはまるで別人のように、淡々と答える。
おう、何かリリー凄く偉そうだぞ。うーむ、一体、何がどうなっているのやら。
小娘? 出迎え? 相変わらず謎な状況に、俺は思わず首を傾げる。
そんな俺の様子を見て、リリーは笑みを浮かべる。
「ふふふ、大丈夫ですよ。ツバサ様は、何も心配する必要は、ありませんからね」
俺の頬をぷにぷにと突っつきながら、楽しそうにそう口にする彼女の声色は、先程と同じように自愛に満ちていた。
そんな態度が癪に障ったのか、それとも、他に理由があるからなのか、背後から響く声には、若干苛立ちが篭もる。
「ったく、そんな餓鬼、放っておけや。ああ、そうだ、魔力だけなら俺でもやれるだろ。ほれ貸せ」
「いやです。ツバサ様のお世話は、私がします」
「んな事言っても、魔力吸わせるだけなら、俺でも良いだろ。それに、お嬢の胸も、俺の胸も、言うほど変わら……」
その瞬間、俺は浮遊感に包まれる……時を置かずして、轟音と共に、彼の声が途切れた。
それが何を意味するのか、瞬時に俺は察せられた。ああ、それは幾ら何でも駄目だろう。
見るとリリーの耳は天を突いていた。うん、彼女の逆鱗に触れたよね、これは。
リリー気にしなくて良いんだぞ。俺は、君の胸は素晴らしいと思うぞ。
俺は心で語りかけながら、少しだけ同情しつつ、彼女の胸から魔力を吸う。
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