比翼の鳥
第23話 起床、そして穏やかな日々(5)
爆音と閃光が収まった後、気がつくと俺は、リリーに抱きかかえられ、部屋の隅にいた。
殆ど動きを感じさせない、滑らかで素早い動作だった。今の俺には、瞬間移動に似た感覚である。
一応、障壁展開が必要かと覚悟していたのだが、その必要はなかったようで一安心だ。
また魔力枯渇で倒れるのは嫌だからな。
と言うか、良くあの熟睡状態から、瞬間的に行動を起こせたものだ。
昔のリリーだったら、きっとパニックになって右往左往していただろう。
そんな失礼なことを考えていた俺と、心配そうに覗き込んで来た彼女の視線がぶつかる。
「ツバサ様、お怪我はありませんか? ……全く、あの二人は……」
そう語りかけつつ、部屋を去った二人を追うリリーの表情は険しい物の、本気で怒っていると言うよりは、どこか悪戯っ子のしでかした事に困惑する母親のような物だった。
そんな顔をするようになったんだなぁと、妙に感慨深い気持ちが、湧き上がってくる。
同時に、どこか寂しいような、ちょっと残念なような、複雑な思いが混ざったのも、否定できなかった。
ずっと心の片隅に感じていた事ではあるが、その思いは一端隅に置いておくと、俺はリリー柔らかな手に、自分の小さな手を重ね、無事を告げる。
「そうですか……良かったです」
俺の返事をリリーが正しく読み取ったのと同時に、更に爆音が響く。
リリーはそんな物には関心がないように、俺を自分の膝へと横たえ、そのまま嬉しそうに覗き込んでくる。
お陰で首を少し動かせば、部屋の様子が見えるようになったのだが……その惨状を目の当たりにして、俺は固まった。
というのも、部屋は既に無残な姿と成り果て、無くなった天井からは、瞬く満点の星が、降り注ぐように俺たちを見下ろしていたのだ。
おいおい、あのお姫様、こんな狭い空間で、ここまで高威力の魔法を使ったのか。
改めて部屋だった所を見渡すと、石造りの壁が半壊し、外の様子が初めて見て取れた。
どうやら、ここは小さな離れのような場所で、この部屋だけのために、建屋がある印象だ。
少なくとも俺の見える範囲は、木々に囲まれており、何とも殺風景である。
と、周りの様子を確認していた所、木々の向こうから閃光と爆音が響く。
どう考えても木が折れ飛んだ音としか思えない物が響き、地を揺らす振動が、連続して起こっていた。
これは、大丈夫なのだろうか? 何だか、放って置いたら森が無くなる気がするんだが。
心配になってリリーの顔を見上げるも、何故か嬉しそうにこちらへ笑顔を返すのみ。
その表情だけ見れば、何も問題は無さそうに見えるのだが、それが返って怖い。
まぁ、彼女が動かないなら、大したことは無いんだろう。
そう無理やり思い直し、俺は先程、お姫様が放った魔法について、考えを巡らせる。
込められた魔法から察するに、そこそこの威力はあると思っていたが、これ程とは。
しかし、発動の瞬間は見ていなかったが……呪文が無かったな。
その発動形態が、前に見たエルザさんの魔法とは明らかに違う物だったのだ。
それに、気になる事もある。その特性が、俺の知っている魔法とは、明らかに違う。
もしかすると、揚羽の言っていた新しい魔法形態だろうか? ちょっと興味があるな。
そもそも俺の使っていた魔法が、デタラメだったのは何となく察しているが、もっと効率化できるなら、それに越したことはないし。
今度、お姫様に、その辺りの話を聞いてみたいものだ。
「よ、よ、よくも私にあんな汚い物を、みせたわね!!」
いつの間にか、近くに戻ってきたようで、お姫様の声が爆音同時に、響く。
そして、飛ぶようにそれを避けるベイルさんの姿が、視界の隅を辛うじて掠める。
「待てや! 落ち着け! 何をそんなに、怒ってんだ!?」
木々の奥から声が響くが、そこにお姫様が突っ込んで行った。
数瞬後、今までと同じように、爆発が起こる。
「んだよ!? 俺が何をしたっつぅんだ!?」
まぁ、何をしたというか、ナニを見せたというか。
俺が心の中で突っ込みを入れるも、状況は何も変わらず、物騒な鬼ごっこは継続される。
そうして、暫く言い合う声を追うと、どうやらベイルさんは木の上に降り立ったようで、そこで仁王立ちしていた。
風で木々が揺れる。それに伴って、ナニも揺れる。
うん、なんつーか、どう見ても正しく変態です。と言うか……でかいな。
一瞬、本当にどうでも良いレベルの敗北感が俺の胸に湧き上がり、そして、今は自分が赤ちゃんだったと自覚する。
「そんな事言えるわ……け」
途中まで威勢よく声を上げていたお姫様だったが、声のした方を振り返り……遠目ながら二度目のご対面を果たした。
そして、じっくり風に揺れるそれを数秒凝視した後……。
「いっやぁあああああ!!?」
先程と同じように、悲鳴が木霊し、爆発と閃光がベイルさんのいた木を包む。
「何なんだよ!?」
「いやぁぁああ!? もげろ!? つぶれろぉおお!」
「何がだよ!?」
物騒な会話だと思いつつ、その言葉の意味を想像し、反射的にキュンと股の辺りが縮んじゃう辺り、この年にして一応、俺も男だったらしいと実感する。
しかし、なんだかなんだで、お姫様もちゃっかりと見ちゃうんだもんな。
あれだ、男性が胸から目が離せないように、女性はそれから目が離せないのだろうか?
ふと、そんな疑問を抱えながらリリーを見るも、彼女は先程から周りの状況など眼中に無い様で、ずっと俺の様子を笑顔で見ていた。
うん。まぁ、どうでも良いよね。
俺は心中で溜め息を吐きつつ、リリーの笑顔を見返す。
それが、彼女には嬉しかったようで、更に笑みが深くなる。音にすると、ニコニコからニンマリに変化した感じだろうか?
耳とか尻尾とかは、相変わらず制御が甘いらしく、風を起こす勢いでワッサワッサと動いている。
何か、相変わらずな部分もあって、ホッとするものの、俺に対する執着が半端ない事が、俺の心に引っかかっていた。
やっぱり、苦労したからなんだろうな。そうは思うも、ちょっと異常な感じはする。
この子も変な風に変わってしまって、おじさん、ちょっと心配ですよ?
時間にして数分ほどだろうか? 結構長い間、言葉も無く、心配しながら、そんなリリーのご機嫌な様子を見つめていたのだが……ずっと続く爆音が徐々に気になり始め、俺は視線を外へと向ける。
途端に、尻尾の動きが止まった事を感じたが、俺は敢えて視線を外へと向ける。
しかし……流石に、いつまでも、あれを放っておくのは、まずいんじゃなかろうか?
先程は、とりあえず、放置で良いかと思ったが……このままだと森林破壊が凄い速度で進みそうだ。
数秒に一本ずつ倒れる木々の悲鳴を聞き続けた結果、俺は流石に考えを改め、身振り手振りを交えつつ、リリーに語りかけてみる事にする。
「あぅわ~~なぅ~~あぶぅ~~~」
そんな俺の必死の呼びかけを見て、目を輝かせるリリー。
あ、駄目だこれ。全く通じてない。
「ツバサ様!! 可愛いぃ!!」
逆にホールドされ、頬ずりされる始末。
こら! まて!! 落ち着け! リリー!!
ジタバタと手足を動かし、必死に抵抗しようとするが、体格差が絶望的なため、為す術もなく頬ずりされまくる。
なんなの、この状況……どうすれば良いんだろう?
そんな俺の嘆きを聞くものは、この場に誰もいなかったのだった。
そうして、結局、夜が明けた。
俺はあのまま、リリーに半ば絞め落とされる様な格好で、強制的に眠りに誘われた為、その後の顛末は知らない。
「ツバサ様、お目覚めですか?」
そんな状況で目が覚めて、最初に飛び込んで来たのは、リリーの満面の笑みだった。
相変わらず耳と尻尾が風圧を生むほど、激しく動いている。何か、パワーアップしてるよ。
俺は心で溜め息を吐きつつ、そんな彼女に、頷いて挨拶をすると、すぐに彼女の腕を軽く二度叩き、文字を書こうとして……。
「あぁぁ! もう! ツバサ様!! 可愛いぃ!!」
またも強烈に抱き締められてしまった。
ちょ、待て、もういいから! それ、お腹一杯だから!?
頼むから、空気読もうな!?
流石に俺も眉を寄せる位には困惑してしまったのだが、その気持ちが本能を刺激したのだろう。
俺の意思に反応するかのように、身体が勝手にぐずり始める。
「はっ!? ツバサ様、ごめんなさい。大丈夫でちゅよー、怖くないでちゅよー」
こら! 取りあえず、話を聞きなさい。あと、その赤ちゃん語は、イラッと来るからやめい。
涙目になりながらリリーを睨むと、取りあえず、俺の不快な気分は察したようで、シュンと項垂れる。主に耳が。
まぁ、今の内なら、ある程度会話できるだろう。しかし、泣き落としは効果絶大だな……これから困った時は、積極的に使おう。
そう決意する俺の中で、何か大事な物が失われた気がするが、きっと気のせいだ。気のせいだったら、気のせいだ。
そうして、何故かドッと疲れた俺は、再度、彼女の腕を二度叩き、そこに文字を書き始めた。
どうやら、俺が何かを訴えたがっていると、漸く分かったらしく、リリーは静かに文字を追い始める。
漸く、話を聞く形になってくれたか……。
これから、意思疎通をする上で、ある程度、決まり事を作っておきたかったのだ。
俺の意思を伝えたい時は、彼女の身体を二度叩く。これを何度か繰り返せば、すぐに察してくれる様になるだろう。
まず、俺が聞いたのは、あの二人の事だ。
ベイルさんは、森の住人だから何となく分かる。何でこんな所にいるのかは、謎だが。
ついでに、あの自由な感じも、謎だが。ある意味最強。これは間違いない。
問題は、あのお姫様だ。いや、お姫様っぽい彼女の事だ。
立場は何となく、貴族っぽい感じがするが、リリーとの関係性が謎すぎる。
しかも、それに加えて、彼女の使っていた魔法。明らかに、不自然な発動の仕方をしていた。
詠唱をしていない事もそうだが、あくまで、感じた限りではあるが、どれもほぼ同一の威力、同一の範囲、同一の効果だったのだ。
魔法は人の意思を介する以上、その内容にブレは出る。特に、感情の振れ幅が多い場合、それは如実に表れる。
ルナさんの魔法が良い例だ。あの制御力が化け物級の彼女でさえ、怒った時のあの理不尽さと言ったらもう……。
一瞬、身震いし、そして、ちょっとした寂しさが胸を埋めるが、俺はそれを振り払った。
怒りや悲しみなど、激しい負の感情は、魔法の威力を底上げする。
だから、お姫様がああも感情を揺らしている状況であれば、魔法の威力は、その都度、変化する筈なのだ。
しかし、彼女の魔法にその様子を見て取れなかった。
となると、彼女の魔法は、俺の知る形では発動していない事になる。
うーむ、実に興味深い。
特に今の俺の状態を考えると、その辺りの情報は是非とも手に入れておきたい物だ。
そんな思惑を抱きつつ、俺はリリーに、問いかけた。
俺の問いを理解し、暫し瞑目する彼女の様子は、何かを心の底からかき集める様な、どこか遠くへと旅立った様な、哀愁を伴った雰囲気を纏っていた。
「そうですね……ツバサ様は、眠っておられたんですものね。そう、あれは……」
そう言って語り始めた彼女の物語は、長く壮絶な物だったのだ。
殆ど動きを感じさせない、滑らかで素早い動作だった。今の俺には、瞬間移動に似た感覚である。
一応、障壁展開が必要かと覚悟していたのだが、その必要はなかったようで一安心だ。
また魔力枯渇で倒れるのは嫌だからな。
と言うか、良くあの熟睡状態から、瞬間的に行動を起こせたものだ。
昔のリリーだったら、きっとパニックになって右往左往していただろう。
そんな失礼なことを考えていた俺と、心配そうに覗き込んで来た彼女の視線がぶつかる。
「ツバサ様、お怪我はありませんか? ……全く、あの二人は……」
そう語りかけつつ、部屋を去った二人を追うリリーの表情は険しい物の、本気で怒っていると言うよりは、どこか悪戯っ子のしでかした事に困惑する母親のような物だった。
そんな顔をするようになったんだなぁと、妙に感慨深い気持ちが、湧き上がってくる。
同時に、どこか寂しいような、ちょっと残念なような、複雑な思いが混ざったのも、否定できなかった。
ずっと心の片隅に感じていた事ではあるが、その思いは一端隅に置いておくと、俺はリリー柔らかな手に、自分の小さな手を重ね、無事を告げる。
「そうですか……良かったです」
俺の返事をリリーが正しく読み取ったのと同時に、更に爆音が響く。
リリーはそんな物には関心がないように、俺を自分の膝へと横たえ、そのまま嬉しそうに覗き込んでくる。
お陰で首を少し動かせば、部屋の様子が見えるようになったのだが……その惨状を目の当たりにして、俺は固まった。
というのも、部屋は既に無残な姿と成り果て、無くなった天井からは、瞬く満点の星が、降り注ぐように俺たちを見下ろしていたのだ。
おいおい、あのお姫様、こんな狭い空間で、ここまで高威力の魔法を使ったのか。
改めて部屋だった所を見渡すと、石造りの壁が半壊し、外の様子が初めて見て取れた。
どうやら、ここは小さな離れのような場所で、この部屋だけのために、建屋がある印象だ。
少なくとも俺の見える範囲は、木々に囲まれており、何とも殺風景である。
と、周りの様子を確認していた所、木々の向こうから閃光と爆音が響く。
どう考えても木が折れ飛んだ音としか思えない物が響き、地を揺らす振動が、連続して起こっていた。
これは、大丈夫なのだろうか? 何だか、放って置いたら森が無くなる気がするんだが。
心配になってリリーの顔を見上げるも、何故か嬉しそうにこちらへ笑顔を返すのみ。
その表情だけ見れば、何も問題は無さそうに見えるのだが、それが返って怖い。
まぁ、彼女が動かないなら、大したことは無いんだろう。
そう無理やり思い直し、俺は先程、お姫様が放った魔法について、考えを巡らせる。
込められた魔法から察するに、そこそこの威力はあると思っていたが、これ程とは。
しかし、発動の瞬間は見ていなかったが……呪文が無かったな。
その発動形態が、前に見たエルザさんの魔法とは明らかに違う物だったのだ。
それに、気になる事もある。その特性が、俺の知っている魔法とは、明らかに違う。
もしかすると、揚羽の言っていた新しい魔法形態だろうか? ちょっと興味があるな。
そもそも俺の使っていた魔法が、デタラメだったのは何となく察しているが、もっと効率化できるなら、それに越したことはないし。
今度、お姫様に、その辺りの話を聞いてみたいものだ。
「よ、よ、よくも私にあんな汚い物を、みせたわね!!」
いつの間にか、近くに戻ってきたようで、お姫様の声が爆音同時に、響く。
そして、飛ぶようにそれを避けるベイルさんの姿が、視界の隅を辛うじて掠める。
「待てや! 落ち着け! 何をそんなに、怒ってんだ!?」
木々の奥から声が響くが、そこにお姫様が突っ込んで行った。
数瞬後、今までと同じように、爆発が起こる。
「んだよ!? 俺が何をしたっつぅんだ!?」
まぁ、何をしたというか、ナニを見せたというか。
俺が心の中で突っ込みを入れるも、状況は何も変わらず、物騒な鬼ごっこは継続される。
そうして、暫く言い合う声を追うと、どうやらベイルさんは木の上に降り立ったようで、そこで仁王立ちしていた。
風で木々が揺れる。それに伴って、ナニも揺れる。
うん、なんつーか、どう見ても正しく変態です。と言うか……でかいな。
一瞬、本当にどうでも良いレベルの敗北感が俺の胸に湧き上がり、そして、今は自分が赤ちゃんだったと自覚する。
「そんな事言えるわ……け」
途中まで威勢よく声を上げていたお姫様だったが、声のした方を振り返り……遠目ながら二度目のご対面を果たした。
そして、じっくり風に揺れるそれを数秒凝視した後……。
「いっやぁあああああ!!?」
先程と同じように、悲鳴が木霊し、爆発と閃光がベイルさんのいた木を包む。
「何なんだよ!?」
「いやぁぁああ!? もげろ!? つぶれろぉおお!」
「何がだよ!?」
物騒な会話だと思いつつ、その言葉の意味を想像し、反射的にキュンと股の辺りが縮んじゃう辺り、この年にして一応、俺も男だったらしいと実感する。
しかし、なんだかなんだで、お姫様もちゃっかりと見ちゃうんだもんな。
あれだ、男性が胸から目が離せないように、女性はそれから目が離せないのだろうか?
ふと、そんな疑問を抱えながらリリーを見るも、彼女は先程から周りの状況など眼中に無い様で、ずっと俺の様子を笑顔で見ていた。
うん。まぁ、どうでも良いよね。
俺は心中で溜め息を吐きつつ、リリーの笑顔を見返す。
それが、彼女には嬉しかったようで、更に笑みが深くなる。音にすると、ニコニコからニンマリに変化した感じだろうか?
耳とか尻尾とかは、相変わらず制御が甘いらしく、風を起こす勢いでワッサワッサと動いている。
何か、相変わらずな部分もあって、ホッとするものの、俺に対する執着が半端ない事が、俺の心に引っかかっていた。
やっぱり、苦労したからなんだろうな。そうは思うも、ちょっと異常な感じはする。
この子も変な風に変わってしまって、おじさん、ちょっと心配ですよ?
時間にして数分ほどだろうか? 結構長い間、言葉も無く、心配しながら、そんなリリーのご機嫌な様子を見つめていたのだが……ずっと続く爆音が徐々に気になり始め、俺は視線を外へと向ける。
途端に、尻尾の動きが止まった事を感じたが、俺は敢えて視線を外へと向ける。
しかし……流石に、いつまでも、あれを放っておくのは、まずいんじゃなかろうか?
先程は、とりあえず、放置で良いかと思ったが……このままだと森林破壊が凄い速度で進みそうだ。
数秒に一本ずつ倒れる木々の悲鳴を聞き続けた結果、俺は流石に考えを改め、身振り手振りを交えつつ、リリーに語りかけてみる事にする。
「あぅわ~~なぅ~~あぶぅ~~~」
そんな俺の必死の呼びかけを見て、目を輝かせるリリー。
あ、駄目だこれ。全く通じてない。
「ツバサ様!! 可愛いぃ!!」
逆にホールドされ、頬ずりされる始末。
こら! まて!! 落ち着け! リリー!!
ジタバタと手足を動かし、必死に抵抗しようとするが、体格差が絶望的なため、為す術もなく頬ずりされまくる。
なんなの、この状況……どうすれば良いんだろう?
そんな俺の嘆きを聞くものは、この場に誰もいなかったのだった。
そうして、結局、夜が明けた。
俺はあのまま、リリーに半ば絞め落とされる様な格好で、強制的に眠りに誘われた為、その後の顛末は知らない。
「ツバサ様、お目覚めですか?」
そんな状況で目が覚めて、最初に飛び込んで来たのは、リリーの満面の笑みだった。
相変わらず耳と尻尾が風圧を生むほど、激しく動いている。何か、パワーアップしてるよ。
俺は心で溜め息を吐きつつ、そんな彼女に、頷いて挨拶をすると、すぐに彼女の腕を軽く二度叩き、文字を書こうとして……。
「あぁぁ! もう! ツバサ様!! 可愛いぃ!!」
またも強烈に抱き締められてしまった。
ちょ、待て、もういいから! それ、お腹一杯だから!?
頼むから、空気読もうな!?
流石に俺も眉を寄せる位には困惑してしまったのだが、その気持ちが本能を刺激したのだろう。
俺の意思に反応するかのように、身体が勝手にぐずり始める。
「はっ!? ツバサ様、ごめんなさい。大丈夫でちゅよー、怖くないでちゅよー」
こら! 取りあえず、話を聞きなさい。あと、その赤ちゃん語は、イラッと来るからやめい。
涙目になりながらリリーを睨むと、取りあえず、俺の不快な気分は察したようで、シュンと項垂れる。主に耳が。
まぁ、今の内なら、ある程度会話できるだろう。しかし、泣き落としは効果絶大だな……これから困った時は、積極的に使おう。
そう決意する俺の中で、何か大事な物が失われた気がするが、きっと気のせいだ。気のせいだったら、気のせいだ。
そうして、何故かドッと疲れた俺は、再度、彼女の腕を二度叩き、そこに文字を書き始めた。
どうやら、俺が何かを訴えたがっていると、漸く分かったらしく、リリーは静かに文字を追い始める。
漸く、話を聞く形になってくれたか……。
これから、意思疎通をする上で、ある程度、決まり事を作っておきたかったのだ。
俺の意思を伝えたい時は、彼女の身体を二度叩く。これを何度か繰り返せば、すぐに察してくれる様になるだろう。
まず、俺が聞いたのは、あの二人の事だ。
ベイルさんは、森の住人だから何となく分かる。何でこんな所にいるのかは、謎だが。
ついでに、あの自由な感じも、謎だが。ある意味最強。これは間違いない。
問題は、あのお姫様だ。いや、お姫様っぽい彼女の事だ。
立場は何となく、貴族っぽい感じがするが、リリーとの関係性が謎すぎる。
しかも、それに加えて、彼女の使っていた魔法。明らかに、不自然な発動の仕方をしていた。
詠唱をしていない事もそうだが、あくまで、感じた限りではあるが、どれもほぼ同一の威力、同一の範囲、同一の効果だったのだ。
魔法は人の意思を介する以上、その内容にブレは出る。特に、感情の振れ幅が多い場合、それは如実に表れる。
ルナさんの魔法が良い例だ。あの制御力が化け物級の彼女でさえ、怒った時のあの理不尽さと言ったらもう……。
一瞬、身震いし、そして、ちょっとした寂しさが胸を埋めるが、俺はそれを振り払った。
怒りや悲しみなど、激しい負の感情は、魔法の威力を底上げする。
だから、お姫様がああも感情を揺らしている状況であれば、魔法の威力は、その都度、変化する筈なのだ。
しかし、彼女の魔法にその様子を見て取れなかった。
となると、彼女の魔法は、俺の知る形では発動していない事になる。
うーむ、実に興味深い。
特に今の俺の状態を考えると、その辺りの情報は是非とも手に入れておきたい物だ。
そんな思惑を抱きつつ、俺はリリーに、問いかけた。
俺の問いを理解し、暫し瞑目する彼女の様子は、何かを心の底からかき集める様な、どこか遠くへと旅立った様な、哀愁を伴った雰囲気を纏っていた。
「そうですね……ツバサ様は、眠っておられたんですものね。そう、あれは……」
そう言って語り始めた彼女の物語は、長く壮絶な物だったのだ。
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