比翼の鳥

風慎

第2話:母と子

 お互いに挨拶を済ませた後、俺たちは昼飯をご馳走になりながら歓談することにした。

 レイリさんには、せめて昼飯ができるまでの間でも良いから、横になって休んで欲しいと俺が無理やり頼んだ。
 最初は、客の前で横になる事を拒んでいたが、俺が頼み込むと渋々、了解してくれた。今は、部屋で布団に横になり、顔をこちらに向けて、俺たちの様子を暖かく見守っている感じだ。
 料理に関しては、あまり出来ることは無いだろうが手伝いを申し出たが、当たり前だが断られた。
 まぁ、お客様だしそりゃそうだよね。

 しかし、どんな料理が出てくるのだろうか…もし、さっきのティガの丸焼きとかだったらどうしよう…と少し不安になりながら待つ。
 リリーは今、土間に隣接する炊事場で料理をしている。何かを煮ているのだろうか?とても食欲をそそられる匂いがこちらまで漂ってきていた。とりあえず、ワイルドな料理では無さそうなのでホッとする。
 ルナは、そんなリリーの様子をチラチラと伺いつつも、家の様子を興味深そうに見回していた。
 そんなルナの様子を見て、居間の奥で横になっていたレイリさんは微笑むと、

「ルナ様、何か気になるものはありますか?」

 と、声をかけてくれた。
 もう少ししたら、俺が会話の取っ掛かりを作ろうと考えていたので、正に渡りに船だった。
 そんな突然の申し出に、ルナは俺の方を困惑したように見るが、俺は微笑んで頷くとレイリさんに色々と尋ね始めた。
 囲炉裏とは何か?とか、家の屋根はどうなっているのか?とか、囲炉裏が火を扱うと知ると、家は燃えてしまわないのか?と心配し、俺もその説明に時々口を挟みつつ、レイリさんと一緒に話をした。

「んとんと、じゃあ、リリーさんがしている…あの料理ってなんですか?食べられるものをそのまま食べるのでは駄目なの?」

 これまた基本的な質問だな。俺もレイリさんも一瞬驚く。いや、まぁ、考えて見たら食事はリンゴ(仮)でしか取っていなかったしな…。
 俺らの貧相な食生活が突然暴露された形になり、俺は恥ずかしいやら申し訳ないやらで、思わず、頬をかいて苦笑いをする。
 そんな俺の様子を見たレイリさんは、ふふふ…と微笑むと、

「そうですね。食材でそのまま食べることもできますが、料理するともっと美味しくなりますよ?それに、そのままでは食べられないものも、料理すれば美味しく食べられますしね。」

 ルナの常識を疑う質問にもにこやかに答えてくれた。
 しかし、やっぱり俺との生活だけじゃ、説明しきれないことも沢山あるなぁ。やっぱり色んな人とふれあいながら学ばないと…。
 そんな様子の俺を尻目に、ルナは、「ふーんそうなんだ。レイリさんありがとう!」と、嬉しそうにお礼を言っていた。

 しかし、料理か…そうだよなぁ。俺も簡単な料理くらいは作れるから、機会があれば色々チャレンジして見るのも良いかもしれないな。そう考えながら、調理中のリリーを何気なく見る。

 うん、しかし、台所に立つ女の子は絵になるねぇ。特に、耳とか尻尾とか、ゆらゆら揺らしながら料理する後姿とか、異世界テイストが加味されていて、とっても味わい深い。やはり、獣っ子は良いねぇ。
 俺がそんな様子で獣っ子への愛を溢れさせていると、リリーは「できましたー!」と言って、盛大にまだ湯気を上げている鍋をこちらに持ってきた。おや、鍋つかみもあるのか。リリーのエプロンドレスといい、裁縫技術は期待できそうだな。これなら目的のものもあるかもしれない。

 今日の昼飯は、『すいとん』に似たごった煮だった。
 食べられるものが何か全くわからない俺では、知りえない食材がふんだんに使われていた。
 韮に似た、青々しい物もあれば、つみれの様に何かをすり潰して団子状にしたもの。お?卵も入っているのかな?やっぱり鶏に相当する動物も居るんだな。俺もルナも初めて見る異世界の料理に思わず、じーっと見入ってしまった。
 そんな俺らの様子を見たリリーは、恥ずかしそうに

「あまり凝ったものができなくてすいません…」

 と、途端にトーンダウンしてしまった。耳がぺターンと伏せてしまう。そんな耳に萌えてしまう。
 そりゃ、自分の料理を黙ってガン見されれば萎縮もするわな。

「ああ、ごめんごめん。いや、違うんだよ。久々の料理で感動して見てたんだよ。ルナにいたっては、多分初めての料理だよ。俺もルナも食材にあまり詳しくなくてね…いつも果実くらいしか食べていなかったんだ。」

 そんな俺の言葉に、リリーはビックリしたように目を丸くした。ついてに耳も天を突くように起立した。うん、見ていて和むぞ獣耳。リリーは「うー!それならジャイムのお肉も奮発するんだった…」とか、ぶつぶつと一人呟いていたが俺は聞こえない振りをする。

 食事の用意も終わり、囲炉裏を皆で囲む。木のお椀にリリーが具材をよそっていく。レイリさんは起き上がれないのか、「床からで申し訳ありません…。」と、申し訳無さそうにしていた。これは何とかしてあげたいな…と俺は思っていた。実は、レイリさんの体を蝕んでいる原因には当たりをつけてある。もしかしたら、何とかなるかもしれない。後で相談してみようと心に決める。

 お椀を手にした俺たちは、リリーの「それではいただきましょう。」と言う言葉を合図に食事を始めた。
 ちなみに、渡されたのは木のスプーン…だが食べにくい…。ルナは逆に食べやすそうだったが。これは…箸がほしいぞ。
 見るとリリーとレイリさんもスプーンで食べている。せめて先割れスプーンかフォークにすべきだな。

 ルナは一口、料理を口にして、驚愕の表情で固まる。おう、そこまで驚くとは、どんな味なのだろうか?
 俺も続けて一口。うん、良いね。つみれっぽい何かから良い出汁が出ているようだ。うま味が深い。韮っぽい野菜は…これは薬草なのかな?なんとなくハーブのような少しスッとする爽やかな感覚が口の中に広がる。卵も良いね。なんの卵か知らんけど、なかなかに味が濃い。やはり野生の卵は美味しいんだなぁ…と、俺は舌鼓を打ちながら箸…ではなくスプーンを進める。
 ルナは、一口食べては「!?」みたいに、頭上に感嘆符と疑問符を羅列させていく。ルナさんや、面白いからもっとやってください。
 そんなルナの様子を見たリリーは、心配そうに、

「ルナさん…お口に合いませんでしたか?」

 と聞いてきた。まぁ、見るからに挙動不審だからな。そう思うのも無理は無い。多分、単純に今まで味わったことの無い感覚に驚嘆しているんだろうな。
 俺の思ったとおり、ルナはブンブンと頭を横に振ると、

「こんなに深い味は初めてなの。それでビックリしたの。料理って凄いね!それができるリリーって凄い!!」

 と、感動を隠しもせず…リリーに熱い視線を送りながら、興奮した様子で捲くし立てる。
 リリーはそれを聞いて、獣耳と尻尾をピン!と立てると、

「いえいえ、そんな。私の腕ではこんなものですいません…。お母さんのご飯にはまだまだ届かなくて…」

 手を前に出し、ワタワタさせつつ、耳もへにょんふにょんと、左右に複雑にゆらし、尻尾も左右にわっさわっさと振りつつ、焦ったように答えた。
 ヤバイ、この子、マジ可愛いです。ルナの可愛さとまた別のベクトルを持つのが侮れないなぁ。そんな焦ったリリーを見て俺も存分に癒される。
 そんな俺らの様子を見ていたレイリさんは、とても良い笑顔で微笑んでいた。

 食事を終えた俺らは、ルナとリリーが後片付け、俺は居間で2人の様子を何となく眺めている状態に落ち着いている。
「手伝わなくても結構ですよ。」とのリリーだったが、ルナがしきりに手伝いたがっていたのだ。
 恐らく新しい価値観に触れて、色々とやってみたいのだろう。
 俺は、リリーに頭を下げてお願いし、了承してもらった。
 もちろん、その際の、ワタワタしたリリーの姿を見て和んだのは言うまでもない。

 居間には、俺。その隣の部屋、開け放たれた扉の向こうにレイリさん。よし、丁度おあつらえ向きだな。
 俺は、キャーキャーと何故か姦しい少女達がいない間に、確認してしまいたい事をしてしまおうと、レイリさんに向き合った。

「すいません、レイリさん。今、大丈夫でしょうか?」

 その問いに、「はい。なんでしょうか?」と、にこやかに応えるレイリさん。
 俺は、少しだけ気合を入れなおすと、レイリさんに質問をする。

「いきなり不躾とは思いますが失礼します。2人に聞かれたくないので単刀直入に申します。レイリさん、貴方の体調不良の原因についてお聞きしたいのです。」

 レイリさんは一瞬、ピクリと眉を潜めると、「何故…でございますか?」と問い返した。
 俺は、その様子にレイリさんは自分の体調不良の原因を知っていると確信した。

 一瞬、自分の能力の一端を他人に晒す事に抵抗を覚えたが、俺は自分の直感と人の見る目を信じることにした。もし馬鹿を見ても、それは俺の中で処理できる話だから良い。ルナに危害が及ぶことになるかもしれないが、その時は俺が全力で守ると決めた。
 それよりも、目の前で救えたかもしれない人を、見過ごしてしまった方が俺には遥かにダメージが大きい。
 きっと自分で自分を許せなくなる。

 俺はあらためて覚悟を決めると切り出す。

「何故なら、私には魔力の流れが見えるからです。そして、レイリさん。貴方の体調不良の原因は何者かに魔力を過剰に吸い取られているからである可能性が高いと、私は判断しました。」

 その言葉に、レイリさんは目をスッと細め、その後数瞬、思案するように目を閉じると、何かを決意したようにこちらに視線を向け、

「その通りでございます。これは私の過去の選択の結果。呪縛なのです。」

 その瞳に深い思いを湛え、そう切り出したのだった。

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