比翼の鳥

風慎

第36話:新たな仲間

 その日、白昼堂々と起きたその光の乱舞は、後にルカール村に語り継がれるまでになった。
 後日、その日のことを聞いた俺に、リリーはその時の情景を思い返し、こう話した。

「まるで、星が降るような光景でした。あれは夢のような、現実感のない…それでも素敵なひと時でしたよ?」と。

 まるで流星のように、次々と一か所へと向かって飛び去る微精霊たち。
 空一面が、4色の流星に埋め尽くされる。そんな、涙すら出そうになるほど美しい光景。
 しかも、それは次々と虚空より現れ、いつまでも終わることなく、永遠に続くかに見えるほどだった。

 光が飛び去る先には、堕ちた精霊。
 最初は禍々しい黒いオーラを発していたそれは、微精霊が飛び込むたびに、徐々にその色を変えていく。
 ずっと響いてやむことの無かった怨嗟の声が、徐々に小さくなっていく。
 更に止まることなく、微精霊達が次から次へと、堕ちた精霊に集まる。
 その大量の微精霊達に遮られ、その姿を直接見ることはできなかったが、刻々と変わっていく状況は、良いほうに向かっていると感じさせた。

 延々と続くかにも思われたその光景も、徐々に微精霊の数が少なくなっていくことで、終わりが近いと分かる。
 そして、しばらくして完全な静寂が帰ってきたのだった。

 微精霊が姿を消し、堕ちた精霊のいた場所に鎮座するのは、煌々と白緑の光を発する微精霊。いや、精霊だった。
 そして、その大きさが今まで見た微精霊より3周り位大きかった。
 普通の微精霊がテニスボールくらいだとすれば、目の前の精霊はバスケットボールくらいの大きさだろうか。
 その波動に、もはや禍々しさは感じられないものの、同様に存在感も希薄だった。
 とりあえず、浄化に成功したのだろうか?と、俺が不安に思っていると、頭に声が響く。

『我…新生す…。…人の子らに感謝を…。』

 その言葉を聞いて俺は理解する。
 そうか、とりあえず生まれ変わったのか。やはり元の精霊にそのまま戻すのはやはり無理だったのだろう。
 それでも、完全な形ではないにせよ、何の罪も無い精霊を救えたことを俺は素直に喜ぶ。
 それはルナも同じようで、その精霊に向かって嬉しそうに声をかけた。

「精霊さん、治ってよかったね!」

『我、感謝す…。汝に求む…契約を…。』

 精霊はそんな事をルナに言って来た。
 その言葉を聞いて、俺の顔色を窺うように、こちらを見つめるルナ。

 なるほど。契約か…。確かに、それはそれでありかもしれない。
 若干、また騒がしくなるか?とも思ったのだが、まぁ、今も十分すぎるほど騒がしいので、今更一人二人増えたところで変わらないだろうと、俺は一人で納得する。

 俺は、ルナに、「ルナの好きなようにすると良いよ。」と、笑顔で言うと、ルナは、「うん!」と、笑顔で返す。
 ルナはトテトテと、精霊の前まで移動すると、「いいよ!契約しよ!」と、元気に語りかけた。

 そんなルナの言葉に、嬉しさで震えるように明滅すると、精霊は自身の体より分離させた緑色の光でルナを包む。
 こちらでは、それ以降精霊の声は聞こえなくなったのだが、何か、2人の間でやり取りがされているようで、ルナは笑顔でそれに答えていた。

 しばらく、そんな外野そっちのけのやり取りが続けられたのだったが、ルナが、

「うん!じゃあ、その時はよろしくね!ビビ!」

 と、笑顔で精霊に声をかけると、精霊はふわりと音もなく浮き上がり高度を上げていく。
 そして、その時、俺の脳内に精霊の声が響く。

『賢き者…改めて感謝を。我を貶めたのは、人族の王国。注意せよ。』

 俺は、いきなりの情報に戸惑うも、精霊を注視し、小声で「わかった。ありがとう。」と、返した。
 それを見届けた精霊は、大きく一度発光すると、虚空へと消え去ったのだった。
 今の言葉を聞いた俺の心境は…「やはりか。」という一言であった。
 今回の騒動の裏には、人族が絡んでいる。それは、ともすれば、この森に危機が迫っていることを意味していた。
 俺は、少し計画を前倒ししなければならないと、考えていた。

 そんな難しい顔をしている俺とは関係なく、ルナは、精霊の消え去った虚空を暫く見ていた。
 そして、何か踏ん切りがついたのだろうか?俺に視線を合わせると、テテテテと、駆けてくる。

「ツバサ!精霊さんと契約しちゃった!」

 ルナはちょっと興奮した様子で、俺に話し始めた。
「なんかね!名前付けてほしいって言うから、ビビってつけたの!可愛いでしょ?」とか、
「名前付けたらね、急に話し方が変わったんだよ!ビックリだよねー。なんか、存在?が固定化された?とか言ってたよ?ルナには良くわからないけど。」とか、
「んとね、いつも一緒にいられないけど、呼んだらすぐ来てくれるって!」とか、
 それはもう、それだけで大体何が起こったのかを察することの出来る情報を勝手に教えてくれた。

 ちなみに、早速呼び出そうとしていたので、俺はやんわりと止めておいた。
 これで、いきなり呼び出されたら、折角流れている、この感動的な空気が木っ端微塵だ。
 呼び出された精霊…ビビだったか?も気まずいだろう。

 俺は、そんな興奮気味のルナの頭を撫でて、少し気分を落ち着かせると、上空で静観していたわが子達にも声をかける。

「此花!咲耶!お疲れ様!もう大丈夫だろう!降りておいで!」

 そんな言葉を待っていたのか、一直線に俺の頭へと降り立つわが子達。なんで頭なんでしょうかね?

『お父様!どうでしたか?此花の魔法は?』『父上!咲耶の剣筋は如何だったでしょうか!?』

 こちらも、降りてきた瞬間から大興奮だった。
 俺は、そんな興奮する娘達に、

「此花、凄い魔法だったぞ!是非、今度どうやるか教えてくれな。」
「咲耶、剣…だったのか?それすらも分からないくらい優雅で見事な動きだったぞ!」

 と、それぞれ褒めちぎる。
 そんな俺の手放しの賛辞に、わが子達は身を震わせるほど喜んでいた。
 そして、2人に俺は、

「良く無傷で、ティガを助けてくれた。2人とも怪我は無いな?大丈夫だよな?」

 そんな言葉をかけながら優しく頭の上にとまる娘達の小さな頭をそっと撫でた。
 そのまま、「俺の我侭を聞いてくれてありがとうな。」と更に言葉を付け加えた。
 それに娘達は感極まったのか、いきなり光だした。
 そして、人の形をとると、地面へと降り立ち両脇から抱きついてきた。

「ちょっと!?素っ裸でしょ!?駄目!!それは幾らなんでも無し!!俺の威厳的に!」

 思わず声に出して叫んでしまった。
 しかも、そんな様子を見たルナが、「ルナも!!」と、参戦してきて俺は更に身動きが取れなくなる。
 こら!?駄目だって!?家の中ならまだしも、往来でとか、どんな高度なプレイよ!?
 そして、そんな俺の思いなど知らないといった感じで、俺は2人の裸の幼女と、ルナに色々と蹂躙され続けたのだった。

 とりあえず、民衆の目に俺の娘達の生まれたままの姿を晒すのが、俺の心情的にどうしても許容できなかったので、ジャケットを脱いで2人にかける。同時に、魔法陣で隠蔽を施す。
 これで、俺の近くにいる間は、曇りガラスを通したようにハッキリと見えないはずだ。
 右袖側に此花、左袖側に咲耶と、2人で俺のジャケットの中に納まったわが子達は、何故かとても幸せそうだ。
 逆に、ルナはそんな2人を羨ましそうに見た後、俺のズボンをしきりに凝視していた。
 ちょっと…ルナさん?変なこと考えていませんよね?

 俺は、ルナが変な気を起こさないうちに、先ほどから気になっていたティガの様子を見に行く。
 ティガは倒れたままの姿勢だったが、そのモフモフしたら気持ち良さそうなお腹は、かすかに上下していた。
 良かった。とりあえず息はあるようだ。俺はふと、切断されたはずの足が綺麗に元通りになっていることに気がついた。
 もしかしたら、微精霊達がどさくさに紛れて治療してくれたのかもしれない。
 俺は心の中で、微精霊達にお礼を言うと、ティガの前に跪いた。

 俺は、そっとティガの頭を撫でる。うむ、短いながらも肌理きめ細やかな毛並みは、これはこれで良い!
 そんな風に俺がちょっと癒されながら、毛並みを堪能していると、ティガが喉を少し鳴らしながら目を覚ます。
 俺は、ティガの目を覗き込みながら、声をかける。

「ティガよ。大丈夫か?少し手荒にしてしまって、すまんな。」

 そんな俺の言葉に、ティガは弱々しく、甘えたような可愛い声で鳴く。
 おう…。そんなお声も出せるのですね。一瞬、キュンとした俺がいた。
 ティガは声こそ出せるものの、体を動かすのは無理そうだった。
 ああ、そりゃあんな派手な技をもろに食らったんだ。ダメージも相当なものだろう。
 んー、とりあえず、このままでは埒があかないな。

 俺は、カスードさんの方へと振り返り、声をかけようとした…。
 が、皆様どうやら、完全に茫然自失のようで、未だに彫像のように固まっていた。
 いつの間に来たのか、桜花さんや他の族長達の姿も見て取れた。
 これは駄目だな…。仕方ない。とりあえず、ティガを連れて行こう。

 俺は、ティガを抱え上げると、そのまま、皆の下へと歩いていく。
 ティガは俺に抱えられても特に暴れることも無く、嫌な顔も…多分してない。うん。
 ただ、何故か俺の顔を驚いたように、じっと見つめている。なんか恥ずかしいな。

 俺は、皆の前までティガを抱えていった。
 目の前まで来て俺の姿を確認したからか、やっと皆再起動し始めたようだ。

「皆さん、とりあえず、事態は収拾しました。お騒がせして申し訳ありません。」

 俺が、皆に声をかけると、再起動したカスードさんが、

「いやいや、ツバサ…やるじゃねぇか…。って、ティガぁああ!?」

 と、俺の抱えているティガを視界に入れ、途端に後ずさる。
 なんか、カスードさんが絶叫して後ずさるとか、レアな姿を見ることができたな。
 それにつられるように、族長組みは皆、俺と距離を取るように離れる。

「失礼な…。こんなに可愛いのに…。別にこいつは皆さんの事、とって食ったりしませんよ?なぁ?」

 俺はティガにそう声をかけると、ティガは甘えたように一声鳴く。
 そんな様子を見て、どよめきが起こる。
「ティガが…あんな声を…。」「つか普通に、ティガとしゃべってやがる…。」「お、お姫様抱っこ…きぃいいい!!羨ましい!!」
 そんな呟きがあちこちから聞こえる。とりあえず、皆さん驚きのようだった。
 若干一名、レイリさんっぽい変な声が聞こえた気がしたが気にしない事にする。

 そして、俺は、再度、族長達にお願いをするために声をかける。

「無理は承知でお願いしたいのですが…。こいつが元気になるまで、この村に置いて貰えませんかね?」

「そ、それは…」「流石に、ちょっと厳しいんじゃねぇか?」「ここここ、怖いですぅ!!」と、ヨーゼフさん、カスードさん、マールさんは難色を示す。
 しかし、桜花さんは、驚くべきことに

「1週間はレイリ宅の敷地から出さんと言う事と、そのティガが危害を加えられないように対策を取って下されば、特例で許可しよう…。」

 と、妥協案を示してくれた。
 そんな桜花さんの態度に、俺は逆に違和感を覚え、「本当に宜しいのですか?」と、問う。
 桜花さんは少し疲れたような顔をしながらも、

「ツバサ殿は、ワシらの想像をはるかに超える力をお持ちじゃ。正直、わしらではどうにもならんと言うのが、本音じゃ。もし、この村に害を成す存在じゃとしても、具体的な手立てが思いつかんのじゃ。」

 と、長老としての苦悩を吐き出す。そして、「じゃが…」と呟くと俺の目を見据え、

「…ワシはツバサ殿を信じたいと思っておる。じゃから、実績を示してほしいのじゃ。」

 そう桜花さんは言ってくれた。
 チャンスをくれたのだ。その目には、信じさせてほしいという思いが見え隠れしている。
 俺は、そんな桜花さんの決断と、優しさに感謝をしつつ、真摯に接してくれた桜花さんに対し、俺も精一杯真摯に答える。

「わかりました。絶対に、期待は裏切らないと誓います。」

 責任を負う者の苦悩は計り知れない。
 その判断が間違っていた場合、下の者も道連れなのだ。
 自分の判断ミスのせいで、村人が傷つけられる。
 最悪、村人が死に至り、更に酷ければ村の存続事態が危ぶまれることもあるだろう。
 肩に乗る責任と、重圧は俺ではとても耐えられるものではないだろう。

 そんな重圧を抱えつつも、俺の信頼を優先さえてくれた桜花さんの決断と勇気と心の広さに、俺は感服した。
 俺は、早速ティガに処置を施すことにした。

「すまん、ティガ。そういうわけだから、お前の攻撃力を無効化させてもらうが良いか?」

 突然の俺の申し出にも、ティガは、一言、鳴くに止まった。
 こいつもいい奴だな。自分の立場を良く理解してくれている。

 俺は魔法を発動させる。
 そして、ティガの牙と爪に、コーティングを施す。
 熊と戦ったときは魔力をコーティングし、攻撃力を倍増させたが、今回はその逆を行った。
 つまり、幾ら噛もうが、引っ掻こうが、傷つけることは出来なくする。
 まぁ、食事のときは一時的に解くことになるだろうが、それ以外ならこれで問題は無いだろう。

「ティガの牙と爪に、コーティングを施しました。これで、ティガの攻撃力は、皆無です。ほれ、ティガ、ちょい噛んで見て。」

 そう言って、俺はカスードさんの腕を掴むと、ティガの口に放り込む。
 ちなみに、ティガは一時的に風で浮かせて見た。

「うぉぃ!?ちょっ!?」とか、言いつつカスードさんは逃げようとしたが、俺は魔法陣で拘束し動けなくする。
 ティガは言われたとおり、カスードさんの腕を噛むが、シリコンでも噛んでいるように、ふにょんふにょんと、甘噛みにも届かないほどの噛み応えでかみ続けている。
 カスードさんは最初はおっかなびっくりな様子だったが、痛くないのが分かったのだろう。冷静に自分の腕を噛むティガを見つめていた。
「なるほど…確かにこれなら大丈夫そうだな。」と、呟くと、
「しかし…ツバサ。なんで俺なんだよ…。」と、恨めしそうに俺を見る。
「何となくですよ。何となく。会議のことを根に持ったりしてませんよ?」と、ニヤニヤしながら返した。
 そんな俺の言葉を聞いて、「かー!」と、カスードさんは頭に手を当て、天を仰ぐ。

 その後、カスードさんはティガの涎で腕をべとべとにしながらも、「大丈夫そうだぜ?」と、周りにアピールしてくれていた。
 そして、ティガはめでたく、ルカール村の一員となったのであった。

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