比翼の鳥
第55話:ちゃぶ台返し
家について、皆も揃ったところで、宇迦之さんを交えて、今までの経緯を説明した。
皆、最初は黙って聞いていたのだが、宇迦之さんが、先走って子供を作ろうとした件を説明していてレイリさんが激昂した。
いや、正確に言えば、言葉は何も発しなかったが、明らかに魔力がほとばしり、勝手に半獣化していた。
金色の魔力を迸らせ、金色に輝いた目で黙って宇迦之さんを見つめるその姿は、ある意味ホラーである。
宇迦之さんは俺を盾にするかのように、「ひいいぃ!?」と、俺の後ろに隠れてガタガタ震えていた。
俺はそんな、レイリさんを宥めつつ、未遂に終わった事を説明する事で、何とか場に平穏が戻って来た。
そして、宇迦之さんは、俺との子を望んだがそれを断った事。
代わりに、狐族の子が出来ない原因を探る約束をしたことを説明した段階で、雲行きが怪しくなってきた。
「ツバサ様の子供を作っても、宜しいのではないでしょうか?」と、レイリさんがシレッと言う。
「は?」と、俺は思わず聞き返してしまった。
いや、だって、ここは普通、嫌がる所じゃないの?さっきだって、思いっきり怒ってたじゃないの!
俺はそんな質問を、レイリさんに戸惑いながらぶつける。
「いえ、私が気に入らなかったのは、私たちを差し置いて、勝手にツバサ様との子を生そうとしたこと。そして、ツバサ様の同意なしにその事に及んだという点ですわ。私たちとツバサ様に許可を求めたうえで、子を生す事には反対致しませんわ。」
「いやいやいや…。だって、言ってしまえば俺達とは関係の無い、赤の他人と子供作る訳ですよ?」
「そうですね…。それを盾に扶養義務を訴えられては面倒ではありますが、今回はその心配もなさそうですし。むしろ、ツバサ様の影響力が広がり、狐族にも恩を売る事が出来ます。美味しい条件であると言えるかもしれませんわね。」
おう…素晴らしくドライな考え方だ。確かに利権や影響力を考えれば、これほど楽で良い条件は無いんだろう。
「それに…。」と呟きながら、視線を宇迦之さんへ移すレイリさん。
最初に会った時の傲慢さは宇迦之さんから感じられず、レイリさんと宇迦之さんの力関係が完全に逆転している様子が窺える。
「どうせなら、宇迦之様を妻に迎えるのも良いかと思いますよ?宇迦之様は狐族の巫女。地位も高いため、ツバサ様の格もそれだけで上がるでしょうし…。そうすれば、狐族に対して、ひとじ…コホン。友好な関係が得られることは間違いないでしょうしね。」
今、レイリさん人質って言おうとしたよね!?
全く…。たくましくなるのは良いと思うけど、ちょっと黒くないですかね?
そんなレイリさんの言葉に、宇迦之さんは震えているのかと思えば、真剣な顔で何かを考え込んでいるようだった。
何となく嫌な予感しかし無いので、とりあえず俺はそんな宇迦之さんから目を逸らすと、まだ意見を発していないリリーやルナ。更には、我が子達とティガにも意見を求める。
「狐族の皆さんが困っているのでしたら、お母さんの言う通りに、ツバサ様と子供を作っても良いのではないかと思います。わ、私は、その…こ、子供とかまだ早いので…。あ、けどツバサさんが望むのでしたら…私、頑張ります!」
と、いつも通りにワタワタしつつ答えるリリー。うん、和む。しかし、リリーも意外に肯定派。あるぇ??
「うーん?ルナはよく分からないけど、ツバサが良いならルナも良いよ?此花ちゃんや咲耶ちゃんみたいな子達が増えるって事でしょ?賑やかになって楽しいと思うな!」
と、違った方向ではあるがやはり前向きなルナ。
「お父様の望まれる通りにされるのが、良いと思いますわ。」
「父上が望まれるのでしたら、我々もお手伝いいたします。」
と、いつも通り、完全に丸投げの我が子達。
ティガはひと鳴き。
とりあえず、否定している雰囲気は無かった。
「えっと…『ツバサ様が、子を生し勢力拡大を図るのは良い案だと思います。いずれ、この森の支配者となるツバサ様なので、遅いか早いかの違いではないでしょうか?』との事ですわ。」
此花の訳を聞いて、相変わらず情報量がおかしいだろうと、思うと共に、ティガがそんな野望を抱いていた事に驚く。
意外と野心家なんだな…お前…。と俺は、ティガに目を向ける。
ティガは、俺の視線を受けて、少し悩む様な雰囲気を出していた。
ん?何かあったのだろうか…。
俺が心配そうにティガの様子を窺うと、そんな俺の様子に気が付いたのか、視線を外し寝そべってしまう。
なんか逃げた感じだな…。何かに悩んでいるのだろうか…。後で聞いてみようと心にメモを張る。
そして、全会一致で『俺に子を生せ』と勧めるこの異世界の現実に、俺は頭痛を感じていた。
開き直れれば楽なんだろうけどなぁ。俺には無理だなぁ。
2人の子に、3人の嫁候補…いや、ディーネちゃんも入れて4人か。それにペットっぽい同志1匹。
これでもヒィヒィ言っているのに、ここに更に23人とか冗談じゃない。
子供だけでなく親になる人も含めれば、倍率ドン。無理。絶対に無理。
俺は、そんな風に子を生した場合の事を考えながら、一人でガタガタと震えていた。
そんな俺の様子を知ってか知らずか…突然、宇迦之さんが声をかけて来る。
「ツバサ殿…。お願いがあるのじゃが…。」
その目には、ちょっとした不安と、それ以上の深い所にある希望にも似たきらめきが見えた。
皆の視線が宇迦之さんと俺に集中する。
「はい?何でしょうか?」
と言う、俺に宇迦之さんは、「むー。」と、少し煮え切らない。
俺は静かに、その言葉を待つ。なんかここに来るまでもそうだったな…。
きっと、この人は少し恥ずかしがり屋なのだろう。ああいった一見傲慢な部分も自分を守る術の一つなのかもしれないな。
そんな事を、俺が考えていると、宇迦之さんが口を開く。
「わ、わらわを…貰ってほしいのじゃ…。」
あー…えーっと…つまり?
「嫁にという事ですわね。」
と、レイリさんが淡々と解説してくれる。
ああ、そうかー。嫁かぁ。
「なんでやねん!?」
思わず突っ込んだ。
いやいや、先程俺の気持ちを話したじゃないですかー。
子供もそんな簡単に作れませんって言ったじゃないですかー。
そんな混乱する俺に、すがる様に、宇迦之さんは気持ちを吐き出し始めた。
「ツバサ殿の気持ちも先程聞いたから、混乱するのもよく分かるのじゃ。けど、わらわは…わらわは…。」
そう震えながら、次の言葉を叫ぶように吐き出す。
「もう自分を偽るのは嫌なのじゃ!」
そう言って、突然、ボンと言う破裂音と共に、宇迦之さんが煙に包まれる。
そして、その瞬間、俺の視界の端で、何故かティガが宇迦之さんの言葉を聞いて、明らかにティガらしくなく狼狽えるのを見てしまった。
ティガ…お前どうしたんだ?何か隠しているのか?と一瞬疑問がよぎるも、それを頭の隅へと追いやる。
煙が晴れた後、本来の姿である少女の姿を晒した宇迦之さんは、俺に涙を貯めながら震えつつも、視線を俺へとしっかりと向ける。
レイリさんとリリーは、明らかに驚いていた。
「宇迦之…様…。そのお姿は…。」と言う、レイリさんに、「ほ、本当だ…小さな女の子だ…。」というリリーの呟きが、静かな居間に響く。
ティガはその様子をしっかりと見据え、何かを考えているように見えた。
ルナと我が子達は平常運転である。この成り行きを黙って見守っている。
「ツバサ殿…わらわのこの姿…どう思う…?」
その言葉には、本当に追い詰められた人が、何かにすがる様な思いが滲んでいた。
俺は、正直に、思うがままに応えるべきだと、直感で知る。
「とても…可愛らしいと思います。耳も尻尾も相変わらず触り心地が良さそうですね。」
俺は、思った通りをそのまま、言葉にした。
そんな俺の言葉を聞いて、宇迦之さんは涙を流しながら、言葉を必死に吐き出す。
「そんな…そんな風に、褒めてくれたのは…ツバサ殿が初めてなのじゃ…。お主は、わらわの本当の姿を知っても嫌がるどころか、耳まで撫でてくれたのじゃ…。」
その宇迦之さんの言葉に、女性陣が「またやったのか…。」という目で一斉に俺を見つめて来る。
俺は汗をダラダラと流しつつ、宇迦之さんの言葉を待つ。
「村で…わらわは、疎まれておった。この体では、誰もわしを番にしようとは思ってくれなんだ。村人は全部で23人…番になれない者が一人出る。それがわらわじゃ…。巫女の座に収まったのも…わらわに魔力があるのは勿論じゃが、体の良い厄介払いと言うのが真相じゃ。」
なるほど…。宇迦之さんが姿を偽っていたのは、その姿にコンプレックスがあったからなんだな。
俺の世界なら、もろ手を上げて崇拝する奴もいるんだろうがな…。ロリ巨乳というジャンルもある位だし…。
確かに、ちょっと一見すると背徳感のある姿ではあるが…この世界なら問題ないんでしょう?
しかも、耳と尻尾まで完備してるって…至高の存在の一人じゃないですか…。
「そんな…勿体無い…。そんなに愛らしいのになぁ…。」
思わずポロリと本音が出るが、どうやらその意見には、ここにいる皆が賛成の様で、俺の発言が咎められることは無かった。
リリーとか「そうですよ。そんな事気にしなくても大丈夫です!ツバサさんはティガですら受け入れられるお人ですから!」と、力説しているのだが、その言葉を聞いたティガは、不機嫌そうに唸っていた。
リリー。それはフォローになってないから。俺を変人に仕立て上げた挙句に、ティガに喧嘩売ってるからな?
そんな一角で変な空気を出していた俺達だったが、レイリさんが口を開く。
「なるほど…。もしかして、宇迦之様…。妙に私に突っかかって来たのも…?」
「うむ…。恥ずかしい話じゃが、羨ましかったのじゃ。レイリ殿はわらわの求めてやまない理想の体つきじゃ…。村の皆から否定されたわらわには、どうしても妬ましくての…。八つ当たりじゃった…すまん。」
そう言って、宇迦之さんは頭を下げる。
そこには、ただ純粋に、自分の感情を吐露する、少女の姿をした狐族の巫女がいた。
そんな様子に、何かを感じたのか、ルナが突然口を開く。
「ねぇ、ツバサ。宇迦之さんも家で一緒に住もうよ。この人、居場所が今まで無かったんだよ。可哀相だよ!」
俺は正直、ルナからそんな言葉が出るとは思わず、吃驚した。
レイリさんも、「その方がお互いの氏族の為に宜しいかと…。最初の子種は譲りませんが!」と、よく分からないこだわりを見せ。
リリーも、「良いと思います!ツバサさんの素敵な部分が分かってくれる人なら大歓迎です。」と、全く嫉妬の欠片すら見せない。
「皆にそこまで後押しされたら、俺も断れないじゃないですか…。」
と、俺は、困った様に言うが、そんな俺の言葉に、
「この際、婚約者が4人になっても問題ございませんでしょう?」と、レイリさんが笑い
「家族が増えるのは良いと思いますよ?」と何も考えてなさそうにリリーが微笑む。
「ツバサ…良いでしょ?」と、何故かルナにおねだりされ、
ティガの鳴き声からも、「私からもお願いします…。」と言う声が聞こえて来た気がした。
そんな俺達家族の言葉に、宇迦之さんも、驚いたように皆の顔を見ている。
俺は最後に確認すべく、宇迦之さんに声をかける。
「宇迦之さん。俺はこんな奴ですから、色々気が付かない事も多くて、迷惑をかける事もあると思います。初めて会った時から既にやらかしてますし…。あと、皆の耳や尻尾も好きですから、我慢できずに触ってしまう事もあるかもしれません。」
そんな俺の言葉に、「その位好きにせい。尻尾と言わず体を好きなようにしてくれて構わん。」と、大胆な事を言う。
しかし、その肩は心もち、少し震えているようだった。
俺はそんな宇迦之さんの覚悟に触れると、俺は更に言葉を続ける。
「正直に言えば、宇迦之さんは、たまたま俺に初めて優しくされて、すがっているだけじゃないかって危惧しています。その事自体、俺にとっては良いんです。今は俺を逃げ道にして頂いても、少しでも前に進めるのであれば、喜んで逃げ道になります。けど、いずれちゃんと向き合ってほしいです。俺と、その自分の体について…ちゃんと時期が来たら考えて下さい。」
俺は宇迦之さんの目をしっかりと見据え、真剣な面持ちで、言葉をぶつける。
「それでも、もし俺の事が好きだと思えて、俺もちゃんと宇迦之さんを受け入れられるようになったら、一緒に子供を作って狐族を復活させましょう。それまで、時間を頂けますか?お互いの為にも。」
そんな俺の言葉をぽかーんとした表情で、宇迦之さんは聞いていた。
そして、一度目をつむり、その目を開けた時、その顔にあったのは満面の笑みだった。
「ツバサ殿は、ただ魔力の強くて優しいだけの男かと思っておったが…。」
そこまで言って、突然、目から涙をあふれさせると、俺の胸に飛び込んできて、大声で泣き始めた。
「もう!駄目じゃ!絶対離さん!!わらわを見てくれるのは、ツバサ殿しかおらぬ!!おらぬわ!!」
そう叫びつつ、泣きじゃくる姿は、年相応で、しかし、色々と背負ってきた重みをようやく降ろす場所を見つけた事に安堵しているように見えた。
そんな宇迦之さんを、家族みんなで温かく迎える事となったのだった。
皆、最初は黙って聞いていたのだが、宇迦之さんが、先走って子供を作ろうとした件を説明していてレイリさんが激昂した。
いや、正確に言えば、言葉は何も発しなかったが、明らかに魔力がほとばしり、勝手に半獣化していた。
金色の魔力を迸らせ、金色に輝いた目で黙って宇迦之さんを見つめるその姿は、ある意味ホラーである。
宇迦之さんは俺を盾にするかのように、「ひいいぃ!?」と、俺の後ろに隠れてガタガタ震えていた。
俺はそんな、レイリさんを宥めつつ、未遂に終わった事を説明する事で、何とか場に平穏が戻って来た。
そして、宇迦之さんは、俺との子を望んだがそれを断った事。
代わりに、狐族の子が出来ない原因を探る約束をしたことを説明した段階で、雲行きが怪しくなってきた。
「ツバサ様の子供を作っても、宜しいのではないでしょうか?」と、レイリさんがシレッと言う。
「は?」と、俺は思わず聞き返してしまった。
いや、だって、ここは普通、嫌がる所じゃないの?さっきだって、思いっきり怒ってたじゃないの!
俺はそんな質問を、レイリさんに戸惑いながらぶつける。
「いえ、私が気に入らなかったのは、私たちを差し置いて、勝手にツバサ様との子を生そうとしたこと。そして、ツバサ様の同意なしにその事に及んだという点ですわ。私たちとツバサ様に許可を求めたうえで、子を生す事には反対致しませんわ。」
「いやいやいや…。だって、言ってしまえば俺達とは関係の無い、赤の他人と子供作る訳ですよ?」
「そうですね…。それを盾に扶養義務を訴えられては面倒ではありますが、今回はその心配もなさそうですし。むしろ、ツバサ様の影響力が広がり、狐族にも恩を売る事が出来ます。美味しい条件であると言えるかもしれませんわね。」
おう…素晴らしくドライな考え方だ。確かに利権や影響力を考えれば、これほど楽で良い条件は無いんだろう。
「それに…。」と呟きながら、視線を宇迦之さんへ移すレイリさん。
最初に会った時の傲慢さは宇迦之さんから感じられず、レイリさんと宇迦之さんの力関係が完全に逆転している様子が窺える。
「どうせなら、宇迦之様を妻に迎えるのも良いかと思いますよ?宇迦之様は狐族の巫女。地位も高いため、ツバサ様の格もそれだけで上がるでしょうし…。そうすれば、狐族に対して、ひとじ…コホン。友好な関係が得られることは間違いないでしょうしね。」
今、レイリさん人質って言おうとしたよね!?
全く…。たくましくなるのは良いと思うけど、ちょっと黒くないですかね?
そんなレイリさんの言葉に、宇迦之さんは震えているのかと思えば、真剣な顔で何かを考え込んでいるようだった。
何となく嫌な予感しかし無いので、とりあえず俺はそんな宇迦之さんから目を逸らすと、まだ意見を発していないリリーやルナ。更には、我が子達とティガにも意見を求める。
「狐族の皆さんが困っているのでしたら、お母さんの言う通りに、ツバサ様と子供を作っても良いのではないかと思います。わ、私は、その…こ、子供とかまだ早いので…。あ、けどツバサさんが望むのでしたら…私、頑張ります!」
と、いつも通りにワタワタしつつ答えるリリー。うん、和む。しかし、リリーも意外に肯定派。あるぇ??
「うーん?ルナはよく分からないけど、ツバサが良いならルナも良いよ?此花ちゃんや咲耶ちゃんみたいな子達が増えるって事でしょ?賑やかになって楽しいと思うな!」
と、違った方向ではあるがやはり前向きなルナ。
「お父様の望まれる通りにされるのが、良いと思いますわ。」
「父上が望まれるのでしたら、我々もお手伝いいたします。」
と、いつも通り、完全に丸投げの我が子達。
ティガはひと鳴き。
とりあえず、否定している雰囲気は無かった。
「えっと…『ツバサ様が、子を生し勢力拡大を図るのは良い案だと思います。いずれ、この森の支配者となるツバサ様なので、遅いか早いかの違いではないでしょうか?』との事ですわ。」
此花の訳を聞いて、相変わらず情報量がおかしいだろうと、思うと共に、ティガがそんな野望を抱いていた事に驚く。
意外と野心家なんだな…お前…。と俺は、ティガに目を向ける。
ティガは、俺の視線を受けて、少し悩む様な雰囲気を出していた。
ん?何かあったのだろうか…。
俺が心配そうにティガの様子を窺うと、そんな俺の様子に気が付いたのか、視線を外し寝そべってしまう。
なんか逃げた感じだな…。何かに悩んでいるのだろうか…。後で聞いてみようと心にメモを張る。
そして、全会一致で『俺に子を生せ』と勧めるこの異世界の現実に、俺は頭痛を感じていた。
開き直れれば楽なんだろうけどなぁ。俺には無理だなぁ。
2人の子に、3人の嫁候補…いや、ディーネちゃんも入れて4人か。それにペットっぽい同志1匹。
これでもヒィヒィ言っているのに、ここに更に23人とか冗談じゃない。
子供だけでなく親になる人も含めれば、倍率ドン。無理。絶対に無理。
俺は、そんな風に子を生した場合の事を考えながら、一人でガタガタと震えていた。
そんな俺の様子を知ってか知らずか…突然、宇迦之さんが声をかけて来る。
「ツバサ殿…。お願いがあるのじゃが…。」
その目には、ちょっとした不安と、それ以上の深い所にある希望にも似たきらめきが見えた。
皆の視線が宇迦之さんと俺に集中する。
「はい?何でしょうか?」
と言う、俺に宇迦之さんは、「むー。」と、少し煮え切らない。
俺は静かに、その言葉を待つ。なんかここに来るまでもそうだったな…。
きっと、この人は少し恥ずかしがり屋なのだろう。ああいった一見傲慢な部分も自分を守る術の一つなのかもしれないな。
そんな事を、俺が考えていると、宇迦之さんが口を開く。
「わ、わらわを…貰ってほしいのじゃ…。」
あー…えーっと…つまり?
「嫁にという事ですわね。」
と、レイリさんが淡々と解説してくれる。
ああ、そうかー。嫁かぁ。
「なんでやねん!?」
思わず突っ込んだ。
いやいや、先程俺の気持ちを話したじゃないですかー。
子供もそんな簡単に作れませんって言ったじゃないですかー。
そんな混乱する俺に、すがる様に、宇迦之さんは気持ちを吐き出し始めた。
「ツバサ殿の気持ちも先程聞いたから、混乱するのもよく分かるのじゃ。けど、わらわは…わらわは…。」
そう震えながら、次の言葉を叫ぶように吐き出す。
「もう自分を偽るのは嫌なのじゃ!」
そう言って、突然、ボンと言う破裂音と共に、宇迦之さんが煙に包まれる。
そして、その瞬間、俺の視界の端で、何故かティガが宇迦之さんの言葉を聞いて、明らかにティガらしくなく狼狽えるのを見てしまった。
ティガ…お前どうしたんだ?何か隠しているのか?と一瞬疑問がよぎるも、それを頭の隅へと追いやる。
煙が晴れた後、本来の姿である少女の姿を晒した宇迦之さんは、俺に涙を貯めながら震えつつも、視線を俺へとしっかりと向ける。
レイリさんとリリーは、明らかに驚いていた。
「宇迦之…様…。そのお姿は…。」と言う、レイリさんに、「ほ、本当だ…小さな女の子だ…。」というリリーの呟きが、静かな居間に響く。
ティガはその様子をしっかりと見据え、何かを考えているように見えた。
ルナと我が子達は平常運転である。この成り行きを黙って見守っている。
「ツバサ殿…わらわのこの姿…どう思う…?」
その言葉には、本当に追い詰められた人が、何かにすがる様な思いが滲んでいた。
俺は、正直に、思うがままに応えるべきだと、直感で知る。
「とても…可愛らしいと思います。耳も尻尾も相変わらず触り心地が良さそうですね。」
俺は、思った通りをそのまま、言葉にした。
そんな俺の言葉を聞いて、宇迦之さんは涙を流しながら、言葉を必死に吐き出す。
「そんな…そんな風に、褒めてくれたのは…ツバサ殿が初めてなのじゃ…。お主は、わらわの本当の姿を知っても嫌がるどころか、耳まで撫でてくれたのじゃ…。」
その宇迦之さんの言葉に、女性陣が「またやったのか…。」という目で一斉に俺を見つめて来る。
俺は汗をダラダラと流しつつ、宇迦之さんの言葉を待つ。
「村で…わらわは、疎まれておった。この体では、誰もわしを番にしようとは思ってくれなんだ。村人は全部で23人…番になれない者が一人出る。それがわらわじゃ…。巫女の座に収まったのも…わらわに魔力があるのは勿論じゃが、体の良い厄介払いと言うのが真相じゃ。」
なるほど…。宇迦之さんが姿を偽っていたのは、その姿にコンプレックスがあったからなんだな。
俺の世界なら、もろ手を上げて崇拝する奴もいるんだろうがな…。ロリ巨乳というジャンルもある位だし…。
確かに、ちょっと一見すると背徳感のある姿ではあるが…この世界なら問題ないんでしょう?
しかも、耳と尻尾まで完備してるって…至高の存在の一人じゃないですか…。
「そんな…勿体無い…。そんなに愛らしいのになぁ…。」
思わずポロリと本音が出るが、どうやらその意見には、ここにいる皆が賛成の様で、俺の発言が咎められることは無かった。
リリーとか「そうですよ。そんな事気にしなくても大丈夫です!ツバサさんはティガですら受け入れられるお人ですから!」と、力説しているのだが、その言葉を聞いたティガは、不機嫌そうに唸っていた。
リリー。それはフォローになってないから。俺を変人に仕立て上げた挙句に、ティガに喧嘩売ってるからな?
そんな一角で変な空気を出していた俺達だったが、レイリさんが口を開く。
「なるほど…。もしかして、宇迦之様…。妙に私に突っかかって来たのも…?」
「うむ…。恥ずかしい話じゃが、羨ましかったのじゃ。レイリ殿はわらわの求めてやまない理想の体つきじゃ…。村の皆から否定されたわらわには、どうしても妬ましくての…。八つ当たりじゃった…すまん。」
そう言って、宇迦之さんは頭を下げる。
そこには、ただ純粋に、自分の感情を吐露する、少女の姿をした狐族の巫女がいた。
そんな様子に、何かを感じたのか、ルナが突然口を開く。
「ねぇ、ツバサ。宇迦之さんも家で一緒に住もうよ。この人、居場所が今まで無かったんだよ。可哀相だよ!」
俺は正直、ルナからそんな言葉が出るとは思わず、吃驚した。
レイリさんも、「その方がお互いの氏族の為に宜しいかと…。最初の子種は譲りませんが!」と、よく分からないこだわりを見せ。
リリーも、「良いと思います!ツバサさんの素敵な部分が分かってくれる人なら大歓迎です。」と、全く嫉妬の欠片すら見せない。
「皆にそこまで後押しされたら、俺も断れないじゃないですか…。」
と、俺は、困った様に言うが、そんな俺の言葉に、
「この際、婚約者が4人になっても問題ございませんでしょう?」と、レイリさんが笑い
「家族が増えるのは良いと思いますよ?」と何も考えてなさそうにリリーが微笑む。
「ツバサ…良いでしょ?」と、何故かルナにおねだりされ、
ティガの鳴き声からも、「私からもお願いします…。」と言う声が聞こえて来た気がした。
そんな俺達家族の言葉に、宇迦之さんも、驚いたように皆の顔を見ている。
俺は最後に確認すべく、宇迦之さんに声をかける。
「宇迦之さん。俺はこんな奴ですから、色々気が付かない事も多くて、迷惑をかける事もあると思います。初めて会った時から既にやらかしてますし…。あと、皆の耳や尻尾も好きですから、我慢できずに触ってしまう事もあるかもしれません。」
そんな俺の言葉に、「その位好きにせい。尻尾と言わず体を好きなようにしてくれて構わん。」と、大胆な事を言う。
しかし、その肩は心もち、少し震えているようだった。
俺はそんな宇迦之さんの覚悟に触れると、俺は更に言葉を続ける。
「正直に言えば、宇迦之さんは、たまたま俺に初めて優しくされて、すがっているだけじゃないかって危惧しています。その事自体、俺にとっては良いんです。今は俺を逃げ道にして頂いても、少しでも前に進めるのであれば、喜んで逃げ道になります。けど、いずれちゃんと向き合ってほしいです。俺と、その自分の体について…ちゃんと時期が来たら考えて下さい。」
俺は宇迦之さんの目をしっかりと見据え、真剣な面持ちで、言葉をぶつける。
「それでも、もし俺の事が好きだと思えて、俺もちゃんと宇迦之さんを受け入れられるようになったら、一緒に子供を作って狐族を復活させましょう。それまで、時間を頂けますか?お互いの為にも。」
そんな俺の言葉をぽかーんとした表情で、宇迦之さんは聞いていた。
そして、一度目をつむり、その目を開けた時、その顔にあったのは満面の笑みだった。
「ツバサ殿は、ただ魔力の強くて優しいだけの男かと思っておったが…。」
そこまで言って、突然、目から涙をあふれさせると、俺の胸に飛び込んできて、大声で泣き始めた。
「もう!駄目じゃ!絶対離さん!!わらわを見てくれるのは、ツバサ殿しかおらぬ!!おらぬわ!!」
そう叫びつつ、泣きじゃくる姿は、年相応で、しかし、色々と背負ってきた重みをようやく降ろす場所を見つけた事に安堵しているように見えた。
そんな宇迦之さんを、家族みんなで温かく迎える事となったのだった。
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