比翼の鳥

風慎

第7話 黒い獣

 2日後。ビビに乗った皆を見上げ、俺は声をかけていた。

「じゃあ、皆。頼むよ! あまり無理せず、何かあったら連絡するようにな!」

「任せておくのじゃ! 必ずや翼族の安全を確保してこようぞ!」
「が、頑張ってきます!」

 宇迦之さんとリリーが、ビビの背から声を返してくる。
 他にもラッテさんや、狸族の若者、そして、猫族の女性が1人ずつ乗り込んでいた。
 その顔が恐怖に彩られているように見えるのは、きっと気のせいだろうと言う事にする。
 そして、それとは対照的にいつも通り爽やかな顔の2人が声をかけ終わったのを見ると、ルナは俺を見て頷き、ビビに合図を送った。
 ビビは雄雄しく……と言うことにしておくが、とにかく、一声鳴くと、大きく翼を広げ……。

 走り去った……。

 いや……だから飛べよ!! と、心で突っ込みを入れるが、その頃にはもう姿は見えなかった。
 ゲストの獣人たち2人の叫び声が、ドップラー効果よろしく遠ざかっていくのを聞いた俺は、何だかどっと疲れる。
 しかし、そうしていられないと心を奮い立たせ、ティガ親子と此花、咲耶に声をかける。

「じゃあ、俺達も行こうか。」

 そんな俺の呼びかけに、それぞれ元気良く返事をする。

「ツバサ様。まだ動けるようになって日も浅いですから、くれぐれもご無理はなさらないように……。」

 同じく見送りに来てくれていた、レイリさんの心配そうな声が俺にかけられる。
 そんな心遣いに俺は感謝しつつ、

「ええ、大丈夫ですよ。今回はヒビキに乗っていきますからね。な? ヒビキ。」

 と、傍らに番犬ならぬ番虎のように佇むヒビキに声をかけた。
 ヒビキはチラリと俺に目を向けた後、任せておけとでも言うように、レイリさんに一吼えする。
 そんな母親を真似して、クウガとアギトも元気に吼えた。

 そんな様子のティガ親子を見て、レイリさんは表情を緩めると、「頼みましたよ。」と言葉を返す。

「では、私は長達との協議に行ってまいりますわ。皆様、お気をつけて。」

 そうしてレイリさんは優雅に一礼し、言葉をかけると、着物の裾を翻し、集会場へと歩いていった。
 少し余裕が出てきたと感じられるレイリさんの後ろ姿を見て、これなら大丈夫そうだなと、俺は感じる。
 そんな後姿を見て、俺も負けていられないなと、一人気合を入れなおした。

 そんな俺の様子を窺っていたヒビキは、徐にしゃがむと、乗れとでも言うように、俺に背を向けた後、振り向いて俺の顔を覗き込むように見つめてきた。

「ありがとう。ヒビキ。んじゃ、申し訳ないが頼むな。」

 俺はゆっくりとヒビキにまたがり、ヒビキの頭を一撫でする。
 それを合図にでもしたかのように、クウガの上に此花が、アギトの上に咲耶が乗り、まるで隊列を組むかのようにヒビキを頂点に三角形に整列すると、ゆっくりと歩き出した。

 俺はまだ力の入らない体に強化魔法を施す事で、身体能力を底上げし、何とかバランスを取る。
 そして、念のために、ヒビキの体と自分の体を魔法で固定した。

 しかし、そんな心配を余所に、ヒビキの背の上は非常に乗り心地の良いものだった。
 安定感抜群である。って言うか、不自然なほど全然揺れない。
 かなり気を使って歩いてくれているのもあるのだろうが……こんなにスムーズに進める物なのだろうか?
 例えるなら、新幹線や電気自動車の走りだしのような、あの何とも言えない少しむずがゆくなる感覚である。
 そんな俺の心を見透かしたように、此花と咲耶が声をかけてくる。

「お父様。ヒビキ様はお父様を乗せる為に、ずっと練習なさっていたのですよ!」

「ええ、父上。いつかその背に父上を乗せる事があるかも知れぬと、日々、我々と一緒に特訓しておりました。」

「漸く、その成果を見せるときが来ましたわね。」

「ええ、ヒビキ殿……さぁ、行きましょうぞ!」

 俺の知らないところで、そんな影の努力をしていたとは……。
 つか、そもそもこの不自然なまでの安定感は、練習でどうにかなるものなのだろうか?

 そうやって俺が感動し疑問に思う暇も無く、ヒビキは俺に視線を向け小さく鳴く。
 その声は、首につかまれと言っているようだった。
 一旦、答えの出ない問いかけを封じ、俺はヒビキの言う様にしっかりと首に手を回す。

「ヒビキ。ありがとな。」

 俺は、小声で優しく礼を述べると、そんな俺の言葉が意外だったのか、ヒビキは照れたように首を前に向けつつ、視線を逸らす。
 獣とは言え、基本、いつもクールなヒビキの意外な一面を見て、俺は微笑むと、しっかりとヒビキの首に抱きつき、ヒビキの上にうつ伏せなる勢いで、前傾姿勢をとる。
 ヒビキは俺がしっかりとしがみ付いたのを確認すると、照れ隠しのように雄雄しく吼え、加速し始めるのだった。

 徐々にスピードを上げるティガ達。
 後ろへと流れる景色を見るに、恐ろしい速度で走っているのが分かるのだが、全く風圧を感じない。
 少し意識を凝らすと、ティガ達が結界のようなものを纏っているのが感じられる。
 一瞬、此花と咲耶がやっているのかと思ったのだが、魔力の流れを追うと、ティガ達がこの魔法を行使しているのが見て取れた。
 消費されている魔力は多くないのだが、その分、効率よく結界を展開している。
 凄いな……こんなことまで出来るのか。

 風を避けるだけなら、結界にはそこまでの強度はいらないが、常時展開し、高速で走りつつ、搭乗者に気を使うなど、普通は出来ない。
 俺は魔法陣で制御するので、魔法を維持する事に気を裂かなくても良いが、魔法で同じ効果を実現しようとしたら無理だ。
 3つの事を……いや、それ以上の事を同時にこなすくらいの、並列処理を求められる。
 敢えて例えるなら、文章を朗読しつつ、全力で走りながら、ジャグリングでもするようなものだ。
 普通なら「馬鹿じゃないの?」と思えるほどの事を、このティガ親子はやっている。

 俺は、改めてティガ達の凄さと努力を知った。

 そして、そこまで俺の事を考えてくれることに、言いようのない感情が溢れる。
 一方で、もしかしたら、こんなことが出来る様になったのは、此花と咲耶のお蔭かもしれないなと、ふと思う。
 力を望んだのはティガ親子だったのかもしれないが、それを引き出したのはきっと、うちの子達だ。
 そして、こんなにも気を使ってくれていたことに改めて感謝すると、ちゃんと皆の心に報いたいと、心の底で思ったのだった。


「なるほど……これが、野生の精霊樹か。」

 ヒビキ達に乗ってやって来たのは子族の村から、森の奥地へと戻った所。
 位置的には、丁度狐族の村と、子族の村の中間。
 鬱蒼うっそうと茂る木々を抜けた先に、その場所は忽然と現れた。

 頭上は木々に覆われているのに、その場所だけは、何故か周りに木が生えてない。
 その不自然に開けた空間の中心に、透明で背の低い木の様な物が鎮座している。

 少し離れた場所に生えている木々がドームのように、精霊樹を覆い隠している。
 まるで、精霊樹を何者からか守っているかのように、意図的に隠ぺいされているようにも思える。
 そんな状態の為、上空からこの場所を探すのは難しいと知れた。
 この場所に入った時は、精霊樹を中心とする径50m位のドームの中に、突然迷い込んだような印象を受けたものだ。

 精霊樹。
 子を生す為に必要とされる、異世界の不思議の一つ。
 その外見はどういう組成かは分からないのだが、まるでガラスかクリスタルで作られた彫刻のような木だった。
 それは、見る物の目を釘付けにしてしまうほど、美しく、そして儚かった。

 ルカール村で、精霊樹を見たことがあったが、改めてその姿に言葉を失う。
 しかし、村の物と違い、野生の物はそれよりも透明だった。
 更に、所々に黒い光沢のある葉が存在している。
 そして、これが最大の違いだが……何と言っても形が違う。
 ルカール村の物は枝垂れ桜や、柳のような枝垂れ物だったが、野生の物は一般的な木を小さくしたような形だった。
 そして、村の物よりも、一回り程大きい。

「お父様のお願いでしたが……思いのほか、探すのは大変でした。」
「父上のご依頼をこなす為、皆、森の中を駆けずり回りました。」

 そう。先日、ティガ親子と此花、咲耶に頼んだのは、野生の精霊樹の位置を把握してきてほしいという事だった。
 ファミリアからの情報で、ある程度目星を付けてはいたが、最終的には見てみない事には分からない事が多いのだ。
 まだ、俺がファミリアの情報網を使いこなせない事もあって、膨大な情報を正確に読み解く事ができない事もある。

 そこで、俺の代わりに、精霊樹の場所を確認して貰った訳だ。
 勿論、それだけなら、ファミリアを直接飛ばして、視界を連結すればよかったのだが……。

 突然、探知に、無数の反応が引っ掛かる。
 それは、この精霊樹を中心に、どんどんと数を増やしていく。
 ヒビキが注意を促す様に、騎乗している俺にひと声かける。

「む……ヒビキ殿が『囲まれております。』との事。これは……。」
「そんな……今まで全く気配が無かったはずですわ!?」
「この前来た時はこのような反応は、無かったはずですが……。」
「これだけの数を隠しておける……そんな事が有り得ますの?」

 クウガとアギトも互いに背を合わせながら、と言うか4足歩行動物だから互いに尻を向けながらだが、周囲を警戒し、唸り声を上げる。
 その間も、数はドンドン増え続ける。100や200ではきかないだろう。
 大きい反応から小さい反応まで様々ではあるが、総じて魔力反応は大きめである。
 その中から、特に大きな反応の物が6つ……ゆっくりと包囲網を狭めるようにこちらに向かって来る。

「父上!抜刀許可を!!」
「お父様!この数は流石に!」

 そんな焦った我が子達の声に、良い返事をして上げたくなるけど、まだ早い。と言うか多分必要ない。

「まだ駄目。大丈夫、お父さんの考えが正しければ……それは必要ない。」

 皆、俺の落ち着いた言葉を聞いて、安心できないまでも、周囲に気を配り続ける。
 そして、その大きな反応を持った生物がそれぞれ、森から出て、その姿を現した。
 俺はそんな緊迫した空気の中、その姿を見て「やっぱりか……。」と、諦めに似た境地に到達していた。

 ガックリ肩を落とす俺とは対照的に、その姿を見た皆は、一様に驚きの声を上げる。

「む!? なんと面妖な!!」
「こんな生き物、この森で見たことありませんわ!!」

 賛同するように、ヒビキも吠える。
 まぁ、そりゃそうだろうなぁ。確かに、俺も見たことなかったよ。この森では。
 例えば、俺の前から、ゆっくりと歩いて来る動物。

 まだら模様の表皮。
 細長い4本の脚。
 面長の顔についた、つぶらな瞳と、切り立つ細い耳。
 そして、長い首。

 と言う一点を除けば、紛れもなく、動物園のアイドル……キリンだ。

 ちなみに、ゆっくりと近寄ってくる他の動物は、馬、乳牛(勿論、メス)、カンガルー、鶏(これまたメス)と、これまた完全にバラバラで突っ込み所しか無い構成の動物達だった。
 そして、最後の1頭が……木々をなぎ倒し、地面をゆるがせながら姿を現すと、その姿を見て、此花も咲耶もヒビキですら、言葉を失った。

 その圧倒的な巨躯を持つ、象は、つぶらな瞳で、こちらを見据えながら近付いて来るのであった。


 黒い象を始め、近寄って来た動物たちは、ある一定距離まで近づくと、その歩みを止めた。
 そして、全ての動物が、頭を垂れるように……その場に座り込む。
 動物たちの奇妙な行動を見て、ヒビキが何かに気付いたように、俺を見て、更に、未だ警戒を続け、威嚇し続けるアギトとクウガを見やる。
 その後、もう一度、俺に少し混乱した様に、疑問を湛えた目を向けて来たので、俺は黙って頷いた。
 その頷きで全てを悟ったのだろう。
 ヒビキはひと声上げ、それを聞いたアギトとクウガが、不思議そうにしながらも威嚇を止める。
 此花と咲耶も、そのヒビキの行動に訝しさをにじませた表情を向ける。
 やはり、ヒビキには分かるのか。流石、動物同士という事だろうか?

 ヒビキは、俺達を囲む様に座り込む動物達をグルリと一瞥すると、低く吠える。
 今のは何となく俺にも、その内容は分かった。
 この動物たちが何者なのか、聞いているのだろう。

 その声に、象が短く鳴いて答える。
 うーむ……ちょっと可愛い。
 そんな感想を抱く俺とは対照的に、皆の顔は、一瞬にして強張る。

「そ、そんな……。」
「あ、在り得ませんわ!」

 思わず漏れたと言う様に、咲耶と此花から呟きが零れ落ちる。
 それに追い打ちをかけるように、馬がいななく。
 その馬の言葉を聞いて、愕然としたように、

「「全部!?」」

 と、2人は綺麗にハモって驚いていた。
 あー……まぁ、そうだよね。この数はねぇ。

 実は、先程から、探知にかかっている動物の数が、とんでもない事になりつつある。
 そろそろ万の領域に入ろうかと言う数値。
 しかも、まだ増えている。
 いったい、どこに隠れていたのだろうか?
 それとも、森中の動物が集まっているのだろうか?
 とりあえず、考えても碌なことにならないのは間違いなさそうだ。

 そんなある種投げやりな気分で、乾いた笑顔を浮かべる俺に、此花と咲耶は勢いよく振り向く。
 しかし、あまりのショックからか、はたまた言葉を発しようとした所で、詰まってしまったのか、2人で口をパクパクさせながら、じたばたしていた。
 そんなレアな2人の姿を見ると、俺は2人の頭をポンポンと優しく叩きながら声をかける。

「そこの動物さん達は、なんて?」

 その言葉で、我を取り戻したのか、2人で捲くし立てるように、答えて来た。

「そ、その……馬鹿げた話なのですが!」
「こ、ここに集まった動物は、皆……。」
「お父上の子だと!!」
「嘘ですよね!? お父様!!」

 何かの希望にすがる様な目をする2人を見て、俺は居たたまれなくなるが、現実は現実である。
 俺は、2人を覗き込む様に見ると、しっかりとした声で答えたのだった。

「いや、俺の望んだ事ではないけど……間違いなく、俺の子だと思うよ。」

 そんな俺の返答に、2人は呆然とする。
 その後ろで、ヒビキは何かを悟った顔で、動物達を見ていたのだった。

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