比翼の鳥

風慎

第9話 調整

 とりあえず、新生代の長である6頭を残して、動物達は解散してもらった。

 去り際に皆が思い思いに、声をかけていったので5分くらいは、動物の合唱会状態だったが、それも今は納まって、静けさがこの空間を包んでいた。

 そうだ……ヒビキの問いに答える為にも、もう一つはっきりさせないといけない事があったな。
 俺は、そう思い出し、新生代の長たちに声をかける。

「もう一つ確認しておきたい事があるんですが……。皆さんが生まれた精霊樹はどこですか?」

 その問いに、各動物達はそれぞれがバラバラの方向を向く。
 ちなみに、象さんはここの精霊樹から生まれたようだ。
 それだけで、俺の仮説が正しい事が分かったが、念の為に更に確認する。

「そこで生まれた種族以外の新しい種族って生まれてたりしてますか?」

 皆がひと声だけ、鳴き声を上げるが……その声に込められた思いは否定だった。

 つまりは、自分の生まれた精霊樹からは、同じ種類の新生代しか生まれていないという事だ。
 象の生まれた精霊樹から他の新生代は生まれない。象だけが生まれている。
 詳しく検証してみないと分からないが、同じ精霊樹からは一種類の新生代しか生まれないと考えて良いだろう。
 勿論、これは新生代に限った話であるから、他の既存の動物については関係ないと思われる。

 そんな俺の質問が、何を意味するのか分かったのだろう。
 ヒビキが、すぐ傍にある精霊樹を食い入るように見つめている。

 なんつー理解力だ。
 俺は、動物にしておくのが惜しいとすら思う。
 それに、他の新生代もかなりの知能を有しているようだ。
 この世界の動物は、一体どうなってしまっているのやら。
 そんな事を頭の隅で考えつつ、俺は答えてくれた新生代の長たちに礼を述べ、これからの事について話し合った。

 まず、原則として、獣人族に、黒い獣を襲わないように通達を出す事を約束した。
 もっとも、それだけでは全ての獣人族を律する事は出来ないかもしれない。
 だが、不用意に、他の獣と同じ様に狩で襲われる確率はかなり減る筈だ。

 そして、新生代を含め、俺に付き従いたいと言う動物達には、仕事をしてもらう事にする。
 具体的には、獣人族の村でそれぞれの役割を与え、それをこなして貰う事にした。
 なので、正確には俺ではなく獣人族の元で仕事に準じる形になるが、俺が望むのであれば、その点は問題ないようだ。
 見返りに、俺達や獣人族からは、安全な住処と、俺への奉仕の場所を。
 そして、何より大事な、魔力を得るための食料を提供する事で合意する。

 更に、最後に俺からお願いをした。

「暫くはそれで様子を見て、安定して余裕が出てきたらで結構です。……自分のやりたい事を探してください。俺への奉仕だけではなく、各動物達で、やってみたいと思う事を、考えて下さい。俺は……。」

 そこまで言って、俺はその言葉を言うのを躊躇う。
 少しだけ逡巡すると、

「いや、何でもありません。そう言うわけで、これから宜しくお願いします。」

 そうやって言葉を濁し、頭を下げた。

 まだ早い。

 心に浮かんだそんな言葉を、俺は苦々しく思いつつ、焦る事は無いと自分を叱咤する。
 そんな俺の様子に、新生代の長達は、感謝の意を込めた視線を投げかけていたのだった。

 とりあえず、新生代の動物たちを含め、俺……というか、正確には獣人族の庇護の元に置かれることになる。
 その準備の為、一旦解散した。
 そうして、新生代の長達は、各方面に散って行く。
 象さんも、精霊樹の近くに居るわけでは無いようで、短い尻尾をフリフリしながら去って行った。

 動物たちが去り、寂しくなったドーム内で、俺はヒビキに声をかける。

「ヒビキ、一応、先程の問いに対する解答な。」

 そんな俺の言葉を聞き、黙って頷くヒビキ。
 此花と咲耶も興味深そうな顔をしながら、黙って様子を窺っている。
 ちなみに、クウガとアギトは先程まで、完全に黒い置物と化していた。
 そして、緊張の去った今は、黒い団子と化している。
 中々に素晴らしい技術だ……。

 疲れた反動だろうか。癒しを求めた俺は、丸まったアギトとクウガの横に座ると、その背を撫でる。
 少し、ビックリしたらしく、一瞬団子が解かれるも、俺の顔を確認するとすぐにまた、団子化した。
 尻尾は気持ちよさそうに揺れている。
 その様子を見て、心が癒されていくのを感じると、俺は静かに話し始めた。

「まず、魔力が濃縮されて行った事で、既存の動物達が、勝手に俺の子を生していったのは良いよね?」

 そんな問いに頷くヒビキ。
 此花と咲耶も黙って頷いていた。

「じゃあ質問。そんな風に魔力が濃縮されていったら、最終的にその魔力が一番多く集まるのはどこだろう?」

 そんな俺の問いに、此花と咲耶は首を傾げた後、口を開く。

「父上が先程、お話して下さった、『せいぶつのうしゅく』なるものを考えるのなら、最終的に捕食者の頂点となる獣人ではないのでしょうか?」

「そうですわ。最終的に『しょくもつれんさ』というものに従うのでしたら、この森では獣人が、強さ的に一番上ですわ。」

 俺は2人の教科書的な解答に満足すると、ヒビキにも視線を向ける。
 ヒビキはひと声鳴くが、それは否定の意味だった。

「そうだね。長期的に見れば、もしかしたらそう言う可能性もあったかもしれない。けど、今回の件に関しては、違う。」

 既にヒビキは解答に到達していると思うが、此花と咲耶の為にも説明を続ける。

「先程、動物達は子を生したと言った。という事は、お父さんの魔力は、その時に使われている筈なんだ。なら、その魔力の集中する場所は何処だろう?」

 俺のその問いに、此花と咲耶は一斉に一点を見る。
 そう、今も静かに光り輝く精霊樹をだ。
 その様子を見て俺は頷くと、更に続ける。

「そう、精霊樹にお父さんの魔力の大部分は集まったはずだ。ここで疑問が生じる。全ての魔力を動物たちの子を生す為だけに使ったのなら、お父さんの魔力は残らない筈だ。」

 俺は、精霊樹に視線を移し、何枚かある黒い葉を凝視する。

「しかし、実際は精霊樹にもお父さんの魔力は影響している。葉っぱの一部が黒くなっているだろう? あれは、お父さんの魔力を精霊樹自身が取り込んでいるからに他ならない。」

「確かに……黒い葉がありますわね。」
「ええ、精霊樹も与えられた魔力を取り込んでいる……という事ですか。」

「そうだね。精霊樹は、皆の子供の元を作る代わりに、その魔力の一部分を自分の為に使っているんだろう。そうであるならば、話は簡単だ。今回、お父さんの魔力は至る所からかき集められて、精霊樹へと注ぎ込まれた。」

 俺は、此花と咲耶の表情を見ると、更に話を進める。

「けれどね、いつもならそんな頻度で、多くの魔力を注がれる事なんてないと思うんだ。だから、いつも以上に多くの魔力をその身に蓄えてしまったんじゃないかな? そして、その多くがお父さん魔力だ。いつも以上に、多くの魔力を貯め込んだ精霊樹は……お父さんとの間に子を生した。……そう考えるのが一番しっくりくると思うんだ。」

 そんな俺の言葉に、ヒビキも同意の声を上げた。

「なるほど……つまり、新しく生まれた動物たちは……精霊樹とお父様の子……ということですの?」

「精霊樹の役割を考えると、その可能性は高いと思うよ。」

「役割……でございますか?」

「そうだね。精霊樹の役割だ。まぁ、けど……この話はまた今度にしよう。早く村に戻って報告しないといけないしね。」

 俺はもっともらしい事を言いつつ、その会話を打ち切る。
 失言だった。そこまで踏み込むのは、まだ早い。

 そんな俺の様子を、少し訝しがりながらも、此花と咲耶は、黙って理解してくれた。
 そうして、行きと同じ様に、ヒビキの上に乗せてもらうと、俺達は子族の村へと戻ったのだった。



「で……森中の動物達と子を生した……と言うことでございますか。」

 村に戻った俺は今、レイリさん目の前で、土下座したくなる衝動を堪えつつ、真正面で膝をつき合わせるように話をしている。
 レイリさんはニコリと微笑みながら俺の話を聞いている。
 その笑顔が今日ほど怖いと思った事は無かった。

 その殺伐とした空気を感じ取った、ティガ親子と此花、咲耶は既にこの場にはいない。
 ちなみに、長老達もそそくさと、「あ、ちょっと用事が……。」と言いつつ、皆逃げていった。

 孤立無援の中、俺はレイリさんとサシで話し合っているわけで……。
 胃が縮む思いである。って言うか、縮むのを通り越して無くなるのではないかと言う勢いだ。
 背中に汗をダラダラと垂らしながらも、俺は黙って頷いた。

 ここで、見事に土下座を決めるのも一つの手ではあるのだが、何か違う気がするのだ。
 じゃあ、こうやって静かに氷点下の空気を発するレイリさんを宥めるには、他に手があるのか? と言えば、いい案は何も浮かばなかった。
 俺が、心の中で、ルナさん助けてー! と悲鳴を上げていると、それまで冷気すら発していると錯覚させるほどの威圧感を放っていたレイリさんが、ため息を吐く。

「ふう……。全く、ツバサ様もそこまで萎縮しなくても良いではないですか……。一応、私達の主なのですから。」

 そんな風に、呆れながらも何か嬉しそうに、声を漏らす。

「いや……。やはり、ほら……何といいますか。レイリさんが俺との子を望んでくれている気持ちは分かっているつもりな訳でして……。それを、こういう形で、いわば裏切るような事は、こちらとしても、申し訳なく思いますわけでして……。」

 そんな政治家のような答えをしどろもどろに返す俺を見て、レイリさんは何故か可笑しそうに笑う。

「ツバサ様……。全く……貴方様はあれだけの事をして下さっているのに、そういう所は、変わりませんね。」

 俺のそんな気持ちを知らず、レイリさんは優しく微笑みながら、更に、語りかけてくる。
『あれだけ』が、『どれ』の事なのか心当たりが多すぎる……。

「そうは言われましても……ね? これが、ですから。」

「そうですわね。それでこそ、ツバサ様ですわね。」

 コロコロと笑いながら、レイリさんは言い切る。
 それはそれで、何かこう、納得が行かない気がしないでもないわけだが……。
 そんな俺の表情を見て、レイリさんは目を細めると、言葉を続ける。

「ツバサ様、確かに私は貴方様との間に子をもうけたいと思っておりましたわ。けど、今は、そこに拘る必要は無いと思えるようになりました。それも、全部、ツバサ様のお陰ですよ?」

 そんな風に、ちょっと小首を傾げるレイリさんに、思わずドキッとしてしまう。
 全く……これだからこの人は油断できない。
 そして、レイリさんの言葉に、何故? と言うほど俺も野暮ではない。

「そう思っていただけているなら、俺は嬉しいです。俺も、なるべく、自然体のレイリさんが見たいですからね。」

「ツバサ様は、ある意味、いつも自然体ですね。そんな風ですが。」

「そんな風って……。まぁ、褒め言葉と受け取っておきましょう。もっとも、そうあるべく、努力しておりますが……まぁ、まだまだですね。」

 そう言って、二人で笑いあう。
 緊張の解けた俺は、先ほどの雰囲気を思い返し、

「しかし……流石に、レイリさんの絶対零度フィールドは胃に来ますので、なるべく封印して頂けると……。ほら、皆いなくなってしまいましたし。」

 そう、肩を竦めながら言う。

「あら? 流石の私でも、あの話を聞いたらムッとしますわ。まだ、そこまで割り切れるほどでもありませんし。それに、二人きりになれて良かったじゃないですか。」

 そんなレイリさんの可愛い言い草に、俺は意地悪を言いたくなってしまう。

「そんなに、俺と二人っきりになりたかったんですか? レイリさんも可愛いですねぇ。こんな昼間っからお望みですか?」

 その言葉を聞いたとたん、レイリさんは、獣耳と尻尾をピンと張り立てて、真っ赤な顔をして俯いてしまう。
 こう言う所は、本当に親子なんだよなぁ。リリーと反応がそっくりだ。
 と、少し意地悪な顔をしながら、俺はそんなレイリさんの姿を愛でていたのだが……。

「……ねが……ます。」

 そう、レイリさんが、小さく呟くものの、よく聞こえなかった。
 そんな俺の様子がわかったのだろう。レイリさんが、真っ赤な顔のまま、勢い良く顔を上げると、

「お、お願い……します!」

 と、恥ずかしそうに言う姿に、今度は俺がノックアウトされるのだった。
 そりゃ、反則だよ……レイリさん……。
 そうして、辛うじて残る理性を総動員して遮音結界を張ると、俺は本能の赴くまま、レイリさんの素晴らしい耳と尻尾を堪能したのだった。



 レイリさんが満足そうに眠る横で、俺はルカール村の面々と、ファミリアを通した通信を行っていた。

 これは、ファミリアを固定の位置に置く事で、テレビ電話のように使う事ができる。
 丁度、レイリさんが撃沈した後に、コールがあったので、通信を繋いでこの状況である。
 こちらの状況もバッチリ映っている訳で……レイリさんの幸せそうな寝顔も見えているようだ。

『しかし、ツバサよぉ。おめぇ。ちょっとはっちゃけすぎじゃねぇか? 幾らなんでもこの時間から頑張るのはどうよ?』

「いやいや、レイリさんが余りにも可愛くてですね……。ついつい……。」

 そんな俺とカスードさんとのやり取りに、地の底から響くような声で桜花さんの声が割りこむ。

『お主……覚悟は出来ておるな? 早く、ルカール村に帰ってくるのじゃ。今すぐ!』

 毎度のことながら、宝刀を抜いて殺気を纏った桜花さんが、ドアップで映っている。
 全く……相変わらず沸点が低いな。この御仁は。

「いやいや、お父さんもお元気そうで……『誰がお父さんじゃ! 貴様なんぞに……!!』。」

 みなまで言わさず、激昂した桜花さんは、画面の向こうで暴れている。
 そんな桜花さんに巻き込まれる形でカスードさんが吹っ飛び、阿鼻叫喚が画面越しに繰り広げられていた。
 毎度毎度、よくも飽きずにやるなぁ……。まぁ、元気なのは良い事だな。うん。

 と言う、毎度のお約束もこなし、ボロボロのカスードさんが戻ってきて、やっとこさ本題に入る。

『つーと、何か? 今、森で見かける黒い生き物は、全部、ツバサの子だってことかよ。』

 俺の説明を聞いたカスードさんは、呆れた顔でそう問い返してきた。

「ええ、なんかそういうことになっちゃってまして、申し訳ないのですが、その子達に手を出さないように通達お願いします。それと、どうやら新しい動物が生まれたようなので、その子達を、試しにルカール村で使って見てほしいんですよ。」

『おめぇ……どんどん人から離れていくな……。まぁ、ツバサらしいが。』

 何か、変な評価を頂いてしまった……。
 まぁ、俺も、ちょっと納得できちゃう部分があるから、悔しいが反論できない。

 そんな感じで、細かい調整は現地にて行う事を取り付け、ルカール村で、新生代の試験運用の目処がついたのだった。

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