比翼の鳥

風慎

第12話 秘密な2人

 ルカール村の開発は、新生代の協力を得られるようになって、劇的に進んだ。
 開墾できる土地も一気に増え、食料の生産体制も充実してきた。
 物資の輸送についても、圧倒的に早くなり、それに伴い、物流が活性化している。

 既に1週間程経過したが、新生代と獣人の関係も良好である。
 とりあえず、今はこの調子で問題ないと判断した俺は、皆が忙しく動き回る中で、リハビリを兼ねて、村はずれにあるものを作っていた。

「……で? 今度は何をおっぱじめるつもりだよ?」

 カスードさんが興味深く俺の作業を見守る中、俺は黙々と魔法で土を削り、石を積み、形を整えていく。
 俺は振り返ると、高揚した気持ちを抑える事無く、口を開いた。

「お風呂ですよ。前から欲しいと思っていたのですが、今まで機会がなかったもので。それで、どうせなら温泉にしたいなと思いまして、こうして掘削作業中です。」

 ちなみに、この森の地下に源泉があるのは、既に探知済みである。
 ただ、かなり深くにあるため、慎重に作業を進めている。
 ヘタに地盤を打ち抜いて、地盤沈下とか目も当てられないわけで……。

「風呂? なんだいそりゃ。それはどういうもんなんだ?」

 その言葉に、俺は思わずカスードさんを振り返って、顔をマジマジ見てしまった。
 カスードさんは、そんな俺の様子に驚いた様子ではあったが、嘘をついているようには見えなかった。

 マジか。獣人族には、風呂と言う概念がないのか……。
 まぁ、確かに、今まで見かけなかったし、そもそも排泄もないような世界だ。
 体を清潔に保つと言う考えも、元の世界ほど必要ではないのかもしれない。
 ただ、代謝が少ない世界とはいえ、全くないわけではないのだ。
 汗も特定の条件下では出ているようだし、呼吸だってしている。
 今までは魔法で綺麗にしたり、時々水浴びしたりしていたが……やはり風呂が恋しいのだ。
 そういや、排泄は無い癖に、失禁したりもしていたな……。
 考えれば考えるほど、ちぐはぐ感の拭えない世界だ。
 そんな考えを頭の隅に追いやりつつ、俺はカスードさんに答える。

「簡単に言えば、大量のお湯を溜めて、その中に浸かる感じですよ。体を清潔に保つ意味もありますが、お湯に浸かると、体の凝りもほぐれるし、何より気持ちが良いんですよね。」

 そんな俺の言葉に、「ほぉー。そりゃなんだか良さそうだな。」と、興味深そうに賛同の意を示すカスードさん。
 俺はカスードさんの賛同を得られた事に満足すると、張り切って掘削を再開した。
 それから、1時間後、天を突くように温泉が噴出した事で、村がまた混乱に陥ったのだが、それは割愛する。

 俺は、ファミリアを使い、温泉の噴出孔を塞ぎつつ、温度管理と湯量調節を行わせることにした。
 いずれは、ちゃんとポンプなりなんなりで制御してもらう事にして、とりあえずは応急処置的にファミリアに任せることにする。
 既に、即席の浴場は作り終えており、洗い場や柵も設置済みである。
 と言うわけで、今は露天風呂状態だ。脱衣所も無いので後で作らなくてはならない。
 しかし、森の中の露天風呂である。開放感が半端無い。

 湯船には並々と湯が注ぎ込まれており、溢れた湯はとりあえず川へと流す側溝に接続して流しておく。

 ちなみに、温泉のはずなのだが、特に有害な物質は無いようだった。
 硫黄分や金属類も無く、低刺激な単純泉と言う分類のもののようだ。
 もし、金属を含むものだったり、硫酸塩泉だったら、除去が必要だったのでラッキーである。

「ふいぃー、極楽、極楽……。」

 と言うわけで、早速体を洗い、温泉を堪能中だ。
 何だか気のせいか、温泉に浸かっているだけで、体の調子が良くなっている気がする。

「なるほど。こりゃ良いな!」

「ええ、これは癖になりそうですね。」

「……確かに、これは良いのぉ……。疲れが溶けていく様じゃ。」

 と言うわけで、カスードさん、ヨーゼフさん、桜花さん達、長老軍団と一足早く、温泉を堪能中である。
 体を洗ってから湯船に入るとか、布類は温泉に入れないと言った、最低限のマナーを説明してからの入浴であった。

 余談ではあるが、獣人族は服を脱いだら、体は人と変わらなかった。
 そして、皆、たくましかった……何がとか細かい事は言及しない。
 敗北感が半端なかったが、泣かないで静かに湯船に浸かった俺は、褒められても良いと思う。

 ちなみに、ちゃんと男湯と女湯は分けてある。
 マールさんは一人ではいるのが怖いとの事で、女性風呂は誰もいない。
 ……残念とか思ってないんだからね!!

 そんな風に、体は癒されつつ、混沌とした心のまま温泉を堪能していると、

『ツバサ殿!!!』

 と言う、宇迦之さんの逼迫した声が、俺の頭に響いた。
 俺は、弾かれたように、半分まどろんでいた頭を起こすと、顔を上げる。

「どうしました? 宇迦之さん。」

 突然、俺が声を上げたことで、他の3人は訝しげな目を向ける。
 俺はファミリアを虚空に顕現させると、モニター代わりにし、宇迦之さんとの通話を皆にも聞こえるようにする。
 ちなみに、宇迦之さんに張り付かせているファミリアは声を拾うだけなので、俺達の姿は向こうには見えていない。
 こんな姿を見られたら、今でさえ焦っている宇迦之さんが再起不能になりかねん。
 ついでに俺も、色々気まずいわけで、都合が良いと言えば良かった。

『わらわがついておりながら、すまぬ……。問題が起きたのじゃ。』

 その言葉を聞いて、長老達に緊張が走る。

「大丈夫ですよ。落ち着いて、説明をお願いします。」

 俺は、努めて冷静に声をかけると、宇迦之さんの言葉を待つ。

『実はの……ルナ殿が、一人飛び出してしまったのじゃ……。それでの……』

 俺はその言葉を聞いて、すぐさまルナの位置を探る。
 宇迦之さんのいる場所……つまりは翼族の村から、更に山の方に30km位の場所に反応がある。
 そして、その場所には……リリーの反応もある。
 しかも、どこに隠れていたのか、今まで探知に引っかかっていなかった大きな反応が一つ。
 それも、この特徴的な反応は……

『更に困った事に、それをリリーが追いかけていってしまっての……。わらわまで行くわけにも行かず、こうして連絡したのじゃ。』

 俺は、宇迦之さんの話を聞きながら、ルナとリリーにつけていたファミリアの様子を窺おうとした。
 しかし、何故か反応が弱い。これは……妨害されている?
 断片的に情報が流れてくるが、ノイズが混じっていて良く分からない。
 それでも、戦闘になっていたりする様子は無さそうだと、判断できる。
 とりあえず、今のところ危険は無さそうだが……。

「そうですか……。連絡、ありがとうございます。では2人は、俺が迎えに行きますから、宇迦之さんは村のほうをお願いします。」

 そんな俺の声を聞いて、画面上の宇迦之さんは安心したように頷くと、言葉を続ける。

『わかったのじゃ。村のほうは今の所問題が無いから、大丈夫なのじゃ。』

「了解しました。では、用意したら直ぐ向かいます。」

 そう言って一回通話を切った俺は、長老達に目を向ける。
 皆、状況は分かってくれているようで、黙って頷くと、カスードさんが声を出す。

「ほれ、さっさと行ってこいや。嫁さん2人が大変なんだろ?」

 この人は、こんな時でもいつも通りで助かる。
 俺は、そんな言葉を聞いて思わずに微笑むと、

「まぁ、ルナがいますからね。勇者が来ても今度は大丈夫ですよ。」

 と、肩をすくめつつ、少し軽く返答する。
 そんな俺の言葉を聞いて、桜花さんは心配そうな顔をしながらも、

「まぁ、御主なら大丈夫じゃと思うが、リリーに何かあったら、刀の錆にしてくれるわ。」

 と、相変わらずの憎まれ口を吐いてきた。
 一応、これが桜花さんなりの激励だと勝手に思っている俺は、

「任せてくださいよ。お義父さん。」

 と答える。
 鼻を鳴らしながら、桜花さんはその言葉を受けるも、いつもの文句は飛んでこなかった。

「とりあえず、急いだ方が宜しいのでは?」

 涼しげにヨーゼフさんが、そう言うのを聞き、「そうですね。」と、俺は頷くと、浴場の端に畳んでおいた着物を、急ぎ着る。
 帯を締め、気合を入れると、湯船の中で他人事のように寛いでいる長老達へと振り返る。
 全く……この人達は……緊張感無さ過ぎだろう。
 俺は、改めて信頼されているのだと自分に言い聞かせ、苦笑すると、

「では、行って来ます。」

 と、言葉をかけ、飛行魔法で勢い良く宙へと踊りこんだ。
 風圧で若干一名、温泉に沈んだのが視界の端に映ったのだが、俺はそれを見なかった事にすると、一路、ルナ達のいる山脈へと飛んだのだった。


 眼下に荒涼とした山岳部が広がり始めた頃、ルナのいる場所から、爆音が響くのを確認した俺は、スピードを上げ、突っ込むように、その場へと飛び込んだ。

 《いらっしゃい、ツバサ!》

 こちらを見て、ルナは微笑みながら文字を虚空へと浮かび上がらせる。

「え!? ええええぇぇええー!? ツバサさん、来ちゃったんですか!?」

 対照的に、何故かリリーは来て欲しくないような反応を返してきた。
 ん? 来ちゃ駄目だったのだろうか? 何か問題があるのか?
 そうして、リリーはルナの方を困ったように見ると、リリーらしくない言葉に訝しがる俺の表情を見て慌てて言葉を繋ぐ。

「あ、い、いえ! ツバサさんが心配して来てくれたことは嬉しいんですけど! けど、ちょっと……その、恥ずかしいと言いますか……。」

 なんとも歯切れの悪い返事を返すと、リリーは恥ずかしそうにモジモジし始めた
 状況が良く分からない俺は、ルナのほうに視線を移す。
 ルナは満面の笑みでこちらを見ているだけで、何かを説明しようと言う気は無さそうだ。
 うーん……急いできてみたのは良いが……これは特に問題が無さそうな感じなのだろうか?
 宇迦之さんからもう少し、ちゃんと話を聞いてから来れば良かったと、今更ながら後悔する。

 俺は困惑した顔のままふと視線を外すと、その向こうに対峙している者の姿が確認できた。
 緑の色に染まった長い髪を、風になびかせながら、腕を組んでこちらを黙って見ている長身の女性だ。
 服は全身を覆っているものの、薄い白と青みがかった色をしており、生地が薄く、肌の色がほんのりと透けて見える。
 羽衣のようにヒラヒラと全身を覆うその姿は、幻想的な雰囲気をかもし出していた。

 そして、こちらに向けられているその目には、値踏みするような、興味深そうな、そんなものが浮かんでいる。
 更に、しっかりと向けられたその顔は、人を超えた美しさを体現していた。
 恐らく、彼女を見た人は皆、美人であると評するであろう、整った顔立ちだ。
 キリっと釣りあがった目は、今の気分がそうさせているのか、それとも、その気性を現しているのかは、俺には判断できなかった。
 少し儚げな雰囲気をその身に纏いながらも……いや、だからこそ、この手は届かないだろうと思わせるような、近寄りがたさを、その存在から感じる。

 そんな彼女をルナは気負った様子も無く、しかし、油断する事も無く、その様子を窺っていた。
 暫く、そうした良くわからない雰囲気のまま、時間だけが過ぎていったが、突然ルナは俺の方に振り向くと、

 《ツバサ、今回はルナがリリーと一緒に頑張るから、そこで見ててね!》

 と、言葉を虚空に浮かばせる。
 そんなルナの言葉をリリーは読み終えると、何故か俺の顔をチラチラと横目で窺いつつ、耳をパタパタさせていた。
 うん、良く分からないが、とりあえずリリーが可愛いから良しとしよう。
 俺は、全く状況が分からないまでも、ルナがそこまで言うのなら、信じようと2人から距離を取り、後ろに下がる。

「分かった。とりあえず、良く分からんが、そこまで言うなら信じるよ。ただ、危ないと感じたら、助けに入るからね。」

 そんな俺の言葉に、ルナもリリーも嬉しそうに微笑むと、ルナは大丈夫とでも言うように、頷き、リリーは恥ずかしそうに俯きながら、こちらにお辞儀をした。

 うん、全くわからん。
 リリーは何をあんなに恥ずかしそうにしているのだろうか?
 そもそも、あの緑色の女性と、何をしようと言うのか。

 俺は、尽きない疑問を頭の中で繰り返しながらも、この場の一挙一動を観察し始める。

 《じゃあ、さっきの約束の通り、ルナたちが勝ったら、翼族の人たちを解放してあげてね。》

 俺に、説明する意味もあるのだろう。
 ルナは、緑の女性に、話しかけるように、その言葉を虚空に紡いだ。
 リリーは少し顔を強張らせ、緊張した様子を一瞬見せると、俺の方をチラリと振り返り、また恥ずかしそうにしながら、緑の女性に向き直った。
 耳が相変わらず、ピクピク動いているので、かなり無理しているのが後ろから見ていて良くわかる。
 大丈夫なのだろうか? その様子を見て少し不安になるが、それを表に出さず、黙って様子を見守る。

「ああ……。約束しよう……。」

 透き通るような声が、その場を切り裂くように通り過ぎていった。
 その声に、感情と言うものは感じられない。
 淡々とした様子でその言葉を紡いだ口は、その言葉を吐き出してから、また閉じられる。
 その様子を見て、リリーも気合を入れたのか……はたまた自棄になったのか、

「絶対に、認めてもらうんですから!!」

 と、声を張り上げると、睨むようにその視線を緑の女性へと向けた。

 おー。なんか知らんが、えらく気合が入ってるな。
 なるほど、どうやら、翼族とこの緑の女性の間に何か特別な関係があるようだ。
 話から察するに、翼族はそのせいで不利益をこうむっているのだろう。
 そして、ルナ達はそれを知って、それを改善してもらうように頼みに来たと……そんな所だろうか?
 俺がそのように状況を推察していると、緑の女性が口を開く。

「では、来い……。」

 そう言った瞬間、緑の女性から、強風が吹きつけてくる。
 それを合図に、ルナとリリーは並び立ち、互いを見つめると、同時に頷き、目を閉じた。

 ルナはリリーに右手を伸ばし、リリーはルナに左手を伸ばす。
 その手が絡まり、しっかりと互いを掴み、結びつける。

 《モード・マジック! 起動するね!》

「……はい! もう、どうにでもなれ……です!」

 その瞬間、ルナとリリーは、光に包まれたのだった。

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