比翼の鳥

風慎

第15話 可愛いは……

 ルナとリリーは鳴りやまない精霊の歓声と思われる波動の中、手を振りながらこちらに近付いて来た。

 それを見て、緑の髪の人は、慌てたように、俺から距離を取る。
 今更遅い気もするが……。まぁ、本人がしたいのなら良いだろう。
 ただ、ディーネちゃんの事が気になるようで、チラチラと先程から、視線を向けてくるのがなんとも無しに、面白い。

 ちなみに、ディーネちゃんは俺の右腕を、完全にロックした状態で、こちらに歩いてくるルナ達に微笑を向けていた。
 けど、ディーネちゃんだからなぁ。多分、緑の人の視線には気付いていると思うんだけどね。

 そんな事を考えながらも、俺はルナの姿を視界にずっととらえ続けていた。
 いつもよりも、5割り増し……いや、それ以上に可愛らしい姿に加え、ルナが歩くたびに揺れる銀の尻尾と獣耳。
 比翼は後、30ほどある。一撫でなら……せめて、一撫でだけでも……。

 願うように思う俺の目は、既に釘付けである。
 その神々しい姿が徐々に、俺の元へと歩いて近づいてくる。
 あの艶やかな毛並み。
 光を照り返し、風にゆれ、その柔らかさを主張している。
 あの素晴らしい、至高の存在を、思う存分触りたい。
 俺のそんな欲望を感じたのだろうか、ルナは足を速めると、リリーを伴って、俺の前まで駆け寄ってきてくれた。
 ディーネちゃんは俺から手を離し、此花と咲耶を呼んでいる。
 彼女なりに気を使っているのが分かったので、心で礼を述べた。

 一瞬、見つめあう俺と、ルナ。
 そして、俺が触りやすいように少し俯き加減に、その耳を俺の前へと差し出す。
 上目遣いに見上げるその目には、少し恥ずかしさを宿しながらも、何かの期待が篭っていた。

 目の前にある、その銀の獣耳。
 俺はその美しさに一瞬言葉を忘れ……そして、改めて触ろうと、そっと手を伸ばした。

 その瞬間……

『比翼システム強制終了。』

 悪魔の声が聞こえるのと同時に、俺の手は、空を切る。
 そして、神の造形物である銀の獣耳と尻尾は、その可愛らしい魔法少女の服と一緒に粒子となって消え去った。

 あぁああぁぁぁあぁああぁぁぁーーーーーーーーーーー!?
 お、俺の、獣耳!!!!
 柔らか……モフモフ……スベスベが……。

 俺は、思わず、そのままガックリと膝を折り、地に両手を着く。
 あと一歩だったのに……あと少しで……俺の……桃源郷……。
 俺は血の涙を流しながら、「こ、コティ……さん……なんてことを……。」と、血を吐くように呟く。
 遠くから、「つ、ツバサさん、元気で出してください! わ、私のでよければ……。」と、リリーが健気に励ましてくれる声が聞こえるものの、ショックが強く、俺は暫くの間、茫然自失の状態だった。

「ふむ……この者が……何を嘆いているのか分からないが……。」

 そんな緑の人の言葉で、ルナとリリーだけでなく、皆の意識がそちらに向く。
 俺も、その言葉で、我を取り戻し、根性で立ち上がると、涙ぐんだ目をそちらに向ける。
 一瞬、俺の顔を見て、後ずさった緑の女性は、それでも咳払いを一つすると、言葉を続けた。

「と、ともかく……貴様達……人の覚悟は見せて貰った。」

 そう厳かに言う姿は、一見すると威厳と落ち着きのある姿に見えるが……先程のかなりヘタレた姿を見た後では、何となく背伸びをしているようにしか、俺には感じられなかった。
 俺は、銀の獣耳への未練を捨てきれない頭で、そんな風に、彼女を評価する。

「だが……あの程度では……私の心を動かす事は……出来ないな。」

 嘘付け!? 思いっきり感動して、涙流してたじゃないの!?
 俺の心の突っ込みは、多分、ここにいた皆の総意だと思う。
 現に、まだこの場に止まって、このやり取りを見ていた精霊達からも、文句の波動が響きまくっているのを感じる。

「そんな!? あんなに心を開いて、私達の曲を、聴いてくれていたじゃないですか!」

 リリーが、思わずと言った感じで、声を上げた。

 《 ルナ達の歌。しっかり届いてたよ? 精霊さんの心も、ちゃんと私たちに伝わってきたよ? 》

 ルナも続けて、言葉を虚空に紡ぐ。
 ああ、比翼の効果がなくなったから、また声が出なくなったのか。
 少し残念な気持ちが沸きあがるが、また聞く事ができると判っただけでも収穫だろうと、俺は気持ちを切り替える。
 そんな2人の言葉を受けて、緑の女性は鼻を鳴らすと、

「そんな事は……関係ないな。私が、そうでないと言えば、そうではないのだ。」

 何その、「ごうだ たけし」論理……。
 2人も唖然としたように、言葉を失う。
 しかし、そもそも、何を勝負してたのだろうか?
 俺は、不思議に思い、口を開く。

「すみません。基本的な質問で申し訳ないのですが……そもそも何を勝負してたのですか?」

 そんな俺の問いに、リリーが憤懣やるかたないと言う様に、俺に答える。

「そこの精霊様が、心を動かしたらです。人が余り好きじゃないから、それを覆して見ろって言われたんです!」

 《 好きになってもらえれば良いなぁと思って頑張ったんだけど……この精霊さん、かなり頑固みたい。 》

 ルナが、はっきりさっくりバッサリと評価を下す。
 まぁ、その通りだろうな。
 どっちかって言うと、意固地というか、ムキになっている感じが強いけど。

「ふん……。なんにせよ。私は……感動もしていないし……お前らの歌などどうとも思っていない。」

 うわー……言い切ったよ。この精霊様。
 あんだけ感情を露にしていたのに、往生際が悪いのか、開き直っているだけなのか……。
 傍観者であった精霊達も、流石に言葉を無くした様に、静まり返る。
 こりゃいかんね。精霊達のつながりがどうなのかは分からないけど、この雰囲気は良くない。
 さて、どうしたものかと、俺が頭を悩ませていると、思わぬところから声が上がった。

「あらあら~? 泣き虫のフィーちゃんが、いつからぁ~そんなにぃ~意地悪な事を言う子にぃ~なっちゃったのかしらぁ~?」

 しゃがみこんで、此花と咲耶を両腕で抱きかかえたまま、ディーネちゃんは、いつもと変わらぬ優しい笑みでそう言った。
 その様子に、フィーと呼ばれた緑の女性は、一瞬、たじろいだ様にするものの、気合を入れるように眉を引き上げ、口を開く。

「お久しぶりです。先輩。 先輩こそ、何故、下劣な者達とあのように馴れ合っているのですか。」

 おう。酷い言いようだ。まぁ、それだけに、分かりやすいが。
 このフィーさんは、人を激しく憎んでいるようだ。
 だからこそ、どうあっても、人である俺達の言う事は聞けないのだろう。

 ただ、はたと、俺はその事を不思議に思う。
 何せ、精霊は、人と共存しないと生きていけないはずなのだ。
 魔力を人や世界から得て、それを糧とし、生きていく存在。
 何より、人を直接害する事ができず、それ故、人を憎めないまま、存在し続ける矛盾した存在。
 ディーネちゃんと繋がったとき、俺が感じた精霊のあり方とはそういったものだった。
 だが、このフィーさんは、人間に対して、敵意を明確に持つ事ができている上に、それを隠そうともしない。
 そういった意味で、今まで出会った精霊達とは、大分違う。

 ディーネちゃんは、フィーさんの言葉を受けて、静かに立ち上がる。
 俺はそれを見てしゃがみこむと、此花と咲耶に手招きをして、こちらに呼び寄せた。
 2人とも、我先にと駆けてきて、俺へとタックルするように飛び込んでくる。
 俺は、「おっと。」と、言いながらもしっかりと抱きしめると、そのまま2人を抱き上げながら、立ち上がる。
 右にしがみ付いた此花と、左にしがみ付いた咲耶は、はしゃいでいた。

 そんな俺を、忌々しいものでも見るように、一瞥したフィーさんは、ディーネちゃんに憎しみのこもった目を向け、口を開く。

「先輩……。精霊達が味わったあの苦しみを忘れてしまったのですか? 身勝手な人という種のせいで、私達は地獄の苦しみを長い間味わったのですよ? それなのに……そんな事も忘れたように……よりにもよって、人と子を生すなど!!」

 そんな激情をそのまま込めた言葉と同時に、烈風が吹きすさぶ。
 俺はそれを、防御障壁を使って全て受け流す。
 それがわかったのか、フィーさんは俺を睨みつけるが、それは長く続かなかった。

「あらあら、まぁまぁ? フィーちゃん、駄目ですよ? 八つ当たりはぁ~皆さんのぉ~迷惑ですよぉ~?」

 そんな言葉を投げかけるディーネちゃんは、相変わらずの笑顔だ。
 しかし、俺にはわかる。目が笑っていない。これは、結構頭に来てるっぽいな。
 同様に、母親の心の機微が良く分かるのだろう。此花と咲耶のしがみ付いているその手に、更に力が込められるのがわかった。
 大丈夫だと言う気持ちを込めて、俺もその手を握り返す。
 それで、2人の顔から緊張が取れたのが見て取れた俺は、2人に視線を戻した。

「そもそも……何故、そのような矮小な人族なのですか! 利用するにしても、もっと力のある者を使えば良いものを! そうすれば、強い子を使って、楽ができるではないですか!」

 その瞬間、緑の精霊様は、俺から発せられた衝撃波によって吹き飛んだ。

「な!?」

 精霊様は驚いた表情のまま、空中でクルクルと回転し、そのまま宙に静止する。
 そして、その目に込められた驚きを隠そうともせず、俺を見つめてきた。

 正直、理性が一瞬吹き飛ぶほど、カチンと来た。
 まぁ、一応、制御は出来ていたから、被害は無いようでよかった。
 前の制御力だったら、確実にここら一帯が吹き飛んでいる。

 俺が、矮小とかそんな事はどうでも良い。
 それより、今、こいつは、よりによって、子供を使と言った。

 子は、親のものではない。所有物でもなければ、奴隷でもない。
 しかし、今、この精霊様は、そう取られても仕方の無い発言をした。
 子の自我は、子供の物だ。子のした事に対する責任は親にあっても、親が子の自我を否定する事は許せない。
 そこは一片たりとも、譲る事ができない俺の思いだ。
 俺は、黙ってその発言をした精霊様を見つめる。
 ふと横を見ると、清らかな笑顔を湛えたディーネちゃんがいた。
 いつの間にか、俺の横に来ていたらしい。

「フィーちゃん? 今の言葉は駄目よぉ~? おねぇさんの旦那様であるツバサちゃんとぉ~子供達を~馬鹿にする発言よぉ~?」

 リリーが「え? ツバサさんが旦那様? その人との子供? え? だって……。」と、理解できないように呟いていたが、今は、その言葉に答えを返してあげる事ができなかった。
 ルナがリリーのフォローに回ってくれているのを横目で確認したのを見て、俺はすまんと、心で呟くと、視線を元に戻す。
 そんな横で、ディーネちゃんは、微笑みながら言い聞かせるように更に言葉を紡ぐ。

「あんまりぃ~おねぇさん達を~怒らせない方が良いわよぉ? じゃないとぉ~……。」

 そうして、ニッコリと花の咲くような、少女のような笑顔で微笑むと。

「……死ぬわよ?」

 そう一言。その瞬間、世界が凍りついたように、全ての物が動きを止める。
 そして、フィーさんと呼ばれた精霊様は、一瞬にして、水の球の中に閉じ込められた。
 驚いた顔をして、必死に脱出しようとしているが、もがくだけでその場から動く事は出来ないようだ。

 ……やべぇ。レイリさんも良い感じだが……このお方は洒落にならん。
 ほら、流石の精霊様も、諦めて水の中で、カタカタと震えてるじゃないですか。
 そんな俺の脳内突っ込みを、華麗にスルーしたディーネちゃんは、何事も無かったように、更に続ける。

「それにねぇ~? ちゃんとぉ~約束はぁ~守るべきだと思うの。だって、フィーちゃん。ちゃんとぉ~ルナちゃん達のぉ~心を~受け取っていたじゃないのぉ~。あれはぁ~周りのぉ~人たちのぉ~心をぉ~繋げてぇ~深層心理でぇ~共感をぉ~持たせるぅ~ものよぉ~?」

 なるほど……あれは、そういう効果を持っていたのか。
 改めて、俺は納得する。
 あのコンサート会場での一体感のようなものは、何も歌が素晴らしいだけではなく、そういった作用だったわけだ。

「そうなのよぉ~。ルナちゃんとぉ~リリーちゃんね? 凄いわぁ~!」

 いきなりそんな風に言われて、ルナは若干誇るように微笑み、リリーは突然褒められて、慌てる。

 そして……ディーネちゃん。その話し方うっとおしいです。
 いい加減に、普通に話して下さい。普通に!

「やだぁ~ツバサちゃんたらぁ~。そんな事ぉ~恥ずかしいじゃない! ツバサちゃんのぉ~エッチィ~!」

 なんでやねん!?
 そんな表現の仕方したら……ああ、ルナとリリーの目が冷たい!? 酷い!? 誤解もいいところだよ!?

「こら!? ディーネちゃん、誤解を招く言い方しないで!? ちょ、ルナ、リリーその冷たい目はやめて。心が軋むから!? 俺は何もしてない!? してないんだって!?」

 そんな俺の様子を、クスクスと笑いながら見つめるディーネちゃんは、一頻り楽しんだ後、更に言葉を続ける。

「そもそもぉ~。あの歌はぁ~聞いたら最後でぇ~どうやってもぉ~抜け出せないわよぉ~? それにぃ~強制力がぁ~とんでもないからぁ~私ほどのぉ~精霊でもぉ~抗う事はぁ~無理ねぇ~。」

 少し困ったように、ディーネちゃんはそう言った。
 そうなのか。大精霊であるディーネちゃんでも抗えないって、凄いな。
 あれ? それって実は、かなり危ないんじゃないのか?
 だって、深層心理に食い込んで、ルナとリリーの思いのままに、心を動かすんだろ?
 良い方向に持っていくなら良いけど……。
 例えば、発狂するくらいまで興奮させて、それを先導して暴動を起こしたりとか……出来ちゃうんじゃないか?

「そうねぇ~。ルナちゃん達はぁ~そんな事しないけどぉ~逆にぃ~どん底まで落ち込ませてぇ~皆でぇ~仲良く自殺とかぁ~楽しい事もぉ~出来そうねぇ。」

 怖っ!? 何それ、怖い!?
 脳裏に、絶望の言葉を呟きながら、集団で首を吊っていく人々の姿が思い浮かんで、すぐにその光景を振り払う。
 ……あかん……そんな光景見たら、間違いなくトラウマになるだろう。

「そ、そんな事しませんよ!?」

 《 そうだよぉ。ディーネちゃん、酷いよ! 》 

 2人がすかさず抗議する。
 俺だって、絶対にして欲しくないわ。
 何となく地味な効果かと思ったら、いろんな意味で性質が悪いな。
 効果時間が短いのが、救いなのかな。

「だからぁ~しないって言う話よぉ~。第一ぃ~ツバサちゃんがぁ~望まないものぉ~。ね~?」

「そうだね……流石に、それはちょっと……えげつなさ過ぎる。」

 《 大丈夫だよ! 絶対にそんな事しないもん! だって、ルナ達は正義のために歌うんだから! 》

「そうですよ! そんな酷い事のために歌ったら、魔法少女じゃないですよ!」

 なんか、当たり前のように力説されているわけだが……。
 その言葉を聞いて、俺はふと……何故、魔法少女の姿で、歌を歌ったのかと言う疑問に行き当たった。
 勿論、あれが此花や咲耶で言うところの霊装であるのは、見た瞬間分かった。
 霊装を纏う事で、自身の能力が底上げされるし、魔法の発動も楽になるのは知っている。
 だが、もっと強そうな姿でも良いと思うのだ。例えば鎧とか。
 そんな疑問を、俺は2人にぶつけてみる。

「所で、話は変わるんだが……何で、2人は魔法少女の姿になったんだい?」

 その言葉に、さも当然と言う様に、2人は答える。

「可愛いからです! ……変身する時とか、衣装はちょっと恥ずかしいですけど……。」

 《 可愛いからだよ? 》

 ふむ。確かに、可愛いのは良いのだが……ん? 何かが引っかかる。
 可愛い? 先ほどからそこに重きを置いているように感じられる。
 何故、彼女達はそれに拘るんだ?
 何か……大事な事を忘れているような?

 俺が、喉元まで答えが出掛かっている感覚にもどかしさを感じていると、2人はそんな俺を見て、口を開く。

 《 ツバサが教えてくれたんだよ! 》

「私もルナちゃんから聞いていましたが、今回やって見て、ツバサさんの言葉を、実感しました!」

 俺から聞いて? 可愛い? 
 脳裏に、小さなルナの姿が浮かぶ。
 ビビが雄雄しく叫び、地面に埋まったカスードさんが過る。
 ……まさか……あれか? あの時の……。
 その予感を読み取ったかのように、2人は同時に答える。

 《 「可愛いは……正義!!」 》

 ねー? と、楽しそうに言う二人を見て、俺は、天を仰ぐ。
 ああ、なるほど。そういう風になるのね。
 ほっといたら、こうなったのね。更に、拡散したんだね!
 ……何故、あの時、訂正しなかった。俺。
 これじゃぁ、もう訂正のしようが無いじゃないか!

 ……過去の俺の馬鹿ぁ!!!

 俺は、ちょっとした一言が、そして、ちょっとした怠慢が、思わぬ形で帰ってくる事を、改めて学んだのだった。

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