比翼の鳥
第43話 ギルドと教団
体がゆったりと揺れる。
それは、なんとも心地よい加減なのだが、俺の意識を覚醒させるには十分な物だった。
そんな優しい揺らし方から察するに、俺を起こす事を迷っているようにも感じられる。思わず、そのまま揺られ続けていたいと感じてしまう程、その行為は緩慢なのだ。
妹の春香なら、容赦の無い踏み付けが飛んでくる所なのだろうが、この違いは一体、どこから生まれるのだろうか……?
ほんの数秒ではあるが、そんな夢見心地を堪能した後、俺は未練を振り切って目をあける。
そこには、俺の顔を少し困ったように見下ろすルナの姿があった。
「やあ、おはよう、ルナ。どうした?」
そんな俺の言葉を聞くと、ルナは黙って視線を、広間に続く扉へと動かす。
釣られて視線を追うと……そこには、障壁を一生懸命叩く、ボーデさんの姿があったのだった。
「いやぁ、すいません。いつもの癖で、障壁張ったまま寝てしまいました。ははは。」
そうなのだ。俺は、昨日、遮音障壁をはったまま、そのまま眠りについてしまったのだ。
まぁ、ルカールの家では一応、いつも無意識に張っていたので、その名残であるのだが……習慣って怖いね!
そんなこんなで、すぐに障壁を解いて、皆をハグした後、広間へと出て来た訳だ。
広間で皆が勢ぞろいしている中、ボーデさんは朝から疲れたような顔をしていた。何か視線が遠くに向いている気がする。
ちなみに、ライゼさんは平常運転である。両手で器を抱え持っているのが、若干の謎ではあるが……。
「ボーデ。おなか空いた。」
なるほど。お食事を御所望でしたか……。
合点の言った俺と対照的に、ボーデさんは、その言葉を聞いて深いため息をつくと、
「お前なぁ……あれを見て、何とも…………はぁ……。」
肩を更に一段下げ、何かを諦めるように、そのまま口を閉じてしまった。
結局、ボーデさんは障壁の事をそれ以上言及しなかった。人間はこうやって、何かを諦め慣れて行くのだなと言う、良い見本である。
うん。最初は大変だと思うけど、徐々に慣れるだろう。だって、獣人族の皆は俺の奇行に慣れるまで、1ヶ月もかからなかったし。大丈夫だ。強く生きて欲しい。まぁ……元凶の俺が言う事では無いが。
それから、おわんの様な器を持って、静かに鎮座するライゼさんと対面する形で皆を従えて座った。
ライゼさんは相変わらずの無表情ではあったが、心なしか虚空を見つめる目に光宿っているようにも感じられる。これは……相当お腹が空いているのだろうか……?
そんなライゼさんを待たせることなく、ボーデさんは手早く食事を用意してくれた。だが……こ、これは。
ボーデさんより渡された食事は、何かの穀物で煉ったと思しき生地で、乾燥した肉を少し炙り香ばしく焼いた物と、水っけの無いピクルスのような物を豪快に包んだ、簡易サンドイッチのような物だった。
肉はボーデさんが掌から放出した炎で炙っていた。ボーデさんの掌から炎が出る様子は、なかなかに興味深い物があったわけだが、筋骨隆々のおっさんの掌から出された炎で炙られた肉……と言う時点で、有り難味が半減した気がするのは何故だろうか?
「こんなものですまんが、良かったら食ってくれ。」
「ありがたく頂きます。」
一瞬湧き上がった複雑な思いを、俺は表に出すことなく、渡されたサンドイッチを、俺は礼と共に受け取った。同じように、礼を良いながら皆も受け取る。だが、作ってくれた本人を前に言う事は出来ないが、正直、美味しそうには見えない。
何より硬そうだ。水分の抜け切った生地に肉。これは、食べるだけでも一苦労なのではないだろうか?
見ると俺らの家族は、皆、困惑した様子でそのサンドイッチを見つめていた。
ちなみに、ティガであるヒビキ親子は、躊躇無く乾燥肉にかぶりついていた。……が、ヒビキの額に皺が寄っているところを見ると、あまり美味しい物ではないようだ。
ライゼさんは、皮袋から液体を器へと注いでいる。
ボーデさんは、豪快に齧り付き……そのまま口と腕が綱引きでもするかのように、一瞬の拮抗を経て、躊躇無く一気に噛み千切った。なかなかにワイルドである。
改めて、俺は、手に納まるサンドイッチもどきを見る。
手から伝わる感触は、どこをどう考えても、ボーデさんのように豪快に食える硬度では無いと伝えてきていた。
……これ、本当に食えるのだろうか?
……いや、まずは、食べてみてからだ。意外と柔らかいかもしれないし……。
そうして、俺は、覚悟を決めると、勢い良くサンドイッチにかぶりつく。
まず、最初に感じたのはその硬さ。正に何か音が鳴りそうな勢いだった。いや、実際に、俺の口の中で何か硬質な悲鳴に近い音が鳴った気がする。
いや、幻聴だろう……きっと。
怖くなった俺はその現実を無視する。頑張れ……俺の歯!
その気持ちに応え、何とか、俺の歯は、このサンドイッチもどきの硬さに競り勝ったようで、その身を、サンドイッチに食い込ませる事に成功していた。しかし、あくまで食い込ませる事ができただけである。
か、噛み切れん……。
俺は、同じところを土木工事でもするかのように、何度も何度も、噛み続ける。
それは、正に、作業であり、ある意味で戦いでもあった。
延々と繰り返される。もそもそと緩慢に、しかし、力強く、その行為を愚直に続ける。
しかし、その戦いに変化が起こった。
俺の感覚を犯す、恐ろしいまでのパサ付き感。口腔内の水分が、あっという間に、生地に吸われていくのがわかる。
俺は、唾液を吸われ、パサパサとなった口腔の独特の感触を押し込み、何度も同じところを噛み続けた。そうして、唾液でようやく硬かった生地が、少し柔らかくなったところで、一口分を噛み切ることが出来たのだった。
しかし、それを飲みこむことが出来るまでに、暫くの間、咀嚼を続けるしかなく、無言でその作業に没頭する。
そんな俺の姿を見て、ボーデさんは苦笑すると、
「まぁ、特にお嬢ちゃん達には食べづらいかもしれねぇが……これしかないんだ。すまんな。冒険中は、食料と言ったらこんなもんだ。」
そう、諦観の念を込めてそうはっきりと言う。
「水に浸すと、多少マシ。」
ライゼさんはそう言うと、先程から持っていた、液体の入った器にサンドイッチもどきをちょいちょいと浸け、ふやけた所を、リスのようにチョコチョコと削るように食べ始めた。
成程ね。ふやかせて、食べると……。それなら、鍋にでもして煮込んだ方が……いや、文化の違いもあるのかな?
そこで、俺はふと気がつく。この広間……調理場に相当する場所がない。囲炉裏のような火を起こす場所がないのだ。
更に、今更だが、ライゼさんとボーデさんは、豪快に素手で飯を食っている。
なるほど……何より食器が殆ど無いのか。調理器具が無いようだ。魔法で代用できるみたいだしな……。そうなると、この様な形に落ち着くのだろう。
だが、こりゃ、なかなかに苛酷な食糧事情である。
風情も無ければ、楽しみも無い。正に、生きる為の食事である。
ただ栄養摂取と言うことであるならば、圧倒的に食べやすい、何とかメイト的な物の方が、遥かにマシだろう。
俺が考え込んでいる間に、ルナ達もサンドイッチに挑み始めていた。
だが、器も無く、水も無い状況では、噛り付くより無く……獣のようにサンドイッチと格闘している。
いや、実際は、異空間には食器もあるし、何より美味しい食料もある。
だが、とりあえず……今回はそのまま、ボーデさん達の食事を体験する方が良いと思っていた。
これも経験である。だって、ボーデさんの心遣いを無下にするのも心苦しいし。
何より、ルナ達が食料と格闘する姿と言うのも、それはそれでレアな光景なので、そのまま見ていても良かったのだ。
どうやら、俺が思っていた以上に皆、肉食系だったのか……その後、食事は滞り無く進み、全員、何とか完食していた。
俺より、リリーの方が食べ終わるのが早かったのだが……流石、獣人族と言った所だろうか。しかも余裕の表情である。
ちなみに、ルナと我が子達は、途中からこっそり、魔法で水を口の中に呼び出して食べていたようだ。
見たところ気付かれた様子も無いので、まぁ、良しとする。次の機会があれば俺もやろう……。
改めて、俺はそう決意したのだった。
そうして、格闘に近い食事が終わると、ボーデさんは姿勢崩したまま何気無い風を装って、俺にこう切り出してきた。
「なぁ、ツバサさんよ。これからなんだがな……。」
「はい。」
そこで、一旦、会話が途切れる。少し、考え込むボーデさんを見ながら、俺は姿勢を正した。
そんな俺を見て、ボーデさんは頭を振ると、姿勢を正し、続きを口にする。
「あー……。俺らより強いあんた等には、気分の悪い話かもしれんが……落ち着いて聞いて欲しい。まず、俺達は先に町へ戻る。そして、あんたらを受け入れる準備をしたいと思う。」
「はい。お願いします。」
俺は、一礼し、言葉を待つ。
一瞬、眉をしかめるボーデさんだったが、そのまま、口を開いた。
「それで……だな。その際に、あんたらの立場を皆に説明しておこうと思う。その内容なんだが……俺達に助けられたあんたらが、俺達を頼って来た……と言う形で行こうと思っている。」
「ええ、願ってもない事です。それでお願いします。」
迷いの無い俺の返事を聞いて、ボーデさんは目を見開くと、うろたえた様に言う。
「おいおい……良いのか? 提案しておいてなんだが……あんたらの扱いは、下っ端になるんだぞ? はっきり言えば、冒険者の中でも底辺だ。駆け出しの冒険者だからな。そんな奴らの扱いなんて……あんたなら判るだろ? それに、仕事にありつけたとしても、雑用以外ないぞ? 依頼料も安い。結構、苦労する事になると思うんだが……。」
なるほど。まぁ、そりゃそうだろう。俺達は得体の知れない存在で、しかも冒険者の駆け出し……更に女子供の集団とくれば、仕事としても危険な物は普通任せられないだろうし。
最初のうちは、誰も受けたがらない余りものの依頼をこなす事になるだろう。
だが、それは織り込み済みだ。現実世界だって、下っ端はそんなものだ。信用が無いからな。
むしろ、初めから危険な高額任務を与える組織の方がよっぽどたちが悪い。それは、使い捨てを意味しているのだから。
それに、この世界は過酷だ。人口だって、元の世界よりかなり少ないはず。そんな状況なら、人材が有り余って、使い潰せる状態でもないだろう。
だから、真っ当な組織なら、何らかの支援はあるはずだ。でなければそんな組織が、長期に亘って成長できるはずが無い。……まぁ、最小限の支援があるなら、ありがたいくらいだ。元々、何も無い所から始める予定だったし、こうやって、初期のお膳立てをして貰えるだけでも十分と言えるだろう。
「ええ、その辺りは問題ないと思います。」
俺の言葉を聞いて、ボーデさんは深いため息をつく。
その、「こいつわかってねぇなー」的なため息は、流石に、ちょっとイラッと来ますよ?
「あのなぁ……それだけじゃないぞ? 俺達は……自分で言うのもなんだが……それなりに地位が高い。一応、俺らの紹介だから、変な扱いを受けないとは思うが……。周りの奴らの風当たりは強いだろう。新参者の宿命といった所なんだがな。」
ボーデさんは、眉を寄せながらそう呟く。
なるほど。まぁ、そりゃそうだろう。
傍から見れば、俺達は二人に寄り付く寄生虫のように見えることだろうし。
だが、それは仕方ない。実際、それに近いような物だし、その辺りは甘んじて受けるより無いと思うのだ。
「はい。それは覚悟の上です。まず、組織の一員として受け入れて頂ける渡りが出来るだけ、ありがたいのですよ。」
俺は、頷くとボーデさんにはっきりと頷き返す。
そんな俺の言葉に、目を見開くボーデさん。そして、その横で、ライゼさんの口元が緩んでいた。
ふむ、これは、どうやら……試されていたな?
「あんた……本当にわかって言ってるのか? それに、こんな事は言いたかないが……最悪、おれらが裏切って町であんたらの事を待ち構えてるとか、考えないのか?」
そんなボーデさんの言葉に、今度はこちらが驚く。
ボーデさんとライゼさんが、俺達を罠にはめる? 教会に売るとか?
一瞬、その状況を想像し……そして、思わず、俺は噴出してしまった。
「はははは。そんな事あるわけ無いじゃないですか。」
「な、なんでだよ! まだ会って1日じゃねぇか! なんで、あんたはそんなに俺達の事を信頼しきってるんだよ! 言っちゃ悪いが、あんたら、相当あやし……あだ!?」
と言った所で、鈍い音が響く。
どうやら、ライゼさんがお椀でボーデさんの後頭部を思いっきり殴ったらしい。
頭を抱え、悶絶するボーデさん。そんなボーデさんの頭に天誅を食らわせたお椀は傷一つ無い……凄い硬度だな……何で出来てるんだ?
とりあえず、そんなライゼさんは何も言わず、お椀を両手で持ち、そのまま鎮座した。
あら、フォローは無し? まぁ、それだとボーデさんが殴られ損かな?
とりあえず、俺はボーデさんの軽い口に免じて、口を開く。
「まぁ、確かに私達が凄く怪しいのは認めます。ええ、そりゃ、言い訳できない程に怪しいのは自覚しておりますし。」
そんな俺の言葉に、ボーデさんは気まずそうだ。まぁ、少し毒が入るのは勘弁して欲しい。
「ですが、そんな怪しい私達の言葉を、お二人ともちゃんと聞いて下さっているじゃないですか。だからこそ、私は貴方達を信じているんですよ。」
俺がにこやかにそう告げると、ボーデさんは呆気に取られたような顔をして、直ぐに頬を赤くする。
「ばっ……おめぇ、それは……そう、ライゼがどうしてもって……あだ!?」
「人のせいにしない。」
いや、だから、そこで何で照れるかな。
だから余計な一撃を受ける羽目に……。まぁ、だからこそ、俺が信用しているわけだが。
それに実は結構、ボーデさんは純情? いや、もしかしなくても、純情か。うん。
「ま、まぁ……ライゼさんもその辺で……。これ以上殴ったら、ボーデさんの頭、陥没しちゃいますよ?」
「大丈夫。ボーデの頭はこの程度では傷一つ出来ない。」
「いやいやいや!? 思いっきりコブ出来てるからな!? それに痛いからな!?」
「精進が足りない。」
やれやれと言った様子で、ため息を吐きつつ、ライゼさんが言うのを、ボーデさんは震えながら耐える。
これはこれで、見ていて面白いのだが、話が進まないので、次に行こう。
「あー。まぁ、とりあえず、他にもありますよ? まず、私達を罠にはめても、貴方達にメリットがないです。」
俺は指を一つ立て、そうはっきりと断言した。
「そんなことはない。教団に売り渡せば、結構良い値で売れる。」
ライゼさんがなかなか物騒な事を、さらりと言う。
「それこそ無いですね。」
「なぜ?」
「貴女達が教団の事を余り好きじゃないから。そして、それ以上に、私達の力を欲しているから。違います?」
俺の問いに、ライゼさんは笑みで答える。
「違う。教団は大嫌い。あんな組織、消えてなくなれば良い。」
「ちょ、おまっ!? 幾ら砂漠の真ん中とは言え、それは……。」
そんな風に言い切ったライゼさんの顔はどこかスッキリしていた。
対して、ボーデさんは落ち着かない様子である。
なるほど。そこまでの影響力か。その教団とやらは。
「話のついでに、その教団について、少し教えて頂いても?」
そんな俺の言葉に、ライゼさんが答えたのは以下のような事だった。
まず、教団の正式名称は魂の安息と言うらしい。
名前を聞くだけで、幾つか疑問点が出てくるが……まぁ、とりあえず置いておこう。
教義については後回しにして、教団の規模とその役割だけ聞いたのだが……イメージ的には中世のキリスト教に近い形態のようだ。
一神教で、絶対神のパピリニドと呼ばれる神を崇拝しているらしい。
残念ながら、俺が知っている限り、元の世界では聞いた事の無い神だな。
また、教団のトップは教皇がおり、その下に、枢機卿、大司教と続く、細分化された組織化を行っているようだ。
なるほど。この辺りは、元の世界と変わらないのでイメージしやすいな。
ちなみに、やっている事は冠婚葬祭を取り仕切る事や、病院、養護施設を兼ねた教会と呼ばれる宗教施設の設置等、イメージと余り変わらない内容のようだ。
ただし、二つ程、元の世界と決定的に違う物がある。
神聖魔法と呼ばれる、教団が独自に持つ魔法の管理と、その販売。
そして、異邦人を勇者と呼び、それを組み込んだ軍事力の保持だ。
まぁ、元の世界でも秘儀やら、軍隊やら、やたら隠し持つのが宗教の性ではあったが……この世界の規模は洒落にならん。
なんせ、あの勇者様のお召しあそばれた『叡智の輪冠』やら、奴隷を管理する『隷属の首輪』なんてものも、教団の独占販売らしいのだ。
その需要は全世界に及び、軍事力も、いかなる国の追従も許さないほどのトップクラス。
まぁ、早い話、完全に世界を牛耳っている組織と言うことで良いのだろう。
話を聞けば聞くほど、嫌悪感しか出てこないので、とりあえず必要な所だけ聞いたが……これは、ライゼさんが嫌うのも判ると言う物だ。
「なるほど……。ありがとうございました。どうやら、ライゼさんとは気が合いそうです。私もその教団とやら……ぶっつぶ……いえ、ちょっと消滅して欲しいと思ってしまいました。」
そんな俺の本音に、ライゼさんは満面の笑みを浮かべた。
対してボーデさんは真っ青な顔で、
「いや、それは言うなよ? 人前で絶対言うなよ?」
と、気が気でない様子。
全く……そんな事、するわけ無いじゃないですか。
そこまで、心配しなくても……多分、大丈夫ですよ。ええ、多分。
「ったく……ライゼだけでも危ねぇってのに……ギルド内で口を滑らせたら……どうなる事やら……。」
ボーデさんは、そんな風に頭を掻き毟りながら苦悩していた。
余り深く考えては駄目ですよ? そのままだといつか禿げますから。
しかし、今、気になる発言が出た。やはり、ボーデさん達のお世話になっている組織はギルドと言うらしい……。なるほど。やはりそういう互助会のような物があるのか。判りやすくて良いな。
そして、そのギルドの中で、ある程度の地位を得ているボーデさんとライゼさんは、発言権もあると。
そんな人が、教団を批判したら、一気に炎上ですよね、そりゃ。
その上で、俺達もそうならないか、心配してくれてるわけで……やはりこの人、良い人だな。何だかんだ言いつつも、世話を焼こうとしてくれている。
その情熱の出所が何処であれ、俺達には嬉しい事だ。
まぁ、ついでにギルドの事についても少し聞いておいたほうがいいだろう。
そう思った俺は、苦悩するボーデさんに声を掛けた。
「ギルド……ですか。それは、冒険者達が集まって、依頼や報酬を管理したりする組織……と言う感じでしょうかね?」
そんな俺のごく当たり前の質問に、一瞬ボーデさんは眉をひそめるも、
「ああ、そうだな。……って、そうか。あんたは異邦人だったな。悪い、あんまりに落ち着いてるんで、すっかり忘れてたぜ。」
そう、頭をかきながら苦笑した。
「ええ、なので分からない事だらけで、これから、色々とお世話になる事になりそうです。ね? ボーデ先輩?」
俺がそんな風に、にこやかに言うと、ボーデさんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「俺より確実に強い奴に言われると、嫌味にしか聞こえねぇな……。」
そんな風に愚痴りながら、ため息を吐くと、ボーデさんはギルドについて説明を始めた。
ギルドと言うのは、俺の思っていた通り、特定の職業の互助会のような物で、かなり大きな組織らしい。
特定の職業……と言うだけあって、職業のくくりに応じて、各ギルドが存在しているとの事だ。
そのギルド間のネットワークは国を超え、大国であれば全ての都市に、何らかのギルドの派出所があるそうだ。
『魔法ギルド』、『商人ギルド』、『鍛冶ギルド』、『調理人ギルド』等々、聞いただけでも、その種類と扱う職業の範囲はかなりの物である。更には『奴隷ギルド』『盗賊ギルド』等、あまり表に出てこない裏社会のギルドも多いようだ。
『冒険者ギルド』と言えば、そんなギルドの中でも五本指に入るほど、大きなギルドであるそうな。
俺達が今回、お世話になる予定の『冒険者ギルド』は、言ってしまえば、何でも屋であるらしい。
庭の掃除から、害獣の討伐まで……その依頼の数と範囲は、他のギルドの追従を許さない程広く、それ故、加入している人員も最多のようである。
元々『冒険者ギルド』は、他のギルドの支援団体として発足したギルドであったらしい。
例えば、『魔法ギルド』は、その名の示すとおり、魔法に関する事案を扱う事が多く、勿論、所属している人員も、多かれ少なかれ魔法を扱う人で構成されているらしいのだ。
しかし、魔法を扱う故か……教養のある人は多い為か……基本的に魔法の研究及び研鑽に、力を入れる人が殆どで、各人の建物から出てくる事は少ないらしい。まぁ、はっきり言ってしまえば、各支部にある魔法研究施設に引きこもって生活している人が殆どであるそうな。
何だろう……大学教授とイメージが変わらない。やはり学を究めるとそういう感じになるのだろうか。
いや、大学教授の中には、精力的にフィールドワークに出かけるような人も多いが……ぶっちゃけ、割合的には低いし。
まぁ、兎に角、そんな生活をする人が多いため、外に出て冒険をし、素材や研究データーを現地で取って来れるほどの体力を持っている人は少ないらしいのだ。
その為、『魔法ギルド』の皆さんは、材料の調達や、調査に関して、とても苦労していたらしい。
そんな彼らの補助をする為に、代わりに珍しい素材を取りに行ったり、護衛として着いて行ったりしたのが『冒険者ギルド』の始まりとの事。
そう言う事もあって、『魔法ギルド』、そして盗賊や害獣と呼ばれる脅威から身を守るために、護衛を必要としていた『商人ギルド』は、それぞれ、『冒険者ギルド』と結びつきが強いらしい。
更に、その三ギルドは、ギルド創世記の頃からあり、その影響力から、御三家と呼ばれる事もあるそうだ。
なるほど。大方、こちらのイメージどおりで良いらしい。
あまり奇抜な組織ならどうしようかと思っていたが……その辺りは、元の世界の知識を生かせて良かった。
一通り、ギルドについての説明も受けた俺達は、ボーデさんに今後の事について更に細かく指示を受けた。
「……と言うわけで、とりあえず、ここから日の沈む方に真っ直ぐ向かうと、『要塞都市 イルムガンド』がある。まず、俺達が先行してそちらで用を済ませた後、改めて合流と言う形でどうだ?」
「ちなみに距離は歩いて五日程。」
ふむ。と言うことは……この砂地を一日時速10kmで10時間歩き続けたとして……500km?
ヒビキ達の足で2時間かからない位……か。うん、相変わらずなんか色々おかしいが、とりあえず無視しよう。
「ええ、それで構わないのですが……その要塞都市には、何か無くても入れるんでしょうか?」
「ああ、それなら大丈夫だ。前もって俺達が門番に伝えておく。」
「一応、念のために……これを。」
そう言ってライゼさんが渡してくれたのは、透き通るようなそれでいて重さを感じさせない不思議な布だった。
「これは?」
「……お守り。」
そういうライゼさんは何故か、少し顔が赤い。
対してボーデさんは、少し面白く無さそうである。
これは、余計な詮索をしない方が良さそうだ。
俺は、そのまま礼を言い、懐に入れるふりをしながら、異空間へと、その布をしまう。
暫く、何故か微妙な雰囲気がその場を支配したが……何かを吹っ切ったように、
「まぁ、なんだ……立場とか色々、気分悪い事も多いと思うが……勘弁してくれ。」
ボーデさんは、そう言いながら、頭をかく。
何だかんだで、この人は結構世話焼きだな。
俺はそんなボーデさんの気遣いが嬉しくて、微笑むと礼を言う。
「お心遣いありがとうございます。でも、体裁とか、どうでも良いんで。むしろ、お二人と私達の関係を疑われる方が、お互いに危険ですからね。見たところお二方は、かなり信頼を得ている冒険者のようです。そんな方々にべったりな私達は、下っ端の方が、何かと動きやすそうですし……その距離感で良いでしょう。」
そう。可能であれば、お互いに少し距離のある関係の方が、色々と都合が良いと俺は考えていた。
最初から二人にべったり世話を焼いて貰うのも楽ではあるのだが、それだと、いきなり現われた俺らの素性に興味を持つ輩が出てくる可能性が高いだろう。
後々、問題が起きた際に、彼らに危害が及ぶことになる。
「まぁ、それに……最初から、手取り足取りですと、余計な反感を生みかねませんしね……。そんな事はお互い、嫌でしょう? ですから、普段は、仕方なく基本を教えてくれる、優しい冒険者の先輩と言う形を取って頂ければ、それで良いかと思いますよ。」
俺が尤も危惧する事が、既存の冒険者達から妬まれることだ。
見ると、この二人はそれなりに出来る冒険者であるらしい。ならば、そんな二人に対して大っぴらに擦り寄って行った場合には、遠からず、妬みを元にしたトラブルが発生するはずだ。
だから、俺達は下から徐々に、目立たないように上がっていかなければならない。その過程で、他の冒険者達の信頼を勝ち取らなければ、トラブルは避けられないだろう。
そういう訳で、最初は……『駆け出しの冒険者を放っておけず、仕方なく最低限のアドバイスをくれる優しい先輩冒険者』と、『田舎から無謀にも出てきた、駆け出し冒険者』と言う感じで良いと思うのだ。
俺がそんな事を説明すると、ボーデさんは暫し、呆然として俺を見た後、徐にライゼさんに視線を移す。
そんなライゼさんは、いつも通りの無表情ではあったが、心なしか口元がつり上がっているような……?
「合格。」
俺はそう呟くライゼさんを見て、苦笑しながら頭を掻く。
やっぱり……この人、最後まで俺の事、試してたわ……。
ボーデさんがこの案を考え付くとは思えない。
とすると、この提案は、ライゼさんが考えた物だろう。
ま、そりゃ、普通に考えれば、手取り足取り教えてもらおうと思うのが当たり前だ。
だが、もしそんな甘えた考えだったら、最悪切り捨てるつもりだったかも知れないな。この人ならその位やるだろう。
全く……綺麗な顔して、怖い人だ……。レイリさんとも、シャハルさんとも違う、もっと冷徹な思考の持ち主だな。
怖い怖い……こちとらガラスのハートなんですから……お手柔らかに頼みますよ……。
そんな俺の顔を見て、ライゼさんは、その口元を益々緩めたのであった。
それは、なんとも心地よい加減なのだが、俺の意識を覚醒させるには十分な物だった。
そんな優しい揺らし方から察するに、俺を起こす事を迷っているようにも感じられる。思わず、そのまま揺られ続けていたいと感じてしまう程、その行為は緩慢なのだ。
妹の春香なら、容赦の無い踏み付けが飛んでくる所なのだろうが、この違いは一体、どこから生まれるのだろうか……?
ほんの数秒ではあるが、そんな夢見心地を堪能した後、俺は未練を振り切って目をあける。
そこには、俺の顔を少し困ったように見下ろすルナの姿があった。
「やあ、おはよう、ルナ。どうした?」
そんな俺の言葉を聞くと、ルナは黙って視線を、広間に続く扉へと動かす。
釣られて視線を追うと……そこには、障壁を一生懸命叩く、ボーデさんの姿があったのだった。
「いやぁ、すいません。いつもの癖で、障壁張ったまま寝てしまいました。ははは。」
そうなのだ。俺は、昨日、遮音障壁をはったまま、そのまま眠りについてしまったのだ。
まぁ、ルカールの家では一応、いつも無意識に張っていたので、その名残であるのだが……習慣って怖いね!
そんなこんなで、すぐに障壁を解いて、皆をハグした後、広間へと出て来た訳だ。
広間で皆が勢ぞろいしている中、ボーデさんは朝から疲れたような顔をしていた。何か視線が遠くに向いている気がする。
ちなみに、ライゼさんは平常運転である。両手で器を抱え持っているのが、若干の謎ではあるが……。
「ボーデ。おなか空いた。」
なるほど。お食事を御所望でしたか……。
合点の言った俺と対照的に、ボーデさんは、その言葉を聞いて深いため息をつくと、
「お前なぁ……あれを見て、何とも…………はぁ……。」
肩を更に一段下げ、何かを諦めるように、そのまま口を閉じてしまった。
結局、ボーデさんは障壁の事をそれ以上言及しなかった。人間はこうやって、何かを諦め慣れて行くのだなと言う、良い見本である。
うん。最初は大変だと思うけど、徐々に慣れるだろう。だって、獣人族の皆は俺の奇行に慣れるまで、1ヶ月もかからなかったし。大丈夫だ。強く生きて欲しい。まぁ……元凶の俺が言う事では無いが。
それから、おわんの様な器を持って、静かに鎮座するライゼさんと対面する形で皆を従えて座った。
ライゼさんは相変わらずの無表情ではあったが、心なしか虚空を見つめる目に光宿っているようにも感じられる。これは……相当お腹が空いているのだろうか……?
そんなライゼさんを待たせることなく、ボーデさんは手早く食事を用意してくれた。だが……こ、これは。
ボーデさんより渡された食事は、何かの穀物で煉ったと思しき生地で、乾燥した肉を少し炙り香ばしく焼いた物と、水っけの無いピクルスのような物を豪快に包んだ、簡易サンドイッチのような物だった。
肉はボーデさんが掌から放出した炎で炙っていた。ボーデさんの掌から炎が出る様子は、なかなかに興味深い物があったわけだが、筋骨隆々のおっさんの掌から出された炎で炙られた肉……と言う時点で、有り難味が半減した気がするのは何故だろうか?
「こんなものですまんが、良かったら食ってくれ。」
「ありがたく頂きます。」
一瞬湧き上がった複雑な思いを、俺は表に出すことなく、渡されたサンドイッチを、俺は礼と共に受け取った。同じように、礼を良いながら皆も受け取る。だが、作ってくれた本人を前に言う事は出来ないが、正直、美味しそうには見えない。
何より硬そうだ。水分の抜け切った生地に肉。これは、食べるだけでも一苦労なのではないだろうか?
見ると俺らの家族は、皆、困惑した様子でそのサンドイッチを見つめていた。
ちなみに、ティガであるヒビキ親子は、躊躇無く乾燥肉にかぶりついていた。……が、ヒビキの額に皺が寄っているところを見ると、あまり美味しい物ではないようだ。
ライゼさんは、皮袋から液体を器へと注いでいる。
ボーデさんは、豪快に齧り付き……そのまま口と腕が綱引きでもするかのように、一瞬の拮抗を経て、躊躇無く一気に噛み千切った。なかなかにワイルドである。
改めて、俺は、手に納まるサンドイッチもどきを見る。
手から伝わる感触は、どこをどう考えても、ボーデさんのように豪快に食える硬度では無いと伝えてきていた。
……これ、本当に食えるのだろうか?
……いや、まずは、食べてみてからだ。意外と柔らかいかもしれないし……。
そうして、俺は、覚悟を決めると、勢い良くサンドイッチにかぶりつく。
まず、最初に感じたのはその硬さ。正に何か音が鳴りそうな勢いだった。いや、実際に、俺の口の中で何か硬質な悲鳴に近い音が鳴った気がする。
いや、幻聴だろう……きっと。
怖くなった俺はその現実を無視する。頑張れ……俺の歯!
その気持ちに応え、何とか、俺の歯は、このサンドイッチもどきの硬さに競り勝ったようで、その身を、サンドイッチに食い込ませる事に成功していた。しかし、あくまで食い込ませる事ができただけである。
か、噛み切れん……。
俺は、同じところを土木工事でもするかのように、何度も何度も、噛み続ける。
それは、正に、作業であり、ある意味で戦いでもあった。
延々と繰り返される。もそもそと緩慢に、しかし、力強く、その行為を愚直に続ける。
しかし、その戦いに変化が起こった。
俺の感覚を犯す、恐ろしいまでのパサ付き感。口腔内の水分が、あっという間に、生地に吸われていくのがわかる。
俺は、唾液を吸われ、パサパサとなった口腔の独特の感触を押し込み、何度も同じところを噛み続けた。そうして、唾液でようやく硬かった生地が、少し柔らかくなったところで、一口分を噛み切ることが出来たのだった。
しかし、それを飲みこむことが出来るまでに、暫くの間、咀嚼を続けるしかなく、無言でその作業に没頭する。
そんな俺の姿を見て、ボーデさんは苦笑すると、
「まぁ、特にお嬢ちゃん達には食べづらいかもしれねぇが……これしかないんだ。すまんな。冒険中は、食料と言ったらこんなもんだ。」
そう、諦観の念を込めてそうはっきりと言う。
「水に浸すと、多少マシ。」
ライゼさんはそう言うと、先程から持っていた、液体の入った器にサンドイッチもどきをちょいちょいと浸け、ふやけた所を、リスのようにチョコチョコと削るように食べ始めた。
成程ね。ふやかせて、食べると……。それなら、鍋にでもして煮込んだ方が……いや、文化の違いもあるのかな?
そこで、俺はふと気がつく。この広間……調理場に相当する場所がない。囲炉裏のような火を起こす場所がないのだ。
更に、今更だが、ライゼさんとボーデさんは、豪快に素手で飯を食っている。
なるほど……何より食器が殆ど無いのか。調理器具が無いようだ。魔法で代用できるみたいだしな……。そうなると、この様な形に落ち着くのだろう。
だが、こりゃ、なかなかに苛酷な食糧事情である。
風情も無ければ、楽しみも無い。正に、生きる為の食事である。
ただ栄養摂取と言うことであるならば、圧倒的に食べやすい、何とかメイト的な物の方が、遥かにマシだろう。
俺が考え込んでいる間に、ルナ達もサンドイッチに挑み始めていた。
だが、器も無く、水も無い状況では、噛り付くより無く……獣のようにサンドイッチと格闘している。
いや、実際は、異空間には食器もあるし、何より美味しい食料もある。
だが、とりあえず……今回はそのまま、ボーデさん達の食事を体験する方が良いと思っていた。
これも経験である。だって、ボーデさんの心遣いを無下にするのも心苦しいし。
何より、ルナ達が食料と格闘する姿と言うのも、それはそれでレアな光景なので、そのまま見ていても良かったのだ。
どうやら、俺が思っていた以上に皆、肉食系だったのか……その後、食事は滞り無く進み、全員、何とか完食していた。
俺より、リリーの方が食べ終わるのが早かったのだが……流石、獣人族と言った所だろうか。しかも余裕の表情である。
ちなみに、ルナと我が子達は、途中からこっそり、魔法で水を口の中に呼び出して食べていたようだ。
見たところ気付かれた様子も無いので、まぁ、良しとする。次の機会があれば俺もやろう……。
改めて、俺はそう決意したのだった。
そうして、格闘に近い食事が終わると、ボーデさんは姿勢崩したまま何気無い風を装って、俺にこう切り出してきた。
「なぁ、ツバサさんよ。これからなんだがな……。」
「はい。」
そこで、一旦、会話が途切れる。少し、考え込むボーデさんを見ながら、俺は姿勢を正した。
そんな俺を見て、ボーデさんは頭を振ると、姿勢を正し、続きを口にする。
「あー……。俺らより強いあんた等には、気分の悪い話かもしれんが……落ち着いて聞いて欲しい。まず、俺達は先に町へ戻る。そして、あんたらを受け入れる準備をしたいと思う。」
「はい。お願いします。」
俺は、一礼し、言葉を待つ。
一瞬、眉をしかめるボーデさんだったが、そのまま、口を開いた。
「それで……だな。その際に、あんたらの立場を皆に説明しておこうと思う。その内容なんだが……俺達に助けられたあんたらが、俺達を頼って来た……と言う形で行こうと思っている。」
「ええ、願ってもない事です。それでお願いします。」
迷いの無い俺の返事を聞いて、ボーデさんは目を見開くと、うろたえた様に言う。
「おいおい……良いのか? 提案しておいてなんだが……あんたらの扱いは、下っ端になるんだぞ? はっきり言えば、冒険者の中でも底辺だ。駆け出しの冒険者だからな。そんな奴らの扱いなんて……あんたなら判るだろ? それに、仕事にありつけたとしても、雑用以外ないぞ? 依頼料も安い。結構、苦労する事になると思うんだが……。」
なるほど。まぁ、そりゃそうだろう。俺達は得体の知れない存在で、しかも冒険者の駆け出し……更に女子供の集団とくれば、仕事としても危険な物は普通任せられないだろうし。
最初のうちは、誰も受けたがらない余りものの依頼をこなす事になるだろう。
だが、それは織り込み済みだ。現実世界だって、下っ端はそんなものだ。信用が無いからな。
むしろ、初めから危険な高額任務を与える組織の方がよっぽどたちが悪い。それは、使い捨てを意味しているのだから。
それに、この世界は過酷だ。人口だって、元の世界よりかなり少ないはず。そんな状況なら、人材が有り余って、使い潰せる状態でもないだろう。
だから、真っ当な組織なら、何らかの支援はあるはずだ。でなければそんな組織が、長期に亘って成長できるはずが無い。……まぁ、最小限の支援があるなら、ありがたいくらいだ。元々、何も無い所から始める予定だったし、こうやって、初期のお膳立てをして貰えるだけでも十分と言えるだろう。
「ええ、その辺りは問題ないと思います。」
俺の言葉を聞いて、ボーデさんは深いため息をつく。
その、「こいつわかってねぇなー」的なため息は、流石に、ちょっとイラッと来ますよ?
「あのなぁ……それだけじゃないぞ? 俺達は……自分で言うのもなんだが……それなりに地位が高い。一応、俺らの紹介だから、変な扱いを受けないとは思うが……。周りの奴らの風当たりは強いだろう。新参者の宿命といった所なんだがな。」
ボーデさんは、眉を寄せながらそう呟く。
なるほど。まぁ、そりゃそうだろう。
傍から見れば、俺達は二人に寄り付く寄生虫のように見えることだろうし。
だが、それは仕方ない。実際、それに近いような物だし、その辺りは甘んじて受けるより無いと思うのだ。
「はい。それは覚悟の上です。まず、組織の一員として受け入れて頂ける渡りが出来るだけ、ありがたいのですよ。」
俺は、頷くとボーデさんにはっきりと頷き返す。
そんな俺の言葉に、目を見開くボーデさん。そして、その横で、ライゼさんの口元が緩んでいた。
ふむ、これは、どうやら……試されていたな?
「あんた……本当にわかって言ってるのか? それに、こんな事は言いたかないが……最悪、おれらが裏切って町であんたらの事を待ち構えてるとか、考えないのか?」
そんなボーデさんの言葉に、今度はこちらが驚く。
ボーデさんとライゼさんが、俺達を罠にはめる? 教会に売るとか?
一瞬、その状況を想像し……そして、思わず、俺は噴出してしまった。
「はははは。そんな事あるわけ無いじゃないですか。」
「な、なんでだよ! まだ会って1日じゃねぇか! なんで、あんたはそんなに俺達の事を信頼しきってるんだよ! 言っちゃ悪いが、あんたら、相当あやし……あだ!?」
と言った所で、鈍い音が響く。
どうやら、ライゼさんがお椀でボーデさんの後頭部を思いっきり殴ったらしい。
頭を抱え、悶絶するボーデさん。そんなボーデさんの頭に天誅を食らわせたお椀は傷一つ無い……凄い硬度だな……何で出来てるんだ?
とりあえず、そんなライゼさんは何も言わず、お椀を両手で持ち、そのまま鎮座した。
あら、フォローは無し? まぁ、それだとボーデさんが殴られ損かな?
とりあえず、俺はボーデさんの軽い口に免じて、口を開く。
「まぁ、確かに私達が凄く怪しいのは認めます。ええ、そりゃ、言い訳できない程に怪しいのは自覚しておりますし。」
そんな俺の言葉に、ボーデさんは気まずそうだ。まぁ、少し毒が入るのは勘弁して欲しい。
「ですが、そんな怪しい私達の言葉を、お二人ともちゃんと聞いて下さっているじゃないですか。だからこそ、私は貴方達を信じているんですよ。」
俺がにこやかにそう告げると、ボーデさんは呆気に取られたような顔をして、直ぐに頬を赤くする。
「ばっ……おめぇ、それは……そう、ライゼがどうしてもって……あだ!?」
「人のせいにしない。」
いや、だから、そこで何で照れるかな。
だから余計な一撃を受ける羽目に……。まぁ、だからこそ、俺が信用しているわけだが。
それに実は結構、ボーデさんは純情? いや、もしかしなくても、純情か。うん。
「ま、まぁ……ライゼさんもその辺で……。これ以上殴ったら、ボーデさんの頭、陥没しちゃいますよ?」
「大丈夫。ボーデの頭はこの程度では傷一つ出来ない。」
「いやいやいや!? 思いっきりコブ出来てるからな!? それに痛いからな!?」
「精進が足りない。」
やれやれと言った様子で、ため息を吐きつつ、ライゼさんが言うのを、ボーデさんは震えながら耐える。
これはこれで、見ていて面白いのだが、話が進まないので、次に行こう。
「あー。まぁ、とりあえず、他にもありますよ? まず、私達を罠にはめても、貴方達にメリットがないです。」
俺は指を一つ立て、そうはっきりと断言した。
「そんなことはない。教団に売り渡せば、結構良い値で売れる。」
ライゼさんがなかなか物騒な事を、さらりと言う。
「それこそ無いですね。」
「なぜ?」
「貴女達が教団の事を余り好きじゃないから。そして、それ以上に、私達の力を欲しているから。違います?」
俺の問いに、ライゼさんは笑みで答える。
「違う。教団は大嫌い。あんな組織、消えてなくなれば良い。」
「ちょ、おまっ!? 幾ら砂漠の真ん中とは言え、それは……。」
そんな風に言い切ったライゼさんの顔はどこかスッキリしていた。
対して、ボーデさんは落ち着かない様子である。
なるほど。そこまでの影響力か。その教団とやらは。
「話のついでに、その教団について、少し教えて頂いても?」
そんな俺の言葉に、ライゼさんが答えたのは以下のような事だった。
まず、教団の正式名称は魂の安息と言うらしい。
名前を聞くだけで、幾つか疑問点が出てくるが……まぁ、とりあえず置いておこう。
教義については後回しにして、教団の規模とその役割だけ聞いたのだが……イメージ的には中世のキリスト教に近い形態のようだ。
一神教で、絶対神のパピリニドと呼ばれる神を崇拝しているらしい。
残念ながら、俺が知っている限り、元の世界では聞いた事の無い神だな。
また、教団のトップは教皇がおり、その下に、枢機卿、大司教と続く、細分化された組織化を行っているようだ。
なるほど。この辺りは、元の世界と変わらないのでイメージしやすいな。
ちなみに、やっている事は冠婚葬祭を取り仕切る事や、病院、養護施設を兼ねた教会と呼ばれる宗教施設の設置等、イメージと余り変わらない内容のようだ。
ただし、二つ程、元の世界と決定的に違う物がある。
神聖魔法と呼ばれる、教団が独自に持つ魔法の管理と、その販売。
そして、異邦人を勇者と呼び、それを組み込んだ軍事力の保持だ。
まぁ、元の世界でも秘儀やら、軍隊やら、やたら隠し持つのが宗教の性ではあったが……この世界の規模は洒落にならん。
なんせ、あの勇者様のお召しあそばれた『叡智の輪冠』やら、奴隷を管理する『隷属の首輪』なんてものも、教団の独占販売らしいのだ。
その需要は全世界に及び、軍事力も、いかなる国の追従も許さないほどのトップクラス。
まぁ、早い話、完全に世界を牛耳っている組織と言うことで良いのだろう。
話を聞けば聞くほど、嫌悪感しか出てこないので、とりあえず必要な所だけ聞いたが……これは、ライゼさんが嫌うのも判ると言う物だ。
「なるほど……。ありがとうございました。どうやら、ライゼさんとは気が合いそうです。私もその教団とやら……ぶっつぶ……いえ、ちょっと消滅して欲しいと思ってしまいました。」
そんな俺の本音に、ライゼさんは満面の笑みを浮かべた。
対してボーデさんは真っ青な顔で、
「いや、それは言うなよ? 人前で絶対言うなよ?」
と、気が気でない様子。
全く……そんな事、するわけ無いじゃないですか。
そこまで、心配しなくても……多分、大丈夫ですよ。ええ、多分。
「ったく……ライゼだけでも危ねぇってのに……ギルド内で口を滑らせたら……どうなる事やら……。」
ボーデさんは、そんな風に頭を掻き毟りながら苦悩していた。
余り深く考えては駄目ですよ? そのままだといつか禿げますから。
しかし、今、気になる発言が出た。やはり、ボーデさん達のお世話になっている組織はギルドと言うらしい……。なるほど。やはりそういう互助会のような物があるのか。判りやすくて良いな。
そして、そのギルドの中で、ある程度の地位を得ているボーデさんとライゼさんは、発言権もあると。
そんな人が、教団を批判したら、一気に炎上ですよね、そりゃ。
その上で、俺達もそうならないか、心配してくれてるわけで……やはりこの人、良い人だな。何だかんだ言いつつも、世話を焼こうとしてくれている。
その情熱の出所が何処であれ、俺達には嬉しい事だ。
まぁ、ついでにギルドの事についても少し聞いておいたほうがいいだろう。
そう思った俺は、苦悩するボーデさんに声を掛けた。
「ギルド……ですか。それは、冒険者達が集まって、依頼や報酬を管理したりする組織……と言う感じでしょうかね?」
そんな俺のごく当たり前の質問に、一瞬ボーデさんは眉をひそめるも、
「ああ、そうだな。……って、そうか。あんたは異邦人だったな。悪い、あんまりに落ち着いてるんで、すっかり忘れてたぜ。」
そう、頭をかきながら苦笑した。
「ええ、なので分からない事だらけで、これから、色々とお世話になる事になりそうです。ね? ボーデ先輩?」
俺がそんな風に、にこやかに言うと、ボーデさんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「俺より確実に強い奴に言われると、嫌味にしか聞こえねぇな……。」
そんな風に愚痴りながら、ため息を吐くと、ボーデさんはギルドについて説明を始めた。
ギルドと言うのは、俺の思っていた通り、特定の職業の互助会のような物で、かなり大きな組織らしい。
特定の職業……と言うだけあって、職業のくくりに応じて、各ギルドが存在しているとの事だ。
そのギルド間のネットワークは国を超え、大国であれば全ての都市に、何らかのギルドの派出所があるそうだ。
『魔法ギルド』、『商人ギルド』、『鍛冶ギルド』、『調理人ギルド』等々、聞いただけでも、その種類と扱う職業の範囲はかなりの物である。更には『奴隷ギルド』『盗賊ギルド』等、あまり表に出てこない裏社会のギルドも多いようだ。
『冒険者ギルド』と言えば、そんなギルドの中でも五本指に入るほど、大きなギルドであるそうな。
俺達が今回、お世話になる予定の『冒険者ギルド』は、言ってしまえば、何でも屋であるらしい。
庭の掃除から、害獣の討伐まで……その依頼の数と範囲は、他のギルドの追従を許さない程広く、それ故、加入している人員も最多のようである。
元々『冒険者ギルド』は、他のギルドの支援団体として発足したギルドであったらしい。
例えば、『魔法ギルド』は、その名の示すとおり、魔法に関する事案を扱う事が多く、勿論、所属している人員も、多かれ少なかれ魔法を扱う人で構成されているらしいのだ。
しかし、魔法を扱う故か……教養のある人は多い為か……基本的に魔法の研究及び研鑽に、力を入れる人が殆どで、各人の建物から出てくる事は少ないらしい。まぁ、はっきり言ってしまえば、各支部にある魔法研究施設に引きこもって生活している人が殆どであるそうな。
何だろう……大学教授とイメージが変わらない。やはり学を究めるとそういう感じになるのだろうか。
いや、大学教授の中には、精力的にフィールドワークに出かけるような人も多いが……ぶっちゃけ、割合的には低いし。
まぁ、兎に角、そんな生活をする人が多いため、外に出て冒険をし、素材や研究データーを現地で取って来れるほどの体力を持っている人は少ないらしいのだ。
その為、『魔法ギルド』の皆さんは、材料の調達や、調査に関して、とても苦労していたらしい。
そんな彼らの補助をする為に、代わりに珍しい素材を取りに行ったり、護衛として着いて行ったりしたのが『冒険者ギルド』の始まりとの事。
そう言う事もあって、『魔法ギルド』、そして盗賊や害獣と呼ばれる脅威から身を守るために、護衛を必要としていた『商人ギルド』は、それぞれ、『冒険者ギルド』と結びつきが強いらしい。
更に、その三ギルドは、ギルド創世記の頃からあり、その影響力から、御三家と呼ばれる事もあるそうだ。
なるほど。大方、こちらのイメージどおりで良いらしい。
あまり奇抜な組織ならどうしようかと思っていたが……その辺りは、元の世界の知識を生かせて良かった。
一通り、ギルドについての説明も受けた俺達は、ボーデさんに今後の事について更に細かく指示を受けた。
「……と言うわけで、とりあえず、ここから日の沈む方に真っ直ぐ向かうと、『要塞都市 イルムガンド』がある。まず、俺達が先行してそちらで用を済ませた後、改めて合流と言う形でどうだ?」
「ちなみに距離は歩いて五日程。」
ふむ。と言うことは……この砂地を一日時速10kmで10時間歩き続けたとして……500km?
ヒビキ達の足で2時間かからない位……か。うん、相変わらずなんか色々おかしいが、とりあえず無視しよう。
「ええ、それで構わないのですが……その要塞都市には、何か無くても入れるんでしょうか?」
「ああ、それなら大丈夫だ。前もって俺達が門番に伝えておく。」
「一応、念のために……これを。」
そう言ってライゼさんが渡してくれたのは、透き通るようなそれでいて重さを感じさせない不思議な布だった。
「これは?」
「……お守り。」
そういうライゼさんは何故か、少し顔が赤い。
対してボーデさんは、少し面白く無さそうである。
これは、余計な詮索をしない方が良さそうだ。
俺は、そのまま礼を言い、懐に入れるふりをしながら、異空間へと、その布をしまう。
暫く、何故か微妙な雰囲気がその場を支配したが……何かを吹っ切ったように、
「まぁ、なんだ……立場とか色々、気分悪い事も多いと思うが……勘弁してくれ。」
ボーデさんは、そう言いながら、頭をかく。
何だかんだで、この人は結構世話焼きだな。
俺はそんなボーデさんの気遣いが嬉しくて、微笑むと礼を言う。
「お心遣いありがとうございます。でも、体裁とか、どうでも良いんで。むしろ、お二人と私達の関係を疑われる方が、お互いに危険ですからね。見たところお二方は、かなり信頼を得ている冒険者のようです。そんな方々にべったりな私達は、下っ端の方が、何かと動きやすそうですし……その距離感で良いでしょう。」
そう。可能であれば、お互いに少し距離のある関係の方が、色々と都合が良いと俺は考えていた。
最初から二人にべったり世話を焼いて貰うのも楽ではあるのだが、それだと、いきなり現われた俺らの素性に興味を持つ輩が出てくる可能性が高いだろう。
後々、問題が起きた際に、彼らに危害が及ぶことになる。
「まぁ、それに……最初から、手取り足取りですと、余計な反感を生みかねませんしね……。そんな事はお互い、嫌でしょう? ですから、普段は、仕方なく基本を教えてくれる、優しい冒険者の先輩と言う形を取って頂ければ、それで良いかと思いますよ。」
俺が尤も危惧する事が、既存の冒険者達から妬まれることだ。
見ると、この二人はそれなりに出来る冒険者であるらしい。ならば、そんな二人に対して大っぴらに擦り寄って行った場合には、遠からず、妬みを元にしたトラブルが発生するはずだ。
だから、俺達は下から徐々に、目立たないように上がっていかなければならない。その過程で、他の冒険者達の信頼を勝ち取らなければ、トラブルは避けられないだろう。
そういう訳で、最初は……『駆け出しの冒険者を放っておけず、仕方なく最低限のアドバイスをくれる優しい先輩冒険者』と、『田舎から無謀にも出てきた、駆け出し冒険者』と言う感じで良いと思うのだ。
俺がそんな事を説明すると、ボーデさんは暫し、呆然として俺を見た後、徐にライゼさんに視線を移す。
そんなライゼさんは、いつも通りの無表情ではあったが、心なしか口元がつり上がっているような……?
「合格。」
俺はそう呟くライゼさんを見て、苦笑しながら頭を掻く。
やっぱり……この人、最後まで俺の事、試してたわ……。
ボーデさんがこの案を考え付くとは思えない。
とすると、この提案は、ライゼさんが考えた物だろう。
ま、そりゃ、普通に考えれば、手取り足取り教えてもらおうと思うのが当たり前だ。
だが、もしそんな甘えた考えだったら、最悪切り捨てるつもりだったかも知れないな。この人ならその位やるだろう。
全く……綺麗な顔して、怖い人だ……。レイリさんとも、シャハルさんとも違う、もっと冷徹な思考の持ち主だな。
怖い怖い……こちとらガラスのハートなんですから……お手柔らかに頼みますよ……。
そんな俺の顔を見て、ライゼさんは、その口元を益々緩めたのであった。
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