比翼の鳥

風慎

第56話 月下の語らい 壱

「女将殿、お代わりを所望いたす。」
「おばさま、私もですわ!」

 今、俺の目の前には2匹の餓鬼……いや、我が子達がいる。
 まごう事無く、俺の子達である此花と咲耶なのだが……この子達はいつからこんなに食べるようになったのだろうか?

 呆然と二人の食事の光景を見ている俺達のテーブル席には、うず高く積まれた食器の数々。
 既に、俺の座高を優に超え、そろそろ2倍量に差し掛かろうという所だ。

 と言っている間に、

「はいよ! おまち!! さぁ、たんと食べな!」

 女将さん(仮)が、大皿を5枚持って、それをテーブルへと置いた。
 色とりどりの見たこともない食材が皿の上に踊る。そして、食欲をそそるスパイシーな香りが、俺の鼻腔をくすぐる。
 確かに、数品食べたが、どれも美味しかった。料理が自慢だと言い切るだけはある。
 そんな料理を目の前にして、目を輝かせる我が子たち。

「かたじけない!」
「いただきますわ!」

 そう言うや否や、料理達を、我先にと胃袋へいざない始める。

 そんな我が子達の姿を見て、

「はっはっは! そんなに急がなくても、無くなりゃしないよ!」

 と、女将さんは大声で笑いながら、2人を窘めた。しかし、その表情は常に大輪のような笑顔であり、まるで孫に向けるそれのようである。

「しかし、このようにゃ……食事は……むぐ。」
「はむはむ……そうでしゅわ。幾らでも食べてしまえるほど……はむ。」

「こら、二人とも。食べている時はしゃべらない。しゃべるなら、口の中を空にしてからにしなさい。」

 思わず俺は眉をひそめ、注意する。
 食事のマナーは、挨拶と並んで、全ての基本だ。
 食べ方の汚い人は、人への心配りが欠ける傾向にある。お父さんは、娘たちがクチャラーになるとか、絶対に許さんぞ!
 心が狭いとか言う人もいるかもしれんが、俺は人に迷惑をかける食べ方に、良い点など何もないと思っているからな。

 俺に少し硬い声で注意された此花と咲耶は、背筋を正すと、慌てて頷いて、静かに食べ始めた。

「おや、案外、しっかりしてんだねぇ。ま、食べ方が奇麗で損することはないさね。それに、急いで食べると腹に悪いよ。お嬢ちゃん方も、味わって食べておくれ!」

 そんな風に俺を見てから、我が子達に笑顔を向ける。
 女将さんの言葉に、口をあまり開けないようにしっかりと咀嚼そしゃくしながら、我が子達は頷いていた。
 2人の様子を見て満足したのだろう。女将さんは豪快に笑いながら、俺たちの席を後にした。

 そんなやり取りを見て、リリーは少し汗を垂らしている。心持ち、耳の動きが世話しない。
 まぁ、リリーは肉料理の時だけ、我を忘れて獣と化すからな。自分にも思い当たる所があるのだろうな。
 そう考えていた俺と目が合うと……リリーは苦笑を浮かべつつ、謎肉が入ったスープをゆっくりすすり、次の瞬間、恍惚の表情を浮かべていた。
 耳がプルプル震えているし、尻尾がわっさわっさと揺れていた。
 そんなに美味しかったのか……。良かったなぁ。
 そして、豪快に揺れる尻尾を、うっとおしそうに、ヒビキが睨んでいた。

 ちなみに、リリーは俺が無理を言って、同じテーブルで食事をとらせてもらっている。
 そんな俺の我儘に、女将さんは文句も言わず、ある部屋を薦めてくれたのだ。
 食堂の隅にある、いわゆる個室である。
 これも、追加料金を払えば利用できたので、周りの目を避けるために、一も二もなく利用させてもらった。
 ここならば、他の利用客の目が届かないので、トラブルも最小限で済むだろう。その点で安心である。

 ちなみに、ヒビキ達はテーブルの下で黙々と……そして、ルナは、少し沈んだ表情でゆっくりと、目の前の食事を堪能していた。

 ルナ……やっぱり、何か悩んでるんだな。
 どうも、ディーネちゃんとの一件があってから、様子がおかしい。

 俺が、ふとそんな事を思うと、視線に気づいたのだろう。
 視線をよこし、ふっと笑顔を見せる。
 そして、また、何か考えるように、何かのスープに視線をよこし、かき混ぜ始めた。

 全く。うちのお姫様にも困ったものだ。

 俺は、心の中で、ため息をつくと、目の前の料理を片づけにかかる。
 鶏肉のように少し淡白で、弾力のある肉料理だったが、意外なことに美味しく、俺も舌鼓を打ちながら、その謎肉をあっという間に平らげてしまった。

 なるほど。確かに、この味は、森には無いかな。

 なんというのだろうか。森の食事が薄味と繊細な旨味が幾重にも重なった質素な精進料理だとすれば、ここで出される食事の数々は正に、パンチの効いた豪快な味付けである。それは、塩気とスパイスの辛みや旨味を前面に押し出し、肉と脂のうまさを存分に引き出している欧米食を俺に思い起こさせた。

 しっかし、この肉は何の肉だろうか?
 多分、鶏たちを食べることがあれば、これに近い味になったのかもしれないが……。
 一瞬、消えながら残像を残し、飛び回るあの鶏たちを思い浮かべ……首を振った。

 あれを食べる? 無理っしょ。

 しかも、意思を持って会話出来ている時点で、絞めるとか俺には無理すぎる。
 いや、むしろ、食べたいとか言おうものなら……

「我が父様の血となり肉となれるなら、本望でございます!」

 とか言いながら、自分から火に飛び込みそうな勢いだな。
 うん、絶対にそんな事は言ってはならない。どこのウサギよ。
 俺は背中に汗をかきながら、更に首を振って今の想像をかき消した。

 そんな俺の奇行を、リリーが首を傾げながら見ていたのだった。




「ルナ。」

 部屋へと向かう階段の途中で、俺はルナへと声をかけた。
 そんな俺の声を受けて、ルナは、「なぁに?」と、声が聞こえそうな仕草で、首を傾げて俺を見上げる。

「ちょっと、時間貰っていいかな?」

 俺のそんな改まった言葉に、一瞬不思議そうに、更に首を傾げるも、すぐに頷いてくれる。

「んじゃ、皆は先に部屋に戻っていてくれ。何かあれば、俺たちは屋上にいるから、呼んでくれれば直ぐ行く。」

 そう言いながら、俺はルナへと左手を伸ばした。
 その行動に、ルナだけでなく皆、一瞬硬直する。
 いや、らしくない事をしているのは、俺もわかってるけど……そこまで驚かなくても……。
 俺が苦笑したことで、ルナも硬直から溶けたようだ。
 おずおずと俺の左手に自分の右手を重ねる。
 俺は、その手を優しく握ると、そのまま階段を上がっていった。

 一瞬だが目のあった皆の行動は、皆、それぞれの思いがにじみ出ているものだった。
 我が子達は、笑顔で俺達を見送っていた。
 リリーは、何かを言おうと口を開き……次の瞬間、ヒビキに髪を引っ張られて、「つびゃ!?」と言う、変なうめき声を上げていた。
 クウガとアギトは、「どっかいっちゃうの?」と言いたげな、疑問のこもった目で俺達を見つめていた。
 ふむ、ヒビキはしかし、本当に聡いな。だがなぁ……。なんとなく、ちょっとした悪戯心が俺に浮かび上がる。
 ほら、良くできた子ほど、いじりたくなるじゃん?
 俺はそう決めると、右手を振りながら、

「ああ、あんまり遅かったら、先に寝ててくれな。」

 俺のそんな少し意地悪な言葉で、ヒビキの「んな!?」と言う驚愕の表情が見れたので、俺は満足すると、ルナをエスコートしながら階段を上がったのだった。


 屋上に上がった俺達を迎えたのは、透き通った緑の光に満たされた世界だった。
 空を見ると、濃い蒼に混ざる緑色の光。
 その原因は、地平線を抜け、城壁から姿を現し始めた、深緑の月だ。

 俺とルナは一瞬、言葉を失い、薄く緑に染まった石の街を眺める。
 それは、俺の世界では決して見ることのできない、非現実的な光景で……それでも尚、美しいと思えた。

 ふと、俺の手にかかる重さ。見るとルナが俺の手に少しだけ体を預けていた。
 それで我に返った俺は、二人で座れそうな段差を見つけてそこに座る。

 俺は【ステルス】をかけると、ルナへと向き合う。
 ルナは緑に染まった世界を、どこか遠い目で見つめている。
 その愁いを伴った横顔は、それでもルナの美しさを損なうことなく、より強く、その輝きを深めていた。

 思えば、色々な事があった。
 俺がこの世界に来た時に、初めて見たあの強烈な光。
 ルナと言うあの光が無ければ、俺は今頃ここにはいなかっただろう。
 森の中で、何ができるともなく、飢え死にしていたか、獣に食われていたかしたんだろうな。
 まぁ、その分、ルナには苦労もさせられているが……。

 洞窟で頭をかち割って死にかけた事。
 リンゴの木を切り飛ばして叱った事。
 なぜかディーネちゃんとの子供を授かった事。
 突然ルナが成長して、扱いに四苦八苦した事。
 嫉妬だったり良く判らん暴走に巻き込まれた事もあった。
 獣人達との出会い。勇者との闘い。龍神との契約。

 俺にとっては、どれも大変であったが、同時に楽しい事でもあった。
 そして、それは全て、ルナを中心として動いていた。

 それはこれからも変わらないのだろうか?

 《 ツバサ、なんか変な事、考えてる……。 》

 突然、目の前に文字が浮かび上がる。
 見るとルナが少しふくれっ面で俺を見ていた。

「いや、色々あったなぁと思ってね。ちょっと思い出してたんだよ。」

 苦笑すると、俺は既に条件反射のように、ルナの頭をなでる。

「あんなに小さかったのにね。あっという間に……これだもんな。」

 俺はそんな風に、ルナに優しく語りかけた。
 普通では、決してあり得ない成長。
 普通では、決してあり得ない力。
 目の前で見てきた俺ですら、時々忘れそうになる。
 そんな俺の言葉を聞いて、ルナは一瞬、暗い色を瞳に灯し……俺から視線を外した。

 ルナの悩みはやっぱ、そこら辺か。

 ある程度、あたりをつけて聞いてみたが、俺の思ってた通りの事だったらしい。
 ルナが気にしているのは、恐らく、彼女の異常な力。
 しかも、それは推測ではあるが、俺にも影響を及ぼしている。

 そう、俺もまた、変質している。
 そもそも、こんな力、ただのおっさんが手に入れるにはおかしいのだ。
 幾ら別の世界から来たとしても、だ。
 まぁ、もしかしたら勇者たちの中には、俺より更にぶっ飛んだ力を持っている奴もいるかもしれんが。

 そして何より、俺の考え方……と言うか、性格の土台が変わってきたのを実感している。

 元々の俺は、臆病だ。
 いちいち、考えて、納得しないと行動できない。
 決めたことだって、思い悩んで歩みを止めてしまうこともある。
 俺は元来、そういう臆病な奴だ。
 だから、森を出るのもためらったし、いちいち、色々気にして、慎重になってしまう。
 ある程度は、慎重さも必要だが、行き過ぎればそれは、害になる。
 俺は、その害になるレベルで腰の重い奴だったはずだ。
 じゃなきゃ、この年になってまで、ニートなんてやってなかったし。

 それでも、今までの変化は緩やかだったように思う。
 俺も、とんでもない力を手に入れて、皆からちやほやされて、少し天狗になってるんだろうなぁ……位にしか思っていなかった。
 だが、今日のあの一件……目と対峙した辺りから、俺の中で確実に何かが変わった。
 言うなれば……俺の臆病な部分が、落ちた。

 そう。正に、削られて無くなった様な、違和感。
 あったはずなのに、今はない。そう実感できてしまう程の喪失感がある。
 最も、それは不快な訳では無いし、実際、ちょっと不思議な感じではある。
 冷静に考えればそれは、紛れもなく恐ろしいことであるのだが。

 俺自身が、書き換えられるかもしれないという事実。

 つまり、俺と言う存在が他人によって、劇的に変質させられるという事だ。
 考え方によっては、自己の喪失であり、恐怖である。
 まぁ、だが……そうは言っても……。

「ほんとは、あんまり変わってないんだけどね。」

 思わず出た俺の言葉が、やけに響いたように感じられた。

 ルナが困った様な、口を開きたいけど、何も言えない……そんな表情で俺を見上げる。
 そんなルナの頬に、俺は手をそっと添える。
 少しびっくりしたように、体を震わせるが、彼女は静かにその手を、小さな自分の手で包んでくれた。

 言葉はない。お互いの心を見透かすように、目の奥底から、気持ちを奪うように、見つめあう。

 そう。だとしても、俺は変わってない。
 変わらない面もある。

 ルナが愛おしいという事実。

 これも、最初の頃から形を変え、徐々に俺の心に根付いた想い。
 もしかしたら、これも、ルナのせいなのかもしれない。
 なんせ、自他共に認める朴念仁で、奥手な俺である。

 ルナの目に映る光が揺らぐ。それは迷いを映し出しているかのように。
 同時に俺にも見える。
 それでも、こうしていたいと。
 今、この瞬間をルナが喜んでいると言う、その事実が。

 そうだ、こうも明確に彼女を意識してしまっている。

 そうあるように、意識させられている。
 そうあるように、改変した。

 あるかもしれない。いや、多分そうなんだろう。
 それはもしかしたら、とても愚かなことで、許されない事なのかもしれない。

 ……だが、

「それでも、俺は良いと思う。」

 俺は、はっきりとそう告げた。
 ルナの目を見ながら告げたその言葉。
 その短い言葉の中に込められた俺の想い。

 それが、たった数文字に凝縮され、どれだけが正確に伝わるのだろうか?
 なるほど。これがもどかしいという事か。
 この年になって、この場面でも、分からない事が幾らでもあると、実感できる。

 ルナは、暫く、呆然と俺の顔を見つめていた。
 そして、突然、その表情をゆがめると、涙を流し俯いて首を弱々しく振る。
 それは、嬉しさと悲しみの入り交じった結果であり、俺の望む表情ではなかった。

 今、ルナが何に苦しんでいるか、俺にも分かる。
 それは、俺がかつて通った道であり、それを自分の中で消化し昇華するのに、途方もない時間を費やした。
 その費やした時間は、俺にとって、出口の見えない迷路のようであったし、底のない沼だった。

 だから、俺は、静かに涙を流すルナに、こう呟いた。

「良いんだ。例えこの気持ちが、この変化が誰かのせいだとしても、良いんだよ。」

 俺の言葉に、弾かれた様に顔を上げるルナ。
 濡れた目が、緑の光を反射し、その光景に命を吹き込む。
 様々な心の動きが、色となって、散っていく。
 それは、彼女の苦しんでいると言う事実を忘れさせるほど、幻想的な光景であった。
 俺はそんな彼女の姿に一瞬、見惚れた事実を恥ずかしく思うと、目をそらしてこう呟いた。

「俺は、今、ルナといられて嬉しいし、そ、その、好きだ……よ?」

 突然の俺の言葉に、ルナがこちらを注視するのが分かった。
 しかし、また噛んだ……。
 俺は本当に、改変させられているのだろうか?
 それとも、このヘタレ具合は、魂レベルなのだろうか?
 だとすると、もうどうにもならないという事になるんだが。

 《 私だって、ツバサの事好きだもん! だけど! だけど!! 》

 俺が密かに悶えていると、ルナが虚空に文字を書きなぐる。
 それは、彼女の心境を現すように、投げやりで歪んでいた。
 そんな彼女の心の声が聞こえるようで、俺は思わず笑みを浮かべる。

「ルナ。君は、を生きているんだい?」

 きょとんと、俺を見つめるルナ。
 うん、良い表情だ。まさに、俺の言葉に反応するさまが、いちいち可愛い。

「俺達が生きているのは、今だよ? そして、俺は、今、この瞬間、ルナの事がとても愛おしい。この気持ちは紛れもなく、今、存在しているんだよ。」

 噛まずに言えた! と心でガッツポーズしつつ、そのあまりの恥ずかしいセリフに、俺は転げまわりたくなる衝動を必死に抑えにかかる。

 《 で、でも! 私のせいで……。私が何にも考えないままコティにお願いしちゃったから、ツバサが……。 けど、そんなのずるいもん!! リリーにも皆にも……だから!! 》

 あー……。やっぱりそういう事ですか。
 支離滅裂な言葉の端々から想像できる予想通りの結果に、俺は苦笑を漏らす。
 一時期、ルナは俺への嫉妬心を爆発させていた時期があった。
 それから、ある一定期間を経て、急におとなしくなったわけだが……やはり裏があったか。
 だとすれば、ある意味、俺のせいでもあるわけじゃないですか。

 俺は再度ため息をつくと、ルナのほっぺたを両側から手で挟む。
 俗にいう、サンドイッチって奴だ。

 突然の俺の奇行に、ルナはまたも、混乱したまま、俺の目をじっと見る事しかできないでいた。
 そうして強引に目を合わせると、俺は少し真面目に口を開く。

「確かに、ルナがした事は多分、他の人から見たら褒められたことじゃないんだろうね。」

 そんな俺の真剣な言葉に、ルナの目には、またも涙が溜まっていった。
 全く……本当にこの子は。

 俺はそんな泣きそうなルナの顔を、今度は少し優しめに横へとつまんで広げる。
 おぉ、結構柔らかい。良く伸びるな!
 そして、俺にほっぺたをおもちゃにされているルナは、怒っていいのやら、悲しんでいいのやらと、混乱したように、眉をハの字にしながら不満げにしている。
 そんな不機嫌なルナのほっぺたを開放すると、俺は、優しく声をかけた。

「だけどほら。ルナ、俺は今、楽しいよ?」

 そう。俺は今、楽しく過ごせている。
 それは、どういう理屈で、どういう思惑があれ、事実なのだ。
 今、俺がルナを好きであり、幸せに楽しく生きていると言うその事実。
 それは今感じている俺が言うのだから絶対であり、その原因やその行く末がどうであれ、そんな事は、今は関係ないのだ。

「今、俺はルナが愛おしい。それが誰のせいだって……良いじゃないか。だって、俺はそれが嬉しいんだしさ。」

 俺はそう言って笑う。
 むしろ、そんな風にしてくれた誰かがいるなら、俺は堂々とお礼を言おう。
 ルナを好きにしてくれてありがとうございます!と。

 そんな俺の言葉がちゃんと伝わったのか、ルナはみるみる目に涙を溢れさせると、俺へと凄い速度でタックルしてきた。
 防護壁が発動するも、当たり前のように、あっさりと割れる。

 ぐっほ!? ちょ、ルナさんや!? 今の体格で全力タックルは危険!?

 俺は、胸部に受けた衝撃でむせながら、心の中で叫ぶ。
 しかし、俺の胸に抱き着いて、泣きながらある言葉を叫ぶルナを見て、俺はやれやれと肩をすくめる。

 ルナは、泣きながら声にならないまま、必死に叫んでいた。

『ごめんなさい。』と。

 だから、俺はため息をつきながら、頬をかき……今度はルナにちょっと強めにチョップをかます。
 かなりいい感じに入ったようで、流石のルナも頭を抱えながら、涙目でこちらを上目遣いで睨んできた。
 おう、この感じもなかなかに良いね。まだまだ、いい顔持ってるじゃないの、ルナさんや。

 一瞬、アホな考えに支配された俺は、咳ばらいをすると、

「ルナさんや……その言葉だと、0点。」

 と、厳しく突き放すように指摘した。
 一瞬、効果音が鳴りそうなほど、ショックを露にしたが、しょんぼりとして、考え込んでしまう。

 ありゃ、まだ、ちょっと考えが至らないかなぁ。
 んじゃ、ヒントでも出すか。

 俺は苦笑すると、指を立て、少し偉そうぶって、こう口を開いた。

「ルナさんや。俺は、別に謝って欲しい訳じゃないよ。だって、嬉しくないし。第一、もともと、怒ってないし。」

 その言葉でルナは、俺が昔、勇者に言ったある言葉を思い出したのだろう。
 ハッとした表情をするも、やはりそこから悩んだままだ。
 いつもは浮かばない皺が額に寄っている所を見ると、結構、本気で悩んでいるっぽい。
 やれやれ。ルナもまだまだ、甘いね。

 俺は、久々に見るルナのそんな表情を堪能すると、更にちょっとワザとらしく咳をして、口を開く。

「おほん。ここにいるツバサさんは、きっと、言われたら嬉しい言葉が……欲しいと思うんだなぁ。」

 少し横目でルナの表情を伺う。
 ブツブツと、何かを考えているようだったが、思いついたのだろう。
 ルナは閃いた! と言うような表情を浮かべたかと思うと、いきなり、何故か真っ赤になった。
 しかし、何か決心はついたようで、俺の前へと立つと、真っ赤な顔のまま、しっかりと俺を見上げる。

 そして、ルナは口を動かした。

 ……そう来たか。

 予想以上に斜め上の言葉に、俺も釣られて真っ赤になる。
 まぁ、けど、ルナらしいよな。
 俺はそう心で呟くと、彼女の直球な気持ちに敬意を表し……

「それなら100点だね。」

 そう囁きながら、唇を重ねたのだった。

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