比翼の鳥

風慎

第59話 初仕事 後編

 俺の手から解放され、床で悶絶している受付幼女を、俺は腕を組みながら見降ろしつつ、先ほどの依頼を思い返していた。

 担当職員さんに聞いたところ、鱗の仕分けは、新人冒険者の登竜門的な位置づけだと、少し苦笑しながら教えてくれた。勿論、それは経験を積ませる意味もあったが、それ以上に、面倒で煩雑な作業であるという事が、その主な要因だった。

 実際に鱗と言う物は、見た目もさることながら、その実用性から、討伐報酬に設定されることが多いんだそうだ。
 だったら、報酬計算時に初めから分けておけば良いのに……と思うのだが、色んな種類の討伐対象がある以上、その管理も煩雑になりがちで、どうしても、あのように一山で管理することになってしまうらしい。
 そんな訳で、常に山が形成され、新人冒険者が来るとその都度、仕分けをお願いするのが定常化しているそうな。

 その鱗なのであるが……俺がこっそり使用した【スキャン】によると、面白い特性を持つものが多かったのである。

 第一に、多かれ少なかれ、その組成には魔素が含まれているという事。
 そして、その魔素が多いほど、硬質になり、それに反して重さが軽くなるという事。
 言ってしまえば、物質本来の密度が薄まり、魔素がその間に入ることで、結果的に比重が小さくなるという事だ。
 元の世界の物理学者が見れば、狂喜乱舞するのではないだろうか?
 なんせ、軽くて硬質。特に、バジリスク系の鱗は耐熱性に優れるとの事で、用途は幅広いだろう。

 さて、そんな比重の違う鱗が集まっているわけで、持った感じからも、これ、もしかして、水に浮くんじゃないか? と思ったのだ。
 なので、ちょっと大きく、底の深めの容器をお願いしたら、かなり大きめの、たらいのような物を貸してくれた。何でも、冒険者の持ってきた素材を洗浄するのに、よく使っているらしい。
 とりあえず、お礼を言いつつ、職員さんに確認した上で、鱗達を水に沈めて見た。まぁ、残念ながらそのままだと見事に全部沈んだわけだが。
 だが、ここで、更に職員さんにお願いをしたのが、塩である。

 海だと体が浮きやすくなる―――そう、聞いたことがないだろうか?

 これは本当で、元々海水には、塩やミネラルが含まれており、普通の水より比重が大きい……つまり簡単に言えば、普通の水よりも、物を浮かせやすいのである。
 本当だったら、もっと溶けやすい物……例えば糖質が良いのだが、恐らく貴重であると判断したので、まずは塩で聞いてみたのである。
 塩が高級品だったらどうしようかと思ったのだが、どうやら、この辺りでは一般的な物らしく、首を傾げながらも用意してくれた。
 ちなみに、やはり砂糖はどこでも高級品のようだ。金儲けの予感がするが……今は置いておく。

 そうして、塩を溶かしていった所、ある所で特定の鱗が浮き上がってきた。
 どうも、浮いてきたのはどれも優種グレーターバジリスクの鱗との事だ。言われてみれば、確かに劣種レッサーバジリスクの鱗に似ているのだが、見た目が全然違う。並べたら良く判るのだが、質感は似ているが、光沢や光彩が、更に派手であった。
 実際、優種グレーターバジリスクの鱗が持つ魔素量は、全ての鱗の中でかなり高い方だった。なるほど、やはり魔素量がそのまま効いてくるらしい。
 例外として、魔素量が一番高い、サンドワームの鱗があるのだが……これは、見たまんま岩である。勿論、見事に底に沈んだままで、比重もへったくれも無い感じであった。

 とりあえず、更に少しだけ塩を溶かしたら、その次に浮いてきたのが劣種レッサーバジリスクの鱗だった。
 ここまで来たら後は簡単である。鱗を桶に入れ、浮いた物だけを拾う。
 沈んだ物はどかし、それを十数回やったのち、取り分けた中に混じっている、数少ない優種グレーターバジリスクの鱗を選別した所で依頼終了である。

 正味10分程であった。

 かなり適当にやったのだが……終わってしまった。こんなんで本当に良いのだろうか? と思っていたのだが、職員さんは、「これは他にも使えるぞ!」とか、妙に興奮していたので、良いのだという事にする。

 その後、あまりに時間が余ったので、更に塩分濃度を高めていった結果、その段階で、バジリスク種だけでなく、砂魚、砂鳥等の鱗も段階的に選別できたのである。

 そうして、隣で、始終、興奮しっぱなしだった職員さんに、最終的には手を取って感謝されるという経緯を経て、今に至る。


「なるほど……あの面倒な作業をそこまで効率化したんでしたら、この報酬結果も納得ですね。」

 事の顛末を再度告げると、何事も無かったように、そうしたり顔で頷く受付幼女に説明をして……何となくイラッと来た気持ちが沸き上がるが、無理やり静める。

「そう言う訳で、時間もある事だし、もう一つ、別の依頼を受けてみようと思うんだが。」

 そう切り出した俺の言葉に、受付幼女は何故か満面の笑みを浮かべると、

「そうですか! では、こちらなどお薦めですよ!」

 そう言って、一つの依頼を指定してきたのだった。



「んじゃ、兄ちゃんと姉ちゃん、後は頼むぞ。」

 そう短く言って、俺の腰ほどの背丈しかない不愛想なおっさんは、のっしのっしと足音を響かせながら部屋……もとい、倉庫から出て行く。

 俺達は、結局、受付幼女に薦められた『武器屋での倉庫整理』を受けてここに来た。
 最初、一番高い報酬である以上、何かあると思い断ったのだが、受付幼女の強い推薦があった事が決め手になった。
 まぁ、ここで渋ってみても、いずれやる事になるのだろうし……そう思って、引き受けてみたのだ。

 武器屋の主人であり、鍛冶師でもある先ほどの男性に連れられ、この倉庫の整理を任されたわけなのだが……予想通りの酷い状況に俺は言葉を失っていた。
 俺とルナの目の前には、所構わず、乱雑に放置された武器防具の数々が山となって鎮座していたのだ。
 先ほどのギルドと言い、整理整頓と言う言葉はこの世界にはないのだろうか? 思わずそう文句の一つも言いたくなる程、見事なまでに散らかされた状況である。
 それらの武器防具は、どれも錆びついたり、欠けていたり、へこんでいたりと、まともな形状のものがない。
 それは先ほど説明された話を聞けば、頷ける話である。

 このガラクタの数々は、素材として再利用されるのを待っている……いわゆる、スクラップと言う奴である。
 なので、ぞんざいに扱われるのも納得なのだが、それにしても適当すぎると思ってしまうのは俺だけではないはずだ。

 そんな目の前にあるガラクタの山から、まるで抜いてみろとでも言わんがばかりに、剣の柄と思われる部位が顔を出していた。
 何気なく、その柄を手に取り引っ張ると、少しの抵抗感の後、その柄は山からすっぽりと抜け……目の前にあった山は、金属音を騒音としてまき散らしながら、崩れ去り床を埋め尽くしてゆく。
 俺の手に残ったのは、刀身が半ばから失われた両刃の剣。
 それを見つめながら、俺は、どうしたものかと、頭を巡らせるのだった。



 俺は誰が着るのか分からないくらい巨大な鎧を床に転がし、それを椅子にしながら、部屋を眺めつつ、ため息をつく。

「そもそも、物がかさばりすぎるんだよね。」

 考えをまとめつつ、俺はそう独り言を漏らした。
 そう。全体的に、これらの武器防具と言う物はかさばるのだ。

 武器はまだ、基本的には長物が多いので束ねればなんとでもなりそうなのだが、問題は兜と鎧である。
 何せ、形が一定でない上に、大きさもバラバラ。重ねるにしても、統一性の無さから、それも無理。

 兜だけで、なんだかわからない突起のついているものやら、単なるヘルメットの延長線上にある物まで、その種類たるや、軽くめまいのするほどである。

 鎧に至っては、ブレストプレートのような部分装着型の物はまだ良いとしても、フルプレートのような中が空洞で場所ばかり取る形の物は話にならない。

 まぁ、手がない訳では無い。無いのだが……はたしてそれをしてしまって良い物か、悩んでしまう。
 ちなみに、魔法を使えばあっという間に解決なのだ。ファミリア1体置いて、収納させてしまえば良い。

 もしくは、溶解させて、固めるか……。まぁ、魔法陣内で処理すれば特に問題は無い。無いのだが、それは、魔法の事を秘密にしている俺からすれば、取りたくない手段ではあった。
 何より、ギルドで見た魔法と、俺達の使う魔法が、その根本的思想から違う訳で……。

 そんな風に、考え込む俺の手を、優しく包む感触。

 《 これ、全部ぺしゃんこにしちゃえば良いんじゃないかな? 》

 見ると素敵な笑顔を浮かべながら、俺を見つめるルナがいた。

「あー……いや、それは流石に……駄目なんじゃない?」

 俺は、少し苦笑しながら答える。

 とは言え、それは実は俺も考えていた話で、却下した案ではある。
 俺達の力でなら、力押しで、これらの武器防具を破壊し、押しつぶすこともできるだろう。

 だが、まず、それをして依頼人が納得してくれるかが非常に不安である。
 それに、圧縮すると色々な素材が、混ざり合ったままになってしまう。
 不純物の混じった物など扱いにくいだろうし。

 その事を俺が説明すると、ルナは少し考え込んだ後に、

 《 けど、さっきのおじさんは、片付ければ良いって言っていたから、それで良いんじゃないかな? 》

 と、なるほど、と思わせる返答をしてきた。

 確かに、ルナの言う事にも一理ある。

 こちらとしては、依頼主の満足する結果を得られれば良いのだ。だから、言われた事だけ考えるなら、この倉庫のスペースを確保することだけで、問題ない訳だ。

「わかった。確かにそれもそうだね。んじゃ、ちょっと聞いてくるよ。」

 そう言って頷くと、俺は先程の小さなおっさんのいる工房へと向かう。

 工房は高温を発する炉から漏れる赤々とした炎で、一種、異次元のような様相を醸し出していた。
 その中で、一心不乱に鎚を振るい、金属塊を殴打する主人の姿を見て、俺は声をかけるのを止めた。

 その一挙一動に、思いが籠っていた。

 一振りする度に、火花が散り、甲高い音が工房に響く。
 その振るう鎚と、金属の戦う音が、この工房と言う戦場を満たしていた。

 ここでは、部外者ができることは何も無い。
 俺はただ、その戦いを見る事のみ、許されているのだと、何ともなしに思う。

 そんな戦いを続ける主人の背丈は、俺の胸位までしかない。
 その姿から、恐らくだが、ドワーフでは無いかと俺は思っている。
 小さな体からは想像もつかない力強さで、自分の背丈より大きな鎚を、幾度も幾度も振るっていた。
 徐々に金属の塊は形を変え、そして、伸ばされていく。
 こうして、金属内の隙間を埋め、結晶方向を整えることで、強度を増すと聞いたことがある。
 刀なんかだと、焼き入れとかあるんだっけか?

 そんな風に、色々と考えながら、今まで間近で見たことのない鍛造の工程を見ていたが、ある程度形ができたのだろう。
 それを鍛冶台に備え付けてあった水の中に無造作に放り込むと、こちらを向いた。
 あれ? もう終わり? 邪魔しちゃったかな?
 そう思いながらも、俺は礼をする。

「なんだ?」

 主人はこちらを睨むも、そう一言返してきたので、理由を説明した。

「お仕事中すいませんでした。実は、あの倉庫の中を片付けるにあたって、物品を圧縮……つまり、原形を留めないほど壊してしまっても大丈夫かとお聞きしたく、質問に参りました。」

 その言葉に、主人はピクリと眉を動かすと、何故か少し馬鹿にしたように、

「やれるもんならやってみろ。」

 そう、俺に挑むように答えを返す。
 表情は最初から怒っているような仏頂面なので、変化が無いように見えるが、心持ち眉の角度が違う気はする。

 あちゃー……変なところで、職人のプライドに触れたか?

 そう思うも、これは、俺にとっては良い返事ではある。あるのだが、後で不具合でもあったらたまらないので、更に確認した。

「えっと、その場合、色々な素材が混ざり合ってしまって、加工し辛くなってしまう気がするんですが……それでも大丈夫でしょうか?」

 そんな俺の言葉を聞いて、少し考えが変わったのか、

「あそこには鉄製品しかないから大丈夫だ。最悪、ポプラに食わせればいい。」

 そう心持ち、突き放す態度が軟化したように、少し情報を与えてくれた。

「そうですか。わかりました。では作業に戻ります。失礼いたしました。」

 ……ポプラって誰よ? いや、そもそも何者よ? いや、人……じゃないよな?
 などと、一瞬、色々と思いを巡らせたものの、俺の勘は聞かない方が良いと告げていたので、礼を言って、その場を辞する。
 そんな主人から、何かを探るような視線が突き刺さっていた事を、俺は気づかぬふりをしたまま部屋を出たのであった。


「ルナ、了解取れたぞー。」

 そんな言葉と共に倉庫へと戻った俺の目には、兜で器用にお手玉しているルナの姿が飛び込んできた。

 いや、何してるのよ。そりゃ暇だったんだろうけどさ。

 そう思いつつ、苦笑しながら近づく俺に、ルナは何故か笑顔のままその兜を投擲する。
 思わず障壁で受け止めようとして……その意図に気が付いた俺は、とっさに魔力で強化し、掌底で弾く。
 それはそのまま寸分たがわずルナの方に向かい、次の瞬間、ルナに更に一撃入れられ、地面へと落ちた。
 元はヘルメット型の兜だったそれは、今は平らに引き延ばされた鉄塊でしかない。

 そんな鉄塊を見て、少しどや顔でこちらを見るルナ。
 どこからか、むふっー! と言う声が聞こえてきそうなその表情に、俺は思わずにやける。
 つまり、彼女は遊びながら作業してしまおうと言う腹積もりなのだろう。

「了解だ。んじゃ、サクサクやっちゃおうか。ちなみに打ち漏らしたり、壁にぶつけたら失点ね?」

 そんな俺の言葉を合図に、ルナは更に笑みを深くしつつ、大きく兜を振りかぶった。
 次の瞬間には、それは俺へとかなりのスピードで飛んでくる。
 これを上手く弾くには……こんなもんか?

 俺は弾く角度と、その強さを測りながら、ルナへと打ち返す。
 あまり強すぎると、兜そのものを俺の掌底が突き抜けてしまうし、角度が悪いと、最悪、天井や壁に穴を開けかねない。
 まぁ、加減はしているし、このぐらいの速さは……って、なんか少しずつスピードが上がってる?
 見るとルナが、少し意地悪そうな笑みを浮かべていた。

「んにゃろ。宜しい、バッチ来い!」

 俺は腰を落とし、ちょと本気で挑み始める。
 って、2個!? んげ!? そのスピードは……って、ちょ、その角度で槍は!?

 そして、そんな俺達の遊びのような勝負は、異音と振動を気にした主人が、その光景を見て顎を落とすまで続けられたのだった。



「なるほど……そんな事すれば、そりゃ依頼完遂にボーナスつけるしかないでしょうよ。」

 またも金に光るギルドタグを見ながら、受付幼女は呆れながら、そんな言葉を投げやりにかけてきた。
 俺は苦笑しながら、それを聞き流す。
 何となくやりすぎた感はあるが、俺的には後悔はない。いや、無いったら無い。多分。

「しかし、凄いですね。ツバサさん、ルナさん。これで、めでたくランクアップですよ! おめでとうございます!」

 そう言われて、俺は思わず首を傾げる。
 はて、まだ2つしか依頼をこなしていないのだが?
 しかも、すべて合わせて、正味2時間程度のお仕事である。
 そんな俺の表情を見て、受付幼女は、何故か少し得意げに目の前で、指を横に振ると、

「分かっていないようなのでご説明します。これだけ高評価なら、FからEになるには十分なんですよ。なので、お二人は晴れて、Eランクとなりました! これは、ギルドが始まって以来、例のない程のスピードなんですよ!」

 そう興奮気味に捲し立ててきた。
 しかし、俺としては、「ふーん、そんなもんなんだ。」位の感想しか抱けない。
 まぁ、今日は様子見だったし、何より、ゆくゆくはリリーや我が子達にも手伝ってもらう予定だからな。
 ああ、そうそう、武器屋の依頼は、リリーの鍛錬に良いかもしれない。また依頼を見かけたら、一緒にやってみよう。
 俺が、そう考えをまとめていると、何がご不満なのか、受付幼女は、

「もう! これは、本当にすごい事なんですよ! わかってますか!?」

 そう大声で喚き始めた。
 流石に、受付幼女の大声で、ギルドにいる冒険者の何人かの目がこちらに向くのを感じた俺は、

「ああ、はいはい。分かったから落ち着け。」

 そう、やんわりと抑えにかかる。
 流石は、腐っても受付嬢をするだけあって、それで、俺の意図を察したのだろう。
 受付幼女は、さっと周りを確認し、コホンと咳ばらいをすると、

「失礼しました。では、そう言う訳ですので、ギルドタグをお貸し下さい。更新作業を行いますので。……はい、ありがとうございます。では、暫くの間、そちらでお掛けになって、お待ち下さいね。」

 一応、受付嬢なんだなと、思わせる程には、慣れた手つきで、タグを受け取り、受付の奥へと消えていった。
 まぁ、ランクが上がるっていう事は受けられる依頼が増えるという事だ。そういう意味で、仕事の幅が広がるのは良いことだろう。
 だが、少し性急にやりすぎたらしい。あまり目立つのは良くないしなぁ。次から自重しよう。うん。
 そんな風に少し反省をしていると、奥から慌てたように受付幼女が出てきて、

「ツバサさん! 大変です! たいへ……あだだだ!?」

「す・こ・し……落ち着きましょう? ね?」

 余りにも五月蠅かったのと、二度目という事で、とりあえず趣向を変えて、今回は梅干しの刑に処した。
 関東一帯では、そう呼ばれるが、関西ではグリ○の刑とか呼ばれるらしい。
 要は、こめかみをグリグリするあれである。

 とりあえず声を出さず、必死に頷こうとしていたのはわかったので、開放すると、「うヴぁぁああぁああ!!」とか言いながら、床を転げ回っていた。
 もう、色々捲れてもろ見えなんだが、不思議と何も感じないのは、この目の前の生物が既に女性と言うラインを割って、別の何かと認識しているからなんだろうな。

「んで、何が大変なんですか?」

 そう問いかけた俺に、涙を流しながら受付幼女は、意外な言葉を告げたのだった。

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