比翼の鳥

風慎

第77話 イルムガンド防衛戦 (2)

「ご迷惑をおかけ致しますが、よろしくお願いします。」

 不安そうな表情を隠し切れないまま、そう深々と頭を下げるクリームさんに、俺達は思い思いに声をかけて受け入れる。

 冒険者ギルドで皆と再会してすぐに、クリームさんがやって来たのだ。どうやら、ライトさんに言われて来たらしい。彼女も良く分からないままこちらに来たという状況が、その様子からも透けて見える。

 そりゃそうだよな。ライトさんがギルドに急に呼び出され、返って来たと思ったら、俺達の所に行けって言われれば、心配にもなるだろう。

 そんな不安そうな彼女を迎え入れながら、俺は先程のライトさんのやり取りから、一時的にクリームさんを預かる事を皆に告げたのだ。

 どうやら、彼は彼で色々と準備があるらしいな。
 ……まぁ、それ以上に、クリームさんには、見られたくない物も多いんだろう。

 そんな当事者であるライトさんには、俺のファミリアが【ステルス】状態で張り付いていたりする。

 さて、何をやっているのかと、少し覗いてみると……今、ライトさんは、自分の店舗で何やら引っ張り出している最中のようだ。これは、地下かな? 暗視モードで撮影されている事から、俺はそう推察した。
 結構な大きさのものであるが、それが次から次へと、手元にある少し大きめのリュックサックの様なものに吸い込まれていく。
 あ、良いなぁ。あのリュックサック、俺にも貰えないだろうか?

 ちなみにファミリアは、家族たちには勿論の事、宿屋の女将さん達や、ギルドマスター、ボーデさんやライゼさん達、主要な皆にも貼り付けておいた。
 一応、防御状態には設定してあるので、万が一の場合は、ファミリアが防御してくれるはずである。

 ふと視線を向けると皆がクリームさんを気遣い、声をかけて談笑している様子が目に飛び込んでくる。
 皆もいきなりの事で動転しているクリームさんの事を、色々と考えて動いてくれているのだろう。
 最近特に暴走気味の我が子達も、今は年相応の笑顔を浮かべながらクリームさんと話している。
 そんな光景を見ていると、時間がゆったりと流れる様な、錯覚に陥るのだが……現実には残された時間はそれほど多くない。
 そんな無粋な事を思い出してしまった俺は、大事な事を伝える為に、口を開く。

「あ、皆。一応最初に言っておくが、クリームさんには、良いから。」

 そんな俺の言葉に、皆、驚いたように視線を寄越す。
 逆に、クリームさんは全く理解できないのだろう。曖昧な笑みを浮かべ、小首を傾げていた。

「父上、宜しいのですか?」

 そう問いかけながら、隠しきれない不安が浮かぶ表情を見せた咲耶の頭を撫でる。

「大丈夫。ライトさんは、だ。勿論、他の人には気を付けてな。」

 そんな俺の言葉に皆が頷くことで、俺は皆の理解が及んだことを確信する。

「では、クリームさん、これからも宜しくですわ。あ、クリームお姉様とお呼びしても宜しいでしょうか?」

 俺の言葉を聞いて、そんな風に満面の笑みを浮かべる此花の言葉に、クリームさんは良く分からないながらも、

「え、ええ。私で宜しければ。ふふふ、可愛い妹が出来て私も嬉しいです。」

 そうぎこちないながらも笑顔で答える。

「む、此花、抜け駆けはずるいぞ。それがしも姉上とお呼びしとうございます。」

 そんな風に追従する咲耶とのやり取りを、微笑ましく見ていた俺らであったのだが……ふとリリーが、ポツリと呟いた。

「あ、あれ? そう言えば、最近、私、お姉ちゃんって呼んで貰ってない気がするよ? 二人とも、私は? 私はお姉ちゃんって呼んでくれないの?」

 ああ、ついに気が付いてしまったのか、リリー。

 俺は、思わず同情の念がこもった視線を向けてしまったが、見ると、皆が同じように、何とも言えない表情でリリーを見ている事に気が付く。
 そんな雰囲気を肌で感じたのだろう。リリーは忙しなく、「え? え?」と言う感じで、きょろきょろと皆の微妙な様子を見回していた。
 そんな可哀想なリリーに、我が子達は、容赦のない言葉を放つ。

「すみませぬが、リリー殿は、色々足りませぬな。」
「そうですわね。姉と言うには、もう少しですわね。」
「しかも、どちらかと言うとですな……。」
「……むしろ姉では無く、妹……ですわね。」

 しっかりとユニゾンしながら、そう止めを刺しにかかる我が子達に俺は、戦慄を覚えた。
 しかも、何故か咲耶は、リリーの胸を見ながらそう言うし。

 二人とも、もう少しオブラートに包みなさいよ。

 まぁ、リリーがうちの家族で最下層に位置するのは、残念ながら事実だ。

 と言うか、周りの面々がおかしすぎるんだよ。そりゃ、皆と比べたら、リリーは、戦力的に見劣りはするだろうし、どちらかと言うと、守るより守られる側だろうけどね。

 勿論、皆、リリーの事をないがしろにしている訳では無い。ただ、頼りがいと言う点で……どうしても皆に劣るのだろう。そういう意味で、姉と言うより、守りたくなる存在……つまりは年下の妹の方がイメージとして、しっくりくるんだろうな。

 戦力としてみれば、我が子達が抜きん出ているのは森でも実証済みであるし、ヒビキは、獣ではあるが、理性的ではある。勿論、リリーより戦闘能力は高い。

 リリーの芯の強さは誰もが認めているし、優しさも包容力もある。彼女しか出せない柔らかな雰囲気もある。今までそういった彼女の良い一面を発揮する機会が無かっただけだ。
 俺はそう思っているし、皆も解ってはいると思うのだが……。

「え? ふえぇえええーーー!?」

 それでも過酷な現状を突きつけられてしまった彼女は、大いに戸惑っていた。
 涙目になりながら、俺へと助けを求めるように視線を寄越すリリー。
 目で、「そんな事無いですよね?」と訴えかけてきている。
 すまん。リリー。残念ながら、事実は事実だ。

 俺は、努めて笑顔を浮かべ、リリーの頭を撫でる。ついでに、これから起こるであろう事を見越して、周りに遮音壁を張る。
 つられて、安心したように微笑むリリーに、俺は一言。

「まぁ、頼りなくても妹の様でも、リリーはリリーだ。俺は、そんなリリーが好きだな。」

 とろける様な表情をして、「えへへ」と、締まりのない顔で撫でられていた彼女だったが、すぐにその意味に気が付いたのか、ハッと顔を上げると、耳を逆立てて口を開く。

「それじゃぁ、私、妹のままじゃないですかぁ!?」

「すまん、事実は事実だ。嘘は、つけないな。」

「うわぁーん!!」

 そう堰を切ったような彼女の泣き声を聞きながら、俺は彼女を慰める様に、優しく頭を撫でるのであった。



「うう、ルナちゃん、皆酷いよ。……私だって、私だって……。」

 そんな風に、ルナに優しくあやされながら、リリーはまだぐずっていた。
 ルナは少し困った表情を浮かべながらも、仕方ないなぁと言う感じで、リリーを優しく抱きしめて、あやしている。

 この光景を見て、どっちが姉でどちらが妹かと問われれば、答えは言うまでも無いだろう。

 昔は、リリーの方がしっかりとしたお姉さんと言う感じだったんだがな。

 そうだ。出会った当時は、確かにリリーの方がお姉さんぽかったと記憶している。実際、俺も優しいお姉さんになってくれれば良いなと思ったものだ。そして、その頃、ルナはまだ、考えや行動が幼かったと思う。
 だが、ルナの急激な成長により、立場が逆転してしまった。何とも悲しい事実だ。

 周りの皆も、新参のクリームさんでさえも、そんなリリーに優しく声をかける。
 尤も、元凶である我が子達でさえも、リリーが妹の位置づけである事は、覆そうとしなかったが。
 まぁ、事実、そのような認識が浸透しているのであれば、この場しのぎの嘘を言った所で、事態は解決しないしな。
 世の中、自分の願う評価と周りの評価が一致しないことなど、多くある訳だし……これも、リリーの為になるだろう。
 俺は、そう苦笑しながら気持ちを切り替えると、この町に広がる異様な光景に意識を戻した。


 街の中心に位置する広場に群がる、群衆、群衆、そして、群衆。
 もう、町中の人が集まったのではないかと思えるほど、ただ、ただ、人の波が出来ていた。
 実際、そのアリの行列を思わせる人の列は、まるで引き寄せられるように、中心地点である教団の建物に向かって、集まっていく。

 俺は、そんな群衆の移動を、外壁内部にある物見の窓に設置したファミリアを通してのんびりと眺めていた。
 勿論、迎撃準備を整える為に、一足先に配属先に入ったのである。
 ここを選んだ最大の理由は、外からはこちらの様子を伺えないが、こちらからは物見窓を介して、都市内部と外側の様子を同時に確認する事が出来るからだ。更に、一種の密室となっている所が、実にありがたい。
 今いる場所は高さもあり、街の中心部に位置する教団の建屋と広場の様子が霞んだ景色の先にではあるが、良く見える。

 一応、直接見るのは止めてファミリアを通して監視しているが……まぁ、そもそもこんな所から教団の様子を伺っている人がいるとも思わんだろうし、更には【ステルス】で隠蔽もしている。内も外も遮音は万全であり、ある意味特等席だ。
 そして、ファミリアから送られてくる視覚情報を確認すると教団建屋の一部にバルコニーの様な場所があり、皆の視線がそこに向いている事が見て取れる。

 なるほど。そこか。

 俺は、教団に張り付いているファミリアを通して、その画像と音声を宿屋の壁へと映し出した。
 空中に浮かんだ画像には、バルコニーの様子が映っており、人のざわめきが障壁内に響く。

 皆が一瞬、何事かとこちらを見るも、俺が外の様子を映し出していると分かったのだろう。約一名、ポカーンとした表情で固まっているクリームさんを除いて、リリーの慰めに戻る様子が背中越しに伝わって来た。

 しかし、リリーも余程ショックだったのか未だに落ち込んでいるようだ。
 そんな事気にしなくて良いと思うんだけど、本人としてはそうは割り切れない部分があるんだろうな。
 正直に言えば、ここまで彼女がショックを受けるとは思っていなかった。彼女の思い描く場所は、俺が思う以上に高いのかもしれん。

 うーん……そうだな。本当は此花にやって貰おうと思っていたが……あれをリリーに任せるのも良いかもしれないな。懸念事項はあるが……やってみて駄目なら、次の手がある。勇者の性格次第だろうが、行けそうなら任せてみるか。

 そんな風に、フォローの方法を思い描きながら、部屋を見渡す。
 真っ昼間の薄暗い部屋で、皆が立ってリリーを慰める図。壁に映る映像が光りを放ち、さしずめ簡易映画館と言うこの状況。そうだな、立ちっぱなしも何だし、ソファーでも出すか。

 俺は、空間から大きめのソファーを数脚、座り心地の良かった椅子を一応、人数分出し、画像の見やすい位置に並べた。

「皆、疲れるだろうから、好きな所に座ってね。あ、クリームさんも、宜しければお好きな所にどうぞ。」

 そんな俺の言葉に、皆、思い思いの返事を返す。
 クリームさんも、「あ、はい。ありがとうございます。」と、夢うつつな様子で、言われるままに端の椅子に身を沈め、その座り心地の良さに驚いている。

 そして、ソファーに身を沈めながら、俺は別のファミリアの様子を確認する事にした。

 実はもう一つ、別行動をさせているファミリアがある。
 それは、今回の襲撃者である竜と思われる存在を監視するためのファミリアだ。
 少し慎重に近づいたせいで時間がかかったが、反応を見る限り、もうすぐ巨大な反応の近くに到達するはずだ。
 頃合いだと感じた俺は、ファミリアに同期すると、周囲の様子を確認する。

 見ると周りにはワイバーンやそれを少し巨大にしたような生物が、空に詰め込まれたように飛んでいた。
 その間を縫うように、中心部に居るであろう竜の存在を確認しようとしたが、どうにも、数が多すぎて、視認できない状態だ。
 もう少し近づくしかないな。
 そうして、自立モードでその存在へと近づく事1分程。ついにその威容が姿を現す。
 ワイバーン達の壁を抜けた先。360度全方位をしもべ達に囲まれているせいで、まるで夜かと見間違うほど光量の少ない空間が出来上がっていた。そして、その存在は、そんな暗い中にあって、全ての中心に位置し、優雅に飛んでいた。

 深みのある黒に近い緑の体躯。それは、光沢を放つ鱗に覆われているらしい。遠目に見ると、一種の金属ではないかと思えるほど、その光は無機質な物だった。
 大きく広げられた蝙蝠を思わせる二対四枚の翼は、羽ばたくことなく酷く現実離れした様子で、その巨体を支えていた。
 そして、その威容は、まさしく西洋の竜そのものであり、大きな胴体に、太く短い手足が伸びている。
 長く伸びた首の先にあるのは、典型的な爬虫類を彷彿させる面長な顔。そして、頭には大きな一本の角。
 そして、切り上がった眼からは、憎しみが溢れているのではないかと思えるほど、凶悪な光を湛え、その憎悪を惜しげもなく放出していた。
 口元からは、時折、興奮しているような吐息が漏れている事が確認できる。

 こりゃ、相当、怒ってるよなぁ。はぁ。

 俺はため息をつきつつ、ファミリアを制御し、ゆっくりとその竜に向かい近づかせていく。
 取りあえず100m程前まで来ても、気が付いた様子が無いので、そこで相対距離合わせて自立航行させておいて一旦、同期を切った。

 部屋では、漸くリリーが落ち着いたようで、ルナに寄り添いながらも、皆と一緒に、画面の様子に目を向けていた。
 最初こそ驚いて声も無かったクリームさんだったが、どうやら早くも慣れてきたようで、画面を興味深そうにのぞき込んでいるようだ。

 突然、バックミュージックのように流れていた喧騒が静まった。ふと壁に映し出されている画面を見ると、丁度、バルコニーと思しき場所に、人影が見える。俺はそれを拡大し、見やすく映し直した。

 映し出された人物……それは、幾重にも布地を重ね、見栄えを重視したであろう法衣の様な物を身に纏った老人だ。
 服から除く腕を見るに、細身ではありそうだが、その存在感はなかなかのものである。
 白髪が天頂から降り注ぐ光を吸い、鈍く輝く。その合間に見える額には、銀の輪がチラリと見えた。
 しわが深く刻まれたその顔には、汗一つなく、ぎらついたその両目からは生命力を感じさせる。

「大司教ラムダである。これより神より賜ったお言葉を、敬虔たる信者である皆に授ける。心して聞くように。」

 硬く結ばれた口が開かれ、そこから力強く言葉が発せられる。まぁ、内容については、今はとやかく言わんでおこう。

「主神は仰せである。この都市に、未曽有みぞうの危機が迫っていると。」

 その瞬間、広場に集まった人たちから漏れ出たどよめきが、都市を揺らしたのを俺は体で感じた。

 いや、その危機……お宅の勇者のせいですからね?
 俺は、ため息をつきながら、心の中で呟く。

「だが、万能なる主神は、哀れな子羊の為、危機に対抗する力を授けられた! そう、勇者様がこの地に降臨なされたのだ!!」

 そんなどよめきを打ち払うかのように、大司教と名乗った老人は、その細い体のどこから出るのかと言う程、覇気のある声で、そう続けた。
 それを聞いた民衆のどよめきは、徐々に熱気を帯び、歓声へと変化する。

「万能なる主神は、我々の為に力を与えた。それに応えるべく、我が教団も助力を惜しまない。さぁ、皆で称えよ! 勇者様のそのお力を! そして、万能なる主神の慈悲を!」

 その瞬間、歓声は更に声高に、熱気を伴って高まる。

「パピリニド様!! ありがとうございます!!」「勇者様、万歳!!」といった声が、唱和され、混濁し、それは視覚出来るのでは無いかと錯覚してしまうほど、濃密な場を作り出していた。

 そんな民衆の熱狂度合いが深まるほど、この部屋の温度が下がっていくような感覚を俺は、肌で感じていたのだった。

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