悪意のTA

山本正純

最初の事件 前編

翌日。朝日に照らされて、その遺体は発見された。パトロール中の警備員が腰を抜かした先では、木の枝に吊るされた男性の射殺体。
警備員はすぐさまに警察へ通報する。
数分後、早朝の東都公園に合田達捜査一課三係の面々が臨場する。
まず合田は、第一発見者の警備員に話しを聞く。
「早朝になったら、いきなり変な声で電話が掛かってきたんですよ。公園内の木の枝に遺体を吊るしたって。悪戯だろうと思って調べたら、あの遺体を発見しました」
第一発見者の証言を聞いた合田は、先に到着していた北条に近づく。
「北条。検視は済んだのか?」
合田に尋ねられ、北条は目の前で寝かされいる色黒に焼けた肌に、無精髭を生やした男性の遺体から顔を上げた。
「死因は射殺。遺体の様子から射殺した後に木に吊るしたのだろう。気になるのは赤い落書きと被害者の物と思われる鞄に入っていた女性物の財布と現場に落ちた名刺入れ。遺体の正面の壁に書かれた落書きはタイホシロ。事件とは関係ないかもしれないが、これは犯人からの挑戦状の可能性もありますね」
次に合田は、北条の近くに立ち、遺体を見上げていた月影に声を掛ける。
「遺体の身元は分かるか。月影」
「身元は高野健二たかのけんじ。金目のものは盗られていないから物取りではなさそうだな。職業は新聞記者。ところで女性物の財布に手掛かりはないか。北条さん?」
「コンビニのレシートと学生証が入っていました。持ち主は清水美里さんです」
それを聞き、合田は腕を組み、部下に指示を出す。
「葛城と斉藤はコンビニに行け。青田と春野は東都新聞社に行け。八時三十分に警視庁に集合だ」


午前七時十五分。短髪にサイドを刈り上げた髪型の葛城清成かつらぎきよなり警部補と二十代にも関わらず、髪の毛が薄い斉藤一成さいとうかずなり巡査部長はコンビニに姿を見せた。
「いらっしゃいませ」
自動ドアと共に、挨拶が聞こえ、二人の刑事はレジを見る。レジに立っていたのは、長い後ろ髪を一本にヘアゴムで纏めた、三十代くらいの女、伊藤久美いとうくみだった。
葛城は、レジの店員に警察手帳を見せる。その瞬間、伊藤は驚きを露わにした。
「警察が何の用ですか?」
伊藤が尋ねると、葛城は学生証のコピーを出し、店長に尋ねる。
「この女性が昨日の午後九時十分頃におにぎりを買いましたよね?   変わった様子はありませんでしたか?」
刑事からの問いに対し、伊藤は首を横に振る。
「いいえ。この学生はこのコンビニの常連ですが特に変わったところはなかったです。防犯カメラでも見ます? まあ店を出た後のことは分かりませんが」
「お願いします」
そうして、二人の刑事は防犯カメラの映像を見せてもらった。
早送りで昨日の映像を見ていると、午後九時十分頃に清水美里の姿が映っていた。
だが、防犯カメラには高野の姿は映っていない。映像を一通り見た斎藤は、伊藤に尋ねる。
「昨晩公園で高野健二の遺体が発見されましたが、高野健二をご存じですか」
「同じ高校の同級生ですから、聞いたことはあります」
「高校の同級生」
葛城が呟くと、伊藤はレジに戻った。丁度その時、彼女の視界に、近くの学校に通う学生が十数人並んでいる様子が見えた。
「仕事をしなければなりません。刑事さん。できるだけのことは協力します」
伊藤はレジに戻り、並んでいる高校生に声を掛け、お金を払うよう促す。
その様子を見ていら葛城は、斎藤に小声で話す。
「このコンビニで缶コーヒーとアンパンを買う」
「レシートから伊藤の指紋を入手するためですか?」
斎藤の期待に反し、葛城は思わぬ答えを口にする。
「違うな。朝食を買うためだ」
葛城の答えに、斎藤は目を点にした。
「朝食って」
「まだ朝食を食べていないからな。早朝から遺体が発見されて、食べる暇がなかった。だから、聞き込みでコンビニに寄ったからという建前で、俺はアンパンを買う。もちろん斎藤に自腹な。缶コーヒーとアンパンくらい安い物だろう。金はお前が払え。斎藤。三百円だ」
斎藤の座右の銘は上司の言うことは絶対だ。そのためよくパシリに利用されるのだ。斎藤は財布から三百円を取り出して葛城に渡した。


清水美里は目を覚ました。うつ伏せの状態で顔を上げると、見覚えのない灰色の壁と銀色の扉が見えた。その壁には、赤色のスプレーでオモイデと書かれた落書きがされている。
美里は体を起こそうとする。だが、両手足が縛られているようで、体を起こすことができない。
おまけに、口はガムテープで塞がれていつため、大声を出すこともできなかった。
そもそも、なぜ自分はここにいるのか。美里は思い出す。
昨晩公園で遺体を見つけ、犯人に襲われたこと。ということは、自分は犯罪者に誘拐されたのか?
これから何が起きるのかと、不安になった美里は、全身を震わせた。それでも何とか逃げ出そうと、美里は思った。
まずは口のガムテープを剥がして、携帯電話で自分が誘拐されたことを伝えようと、彼女は思った。しかし、周囲を見渡すと、携帯電話を入れていた学習鞄がない。それは、連絡手段がないということを意味していた。
何とかしないと、殺されてしまうのではないかと美里は思う。丁度その時、目の前の銀色の扉が開いた。そのドアは重たいらしく、扉が開く音が密室に響いた。
ドアからは、レジ袋を手にした一人の男が顔を出す。その男の顔は目出し帽で隠されていて、分からない。その男は脅える少女の前に座り、彼女の口に貼られたガムテープを剥がす。
「誰か助けて!」
口が自由になった少女は、大きな声で叫ぶ。だが、その声は誰にも届かない。目出し帽を被る喪服の男は、笑みを浮かべ、レジ袋からペットボトルを取り出した。ペットボトルキャップを開け、同じレジ袋に入っていたストローをペットボトルに刺す。
「喉も乾いたでしょう。これを飲んでください。それと、暑くなって熱中症になってもいけないので、冷房も付けておきますから」
そうして喪服の男は、美里の体を抱き抱え、彼女の口元にストローの刺さったペットボトルを近づける。監禁されてから何時間が経過したのかは、清水美里には分からない。だが、彼女の喉は渇ききっていた。
背に腹はかえられぬと思った少女はストローを咥え、ペットボトルに入れられた冷たいお茶を勢いよく飲み込む。
一分程でペットボトルが空になり、喪服の男は少女の体を床にうつ伏せの状態で寝かせる。
それからガムテープを見せ、脅える少女の唇を覆うように、それを貼り付けた。
再び口を塞がれた少女に、喪服の男が優しく微笑み、静かな口調で話す。
「大丈夫。全てが上手く行ったら解放しますから。すべては桜井のため」
男は少女の後ろ髪を優しく撫でると、その場から立ち去った。ドアが開かれた瞬間、清水美里は逃げることを忘れ、誘拐犯の顔を見つめていた。

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