僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー

稲荷一等兵

第17節5部ーさよなら稲荷山ー

 銀露の怒号が飛んで朱音さんの身が縮こまった。仮にもSPだって言ってる人がこれでいいのかな?

「だ、だあって銀狼様の目が今にも襲いそうな……」
「そんな目はしておらんわ! うぬは相変わらず一言多い奴じゃの!」

 ぐあっと詰め寄る銀露に対して、朱音さんはおちゃらけた笑顔で対応してる。銀露の苦手なタイプっぽそうだなぁ、朱音さんは。
 それか、喧嘩するほど仲がいいってタイプのどちらかかな。

「銀狼様と千草君はこれからどうするんすか?」
「酒をもらって帰るつもりじゃ。ここに長居しすぎると、やかましい男神共が押しかけてこんとも限らんからの」
「銀狼様は昔っから男神様方に人気あるっすからね。それだけ綺麗なら、さもありなんって感じっすけど。人の子を愛でてる今の状況を見ると、男神方発狂モンっすよ」
「銀露ってモテモテなんだね」
「もて……他の有象無象のことなど知らん」

 神様にも一応、神様の間でコミュニティが存在するんだな。容姿の優劣の概念もあるみたいだ。こうやって色々と知っていくと、神様という存在に親近感が湧いてくるよね。

「銀狼さま! 銀狼さまー!」
「うん?」
「あ、山神様がきたっすよ」

 後ろから、山神様の声が聞こえてきた。振り向いてみると、いくつかの酒樽を運んできてる子鞠や、山神様の神使である狐たちを率いて山神様がこっちに走ってきた。

「あのっ、これ銀狼様に持って行けってきゅーびさまが!」
「ほう、あやつめ、奮発したのう」

 酒樽6樽! ものすごい量の神酒が手に入った! まあ僕は呑めないから荷物多いなあって感じなだけなんだけどね。
 さて、これを持って帰らないといけないわけだけど……。僕が1樽抱えて、銀露が尻尾で巻くようにして1、両手の平に2ずつ乗せて持ち上げた。
 こんだけ重たいものを持っても、子鞠と同じく平気な顔をしているあたり、凄まじい力の持ち主なんだな……、銀露たち狼は。
 男の僕からすれば複雑な気分だよ。

「さて、帰るとするかの!」
「うん。でも子鞠はどうするの?」
「もうちょっとでおねえちゃんおむかえしてくれる……」
「そっか、汰鞠が迎えに来るんだね」

 銀露に、僕らはどうやって帰るのか聞いたら、近くの池に飛び込むんだって。この山に入るための入り口はある程度限定されてるみたいなんだけど、帰りはその池に飛び込んで変えることで目的のところにすぐに帰れるみたい。

「あのいけすかん九尾はどうしたのじゃ、山神」
「きゅーびさまは帰られました!」
「ふむ、まあよいが。この酒の礼くらいは言おうと思っておったのじゃがな。まあ、また会うじゃろ。ほれ、千草行こうかの」
「山神様、朱音さん、今日はありがとうございました!」
「また来てくださいね、人の子!」
「またねぇ、千草君ー」
「子鞠も、気をつけて!」
「ばいばいあにさま……」


 そうして別れを告げた僕と銀露は、その池まで歩いて行った。稲荷霊山の上に浮かんだ欠けた月が映るその池は、淡い光を浮かべてる。
 僕と銀露はそこに飛び込むことで、死角の世から現世へと帰って行ったんだ。

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