僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー

稲荷一等兵

第16節15部ー銀狼と金毛狐ー

「やけに首を突っ込んでくるのう。なんじゃ、羨ましいか」
「はぁ? 先ほど言ったじゃねーですか。あなたに囲わせるのは不安だと」
「ぐぬ……このわしが人の子ひとり満足に面倒を見れんと言うか」
「昔、散々人間に迷惑をかけた神が何を言っていますか」

 呆れた様子でそう言った九尾に対して銀露は食ってかかろうとしたのだが……。

「くだらない喧嘩は止しておきましょう。それよりも……蛇姫が言っていた緋禅桃源郷を知っているでしょう、あなたなら」
「ふん……当たり前じゃろ。思い出すも忌々しい場所じゃ」
「死角の世の色里、神々の遊郭へあの子を連れて行くと言っていました。それはつまるところ、連れて行く理由と意味があるということじゃねーですか。蛇姫はあの子について何か感づいている様子でした。その理由と意味さえわかれば……」
「何故、お前さんはそこまでして千草の事情に首を突っ込もうとするのじゃ?」

 銀露が知っているこの九尾の狐は、他人の事情に干渉することを良しとしない……と、いうより面倒臭がる性格だったはずなのだ。しかし久しく顔を合わせてなかったからなのか、それともなにか事情があるのか、随分立ち入った話をしてくる九尾の狐に不信感を覚えずにいられなかった。

「う、少しがっつきすぎちまいましたか」
「うむ、鬱陶しいことこの上ないの」
「……まあ、理由ならあるんです。月並神社に封じられた白狐の事は覚えていますか?」
「あったりまえじゃろうが。誰が封じたと思っておるか」

 月並神社。この月夜見町にある、一番大きな神社である。千草がこの町に帰って来る際、その境内を通ってきた。
 その神社には、祀られている神……ではなく、封じられている神がいるという。九尾の話から、それは白狐びゃっこであり、なんらかの事情で銀露に封印されたということであるが……。

「柊千草君が月夜見の土地へ帰ってきたその日、その白狐が随分騒いだみてーです。月夜見の土地のそこら中でひどい霊障が現れて、大変だったんですよ」

 この土地を管理している身にもなってくださいと銀露に言うが、銀露はそんなこと知ったことかと一蹴した。
 だがまあ、千草について気にかける理由にはなるかもしれない。杯に入った酒を一口にし、胸元からするりと取り出した煙管に銀色の火を落とす。

性悪白狐しょうわるしろぎつねめ、今更何を騒いでおるのじゃ。面倒な……」
鬼灯ほおずきの巫女も、随分手を焼いてるみてーですし……あ、どこに行くんですか! 話はまだ終わってねぇですよ!」
「よう酒が回った。外で体の火照りを冷ますだけじゃ」

 普通の酒にはめっぽう強い銀露だったが、神酒の強い力に当てられてしまったようで、頬を赤らめつつ気分良さげにふわふわと歩いていく。
 階段を上っていく銀露を追うようにして、九尾の狐も酒の泉から離れていった。

——……。

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