僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー

稲荷一等兵

19節-人の姿-



 話によると、黒狼様が蛇姫様に協力していた理由はとある薬のためらしい。
 蛇姫様が持つある薬が、黒狼様の妻であるところの八雲さんを助けることができるものだったんだって。

 その病気の名前とかは聞いてなかったんだけど、結構ひどい病気にかかってたらしい。
 銀露は、黒狼様が妻を娶って大事にしている様子が未だに信じられないみたいで……。

「八雲はあの女ったらしのどこが良かったんじゃか」

 なんて笑ってお酒を飲んでいた。

 そう、蛇姫様の神使達が持ってきた神酒だ。いつぞや稲荷霊山で取って行った最高級のものを悪びれも無く出してきたものだから、しばらくあの時の恨み言を蛇姫様に言っていたんだけど……。

「顔はよいではないかや? 実際、遊女たちには人気じゃ」

「顔だけはの。しかし遊女共に人気なのはわしの千草もじゃが」

 僕はというと、蛇姫様のお世話をしていた遊女さんたちが押し寄せてきて頬をつんつんされたりおもむろに頬ずりされたり顔を舐められたりとえらいことに……。

「きしし、何をムキに……っと、本当に人気者じゃ」

「人気なのはよいことじゃが、あまりべたべた触れられるのは不愉快じゃ」

 と、遊女さんたちに揉まれている僕に子鞠と汰鞠という助け舟を出してくれた。
 汰鞠はどこか呆れた様子で……子鞠は全力で遊女さんたちを離れさせて……。

「あにさまにさわっちゃだめー……!」

「あらぁ可愛い狼の子ねぇ」

「銀狼様のところの子ね。なんて可愛らしい!」

「……あわわ」


 と、今度は子鞠に矛先が向いてしまったみたい。

 僕は子鞠が予期せぬ囮になってくれている間に汰鞠に連れられて脱出することができたんだけど……。
 えへへ、もう少しだけあのままでもよかったかな。

「兄様、色を好むのは結構でございますが、度が過ぎぬようお願いいたします」

「ええっ、別にそんな好んでないよ!」

「それならばよいのですが……」

「……でもそう言うなら汰鞠はもう少しその……体隠した方がいいかと……」


そう言う汰鞠は自分の体を隠す事など全くせず僕の手を引いていた。
伊代姉と同じくらいの年齢の見た目でスレンダーな肢体は魅力的だ。

「申し訳ございません。お見苦しいものを」

「見苦しいなんてとんでもないよ!すっごく魅力的だよ!」

「左様でございますか。いえ……わたくし、人の身でいることにまだ慣れておりませんので、身体を隠すという行為の意味がまだ……」

「あ、そうなんだ。よくよく考えてみればそんなものなのかな」

永く神様として人の形をとってきていた銀露と違って、子鞠や汰鞠は人の身体を持ってまだそう経ってない。
そのこともあって、人の文化がまだ分かってないんだろうな。



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