僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー

稲荷一等兵

18節30部ー逃げ込んだ場所ー

 僕の前にふわりと降りてきたのは、黒狼様の顔に当たって跳ね返ってきた鞠を抱えた子鞠と汰鞠だった。
 その後ろ姿はとても頼もしいものだけど、それにしたって多勢に無勢だ。

 でも、その心配は無かったみたいだ。鬼灯さんが驚きの表情を浮かべて、この場所を囲んでいる建物の屋根を見てつぶやいていた。

「中立の立場を貫いていた貴方までも動きますか……」
「あいつまで敵に回しちまうか……やだねぇ」

 屋根の上にずらりと並んだのは、それぞれが少しずつ違う狐面をつけた神使達。
 あの人たちは、九十九さんの!

「兄様、早くお行き下さいッ! 黒狼様の神使相手では、そう長く足止めできませぬ!」
「う、うん……ッ」

 汰鞠と子鞠がここにいるのは僕だけじゃない、銀露を護るためでもあるんだ。
 何もできない僕が、ここに留まっていたって邪魔になるだけだ。 
 ただでさえ着物で走りにくいんだ。九十九さんには申し訳ないけど、下駄は置いて裸足で……!

「あにさまがんばってー……!」

 もう必死過ぎて言葉を返すことができなかったけれど、僕は銀露を抱きかかえて必死に走った。
 舗装されていない道に転がる、小石が足の裏に食い込んで痛い。
 追ってきた蛇姫様の神使達に道をふさがれたり、不意打ちされたり。
 その都度、九十九さんの神使達が助けてくれてなんとか走り続けることができた。

 僕が銀露を抱えて汗だく、しかも小石で足を切ったりして血が滲み、綺麗に束ねられていた髪もボッサボサの状態で飛び込んだところは……。

「あんた、どうしたんだいそんな格好で!」
「すっ……すいません。少しだけ、はぁっ……匿ってもらってもいいですか……!?」

 さっきすこしだけお世話になった、槐さんが居る遊郭に逃げ込んだんだ。
 理由はいろいろとあるけども、とにかく今は銀露を……。

「こっちにきな! 空いてる部屋あるからさ!」
「あ、ありがとうございます……っ」

 切羽詰まってる僕の様子に、槐さんは快く部屋を貸してくれた。それだけじゃなく、銀露の寝床を用意してくれたり、僕の足の怪我の手当てをしてくれたりととてもよく面倒を見てくれた。

 しばらく僕は寝かせた銀露のそばで、ただ様子を見ていることしかできなかった。
 落ち着いて見てみると、本当に銀露が小さくなってる。
 ほとんど子鞠と同じくらいかな……。白い肌と、銀色の髪はそのままだけど……。

「はあ、もう大丈夫だよ。神使らは追っ払ってやったからね」
「ありがとうございます。でも、大丈夫なんですか? 蛇姫様の神使を……」
「そんなことあんたが気にするこたないよ。それよりほら、黒狼様から頂いた神気の取り分だよ、受けとりな」

 追い返した神使に呆れた風な槐さんは、髪をかきあげながら部屋に入ってきて僕に小さな袋を渡してくれた。
 その中を覗き込むと……。


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