超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』 

チョーカー

少女には殺意がよく似合う その3

 彼女は、僕が『龍の足枷』を手にした瞬間を見て、取り残されたと感じた。
 だから、『龍の足枷』を奪おうとした。
 それが動機? いやいや、違う。大切な部分はそこじゃない。

 『取り残された』

 ……取り残された。
 逆に言えば、それは僕と共に歩きたかったという意味。
 例えば、多くの女性が、白馬の王子さまが手を取って現実から連れ去ってくれると妄想するように、
 彼女が僕に望んでいたポジションは、互いに背中を預けれる間柄。
 そういう幻想を抱いて……

 あぁ、なんとなくわかってしまった。
 なぜ、僕は彼女を好きになれなかったのか? なぜ、僕は彼女の好意を疎ましいとすら思っていたのか?
 それは彼女の好意が『偽物』であるという事を―――
 僕は、無意識にソレを感じ取っていたのではないだろか?

 彼女が好きだったのは僕ではない。
 僕という記号だ。

 年上の人物。
 先生、あるいは先輩への憧れを恋心と誤認識する事は思春期の少女にとっては通過儀礼的な物であり、ごく普通の事だと思う。
 しかし、憧れから生み出された肖像は幻想的ファンタジーであり、実在の人物から乖離を行う。
 彼女の恋心と言うのは――――

 いや、止めておこう。
 くどくどと彼女の精神を憶測で語る事になんの意味があるだろうか?
 僕の憶測こそが幻想ファンタジーに過ぎない。
 だから…… だからこそ……

 「だから、僕は――――いや、俺はここで君を止める」

 そうして、全てを否定してやるのだ。

 俺は背中に手を回し、短剣を抜く。
 アリスは俺の動きに反応し、凶悪な炎の腕を振るう。

 一瞬の交差

 接触の瞬間、手に伝わったのは衝撃は鈍器の一撃と同等。
 腕は痺れ、そのまま無手になった手を振るった。
 俺の短剣は弾き飛ばされ、宙へ舞い上がって行く。
 俺がソレを目視で確認する。
 アリスも、また、視線を宙に向けていた。
 そう言えば、あの短剣はアリスからのプレゼントだった。
 少し悪い事をした。俺には、そんな事を考える余裕が残されていた。

 「……もう、終わりです」

 アリスは言う。

 「……そうかな?」
 「そうですよ」

 アリスの表情には、深い絶望の色が浮かんでいた。
 彼女は、まだ―――数瞬前まで救われたがっていたのだろう。
 まだ、俺が自分を打ち倒し、手を取り、そして、一緒に逃げてくれる。
 そんな可能性も打ち砕かれた。
 いや―――
 正確には、自身の手で打ち砕いてしまった・・・か。

 「それでは・・・さようならです」

 アリスの目には迷いがなくなっていた。
 暗い闇の意思を瞳に灯らせ―――
 俺に向けて片腕を振り下ろした。
 しかし―――

 「これは・・・なに?」

 そう呟くアリスの声は、徐々に狂乱じみた叫びに変わっていった。

 「どうして?なんで?なんで……わたしの炎が届かないの・・・・!」

 アリスの言う通り、彼女の腕から噴き出される炎は、俺の体を避けるように変形していた。
 何度も、何度も、アリスは俺に向けて、炎の腕を振るって攻撃を仕掛ける。
 けど、炎は俺に届かない。

 「サクラ様……貴方は一体、何を? 何をしたのですか?」
 「俺は何もしていないよ。ただ、君より炎を操る事に秀でた人間を事前に呼び寄せていただけだ」
 「……事前に?呼び寄せていた???」

 彼女は周囲を見渡した。
 当然ながら、この室内にいる第三者を見つける事はできない。

 「誰もいません。そもそも、この部屋には、私とあなた以外は入れないように、物理的にも、魔術的にも、様々な仕掛けを施しているのです」

 アリスは話しながらも攻撃を手を緩めない。
 俺に向けて手をかざし、そして光。
 不可視の速度で火球が飛来しいるのだろう。
 けど、その攻撃も、また……僕の目前で停止した。

 「一体、どんな方法を……」

 今度のアリスの攻撃。それは不可視の火球ではなかった。
 アリスの背後に揺れながら浮かぶ火球。
 問題なのは、その数だ。 
 目で見て数える事のできる数ではない。
 背後のスペースに敷き詰めれるだけ、敷き詰められた火球。
 もはや、厚みを有す炎の壁にしか見えない。

 「この数なら、どんな方法を使っていても防げないでしょう」

 そう言うと、手をかざす発射のポーズを取った。
 だが、その火球は発射される事がなかった。
 代わりに―――

 「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 とアリスの絶叫が教会に響いた。
 そりゃ、そうだろう。アリスに取って幽霊に腕を掴まれると同じ事だ。
 絶対に第三者は存在していないと言い切れる状況にも関わらず、背後から腕を掴まれたのだから……


 

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