超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』 

チョーカー

哲学のお時間で

 「勇気?それが僕に仕掛けられた『呪い』の正体?」

 一瞬、足から力が抜け、ふらついた。
 そんな、そんな単純な? そんな――――

 「そんなバカバカしいモノだったなんて……はっはっ……はっはっ」

 あまりにもくだらない答えに笑いが込み上げてきた。
 出てきたのは、奇妙なくらい渇いた笑いだった。 

 「おそらくは、『龍の足枷』を任せる君へのはなむけのつもりだったのじゃろう。しかし―――」

 ジッガ・ヤンは言葉を止めた。
 彼にしては珍しく、言うべきか、言わざるべきか、躊躇しているように見える。
 僕は何も言わず、ただ彼の言葉を待つことにした。
 やがて、老人は口を開いた。

 「君の感情は、『祝福』の影響下にある。果たして、それで君は君であると言えるのだろうか?」
「――――ッ!? 僕が僕である?」

 思考が停止フリーズした。
 確かにジッガ・ヤンの言わんとしている事はわかる。
 魔法で外部から影響を受けた人格、あるいは性格は本来の自分と言えるのだろうか?
 いや、例えば人物から影響を受けるということもある。
 歴史上の人物だったり、親や教師。兄弟や友達だってあり得る。
 僕の場合だったら英雄譚の主人公たち。

 しかし、この場合は?
 心を―――いや、心の方向性とでも言えば良いのだろうか?
 兎に角、外部から『呪い』であれ、『祝福』であれ、心を操られていた。
 それは僕は僕だと言えるのか? 

 顔を上げるとジッガ・ヤンと視線が交わる。
 無言。彼は何も言わない。
 自分で答えを見つけろと焚き付けているみたいだ。
 1人で答えを見つけろと――――
 僕1人。我1人。人1人。
 ――――所詮、人間は1人。
 自分の内側へ深く潜るように思考を加速させていく。

 僕は僕である。 僕は僕だけである。

 どうあっても? だったら受け入れるの? 

 それは堕落じゃないのか? それは惰性じゃないのか?

 なら否定する? 今の自分は本物じゃないって?

 それは逃げじゃないのか? それは現実逃避じゃないのか?

 じゃ、どうする?

 わからない。

 僕は僕じゃないのかもしれない。

 でも――――

 それがどうした?

 「そんなの知ったことじゃない!」

 僕は感情を吐露するように叫んだ。
 目前にいたジッガ・ヤンが顔をしかめる。 
 彼にしては珍しい表情だった。

 よし、哲学の時間は終わりだ。
 誰だってそうだ。僕だけじゃない。
 自分が何者なのか、そんな悩みは一般的だ。
 誰もが持っている悩みだ。
 だから、笑い飛ばしてやればいい。 

 そんな僕の様子を見てから、老人は小さく呟いた。

 「やはり、君はつまらんな」

 それを聞いて、僕は笑った。

 「では、今晩だ。約束通りに王との謁見が行われるであろう」

 それだけ言い残して、老人は、今度こそ本当に退室していった。
 それを見届け、誰もいなくなった室内で、誰にも聞かせるわけでもない独り言を呟いた。

 「いつ、僕の持ち物は返してくれるのかなぁ」

 自分の内面を把握するために、心にもない事をわざと言ってみた。
 よし、感情の起伏はない。 もう、さっきまでの思考は消え失せていた。 

 

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