運命(さだめ)の迷宮
直江実綱は面倒見のいい兄ちゃんのようです。
采明は、青年の後ろを追いかけて行くが、荷物の重さと道の悪さに速度が遅くなる。
後ろの少女の息が、あがっていることに気がついた青年は立ち止まり、手を差し出す。
「へっ?」
焦って俯いて歩いていた采明はどーんとぶつかり、よろめく。
転ぶかと思われたものの、腕を回して支えてもらったことを知った采明は、
「あ、ありがとうございます。すみません。よそ見をしていてご迷惑を……」
おろおろとしつつペコペコと頭を下げる。
「……こちらもすまなかった。ここは、山の奥、夜も近い……近くに我が屋敷があるゆえ」
「い、いえ、いえ!!ご迷惑はお掛けできません。家に帰ります!!」
「家とは、どこに?もしや密偵では……」
一瞬気配を剣呑なものに変えた青年に、采明は、
「えっと、家は……あの……ここはどこですか?先よりも時間が進んでます。私は、朝ここに来て、お昼前のはずですけど……」
「何を言っている。今は見てみるがいい。もう夕刻。夕餉の支度が整ったことをお伝えするために参ったのだ。景虎様に、お伝えをと」
「あ、そうなんですか!?えっと、じゃぁその景虎様はどちらです?」
きょとーんと小首をかしげる、珍妙としか見えない少女に、眉をひそめた青年は、ため息をつき。
「……その、数珠は……景虎様が肌身離さず身に付けておられたものだ。そうそう手放すものではない。お主……」
「あ、すみません!!」
深々と頭を下げる。
「柚須浦采明と言います。12才です!!」
「ゆすうらあやめ?」
「はい。読みにくいのですが、柚子の柚、須らくの須、浦は『万葉集』の山部赤人の和歌である『田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪が降りける』の浦です。采明は、釆女の采に明るいと書きます」
12才のしかも女人が歌を知っている!!
その上、漢字も理解して説明できることに驚く。
「あの……あなたは誰ですか?」
風変わりな装いに、目を覆う黒い縁の何かの奥にはキラキラとした、まるっこくて小動物系の瞳。
髪は長いのだが、見たこともない結い方で結われ、服装も変。
しかし理解力や説明力に長けている点では、優秀である。
興味がわく。
そして答える。
「直江実綱。神五郎と、呼ばれている」
「直江……直江……あぁ!!景綱どのの最初の名前ですね!!」
「は?」
怪訝そうな顔をする青年に、拳を握りしめ、
「お年はおいくつですか?」
「27だが?それよりも、先ほどの、景綱と言うのはどういう意味だ?それに年を聞いてどうする?」
「え?年を聞くと、大体の年代がわかります。私の時代には、実綱さんの名前はそんなに有名じゃないんですよ。それと、年を聞いたら景虎さんの年も分かるので、6才ですよね?虎千代という幼名を名乗られているのでは?ここは、林泉寺なんですか?」
矢継ぎ早に質問をする少女にたじたじとなる。
その苦虫を噛み潰したような顔に、はっとしたように、ペコペコと頭を下げる。
「すみません!!すみません!!歴史について調べるのが大好きなんです!!特に、父と調べ回った遺跡を!!今日も、そこにいて……」
「……父御は?」
「母と離婚して、中国……えっと、明ですか?そこにいると思います」
采明は苦笑する。
「父は歴史学者で、研究に没頭すると、全く家族を省みない人だったので、母に愛想を尽かされました」
「母御が、離婚を!?」
「あ、そうですね。この時代は女性の方から離婚は言い出せませんが、私の時代は離婚を言えるんです。離婚してからはもう、会っていないのですが、元気そうなので安心しています」
「父御に会いたくはないのか?」
采明は首をかしげる。
「父は仕事に集中すると、忘れちゃうんです。家族のこととか、お金のこととか……なので。今は妹と一緒に母が働いてくれるので、私は、炊事、洗濯、掃除もやっています。父が元気ならいいと思います」
「……まだ小さいのに、割りきれるな……賢しいな」
くしゃくしゃと頭を撫でる。
「あの、私はお姉さんですけど?」
「12才の娘が大人びた口調で言うな。ほら、荷物を貸せ。帰るぞ」
荷物を奪い、実綱は采明の手を引いて歩き出したのだった。
後ろの少女の息が、あがっていることに気がついた青年は立ち止まり、手を差し出す。
「へっ?」
焦って俯いて歩いていた采明はどーんとぶつかり、よろめく。
転ぶかと思われたものの、腕を回して支えてもらったことを知った采明は、
「あ、ありがとうございます。すみません。よそ見をしていてご迷惑を……」
おろおろとしつつペコペコと頭を下げる。
「……こちらもすまなかった。ここは、山の奥、夜も近い……近くに我が屋敷があるゆえ」
「い、いえ、いえ!!ご迷惑はお掛けできません。家に帰ります!!」
「家とは、どこに?もしや密偵では……」
一瞬気配を剣呑なものに変えた青年に、采明は、
「えっと、家は……あの……ここはどこですか?先よりも時間が進んでます。私は、朝ここに来て、お昼前のはずですけど……」
「何を言っている。今は見てみるがいい。もう夕刻。夕餉の支度が整ったことをお伝えするために参ったのだ。景虎様に、お伝えをと」
「あ、そうなんですか!?えっと、じゃぁその景虎様はどちらです?」
きょとーんと小首をかしげる、珍妙としか見えない少女に、眉をひそめた青年は、ため息をつき。
「……その、数珠は……景虎様が肌身離さず身に付けておられたものだ。そうそう手放すものではない。お主……」
「あ、すみません!!」
深々と頭を下げる。
「柚須浦采明と言います。12才です!!」
「ゆすうらあやめ?」
「はい。読みにくいのですが、柚子の柚、須らくの須、浦は『万葉集』の山部赤人の和歌である『田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪が降りける』の浦です。采明は、釆女の采に明るいと書きます」
12才のしかも女人が歌を知っている!!
その上、漢字も理解して説明できることに驚く。
「あの……あなたは誰ですか?」
風変わりな装いに、目を覆う黒い縁の何かの奥にはキラキラとした、まるっこくて小動物系の瞳。
髪は長いのだが、見たこともない結い方で結われ、服装も変。
しかし理解力や説明力に長けている点では、優秀である。
興味がわく。
そして答える。
「直江実綱。神五郎と、呼ばれている」
「直江……直江……あぁ!!景綱どのの最初の名前ですね!!」
「は?」
怪訝そうな顔をする青年に、拳を握りしめ、
「お年はおいくつですか?」
「27だが?それよりも、先ほどの、景綱と言うのはどういう意味だ?それに年を聞いてどうする?」
「え?年を聞くと、大体の年代がわかります。私の時代には、実綱さんの名前はそんなに有名じゃないんですよ。それと、年を聞いたら景虎さんの年も分かるので、6才ですよね?虎千代という幼名を名乗られているのでは?ここは、林泉寺なんですか?」
矢継ぎ早に質問をする少女にたじたじとなる。
その苦虫を噛み潰したような顔に、はっとしたように、ペコペコと頭を下げる。
「すみません!!すみません!!歴史について調べるのが大好きなんです!!特に、父と調べ回った遺跡を!!今日も、そこにいて……」
「……父御は?」
「母と離婚して、中国……えっと、明ですか?そこにいると思います」
采明は苦笑する。
「父は歴史学者で、研究に没頭すると、全く家族を省みない人だったので、母に愛想を尽かされました」
「母御が、離婚を!?」
「あ、そうですね。この時代は女性の方から離婚は言い出せませんが、私の時代は離婚を言えるんです。離婚してからはもう、会っていないのですが、元気そうなので安心しています」
「父御に会いたくはないのか?」
采明は首をかしげる。
「父は仕事に集中すると、忘れちゃうんです。家族のこととか、お金のこととか……なので。今は妹と一緒に母が働いてくれるので、私は、炊事、洗濯、掃除もやっています。父が元気ならいいと思います」
「……まだ小さいのに、割りきれるな……賢しいな」
くしゃくしゃと頭を撫でる。
「あの、私はお姉さんですけど?」
「12才の娘が大人びた口調で言うな。ほら、荷物を貸せ。帰るぞ」
荷物を奪い、実綱は采明の手を引いて歩き出したのだった。
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