運命(さだめ)の迷宮
神五郎さんは、とても嫁が可愛い模様です。
「うにゃ……」
寝ぼけ顔で起き上がった采明は、目を擦ろうとして手を取られる。
「駄目だぞ。今日のお前の目は真っ赤だからな?まずは、井戸の水で冷やさなければ」
「だ、旦那様!!」
「本当に、可愛い顔が台無しだぞ?」
姿を見せた侍女が、微笑みながら、
「失礼いたします。采明様には、ゆっくりお休み頂けるようにと、橘樹様からのお言葉です。そして、こちらを」
「あぁ、助かる。ありがとう」
絞った手拭いを受け取った神五郎は、采明を横たえ、目の上に乗せる。
「少し休め。それと、少し体が熱い。熱があるのかも知れぬ」
「で、でも……」
神五郎の指を握り締め、ぐずるように呟く様子に、
「今日からしばらくは出仕せぬ。傍にいるから安心しろ」
「……晴景様と戦になれば、民も地も……」
「ん?戦になどなるものか。はっきり言って、あの方にそのような度胸はない。欅兄上も申されていた。安心するがいい」
よしよしと頭をなで、温まった手拭いを冷えた水で絞り、再び乗せる。
「欅兄上も、晴景様とお知り合い……ですか?」
「兄上は、元々晴景様の傍に仕えておられた。だが、先代に忠言をしたお父上が、怒りを買い腹を斬り……母上も……。妹の葛木は今、俺の母の元におられる。嫁いでおられるのだが、どうしても母がわがままを申されて、困ったものだ」
呟くと同時に障子が引かれ、
「わがままとは、失礼ではありませんか?しかも、実の母に嫁を見せぬとは!!ずるいと思わぬのか!!」
『実の母』
と言う言葉に、采明は飛び起きる。
「も、もも……」
「采明は寝ていろ。母上!!急に息子夫婦の寝所に侵入とは、自分はあれこれいいながら何ですか!?」
神五郎の言葉に、
「橘樹が、橘樹が!!」
「喧嘩はやめてくださいね」
「せぬわ!!橘樹が自慢するのですよ!!『可愛い采明が……』『今日は采明が……』」
采明の前には、橘樹に良く似た……。
「まぁぁ!!可愛いこと!!何て、何て、子兎のような可愛い……神五郎!!」
采明を抱き締め、頭を撫でくり回していた女性は、
「とっとと孫を見せなさい!!嫁がこのように可愛いのなら、生まれてくる子は皆もう可愛いに決まっておるでしょう!!早く私に孫を!!そして、周囲に自慢するのです!!」
「母上……采明はまだ体がしっかりしていないのですよ!!それにぎゅうぎゅうとその怪力で……わぁぁ!!采明!?」
余りにも強い力で抱き締められ、その上微熱のあった采明は目を回してぐったりしている。
慌てて母から奪い取り、
「采明!?大丈夫か?」
そっと声をかけると、はっと目を開ける。
「す、すみません!!あの、嬉しくて一瞬うとうとしそうになりました」
「気絶だ気絶!!」
「い、いえ、本当に。ぎゅっと抱き締められたのは、御姉様と、お、御母様位です」
采明は、慌てて髪を調え、礼儀正しく頭を下げる。
「申し訳ございません。ご挨拶もせず、このような姿をお見せしてしまい娘として、御母上に失礼を……」
顔をあげ、潤んだ瞳に頬が赤い……それでも、愛らしい少女が微笑み再び頭を下げる。
「改めまして、初めてお目にかかります。山吉政久の娘、采明と申します。年は13でございます。まだ未熟で御母様にご迷惑をおかけするかもしれませんが、精一杯、この直江家の嫁として、努力して参りますので、よろしくお願い致します」
「……神五郎」
「何でしょう?」
又母の悪癖がと渋い顔の神五郎の前で、
「采明を私に!!」
「駄目です!!」
「何故です!!母が直々に直江家の嫁について……」
「母上は嫁ではなく父よりも豪気な『梓の前』と呼ばれて、日々武器を振り回しているでしょう!!采明は、見ての通り気を張りすぎて昨日熱を出したんです。数日休ませるつもりです」
神五郎が抱き上げるとぐったりと体を預ける様子に、
「熱を出した!?何があった?橘樹からは、采明はそのように……」
「失礼いたします」
欅と共に橘樹が座り頭を下げる。
「欅、橘樹?何があった?」
「……晴景様の側近方が、奥方様を殿より召し上げて側女にと」
「なんじゃと!?それで、神五郎!!采明を差し出したのか!?」
「何を言われるんです!!采明は私の妻ですよ!!母上は……」
采明が何とか薄く目を開けると、
「わ、私のために……何かあった……時には、わ、私の……」
「何を申しておる!!ようやった!!神五郎!!それでこそ、わらわの息子じゃ!!橘樹も、欅も、本当に感謝しておる……ありがとう。それでこそわらわの自慢の娘夫婦じゃ!!」
「母上。采明は心労でこの様子では起きることもままならぬと思います、しばらく静養させたいと思います。私もこの地を離れ、景虎様と共に。母上も参られますか?」
問いかけに、目も開けていられず、意識も手放した采明の姿に、
「わらわはこちらにおるゆえ、そなたらはあちらに行き、静養をするがいい。あの地には秘湯があってのぉ?子宝の湯と呼ばれて……」
「いないでしょうに!!母上も、冗談も大概にされてください!!」
「つまらぬのう……では、まだ采明は歳にしても体が小さい……孫を生む前に采明も孫も失っては、辛すぎるゆえ……」
くるっと娘夫婦を見た梓は、
「橘樹、欅。はよう初孫を見せてくれぬのか?神五郎のところはまだまだ新婚を楽しみたいようだし……わらわは孫を見てみたい」
「え、えぇぇ!?」
珍しく頬を赤くする橘樹の横で、欅は、
「それは、赤子を授けてくださる神におすがりするしかないかと思いますが……」
「それもそうじゃの。まぁわらわはそなたらの邪魔はせぬゆえ、早めにの?葛木もややができたそうでの、向こうにおるのじゃ」
「そうでしたか……妹に負けぬよう……」
「何を言っているの!?欅!!母上も母上ですよ!!何を言うのですか!!」
橘樹の声に、
「孫の顔を見ずに死にとうはない。早めにの?」
「母上!!」
「では、神五郎?采明を大事にするがよい。そなたは余り執着することもない子ではあったが、采明に対しては、想いがつようて、わらわは嬉しい。その想いがそなたを強くするであろう……」
義理の娘の頬をそっと撫でる。
「そなたの弱味であり、そなたを強くするであろう要でもある。大事にするのじゃぞ?」
「はい、わかっております」
「まぁ、阿呆にはなるな」
母の言葉に、首をすくめ、
「昨日采明に『私は、『采明こん』だ』といっておきました」
「『あやめこん』?なんじゃ、それは」
「源氏物語の光源氏は、紫の上を幼い頃から自分の人形のように育て、自分の言うことを聞く存在を愛するのを何か言っていたのですが『人形愛嗜好』と言えばいいのだと。他にも、年下の幼い少女を愛するのを『ろりこん』とか、『幼女愛嗜好』とか、言うそうなので、嗜好ではないですが、私は采明にだけは執着するし大事にすると伝えておきました」
その言葉に、橘樹は固すぎる弟の真逆とも言えるデレデレアマアマ発言に、呆気に取られ、欅すらも固まったが、梓が、目を輝かせ、
「よう言うた!!それでこそわらわの息子じゃ!!旦那様ももっとそなたのようになってほしいものじゃ!!采明に会わせたい!!明日にでも来ると申しておったゆえ、話して聞かせるがいいぞ?」
「そうですか。そうします。姉上たちは何か不気味なものを見るような目で、私を見るのです。いけないのかと思っていたのですが、母上のお言葉で、安心しました」
「大丈夫じゃ!!本当に……成長した!!それでこそ、直江家の当主!!」
と、母梓に言われたのだが、翌日言うと、父が、
「……これは狸か狐に化かされておる!!祈祷を!!」
と大騒ぎになったのだった。
寝ぼけ顔で起き上がった采明は、目を擦ろうとして手を取られる。
「駄目だぞ。今日のお前の目は真っ赤だからな?まずは、井戸の水で冷やさなければ」
「だ、旦那様!!」
「本当に、可愛い顔が台無しだぞ?」
姿を見せた侍女が、微笑みながら、
「失礼いたします。采明様には、ゆっくりお休み頂けるようにと、橘樹様からのお言葉です。そして、こちらを」
「あぁ、助かる。ありがとう」
絞った手拭いを受け取った神五郎は、采明を横たえ、目の上に乗せる。
「少し休め。それと、少し体が熱い。熱があるのかも知れぬ」
「で、でも……」
神五郎の指を握り締め、ぐずるように呟く様子に、
「今日からしばらくは出仕せぬ。傍にいるから安心しろ」
「……晴景様と戦になれば、民も地も……」
「ん?戦になどなるものか。はっきり言って、あの方にそのような度胸はない。欅兄上も申されていた。安心するがいい」
よしよしと頭をなで、温まった手拭いを冷えた水で絞り、再び乗せる。
「欅兄上も、晴景様とお知り合い……ですか?」
「兄上は、元々晴景様の傍に仕えておられた。だが、先代に忠言をしたお父上が、怒りを買い腹を斬り……母上も……。妹の葛木は今、俺の母の元におられる。嫁いでおられるのだが、どうしても母がわがままを申されて、困ったものだ」
呟くと同時に障子が引かれ、
「わがままとは、失礼ではありませんか?しかも、実の母に嫁を見せぬとは!!ずるいと思わぬのか!!」
『実の母』
と言う言葉に、采明は飛び起きる。
「も、もも……」
「采明は寝ていろ。母上!!急に息子夫婦の寝所に侵入とは、自分はあれこれいいながら何ですか!?」
神五郎の言葉に、
「橘樹が、橘樹が!!」
「喧嘩はやめてくださいね」
「せぬわ!!橘樹が自慢するのですよ!!『可愛い采明が……』『今日は采明が……』」
采明の前には、橘樹に良く似た……。
「まぁぁ!!可愛いこと!!何て、何て、子兎のような可愛い……神五郎!!」
采明を抱き締め、頭を撫でくり回していた女性は、
「とっとと孫を見せなさい!!嫁がこのように可愛いのなら、生まれてくる子は皆もう可愛いに決まっておるでしょう!!早く私に孫を!!そして、周囲に自慢するのです!!」
「母上……采明はまだ体がしっかりしていないのですよ!!それにぎゅうぎゅうとその怪力で……わぁぁ!!采明!?」
余りにも強い力で抱き締められ、その上微熱のあった采明は目を回してぐったりしている。
慌てて母から奪い取り、
「采明!?大丈夫か?」
そっと声をかけると、はっと目を開ける。
「す、すみません!!あの、嬉しくて一瞬うとうとしそうになりました」
「気絶だ気絶!!」
「い、いえ、本当に。ぎゅっと抱き締められたのは、御姉様と、お、御母様位です」
采明は、慌てて髪を調え、礼儀正しく頭を下げる。
「申し訳ございません。ご挨拶もせず、このような姿をお見せしてしまい娘として、御母上に失礼を……」
顔をあげ、潤んだ瞳に頬が赤い……それでも、愛らしい少女が微笑み再び頭を下げる。
「改めまして、初めてお目にかかります。山吉政久の娘、采明と申します。年は13でございます。まだ未熟で御母様にご迷惑をおかけするかもしれませんが、精一杯、この直江家の嫁として、努力して参りますので、よろしくお願い致します」
「……神五郎」
「何でしょう?」
又母の悪癖がと渋い顔の神五郎の前で、
「采明を私に!!」
「駄目です!!」
「何故です!!母が直々に直江家の嫁について……」
「母上は嫁ではなく父よりも豪気な『梓の前』と呼ばれて、日々武器を振り回しているでしょう!!采明は、見ての通り気を張りすぎて昨日熱を出したんです。数日休ませるつもりです」
神五郎が抱き上げるとぐったりと体を預ける様子に、
「熱を出した!?何があった?橘樹からは、采明はそのように……」
「失礼いたします」
欅と共に橘樹が座り頭を下げる。
「欅、橘樹?何があった?」
「……晴景様の側近方が、奥方様を殿より召し上げて側女にと」
「なんじゃと!?それで、神五郎!!采明を差し出したのか!?」
「何を言われるんです!!采明は私の妻ですよ!!母上は……」
采明が何とか薄く目を開けると、
「わ、私のために……何かあった……時には、わ、私の……」
「何を申しておる!!ようやった!!神五郎!!それでこそ、わらわの息子じゃ!!橘樹も、欅も、本当に感謝しておる……ありがとう。それでこそわらわの自慢の娘夫婦じゃ!!」
「母上。采明は心労でこの様子では起きることもままならぬと思います、しばらく静養させたいと思います。私もこの地を離れ、景虎様と共に。母上も参られますか?」
問いかけに、目も開けていられず、意識も手放した采明の姿に、
「わらわはこちらにおるゆえ、そなたらはあちらに行き、静養をするがいい。あの地には秘湯があってのぉ?子宝の湯と呼ばれて……」
「いないでしょうに!!母上も、冗談も大概にされてください!!」
「つまらぬのう……では、まだ采明は歳にしても体が小さい……孫を生む前に采明も孫も失っては、辛すぎるゆえ……」
くるっと娘夫婦を見た梓は、
「橘樹、欅。はよう初孫を見せてくれぬのか?神五郎のところはまだまだ新婚を楽しみたいようだし……わらわは孫を見てみたい」
「え、えぇぇ!?」
珍しく頬を赤くする橘樹の横で、欅は、
「それは、赤子を授けてくださる神におすがりするしかないかと思いますが……」
「それもそうじゃの。まぁわらわはそなたらの邪魔はせぬゆえ、早めにの?葛木もややができたそうでの、向こうにおるのじゃ」
「そうでしたか……妹に負けぬよう……」
「何を言っているの!?欅!!母上も母上ですよ!!何を言うのですか!!」
橘樹の声に、
「孫の顔を見ずに死にとうはない。早めにの?」
「母上!!」
「では、神五郎?采明を大事にするがよい。そなたは余り執着することもない子ではあったが、采明に対しては、想いがつようて、わらわは嬉しい。その想いがそなたを強くするであろう……」
義理の娘の頬をそっと撫でる。
「そなたの弱味であり、そなたを強くするであろう要でもある。大事にするのじゃぞ?」
「はい、わかっております」
「まぁ、阿呆にはなるな」
母の言葉に、首をすくめ、
「昨日采明に『私は、『采明こん』だ』といっておきました」
「『あやめこん』?なんじゃ、それは」
「源氏物語の光源氏は、紫の上を幼い頃から自分の人形のように育て、自分の言うことを聞く存在を愛するのを何か言っていたのですが『人形愛嗜好』と言えばいいのだと。他にも、年下の幼い少女を愛するのを『ろりこん』とか、『幼女愛嗜好』とか、言うそうなので、嗜好ではないですが、私は采明にだけは執着するし大事にすると伝えておきました」
その言葉に、橘樹は固すぎる弟の真逆とも言えるデレデレアマアマ発言に、呆気に取られ、欅すらも固まったが、梓が、目を輝かせ、
「よう言うた!!それでこそわらわの息子じゃ!!旦那様ももっとそなたのようになってほしいものじゃ!!采明に会わせたい!!明日にでも来ると申しておったゆえ、話して聞かせるがいいぞ?」
「そうですか。そうします。姉上たちは何か不気味なものを見るような目で、私を見るのです。いけないのかと思っていたのですが、母上のお言葉で、安心しました」
「大丈夫じゃ!!本当に……成長した!!それでこそ、直江家の当主!!」
と、母梓に言われたのだが、翌日言うと、父が、
「……これは狸か狐に化かされておる!!祈祷を!!」
と大騒ぎになったのだった。
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