運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

お父さんとお母さんは孫を引き取ることになったようです。

はるかは、泣き続ける百合ゆりに慰める景虎かげとら、そして、保育器の男の子の実明さねあきと、救急車の寝台で意識のない男装の少女を見つめる。

景資かげすけと呼ばれていたし、弥太郎やたろうとも呼ばれていた。
少女の傷が、先程の采明の傷よりも深く、腰骨の横から斜めに肺の寸前まで達していた。
いくら怪我人で妊婦の采明を狙ったにしても自分が庇えば良かったと、後悔しかない。
こんなに華奢で10才程の女の子を昏睡状態寸前まで陥らせた、安田を、自分が二発撃ち苦しみのたうち回るさまを見たいと思うほどである。

救急車が止まり、扉が開かれる。
そして救急隊員が、寝台車を引き出し病院の中に入っていく。

「よろしいですか?」
「あぁ、頼む。百合さん、景虎くん一応怪我がないか見てもらうといい」
「遠藤さんはどうされる?」

不安げな少年の頭を撫で、

「保護者の方が来られるまで、付いているよ」
「ありがとう……私一人では……不安で……本当に、情けない!!私が!!」

涙ぐむ少年に、

「良いんだよ。君は悪くないんだ」

保育器の赤ん坊と、昏睡状態の少女……手術は成功したようだが、当たりどころが悪く、全治二ヶ月どころかリハビリにも数年はかかると内々に聞いていた。
それを聞いた救急病院の院長であり、父のたもつに副院長の長兄のゆかりも苦々しげに。

「ようやったの!!この可愛い娘に、しでかした仕打ち!!警察はなんと思っておる!!一般の女の子に!!」
「しかも、この赤ん坊の母親も打った衝撃で早産だろう!?本当にそれが刑事なのか!?」
「えっと……本当に申し訳ありません。父……院長、副院長……私に非があります」
「違う!!遼さんは私たちに良くしてくれた!!注意しろと!!でも、やったのは安田って言う男だ!!」

景虎が必死に訴える。

「遼さんは私たちを守ってくれたし、花岡医師も、儁乂しゅんがいと言う兄さんも!!悪いのは……悪いのは私なんだ!!」

泣きじゃくる景虎に、ふと、紫が、

「この子は、弥太郎と呼ばれていたけれど、男の子として育ったのかな?」
「……私の乳母の子供で、弥太郎の兄弟は皆母譲りの美少女じゃ……。特に最初に生まれた弥太郎を心配された母上が弥吉やきちと……。母上は、女性として当然の愛情や子育ての間の夫のサポートを受けられぬ上、男に性的暴力を受け続け、泣き続けた。上の二人の父親は私の兄だ。兄は母上を捨てた」

大人3人は息を飲む。

「兄は母上をもてあそび捨てた。屋敷を追い出された弥吉と妹のはるは母親と別の屋敷に奉公に上がるが、そこでもここでは言えないことを受け続け……3人の子供を儲けた。夫だと言う男が賭け事で借金を作り、その代わりに……」

俯く。

「それだけでも、許せぬのに、弥太郎は、苦しみ嘆く母の姿を見ておるゆえ……自分は女の子になりたくないと……この姿じゃ……聞くと、母上は最低な前の夫とは離婚し、現在年は上ではあるが私の守役のじいと再婚され、女の子が二人生まれたと聞いておる。幸せになった母上のように……弥太郎が、幸せになってほしい」
「申し訳ありません!!」

人々の間をすり抜け現れたのは、元直げんちょくりょう、そして月英げつえいである。

「景虎!!」

元直の声に俯いたままびくんっと身をすくめる。

「本当に……本当に無事なんだね!?大丈夫かい!?」
「……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……わ、私のせいで、私が!!」

わぁぁん!!

泣き出した景虎を抱き上げる元直。
比較的落ち着いた亮は、問いかける。

「申し訳ありません。私が、この景虎くんと百合ちゃんの教官、諸岡亮もろおかりょうと申します。百合ちゃんは?それに電話での情報が曖昧で良く解らず、確認のために参りました」
「私は、光来月英こうらいげつえいと申します。そして、景虎が抱きついているのは、景虎の義理の兄、庄井元直しょういげんちょくと申します」

二人は頭を下げる。

「申し訳ありません。私は、警察庁の遠藤遼えんどうはるかと申します。そして、この病院の院長の遠藤保えんどうたもつ、副院長の遠藤紫えんどうゆかりと申します」
「そうでしたか。花岡医師は……」
「ここの非常勤の医師であり、個人病院もされているのです。小さい頃にはとてもお世話になっておりましたので……今も、赤ん坊と大怪我をした……」
采明あやめちゃんですか!?」

亮の声に、遼は首を振る。
景虎が、

「亮先生……私の、私の乳母の娘で、弥太郎やたろうと言う……」
「弥太郎!?女の子に?」
「……兄がもてあそんだある屋敷に仕える侍女だった。弥太郎にはると言う子供を生んだ姉上を兄は捨て……苦しい目に……あってきて……弥太郎は母親を、弟に妹たちを守るために男として……や、弥太郎!!」

手術室から出てきた痩せた少女……。
真っ青な顔で、酸素吸入を受けている。
そのまま運ばれていくのを景虎は見ているしかできない。

「先生!!弥太郎は!?弥太郎……」

花岡医師は、渋い顔ながらも、

「もう少し当たりどころが悪ければ、命はなかった。だが、体に巻き付けていたさらしのお陰で何とかなったわい。止血もできたしの。だが、元のように武器などは使えんな。あの撃った男!!何の悪気もない女人を二人も撃ち、良くのうのうとおれるもんじゃ!!さっきの采明と言い、今回の方が傷が深くしばらく集中治療室に!!よいな?」
「そんなにひどい怪我を!?」

景虎の声に、医師は暗い表情で、

「顔や頭は無事じゃ。骨にも影響はない。あるのは、腰よ。歩くことは困難じゃ」
「……そんな……!!そんな!!」
「子宮は無事だけれど、腰から下が動かん。杖を使えるかどうかも経過を見ないと分からん……それほどの大ケガじゃ。采明の怪我も、腕が大丈夫か不安で仕方がないが……采明の方がましだ……何を考えておる!!こんな愛らしい、前途のある娘に!!」

それでも人を守る警察か!!

苦々しげに吐き捨てる声が響いた。

「……」

一気に沈んだ声に、遼が口を開く。

「百合さんのご家族は?」
「国から来るそうです。そうでした。赤ん坊は!!」

月英の問いかけに、

「小さいですが、元気な赤ん坊ですよ。男の子で、『実明さねあき』くんと言うそうです」
「……良かった……良かった……」

泣きじゃくる景虎の汚れと擦り傷を見つけ、元直は、

「すみません。この子も少しですが怪我をしているようです。見ていただいても構いませんか?」
「はい、良いですよ」

小児科医の紫が二人を連れ去っていく。

「このまま立ち話もなんでしょう。こちらに」

保の案内で、奥の院長室に向かう。

「……申し訳ありません」

ソファに座った遼が頭を下げる。

「私の部下……安田文則やすだぶんそくと言いますが、その男が采明さんを狙い、肩に当たりました。そして産気付いた采明さんの出産を運んではいけないと、その場で花岡医師に来ていただいたのです。そして、ご主人も一緒に。生まれた赤ん坊は……」
「1200ほどかの。小さかったが、今では元気にミルクを飲んでおる」
「それ時に、撃って逃げていた安田が戻ってきて、もう一度撃とうとしたときに、庇ったのが彼女です。申し訳ありません……私の部下が、愚かなことを!!」

頭を下げる。

「あの女の子は……」
「警察官の不祥事を揉み消す気はありません。徹底的に追及するつもりです。それと、今の現状で言えば……父……院長先生と花岡先生」
「……下半身不随……の可能性がある。違うか?花岡医師」
「……酷なことを告げたくはないが……そうなるの」

月英と亮が息を飲む。

それほどの怪我を負わせたのか?その男は!!

「犯人……撃った刑事は……」
「先程連絡があり、部下の勾田儁乂まがたしゅんがいが身柄を確保。拳銃も取り上げ、連行いたしました」
「……そうですか……」
「ですが、無抵抗な少女を二人。しかも一人は身ごもっている妊婦に撃つ。これは警察側が揉み消そうと動いても、私は公表致します。そして上司である自分の責任も追及するつもりです。これで許される……ことではありませんが……本当に、本当に!!」

悔しげに言葉を漏らす。
と、扉がノックされ、

「院長。警察の勾田様がお越しです」
「お通ししてくれ」
「はい」

扉が開かれ長身の筋肉隆々の青年が近づく。

「おらっ。遼。一人でべそかいてんじゃねぇ。お前よりも大怪我をしたあの小さい子を何とか考えろ。あの馬鹿への追及は、警視総監や首相にも警察庁長官にもお知らせ済みだ。記者にあれこれ追い回されるよりも、首相の会見を即やるってよ」

その言葉に、保がテレビをつけると、首相と警視庁長官、警視総監の会見が始まった。
画面上では、冷ややかな表情の首相と苦々しげな警視総監に、汗をふきふき口を開く安田長官が、

「先程、緊急にあった事件の概要を説明致します。ある県にて、警察官が不審者二人を拳銃で撃ったとのこと」
「嘘をつくな!!」

警視総監の夏侯元譲かこうげんじょうは、冷たく、

「一人は妊婦、妊娠8ヶ月余りの女性。肩を撃たれ、そのショックで早産。撃ったのは安田文則やすだぶんそく。貴方の息子ですな?」

周囲はざわめき、長官は、

「む、安田刑事は不審者を撃ったと!!」
「妊婦が不審者?お笑いですな」

元譲は笑うと、

「その場に駆けつけた、遠藤警部と勾田警部がその女性の治療のために医師を呼び奔走しているなかを、駆けつけた一人の少女が、安田刑事は再び妊婦であるその女性を撃とうとしたのをかばい、その少女は大怪我をしたと」

取材陣はざわめく。

「しかもその場には、柚須浦百合ゆすうらゆりさんと、庄井景虎しょういかげとらくんがいて、その惨状を見て百合さんは倒れてしまったとか。子供さんは小さいながらも生まれましたが、女性は肩を撃たれ摘出手術。もう一人の少女は、腰骨から肺の寸前まで弾が貫き、手術中とか……」

遼がポケットから電話を取りだし、電話を掛ける。
すると、元譲のポケットから電話のベルがなり、取る。

「もしもし。警視総監でいらっしゃいますか?遠藤です」
「あぁ、遠藤!!二人の状態は?大丈夫か!?」
「一人の妊婦の方は、身元が判明いたしました。5年前に行方不明になられた、柚須浦采明さんです。出産後、又撃たれたら怖いと姿を消し……只今、捜索中です」

後ろにあったホワイトボードに、元譲が、書き込み始める。

「采明さんは、お子さんが小さく危険なため、何度も頭を下げ、局部麻酔で摘出した傷口を押さえ姿を隠しました。そして、もう一人のお子さんは、12才ほどの女の子です。庄井景虎くんの幼馴染みで、名前は……」
咲夜さくや!!名字はわからない!!」

月英の小声で伝える言葉を繰り返し、

「咲夜さんと言うそうです。名字は聞き忘れました。咲夜さんの傷は、かなり酷く、現在遠藤総合病院で、摘出手術を受けましたが、昏睡状態が続いています。そして腰の神経をやられているようで、下半身不随の可能性があります。つまり全治半年以上……車椅子生活になるようです」
「何だと!?」

愕然とした声で叫ぶ元譲に、

「どうした?警視総監?」

首相の声に、元譲は、

「この景虎少年の幼馴染みの少女は、柚須浦采明さんをかばうために背後から撃たれ、腰から内臓まで……現在昏睡状態、撃たれた場所も悪く、腰の神経を!!下半身不随の可能性があるとのこと」
「何だと!?」

立ち上がった首相は、

「安田……日本の警察は、いつ、無抵抗な、武器も持てぬ妊婦や女性を撃つような所になったのだ!!」
「い、いえ!!いえ!!首相!!息子は!!刑事は不審者だと!!」
「妊婦に子供のどこが不審者だ!!恥を知れ!!」

怒鳴り付けると、

「春の国の公主に謝罪の電話を!!そして、安田!!前に、この国の少女が起こした琉璃りゅうり公女への暴力事件があったな?」
「は、はい!!」
「百合さんと景虎くんの事件は、大元はその娘が再び公女を傷つけようと追い回していたと遠藤くんより直々に相談があった。安田が動いてくれないと悩んでいたが、どう言うことか説明してもらえるか?」

首相の迫力のある声に萎縮し、口をぱくぱくするのみである。

「これでは役に立たん!!遠藤くんに陣頭指揮を移せ!!行方不明の柚須浦采明さんを、再び行方不明にし、幼い少女に一生の傷を負わせた罪……揉み消そうと思うな?」

首相の一言に青ざめたまま長官は頷くしかなかったのだった。

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