運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

儁乂さんは、遠慮がちな遼さんと食って掛かるゆかりんが少々イライラするそうです。

「どう言うことだい!?はるか!!大分良くなったと思っていたのに!!」

寝込む少女の診察をしたゆかりに、遼が、

「すみません。少し……無理をさせてしまって……」
「だからね!!無理はさせるなって言って!!」
「本当にすみません。注意します」

謝る弟に、きっと睨んだ紫は、

「こんなようでは、今すぐにでも、咲夜さくやさんから、警備外して貰う!!」
「……!!……はい、解り……」
「解んな、ボケ!!」

儁乂しゅんがいが遼を押し退け、紫に近づく。

「ゆかりん?咲夜ちゃんは男苦手なの知ってる?」
「それは、大体」
「母親の辛い目を見続け、母親を守るために男として生きてきた。その気持ち解る?聞き分けがよくて、大人しくて、礼儀正しい……良くできた女の子を……いい子でいることがどれだけ大変か解る?」
「そ、それは……」

紫は長男で、跡取りとして嘱望されて育った。
そしてそれなりの学校に通い、医師となった。
でも、同じ長子でも、自分はある程度自由もあった。
だが……。

「一番上で、下に何人も弟妹がいて、お母さんが再婚するまで、子供が小さい上にあまり丈夫でないお母さんを支えるために働いて、ある武家の屋敷に住み込みで働けることになって、どれだけ喜んだか解る?その上そのお屋敷のご主人が優しい人で、勉強を教えてもらい、古着ではあるものの幾つも着物を揃えてもらい、遊ばせてくれた……そんな子供が、たった一人この世界に取り残されてどれだけ不安かわからない?」
「儁乂……」
「遼は、ぐずる咲夜を本当に可愛がっていたじゃないか!!抱き上げてあやしたり、色々なものを見せたり!!それにな!!」
「儁乂!!それは!!」

儁乂はクローゼットから箱を取り出すと、中身を突きつける。

「これは、ゆかりんのベアと、山田さんのベアだ!!ベアを作ったのは遼だが、着物を作ったのは咲夜ちゃんだ。真面目すぎて、ウェルカムベアを作っているのに、時間があったら隠れるように作っていた。疲れていたんだろう。だが、その疲れは、遼だけのせいじゃねぇ!!ゆかりんや山田さんに気持ちを込めたものを贈りたいんだと思う気持ちであって、悪いもんじゃない!!」
「……これを……?」
「そうだよ。まぁ、琴の演奏にも疲れたんだろうが、それ以上にこっちに根を詰めすぎだ。しばらく休ませた方がいいだろう」

遼は瞳を伏せて下がる……と、袖を握りしめる小さな手が、

「遼さま。だっこ……」

うるる……

瞳を潤ませる咲夜。

「だっこしてください。いいこいいこ……して」

ふえぇぇ……

泣きじゃくる少女に慌てて抱き上げる。

「遼さま悪くないの……私が悪いんです。だから……紫先生ごめんなさい!!私が悪いんです……だから、だから……」
「咲夜?良い子だからお休みしよう。ね?」
「いやぁぁ!!離れたらいなくなって……ふえぇぇぇ!!」
「えっと、時々来る……と思う」
「時々やなの!!いつもがいいの!!わぁぁん!!」

初めて見る弟の完全動揺状態に、驚くと言うより呆れる。
恋愛音痴と言われているが、ちゃんと恋愛している……まぁ、自分の年の半分以下の幼い少女だが。

「わ、解ったよ。咲夜ちゃん。遼は咲夜ちゃんと一緒にいるからね?わがまま言っても良いし、何でも言うこと聞いてくれって言ってもいいから、だから泣かないで」
「ふぇぇ?本当?遼さま、一緒?いい?」

ひっくひっくしゃくりあげる咲夜に、

「大丈夫。他の誰が反対しても、先生が、遼にのしつけて君に進呈するから」
「はぁ!?兄上!!のしって何ですか!!人を何だと!!」
「それがダメなら『婚姻届』の下の欄に、父上と、私の名前を書いておくからね!!」
「兄上!!」
「と言うわけで、その中身は沙羅さらには内緒にしておいて、儁乂、うららさん。まぁ、遼がロリコンではないのは解っていますが、変なことをしないように見張っていてください。まぁ、咲夜ちゃんは今日の夜のリサイタルは車イスで長時間は大変だから、クッションと足を伸ばせるようにして、毛布をかけておくこと。それで出席してね?」

ヒラヒラと手を振って去っていく兄に、

「私に変な趣味とか言わないでください!!何考えてるんです!!」
「ふえぇぇ!!だっこ!!」
「わぁぁ、ハイハイ。咲夜はいいこいいこ」

遼は兄を追うのを諦め、抱き上げて泣き止ませるのに専念するのだった。



夕方、一時的に疲労が溜まっていた咲夜の熱も下がり、月英げつえいが姿を見せる。

「元気そうだね。咲夜。あ、そうそう。君の一つ違いの、私の妹の琉璃りゅうりがね?これを身に付けてほしいだって」
「身に付ける?」
「ほら」

小さな小箱を差し出す。
その中には、四つ葉のクローバーに、小さなてんとう虫。
これは精巧な装飾品である。
一緒に見ていた遼でも解る、クローバーにはエメラルドが用いられ、てんとう虫はルビーとオニキスを使っている。
大病院の御曹司でも、値段を言いがたい超高級品……。
咲夜も無意識にわかっているのか、ネックレスに、イヤリング、指輪に躊躇ためらう。
月英が微笑む。

「値段とかは気にしないで。これは君が元気になってから行く春の国の風習なんだよ。その国の国の花と言うのは四つ葉のクローバー。そして、てんとう虫は小さくても飛んで来るだろう?幸運を運んでくると言われている益虫なんだ」
「『えきちゅう』?」
「そう。てんとう虫って何を食べるのか知っているかな?」

咲夜は首を振る。

「てんとう虫は、お花や作物の茎にくるアブラムシと言う、小さくて蟻よりも小さい青い虫がついているのを知っている?」
「あ、知っています!!一杯くっついてて、知り合いのおじさんに、野菜を分けてもらったときに、お湯でくぐらせて川の水で洗ってから食べてました」
「そうそう。そのアブラムシを食べてくれるから花も綺麗に咲いたり出来るから、とても重宝されているんだよ。それとてんとう虫の『てんとう』は『天道』と言う太陽の神様の名前の別名。小さい体で、太陽に向かって飛ぶ……未来へ飛び立つと言う意味でね。君が通うことになる学院の校章も四つ葉のクローバーにてんとう虫。で、これはね?向こうの国の風習で、イヤリングは二つあるだろう?一つを大好きな人にあげる、そしてお互い身に付けると幸せになれるって言うものでね?12才になったら、大好きな人にあげるんだって」

咲夜は目をキラキラさせる。
女の子は綺麗なものが好きであり、そして、そんな素敵なことを聞くと嬉しくなる。

「えっと、本当に戴いても?あの……私は、ものの価値が解りませんし、音楽学校と言うのも……よく解りません。でも、一杯勉強したいです」
「それでいいんだよ?一杯勉強して、素敵な女性になるんだ。咲夜ならなれる。で、咲夜は肌も白いし、瞳も髪も美しい色だから、その映える色をと思ったんだ」
「青い……ですか?」
「青……あぁ、昔はこの色を青といっていたね。今は緑色と言うんだよ。でも、イヤリングなどに濃いめの色を使っているから、淡くて、フワフワっとしたフリルにレース、上品なスタイルにしているよ?麗さん。申し訳ありませんが、着替えを手伝っていただけますか?」

儁乂といた麗がにっこり笑う。

「えぇ!!是非。咲夜ちゃんを可愛く装わせていただけるなら!!」
「絶対に似合いますよ?警視総監の奥方と私の母が親友で、咲夜を見ただけで、これはこうで……とワクワクしてました」
「まぁ、それは素敵!!」
「あ、そうでした。うちの母が、麗さんと勾田まがたさんに折り入ってお願いがと、コンサートのあとにお時間をいただけたらといっておりました」
「大丈夫です!!ね?儁乂?」
「お前……俺の意見聞く気ないのに言うな」

口調はブーイングだが、楽しそうである。

「あぁ、麗さん。父から先日のお礼にと」

渡された小箱の中に、ルビーのプチネックレスに驚く。

「えぇぇ!?こんな素敵なもの……いただけません!!」
「父からだけではなく、公主からでもあるのです。気持ちですのでどうぞ受け取ってください」

箱を夫に手渡すと、首には何もつけていなかった麗がチェーンを後ろに回し、月英が、

「失礼しますね」

と、つける。

「わぁぁ……本当にドキドキするわ!!る、ルビーよ?誕生石だけど、こんなに精巧な素敵なプチペンダントには驚くわ……それにピジョンブラッド!!」
「……俺の3ヶ月分の給料の婚約指輪、それだけで幾つ買えるんだ……」

がっくりくる儁乂に、月英が、

「はい。儁乂さんも公式の場ですし、ネクタイピンとボタンです。どうぞ」
「……うわぁ……うちんち、これだけで一財産あるわ……」

ぼやく。

「では、着替えをしますので出ていってくださいね」

月英は二人を追い出し、

「フフフ!!可愛い女の子を着せ替えできるほど幸せな時はないわ!!」
「月英さんの本性ってそれですか……」
「当然よぉ!!と言っても、オカマとかではなくて、昔、女の子モデルとして仕事をしてたのよ。これでも結構売れっ子だったんだから。で、自分がもう着れないでしょう?琉璃や咲夜に着て貰えたら嬉しいわぁ!!」

麗は、月英が今でも女装をして、パーティーや表舞台に出ていることを黙っていることにしたのだった。

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