運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

音楽学院の門はとても狭く難関で知られています。

第一部は、狭き門を潜り抜けてきた6才くらいから12才までの少年少女。

それぞれ特技の歌を披露したり、ピアノ、ヴァイオリンを演奏する。

そして、それを学長の瑠璃るりりょうを初めとする審査員がチェックをする。
しかもその場で、正否判断が下されるのだから手厳しい。

次第に人数が減り、残った最後の少年が不合格と判定されると、
不合格者の親達のブーイングが響く。

「何で!!あの柚須浦百合ゆすうらゆりさんの妹さんは審査なしで合格ですの!!」
「そうだ!!」

ブーイングが、グサグサと刺さるのをはるかがかばおうとするが、

「遼さま。私を舞台につれていってください。琴は全てを弾くことは無理だと思いますが、采明あやめさまに習った、歌があるのです」
「大丈夫なのか!?無理をすれば……」
「あの、だ、だっこしていてくれますか?とっても緊張するので……」

遼に抱かれ壇上に姿を見せた淡いグリーンのドレスの美少女は、頭を下げる。

「申し訳ありません。私は、柚須浦百合の3才下の妹の咲夜さくやと申します。先日事故に遭い、下半身が動かず、このような姿で申し訳ありません」

痩せた華奢な少女の初々しいドレス姿に記者たちのフラッシュがたかれ、ビクッと怯える。
その咲夜の背中をそっと叩き、カメラを睨み付ける。

「咲夜は怖がりだ!!写真を撮りたいのなら、学長や公主の許可を得ていただこう」
「警察の人間が、個人警護していいのですか!!」

その声に、総理大臣が、

遠藤遼えんどうはるか警部からすでに辞職願を受理している。個人的に恋人を守っても問題はないだろう?」
「えぇぇ!?」

声をあげる周囲に、

「あ、あの……学長先生……。音を出してくださいませんか?」
「私がだそう」

小さい頃からピアノを習っていた遼がピアノに近づき、

「何を歌うんだ?」
「プッチーニの歌劇『トスカ』から『歌に生き、恋に生き』です」
「は?あれは……」

この曲は……これは政治犯をかくまった罪で死刑に処せられる恋人のカヴァラドッシをすくうために、悪辣な権力者スカルピアと対峙する場面で主人公のトスカが歌う曲。
自分の身を差し出せば、恋人は助かる、しかし、自分の身を差し出すことは裏切りになる。
どうしてこんな風になったのか嘆き悲しむアリアである。

歌うのはイタリア語で当然ソプラノであり……。

「大丈夫です」

にっこりと微笑んだ咲夜は遼から音を出してもらい、そして、歌い始める。

『恋に生き、歌に生き、私は周囲に悪いことなどしていませんでした。
多くの苦しみを持つ人に会い、その度に助けてあげました。
いつも神に祈りを捧げてきました。
いつも心から信仰しておりました。
それなのにどうして、このような苦しみを私に与えるのですか?
どうして、私が捧げた歌を優しく聞いてくださったのではないのですか?
どうして神様は私にこんな仕打ちをするのでしょうか?』

咲夜の声は、本当に透き通るほど純粋で癖のない素直な声である。
乱れがなく、ブレもなく……そして、その曲の思いを歌う。
途中、ポロポロとこぼれ落ちる真珠のような涙に、遼しかわからない小さな体は本当に辛い思いを抱えているのだと、小さく震えている。

最後まで、伴奏なしで一気に歌いきった咲夜の『トスカ』をみて、周囲は思う。
彼女は天才だと。
そして、運ばれてきた琴の前に遼に支えてもらいつつ、昼間弾いた曲を一気に弾ききった。

ふらふらとした咲夜は、それでも、

「申し訳ありません。私は、歌うことと、琴に琵琶びわ、横笛、篳篥ひちりき等を習っております……まだ本調子ではなく……お耳汚しかと思いますが、どうか審査をよろしくお願いいたします!!頑張りま……す……」
「咲夜!!咲夜!!」

遼に倒れ込むように意識を無くし、慌ててゆかりが壇上に上がり、脈を確認する。
そして、患者ではなく、最終審査の生徒の保護者を睨み付けて叫ぶ!!

「いい加減にしてくれ!!この子の負担になるのが解らないのか!!咲夜ちゃんは、この間お姉さんの采明さんと二人でいたところを、警官に撃たれて、采明さんは肩に怪我を負い、その上早産で男の子を出産し、咲夜さんを隠して囮になって逃げた!!この子は、背後から警官に撃たれて腰から肺ギリギリに達する銃弾で生死の境をさ迷っていたんだ!!最近ようやく元気になりつつあったのに!!今日は調子が良く、参加させてあげたいと!!そう思っていたのに!!」
「兄上!!私が連れて帰ります!!後は皆さんの……」
「自由にどうぞだ!!遼。点滴に、余りにも良く倒れる。精密検査を」
「はい!!」

紫は、咲夜を抱いた遼と共に去っていく。
その様子にスッと立ち上がった瑠璃と亮。

「参りましょう。亮さん」
「はい。そうですね。今回の審査には、合格者はなしと言うことですね」
「いいえ、一人。『トスカ』の『歌に生き、恋に生き』を歌いきった柚須浦咲夜さんだけだわ」
「え、えぇぇ!!私の息子!!」
「娘は!!合格を!!」

合格点をもらっていた子供の親が、食って掛かる。
それを、亮は、冷たい眼差しで、

「咲夜さんは、正式な先生に習っていません。咲夜さんは私が最初に個人レッスンを引き受けたお姉さんの采明さんに習っただけです。お姉さんと同じ所に癖があるので良くわかります」
「癖?」
「采明さんも咲夜さんも、感情移入する歌手です。曲をただ歌うのではなく、この『トスカ』は、主人公のトスカが恋人のことを思い悩み、恋人を助けたい……でも、そうすれば彼の愛を裏切ってしまう。どうすればいいの……と嘆く曲です。二人は本当に心底その部分に感情を出しながら歌う……曲の内容を深く感情移入するのですよ。それだけ曲を読み込んでいるんです。ただ口先だけの歌い手とは違います。そして咲夜さんは、琴の曲も体が弱っているのに力強く弾ききりました。技巧のミスもなく、緊張していても曲が走ってしまうこともない。彼女と同じレベルでやれる子がいますか!?」

亮は、

「私たちの学校では、ただこの学校に入ったから後はなんとかなるという理由だけで入学されたくはない!!別の審査では、一人、ヴァイオリンの名手の少年を選抜しており、残り二人は帝王学を学ぶ特殊クラスに編入学ですので、4人となります。それでは失礼。準備がありますので」

シーン……周囲は静まり返る。
そして、

「パパ、かっこいい~!!瑠璃おばあちゃまも綺麗!!」

きゃっきゃと喜ぶ幼児。

「それに、お姉ちゃんのお歌上手だった!!すごいね!!おじいちゃま」
「そうだねぇ。瑠璃はというよりも亮は、とても厳しい審査をするからね。他の採点者が合格点を出しても、首を振るよ。弟子のその又弟子になるという理由だけでは、亮は選ばないよ」
「うーん。ぼくもお姉ちゃんのお歌じーんとして、泣きそうになったよ。お姉ちゃんの声も顔も本当に寂しそうで悲しそうだった。遼お兄ちゃんがだっこしていなかったら消えちゃいそうだった……お姉ちゃん元気になってほしいな……」

喬は、消えていった道を気がかりそうに見つめていた。



「山田さん!!緊急の検査を!!山田さん……?」

紫が顔色を変える。
看護師の宿直室に倒れている婚約者の沙羅さらの衣服が乱れ、呆然と座り込んでいる。

「沙羅!!沙羅!!」
「……ゆ、ゆ、紫さん……ごめんなさい……ごめんなさい!!あぁぁぁ!!」

泣き崩れる沙羅を抱き締め、自分のスーツで包み抱き上げた紫は、

「……殺してくれる……私の沙羅に!!あの女!!」

宣告したのだった。



一方、絵莉花えりかは、男達の行為をすべて記録したビデオカメラを手に楽しげに笑っていた。

「思い知るがいいわ。私を捨てた報いを、フフッ」
「ほぉ?それで?それを何に使うんだ?お前」

途中退席していた儁乂しゅんがいは、離婚が裁判所で決定して、病院にもその近辺の過去の住居にも入ることが許されない筈の絵莉花を見つけて後を追っていた。
離婚が……しかも彼女の浮気三昧に、荒い金遣い、仕事の邪魔、夫の部下を苛め、仕事の支障は酷いと言うことに、裁判官も即座に認めたのだが、ここに出入りしているのが気になったのだ。

「フフン。見てみる?面白いわよぉ?5人の男に山田沙羅を襲わせたの。これを使って脅そうかと思って」
「ほーお……おい、お前ら。この女、早急に逮捕!!」

周囲の男たちが絵莉花を捕まえる。

「何すんのよ!!」
「離婚が成立し、他人の婚約者に、何をした!!あぁ、あの5人は即座に逮捕したぜ。すぐはいたわ」
「あの女が、紫を盗ったのよ!!仕返しして何が悪いの!!」
「何いってる」

儁乂は、幼馴染みの兄弟を思い出しつつ見る。

「お前が、沙羅ちゃんのないことないことを紫に言いふらしたんだろうが!!それで貞淑なお嬢様を演じて!!紫と遼との間もぎくしゃくさせたのもお前だろ!!浮気はするは、財産を食い尽くすわ……!!お前みたいなのが毒婦と言うんだよ!!」
「美しいからいいじゃない」
「お前のどこが美しい?お前より沙羅ちゃんの方が可愛いし、優しくて素直でいい子だ!!紫と幸せになるべき子だ!!……この女の言うことには返答するな。カメラは押収!!いいな!?」
「はい!!」

キャンキャンわめく絵莉花を無視し、戻っていく。

「本気で……ゆかりんアホだよな……あんな女に目が眩むから本当に大切な存在を失いかけてんじゃねぇか!!本気でバカだ!!しかもあの絵莉花……あの奥方のいる首相と浮気したんだろ?それ聞いたときには、奥方に『あの馬鹿女も殴ってください!!』って頼んでおいたのに懲りなかったのか……馬鹿だ!!」

歩きつつ呟いたのだった。




そして、騒動を知り、駆けつけたたもつ葉子ようこ、下の三兄弟に、首相、公主夫妻、警視総監が駆けつける。
ちなみに首相夫人と警視総監夫人はコンサートに夢中である。

「……紫」

何度もメスで手を切ろうとした恋人を眠らせ、泣き崩れる長男にかける言葉はない。
扉が開き、

「夫が馬鹿女とクズを捕まえたそうです」
「こ、殺してくれる!!あいつらを!!このメスで切り刻んで!!」

殺気だつ兄からあっさりメスを取り上げた遼は、

「ロウディーン公主。お願いがあります」
「何ですか?」
「公主の国では、音楽、帝王学そして基本的な学術に力を入れているようですが、医術の研究、そして総合病院などはいかがでしょうか?」

遼はしっかりと見つめる。

「私は一応、医学部を卒業していますので、内科などや、仕事上スポーツ等の怪我の手当てに、その怪我を治すサポート、リハビリの知識があります。そして、兄は小児科を表向きに専門ですが、耳鼻咽喉科、皮膚科等も大丈夫です。もしよろしければ、この病院と、公国が手を結び、公国に総合病院を。そして医大を作り、後進の指導を!!いかがですか?」
「こちらの利は?」
「現在、公国には大きな病院はなく、小さい病院の医師も高齢で、将来医師不足に悩まされると思います。公国の医師の皆さんの知識を生かし、そして最先端の機材を準備して公国の国民だけではなく、他国から治療をと望まれる大学と病院を設けます。最初のお金は高額ですが、後々、世界で有数の大病院になれば、向こうからこの機械を使ってほしいと来るでしょう」

ロウディーンは考え込む。

「では、そちらの利は?」
「兄夫婦にはこの地は苦しみしかありません。私も、咲夜と公国に住まうつもりですので、兄夫婦も一緒にできればお願いいたします。私の兄弟は5人で、兄や私がいなくても下の3人がいますし大丈夫かと」
「遼……!!」
「兄上?沙羅さんと長い新婚旅行をしたらいいんだよ。休めば癒しは訪れるよ」

遼の声に、紫は声を殺し、泣き続けたのだった。

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