運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

采明ちゃんと共に、時代をかけ戻った神五郎さんです。

出産したばかり……その上、肩は傷つき、心も弱っている采明あやめを抱き締め、渡された荷物を持ち、屋敷に戻る。

神五郎しんごろう!!どうしたの!?采明は!!采明……?」
「……逃げた場所で怪我をして、そこで産気付き、子供が生まれた……『実明さねあき』とつけた」
「じゃぁ、その子は!!それに、景資かげすけどのがいないの!!」

詰問する姉に、

「……姉上……話はあとで、采明の怪我が重く、意識がもうろうとしているんだ」
「あぁ、ごめんなさい!!」

采明を運び込むと、

「采明……采明!!」
「……だ、んなさま……袋のなかに、先生が下さった、薬があるんです。化膿止めをくださいませ」
「分かった!!」

中身を開けると、いくつもの紙袋と、色々なもの……その中から紙袋を示し、

「どっちだろう?」
「漢字で『解熱剤』と『化膿止め』『鉄分』『葉酸』とあります。化膿止め……これです」

受け取った薬を口にいれ、渡された水で飲み干す。

「おい、大丈夫なのか!?勝手にそんなものを……」
「あの、花岡先生は、私のすんでいた地域の民間のお医者さまで、付き添ってくださっていた男性は、地域でも一番大きい大病院の院長先生のご令息で、警察と言う、犯罪を取り締まる組織の方です。それに、有名なテディベアの作家様です」
「はぁ!?ぬいぐるみを作るのか?」
「あの方のベアは繊細でいて凛々しい、がっしりした本物の熊のようなものを作ったり、お母様が日本舞踊の師範代のせいか、とても優しい柔和な着物を着せたベアなども作られるんです。昔、どうしてかそのベアちゃんたちが一度に30体もネットフリマに出されていて、おこづかいをはたいて、全部買い取って、先生にお返ししたことがあります。そうしたら、コンクールに出品するはずのベアや、大事にしていた記念のベアを盗まれたそうで、『本当にありがとうございます』と言う丁寧なお礼状に、コンクールに出品する予定のベアにサインをいれて下さったんです。本当に、嬉しかったです」
「はぁ……あの俺にも負けん位のがっしりした人がなぁ……」
「あの人が守ってくださるんです。景資君も……実明も大丈夫です。百合ゆりもいるし」

涙目で微笑む。

「我慢するな、采明……」
「神五郎。中条のおじさまが……」

障子が開いて、藤資ふじすけが蒼白で駆け寄ってくる。

「景資!!景資……あの子は!!」
「叔父上……景資は、暗殺者に殺されかけて治療を受けていた采明を、再び襲おうとした者から、出産中の采明をかばい、大怪我を負いました」
「なっ!景資ぇぇ!!どこにおるのだ!!あの子は、あの子は!!」
「申し訳ありません。おじさま……私が、私をかばって……」

泣きじゃくる采明に、

「そ、そなたは悪くない!!あの子は!!一体!!」
「怪我の度合いがひどく、腰を損傷したと……采明の傷の手当てと出産を手伝ってくれていた先生が……。もう一人、医者の勉強をした者もいて……杖をついて歩くのも厳しいと……」
「な、なんと!!」

絶句し、藤資は涙を流す。

「あのこを……あのこが、私の可愛い景資が……そのような身に!!神五郎!!あの子は!!」

神五郎は躊躇い、しかし告げる。

「采明が生んだ赤ん坊は、まだ小さく……小さかった明子あきこよりまだ小さかったので、命の危険があると、その医師に息子と、意識を無くした弥太郎やたろうを預けてまいりました。そこには景虎かげとら様がおられ、采明の妹さんに、医者がおられた上に、景虎様を守る警備もおりました……」
「……いくら景虎様がいるとはいえ、素性もわからんものに!!」
「仕方なかったんです!!本当に、あの解らない武器!!手のなかに収まる大きさなのに、何かが、矢のような……せんのない、そんなものが……!!」

声を荒げる夫の裾を引き、

「あれは……『種子島たねがしま』の改良型です」
「種子島!?なんだそれは」
「まだこちらには来ておりませんが……」

枕元にある紙に、さらさらと、簡単な絵を描く。

「これが筒状になっていて、丸い玉を入れます。そして、ここの部分が縄になっていて、そこに火をつけて、目標に目掛けて引き金……ここです。ここを引くと、火薬を玉の前に詰めておくので、火薬の爆発の反動で、玉が発射され、目標物にぶつかります。火の縄を用いるので火縄銃と言います」
「こんな姿ではなかったぞ!?」
「あれは、一般に拳銃と言います。長年の間に改良と軽量化、そして、一つ一つ、火薬を詰め、玉を押し込み、火をつけて打つと言う手間を省き……ここの部分が筒になっていて6つの矢じりのようにとがった玉を6ついれて、一回撃ち、ここをクイっと押すと筒が回り、打てるようになっていて、6連式拳銃となっています。なので、本当は連続して撃たれていたら、私も実明も……景資ちゃんも……」

蒼白になる周囲に、

「景資……景資を!!私の!!私の!!大切な可愛い我が子を!!」

いつも飄々としている藤資が泣き崩れたのだった。



重苦しい雰囲気になる。

誰もが景虎の無事を安堵し、そして、采明の怪我に、景資の生死不明……采明の生んだ赤ん坊も同様……。
特に、藤資の落胆ぶりは酷く、一気にフケた感じがする。
実は姉である景資を心配して、嫁ぎ先から戻ってきたはるが、

「お父様!!嘆かないでくださいませ!!弥太郎お兄様はきっとご無事です!!実明様と、景虎様とおりますわ!!」
「……晴……。許しておくれ……父は、弥太郎がおなごであったことを知っておったのだ。おなごの幸せを与えようとせず、男として生きよと強要したのだ……父である私が……」

嘆く藤資に、すっと差し出されるもの。

「おじさま。これを見てください」
「な、何を……!?これはなんじゃ!!」
「写真と言うものです。原理などは説明できますが、簡単に言えば、光や、その場所の映像を収め、それを写し出すんです。私が……この傷の手当てと共に、子供を産んでいたときに、妹が、写し出す作業をしてくれました。ここで、私と景資君が写したんです」

一枚目を見せる。

「皆がわぁっと集まってきたときの写真です。キラキラした瞳で笑っている景資君がいます。二枚目は、明ちゃんと二人を。頬を寄せてまるで姉妹のようです……」
「景資……景資……父は、お前を苦しめて……」
「それは絶対にありません!!」

采明は言い切る。
そして、悲しげに微笑み、

「……景虎様とお話をしていると、家族と、そして父上のために生きていくのだと。景虎様に、『馬鹿か!!自分だけでも幸せになりたいとか言えぬのか!!』と言う風に言われると、『父上の側にいる』と。景資君を預かってくださったのは、私の生まれた地域の大病院の院長先生のご令息で、悪い人間を取り締まる国の官僚です。大丈夫です!!景資君がおじさまを嫌うわけがありません!!」
「……景資……景資!!もう会えぬのか?わしは景資の花嫁姿が見たかったのに……」

写真を抱き締め嘆くその横で、橘樹たちばなが驚く。

「まぁ、正明まさあき正樹まさき橘信きつのぶ!?」
「あぁぁ!!明ちゃんと、おかあしゃま!!けやきおとうしゃま。明ちゃん可愛い?」

あどけない実の娘の一言に、けやきは微笑み、頭を撫でる。

「あぁ、可愛いね。明子。にっこり笑顔がとても似合ってる」
「わーい!!」

その中でポツリ……、

「あの子が……苦しむのだったら……私が変わってあげられれば良かった!!」

はらはらと涙を流す佐々さざれ

「あの子には、なにもしてやれなかった……!!私がしっかりとしていれば!!私が……」
「佐々礼……」
「私が、屋敷の主人の命令で、あの、長尾晴景ながおはるかげ様の寝所にはべることになって……あの男の、『側室にはなるが、必ず迎えるゆえ我慢いたせ』と言う……嘘偽りを……信じてしまった。信じて尽くして、棄てられて……身を落とす私を、あの子は、支えてくれたのに……!!私をあの小さな体で必死に……」

夫の胸で泣き崩れる。

「私が……」
「佐々礼様。大丈夫です。私の妹の百合がいます!!しっかりした子で、きっと、景資君を妹のように可愛がってくれます!!それに、怪我が治るまで、ここよりも医術の進歩した私の世界で、治療とリハビリ……体を動かす練習をしに行っているのだと!!あの優しい景資君が佐々礼様を恨んだりしません!!逆に、頑張って、佐々礼様やおじさまの元に帰ってくるために努力をするでしょう。景資君はそういう子です!!」
「……戻ってくるかしら……こんな泣き虫の母親の元に……」
「戻りますよ!!きっと!!」
「あ、でも、お母さん」

与次郎よじろうが口を挟む。

「景資兄ちゃん。ものすごーく、優しい人に弱いよね。向こうで結婚したりして!!」
「馬鹿!!」
「なに一言多いの!!」

晴とゆきが頭を叩くが、藤資が、

「結婚……許さん!!景資には父の目にかなった、頭がよく、強く、ありとあらゆるものをそつなくこなせる人間でないと!!」
「……そんなこと言ってたら、結婚できないよ。行きおくれたら、あの景資兄ちゃんがものすごく落ち込むし遠慮して出家するとか言い出すよ!!」
「あ、そう言えば、景虎様に言っていた……景虎様は激怒していた……」
「……じゃぁ、そこそこ……でも困るわー!!景資を一番に守る、景資を愛して、景資に尊敬されるような、徹底的にできた人間ではないと許さん!!」

藤資の叫びに、欅は、

「弥太郎は、結婚するのが大変だな。恋人が、叔父上に似た性格ならもっと困るだろう……まぁ、辛い目に遭うよりも、幸せになってほしいね……あの子には」

と、呟いたのだった。

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