運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

身の回りの世話をすると言うのは、守役であり、父親がわりでもあります。

悠真ゆうしんに井戸に連れてきてもらった景資かげすけだが、慣れない井戸にもたつく。

「お前は不器用なのか?弥太郎やたろうは……弥太郎様は身の回りをすべて……」
「す、すみません。一応、ある程度のことは咲夜さくやに教わっていたのですが、井戸のことまでは……」

申し訳なさそうに謝る少年に、悠真は苦笑する。

「呆れているんじゃないよ。それくらいが一番いい」
「良いんですか?咲夜は本当に……」
「あの子はあれ、お前は……本当の名は?」
「……ゆうと……と言います」

躊躇いがちに答える。

「ゆうと……どう書くんだ?」
「熊と言う字に北斗の斗です」
「はぁぁ‼それはすごい名前だな」
「そ、そうですか?」
「そりゃぁ、そうだろう。熊ってあの熊だぞ?それに北斗って、空の星だ。北斗の星が北を示していて、その上山の王の座を狼と争う熊。親は素晴らしい名をつけられたんだな」

悠真に微笑み、

「私の父は3回結婚していて、私は現在の妻である母の末っ子ですが、父には、私より年上の孫もいたり、愛人が何人もいて数は覚えていないほど異母兄弟がいます。どんな意味でつけたのかも、聞きませんでした」
「艶福家だな」
「そうですね。一番仲の良い兄弟は母の違う姉で、母の同じ兄たちは、賢く優しい姉を虐め、顔を切りつけ、最後には自分の友人たちの慰みものとしようとしました。私と、長兄の長男であるしょう兄上がその場に駆けつけている間に義理の姉上が、叔父を呼んで、捕まえてくれました。美人の姉の表情が陰っていって、辛かったです」

くんでもらった水で顔を洗い、顔を拭くと、

「ありがとうございます。悠真おじさん。私は必死に次兄に頼んで姉が大好きな勉強にうちこめる学校をと、相談しました。すると、探してくれたのが咲夜と出会った学校です。彰兄上も一緒に4人が同じときに入学して、そこに景虎様と百合がいました。本当は年も違う私に『ここは、皆兄弟で家族。わがままでもいいじゃない‼』と。本当に先生は親で、私たちは子供で……あ、そうでした」

袖を探り、差し出す。

「はなちゃんと言う、従姉妹がいてとてもとても可愛かったのだと……はなちゃんにあげてほしいと」

受け取ったのは、キョトンとした表情をしたウサギ。

「ウサギがかわいいと言っていたからと、咲夜が作ったんです。咲夜は、今は、結婚していて、旦那さんであるはるか兄さんと、テディベアの博物館を作り、小さい学校を作って、テディベアを教えています。歌うことも大好きで、いつも笑顔で笑っています」
「……そうか……良かった。はなも喜ぶ」

頬笑む。
その叔父を見上げる。

「私は、本当におじさん方の望む、見続けていた弥太郎ではないと思います。私はとても冷たい人間です」
「……」
「可愛いげがない、景虎様を羨んだり、百合を妬んだり、咲夜を……そういう人間です。それでも、私は、咲夜が愛する家族を私が守りたいです。景虎様と、皆さんとの悲願である平穏な国を作りたい。それを許していただけるでしょうか?」

悠真は一瞬意味がわからないと首をかしげたが、すぐに、

「お前が可愛くなければ、あのやんちゃ坊主たちは、もっとかわいくないぞ?」

示すと、着いてきていた5人の少年たち。

「兄ちゃんは、本当の兄ちゃんじゃないのか?」
「皆はどう思う?私は、与次郎よじろう藤三郎とうざぶろうに似ていないからね……?母上は美貌の持ち主……私は母上の子では……」
弥太郎やたろう

回廊を抜けて姿を見せたのはゆきと、雪よりも凄絶なほどの美貌の持ち主……咲夜が咲いたばかりの花ならば、彼女は咲き誇る白い牡丹ぼたん……清浄でいて繊細な……。

「こちらにいらっしゃい」
「は、はい‼」

いつもの癖、美しいものを見ると、魂が抜けたように見いってしまう……それを、今回も……母親だと言う人にしてしまった‼
怒られるか?

恐る恐る……表向きはスッと動き、頭を下げる。

「母上‼お久しぶりでございます。ご心配、ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」

深々と頭を下げ、目を伏せる……再び、見いってしまったら、本当に魂が抜けるかもしれない。
と、階段を降りた佐々さざれは、腕を伸ばし抱き締める。

「お帰りなさい……お帰りなさい‼弥太郎。待って……待っていましたよ‼お母さんは、貴方の事を‼」
「は、母上‼」
「顔を見せてちょうだい。久しぶりに貴方の優しい顔が見たいわ。弥太郎」
「あ、え……」

両頬に手を添えられ、顔をあげると目の前に息を飲む絶世の美女‼
うろたえる前に硬直した景資を見つめた佐々礼は、ニッコリと微笑む。

「あらあら、しばらく会わない間に凛々しい子になったのね。でも、その優しい眼差しに照れ笑いは変わらないわ。弥太郎?お母さんって呼んでくれるかしら?」
「え、えと、おかあ、さん?」
「もう一回。お母さんって呼んでちょうだい」
「は、はい。お母さん‼」

焦りぎみに言った言葉に、目を細め瞳を潤ませた佐々礼に、

「すみません‼お母さん‼わ、私は……」
「戻って来てくれて……嬉しいわ。弥太郎。貴方は私の息子です。このお腹を痛めて生んだ私の息子に間違いありません。本当に、無事で良かった」

ぎゅっと抱き締めてくれる母親に、景資はふっと気が緩み、

「お母さん……た、ただいま帰りました。遅くなり本当にごめんなさい……」

囁くと、頬に涙が伝った。

「お母さん……待っていてくださってありがとうございます。私は……私は……」
「何をいっているの。私は貴方の母ですよ‼力はなくとも、あなたたちへの愛は変わらないわ」
「……ありがとうございます……。お母さんが私の母で、本当に幸せです」

何故か、何かが赦されたような気がした。
咲夜には本当に申し訳ないと思うのだが、今自分を抱き締めてくれる、この佐々礼は自分の母親なんだと、もう、返すことはできない……佐々礼は自分の母親なのだ、佐々礼に認めてもらったこの時から……自分は佐々礼の息子だと。

「本当に、我慢して我慢して、泣いちゃうのね。弥太郎は。大丈夫ですよ?お父様にはお母さんがちゃんと……」
「お母さん……母上。お気持ちは大変嬉しいのですが、父上には、私が、私の言葉でお伝えし、解っていただければと思います。本当は、母上に甘えてしまいたい気持ちもあります。ですがそうすると、父上は、私を、自分の意見の言えない子供のままと思ってしまいます。私は、中条弥太郎景資なかじょうやたろうかげすけ。この名前に、誇りを持っております。景虎様と父上の名前を譲られた、この名前は私の二つ目の宝です」
「一つ目は?」

母親の問いかけに、

「母上の息子として生きることです。母上は私の自慢の母です‼」
「弥太郎……」

佐々礼は瞳を潤ませる。
雪がものすごい剣幕で、

「お母様!兄上の偽物が来たわ‼お母様にそっくりだったのに、それに17才なのに‼私と変わらないの‼それにね‼似てないの」

佐々礼は元々一番自分に似てしまった娘を案じ、男として育てた。
それが良かったか悪かったか……後悔は多々ある。
しかし、偽物でも本物でも、会ってみたかった。

そして顔を会わせた『息子』は、驚いたような……それでいて半分諦めたような眼差しをしていたのだ。
認めて貰える訳がない……自分は、『景資』ではない……。
そして、
嫌われる……どうしよう、どうしよう……。

そんな悲しい、孤独を抱える『息子』を見捨てる親があるだろうか。
『本物』、『偽物』ではなく、こんな寂しげな『息子』を見捨てたり出来ない‼

佐々礼は覚悟と言うよりも、決意する。
私はこの子の『母親なのだ』と……。

もう一人の『景資』には出来なかった愛情を与えるのだ……。

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