異世界リベンジャー

チョーカー

外を覗くと、異世界だった

 鳥かごにような牢獄に閉じ込められて、数時間。
 不意に人の気配がする。
 あの金髪女の登場時と違って、周囲に向けられているライトが消されない。
 そのため、眩しい光で近づいてくる人間の姿が認識できない。
 警戒心を強めていると、鉄格子の隙間から盆が雑に投げ入れられる。
 盆の上には、パンとスープとチキン。
 「これって、食事だよな?」
 投げ入れられたわりには、食器からこぼれ落ちていない。
 フォークとスプーンもしっかりと揃って置かれている。
 プラスチック製なのは自殺防止か?世の中には箸で自殺する奴もいるらしいが……いや、そんな事よりも―――
 あの金髪女じゃないとしたら、彼女の家族か何かか?
 家族という言葉。そのキーワードから、俺の父親、母親の顔が思い浮かんでしまう。
 友達たち。クラスメイト達。
 仲がよくなかったはずの知り合いの顔も次から次へ浮かんでは消えていく。
 次に思い浮かべた顔は―——
 「あの子、無事だったかな?」
 命を賭けて、助けた子供の顔だった。あれから、どうなったのかわからない。
 怪我もなければいいけど……
 あと、ついでに仲が悪かったお姉ちゃんの顔も思い出しといてやる。
 しかし、こうなってみると、いろんな感情が湧いてくる。
 意外と、俺とお姉ちゃんは家族だったんだな。そんな事を思っても、今更なのかもしれない。
 いや、ここから脱出してやる。
 全ての感情を、目的の原動力に変えて……必ず
 ……そう、必ずだ! 

 しかし、金髪女の家族か、友達かはわからないが、協力者が俺の監禁に手を貸しているならば、間違っても良い情報ではない。
 この異常空間に閉じ込められ、気が立っているのか、食欲と眠気を感じられない。
 しかし、このまま食事を取らないというのはまずい。
 あの女と対立して、ここから脱出するためには体力の低下を防がないといけない。
 「くそっ」と、チキンをフォークで突き刺し、口に運ぶ。
 しかし―——
 「苦い。なんだこりゃ」
 思わず、口からペッペッペッと吐き捨てる。
 表面に変な調味料でも使っていやがるのか。チキンを鼻に近づけると……
 「うえぇ、変な臭い。腐ってんじゃねぇのか?」
 強烈な刺激臭が鼻を襲う。
 「くそくそくそくそくそ……」と悪態をつきながら、表面だけフォークとスプーンで切り取っていく。
 ナイフがないのは、こういう嫌がらせのためか!?
 あらかた、外部を削げ落とし、チキンを再び、鼻へ近づける。
 「……うん。臭いは大丈夫か」
 一応、ペロっと表面を舐める。味も大丈夫ポイ。
 それでも用心を欠かさず、少しだけの量を口に含む。
 「よし!大丈夫だ!?」
 残りのチキンを一気に口に進め噛み切っていく。
 次にパンに鼻を近づける。やっぱり、異臭がする。
 外側を手でちぎって捨てる。チキンと比べて、素手で分解できるのは楽でいい。
 毎回、食事のたびに、こんな苦労をしないといけないのか。
 そう思うと、苛立ちが積もっていく。
 いや、高校生とは言え、人間1人を誘拐するような連中だ。
 気分次第で殺されるかもしれない。

 いや―——

 「こんな事で死んでたまるかよ」

 小さく、それでも力強く言葉にする。
 「まずは、手枷をどうにかしないとな」
 一つ一つ、鎖を確認していく。どこか、ひびでも入っていないか?古い部分がないか?
 じっくりと、ゆっくりと確認していく。
 すると―——
 「……あった」
 ダメで元々で調べてみたが、あっさり見つかった。鎖の一つにひびが有ったのだ。本当に見つかるとは思っていなかったが……なんだか拍子抜けすらしてしまう。 
 その部分を摘み上げると、大きな隙間を作ろと力を込める。
 左右に広げようと、捻ったり、引っ張ったり。
 まるで知恵の輪を力づくで解こうとするギャグ漫画の登場人物になったような気分だ。
 いまなら、ギャグ漫画の登場人物に共感できる。他人が見て、馬鹿な事だと思うかもしれないけど、やらなきゃなんねぇだよな!?
 『パッキッ!?』と鎖から高音が鳴る。
 本当に鎖が割れた。まさか、こんなに早く壊れるとは思っていなかった。
 数日間、時間をかけるつもりだったのだが……
 「よし、これで大分、楽に……」
 いや、ならない。なるはずがない。
 鎖が砕けてから気がつく。元々、手枷の鎖は長く、拘束はキツイものではなかった。
 精々、両腕を左右に真っ直ぐ伸ばす事ができないくらいの長さ。
 この手枷自体に、あまり拘束力がなかったのだ。それが壊してみてから分かった。

 「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 俺の中で溜まりに溜まった苛立ちが爆発した。
 感情のキャパシティが限界を超えてしまったのだ。
 俺は叫び声を、雄たけびを上げる。狭い檻の中、ジタバタと暴れ回る。
 感情の爆発をあらん限りの方法を使い、肉体で表現する。

 「あぁ!!もう!!クソがぁっ!?」

 怒りのまま鉄格子に手をかける。鉄格子に触れるたびに静電気が襲ってくる。
 もしかしたら、あの金髪女が鉄格子に電流くらい流してるんじゃないか?
 だが、そんなの関係ねぇよ!?

 気合の雄たけびを上げ、力任せに鉄格子を曲げようと……

 「あ、あれ?」

 曲がった。
 実際に、曲がった。簡単に曲がった。
 本当に曲がってしまった。
 「なんだこれ?鉄じゃないのか?」
 意味がわからない。あの金髪女は何がしたいんだ?
 雰囲気だけ凝って、肝心の牢屋はグダグダじゃないか。
 「アイツ、馬鹿じゃないのか?」
 ここは宙づりの檻。
 あの金髪女が俺に向けて剣を向けた事を思い出すと、あまり高さはない……はず。
 「とう!?」と気合をいれて飛び降りる。
 思っていたよりも高さがあったが、俺の素足には痛みを感じる事はなかった。
 「これ、なら簡単に脱出できるんじゃないか?」
 檻から距離を取る。檻を向けられていた高い光源から解放され、暗闇の中で安堵する。
 長時間、照らし続けていたせいか、暗闇に癒される。
 閉じ込められ、拘束され、光を長時間当てられて……尋常ではないストレスが溜まっていたみたいだ。
 「さて―——」
 僕は小さく呟き、出口を探す。暗闇の中、目を凝らしていくと……あった。
 扉だ。
 俺は慌てて駆け出す。しかし、うまく体が動かない。足がもつれて、何もない場所で派手な転倒をしてしまった。その勢いで鎖が地面に叩き付けられ、大きな音が部屋の中で反響する。
 しまった!?こんな事で!?
 俺は暫く、転んだ状態のまま動けなかった。
 心音が高くなる。「来るな!?来るな!?」と言う言葉を呪文のように何度も何度も繰り返す。
 どのくらい時間が経過したのだろうか? 彼女が現れる気配はない。
 俺は立ち上がり、安堵の息を吐く。
 長時間、同じ状態で閉じ込められていたせいか、体は奇妙な違和感に纏わりつかれている。
 俺はその場で、軽く屈伸や腰に捻って、体をほぐしていく。
 完全に違和感が消えたわけではないが、それだけの運動で少しはマシになった。
 俺は再び視線を扉に向けた。   
 がっしりとした木製の分厚そうな扉。これは、流石に力づくで蹴破る事は不可能だろう。
 どうするか?
 檻の鉄格子は簡単に変形させられる。檻の中に戻って、素知らぬ顔で元に戻す事は簡単だ。
 金髪女が油断したり、留守の時を狙って脱出するか。そんな計画を脳内で組み立てる。
 あーでもない。こーでもない。
 そんな事を考えながら、なんとなく扉のノブに手をかけると
 普通に開いた。

 「OH……」

 オーマイガー!?
 なんだこりゃ?俺、舐められてるの?馬鹿にされてるの?
 いやいや、あの馬鹿女―——いや、違った。あの金髪女。
 監禁なんてしておいて、温過ぬるすぎるぞ。バレたら身の破滅ってわかってるのか?
 馬鹿か!?
 俺だけマジになっていて、馬鹿みてぇじゃねぇか!?生きるか死ぬかじゃねぇのかよ!?
 畜生が!?

 何度も何度も深呼吸を繰り返す。濃厚な酸素を頭に届けて、無理にでも落ち着かせる。
 発狂していた精神もゆっくり安定していく。
 落ち着け、落ち着くんだ、俺。
 どんなに馬鹿でも相手は異常者だ―――否。
 むしろ、サイコパスとか言われる連中は、メリットとデメリットが逆転している人間の事だ。
 何かを誤魔化すために人を殺したり、何かを隠すために人を殺したり……
 むしろ馬鹿な人間ほど、恐ろしい。
 これから、俺は扉を開いて、外の様子を観察する。
 そこで見つかればOUTだ。あの女は、ゴミを処分するように俺を処分するだろう。
 人を殺す気で剣を振り回してくる人間を相手にして、素手で勝てる人間は少ない。
 まして、彼女が僅かに見せた身体能力は本物だ。
 見た目は年下の女の子だけれども……金髪の馬鹿ぽい女の子だけれども……
 見た目に騙されれば、迎えるは死があるのみ。
 そして、俺は死ぬわけにはいかない。
 気を引き締めてドアを開く。

 外を観察するのが目的なのだから、一気に開くなんて馬鹿な真似はしない。
 ほんの少しだけ、僅かな隙間を作って、外を見るだけで十分。
 音を出さないように慎重に、ゆっくり、じっくり……と。
 開いた隙間に顔を近づけて、外を見る。
 外は、俺の想像と違っていた。

 俺の想像。
 まず、ここは檻を設置できるくらいの場所。
 ある程度のスペースが必要のはずだ。
 まさか、マンションの一室を牢獄に改造したわけではないだろ。
 なら、ここはどこか?
 廃工場の跡地?廃村になった学校?あるいは病院跡地。
 少なくとも、人が近寄らない場所が絶対条件だ。
 もしかしたら、座敷牢が必要な旧家の地下という可能性も思いついていた。
 しかし、答えは、そのどれとも違っていた。
 目に入ったのは石造りの壁。床は、木の板を敷き詰めている。
 灯りは壁と壁の間に松明が轟々と照らされている。
 扉の外には、人の気配が感じられる。
 見張りの人間だ。それも数人。
 どんな奴か見えないか?粘っていると、ついに見えた。
 そいつの恰好は、銀色の鎧。西洋甲冑に身を包んでいる。 
 俺はそいつ等を知っている。いや、俺だけではない。誰だって知っている。
 そいつ等は兵士だ。それ以上でもそれ以外でもない。
 兵士たちの僅かな動作からでも、鎧の重量感が見て取れる。
 見間違う事なく、本物の鎧。コスプレ用衣装ではないと断言できる。
 俺はそっと扉を閉めて、頭を抱えた。

 状況は俺の想像を遥かに超えている。
 どうやら、俺は現在社会と違う世界に飛ばされたみたいだ。

 たぶん、ここは……



 異世界だ。



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