異世界リベンジャー

チョーカー

城下町での休日

 俺は城内の鍛錬場に来ていた。
 3日後、ここが決闘を行われる場所だ。
 普段は複数の人間が、剣の練習を行っているのだろう。
 それなりの広さがある。
 俺は鍛錬場―——円状の空間に足を踏み入れる。
 中心には4人の人間がまっている。

 大魔導士ダージュ  探究者シェル  騎士団長オルド

 元老院と言われていた3人に加え、王女であるモナルがいる。
 モナルは心配そうな表情で俺を見ている。
 俺は彼女を安心させるため、力強く頷く。
 これから、決闘を行う儀式が行われるそうだ。

 俺は中心にたどり着く。
 すると、大魔導士ダージュが前に出て、俺に剣を差し出してくる。
 俺は片膝を地面に付き、剣を受け取る。
 鋼の重み。想像していてたより、ずっと重い。
 確か、日本刀でも1キロ以上の重さがあると聞いたことがある。
 それよりも、重いのは確実だ。
 渡された剣は練習用の木刀と同じような形状。
 西洋風のソードと言ったところか?
 刃引き。刃を潰して殺傷力を殺しているみたいだ。
 しかし、いくら刃がないとは言え、棒状の鉄の塊を振り回して戦うわけだ。
 鉄パイプよりも遥かに危険な武器……いや、鈍器には違いない。

 モナルから軽装の鎧を受け取る。
 軽装と言っても鉄で作られている。
 小柄な少女には手に余る重さ。
 しかし、神聖な儀式であり、鎧を地面に置くのは禁止されているのだろう。
 ふらつきながらも俺に渡された。
 それをオルドの手によって装備させられる。

 俺は剣を両手で持ち、天を突くような動作をする。
 それが終わると俺は無言で彼らに背を向け、円状から外へ出る。
 これで儀式は終わりらしい。
 この儀式はリハーサルなしの一発本番勝負だった。
 そのため、緊張で固まった体を脱力させる。
 対戦相手であるクルスの儀式は、別の時間に行われるのだろう。
 今は、姿を見せていない。
 彼女の姿を見えるのは決闘直前になる。

 「ユズル」と不意に呼び止めれた。
 振り向くとモナルがこちらに近づいてくる。
 てくてくと小動物のように小走りで来た。
 「やぁモナル」と俺は片手を上げて挨拶をかわす。
 「えっと、あの……」
 彼女は言いよどみ、言葉を選んでいる感じだった。
 そして―——

 「この後、暇ですか?」

 


 「いいのだろうか?」 そう、俺は1人呟く。
 場所は城の外。……城下町というのだろうか?
 こんなに人と人が行きかう状況を久しぶりに見た。
 ワイワイと活気が溢れている。
 商人たちが大声で客引きを行っている。
 その扱う商品は、俺の世界では見た事のない変わった品物があふれていた。
 そんな商品を物珍しいと眺めている俺の隣にはモナル。
 決闘の儀式直後、彼女からデートの申し込みを受け、俺はもちろんと応じた。
 しかし、王女と魔人。そんな2人が、普通に町中を歩いて、大丈夫なのか?
 ……ダメでした。
 一応は、モナルは顔を隠すようなフードをつけていたり、
 俺は、いつもの半裸状態と違って、白い布の服を身につけていたり、
 簡単な変装はしていたつもりだったのだが―——


 「姫様~ これ持っていてくださいな」

 「きゃ~姫様。超超超かわわわいい!?」

 「あれ?姫様って?王女様になったんじゃ……」

 「小さい事は気にすんな!?」

 
 ……すぐバレた。
 凄まじい声援を浴びている。その声援の高さから、モナルの人気が知れる。
 しかし―——
 「ど、どうしましょ?」
 当の本人、モナルは困った顔を俺に見せている。
 その瞳には若干の涙が溜まっている。
 「ん~ この場は……収集もつきそうないからなぁ。逃げちゃおうか?」
 俺の提案にモナルは「はい」と元気に頷く。
 「では、失礼」と彼女の体に触れる。
 驚きの悲鳴を上げる彼女の持ち上げた。俗に言う姫様抱っこだ。
 「しっかり捕まってて」
 彼女の返事を待たず、魔法を発動。風魔法で一気に人ごみから離脱した。
 一度、上昇した後、空中ダッシュを繰り返し、空を飛ぶ。
 ひょっとして、怖がってないか?そう思いモナルの表情を盗み見たが、驚きと楽しさが重なったような顔だった。
 不意に目と目が合う。
 俺はしっかりと彼女を抱きかかえ、彼女も両手をしっかりと俺の首に回している。
 互いの顔と顔はかなり近い位置になっている。
 自分の脈打つ鼓動の速さに驚く。
 その形のいい、柔らかそうな唇に吸い込まれるよう、自分の唇を重ね……る……



 直前で止めた。
 理性のブレーキをフル活動させて、急停止させた。
 剣呑、剣呑。
 一時の気の迷いで国の王女の唇を奪うなんて……
 まして、幼さが残る少女の唇なんて……
 肩すかしを喰らう状態になってしまったモナルの方は、かなりご立腹の様子だ。
 頬を大きく膨らませて、不満を主張している。
 そんな彼女が愛らしく、つい笑みが浮かんでしまう。

 「危なく、落っこちまうところだったぜ」

 俺の言葉にモナルは「え?」と驚きの声を出し、地面を見て青ざめた。
 怒って、赤くなったり、青くなったり面白い子だ。
 俺はうっかりと口走るはずだった言葉を飲み込んだ。

 (落ちるのは地面じゃなくて……恋に落ちちまいそうだって意味だった)

 空を飛んでいると、空を見上げた人達が、次々に驚きの声を上げてしまい、逆に目立ってしまった。
 「どこか、着地できる所はないかなぁ?」
 俺は地面を探る。
 「あそこはどうでしょうか?」
 モナルが指を刺した場所は……教会かな?
 なんとなく、近寄りがたい神聖さが感じられるのは気のせいだろうか?
 いや、この感覚は、どこかで味わっている記憶が……
 なぜだか記憶の片隅に引っかかる。
 そんな事を考えながら、着地の態勢に入り―——無事に着地成功した。
 その教会は見上げるほどの高さ。そして広さを有している。
 おそらくは巨大建造物に含まれる規模だ。 
 よくよく考えれば、ここは魔法が存在している世界。
 俺たちの世界より、神秘が日常的に溢れているため、信仰心が高いのかもしれない。
 もしかしたら、天使や悪魔、あるいは神さま。
 それらの存在は、この世界では実在してるかもしれない。
 「この教会は、父上と母上が結婚の儀式を行うために作ったそうです」
 モナルは嬉しそうに言った。
 「……そうか」と俺は素っ気なく返事する。
 彼女の父と母。聞いた話では、すでに他界しているそうだ。
 父は戦場で、母は病気で……
 それを知っている分、かける言葉が思い浮かばなかったのだ。
 そんな俺をモナルは、ジーと見つめてくる。

 「……えっと?何か?」
 「私も結婚するなら、この場所が良いなぁと前々から思っていたんです」

 こ、この子は一体、俺からどんな言葉を引き出そうとしているのか?
 小悪魔的な一面が垣間見れる。
 しかし―——

 何かが叩き付けられた。
 遥か遠く、城の方向から、何かが……
 それは物質ではない、そして魔法的な物でもない。
 「し、質量を持った殺意だと……」
 そして、その存在が近づいてくる。
 一体、いつから?そいつは俺たちに気がついて、追っていたのか?
 やがて、肉眼で捉えれる距離。ソイツが姿を現した。

 「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」

 ソイツから小さな声で呟くソレは、はっきりくっきりと俺の耳を侵食してくる。
 殺意の塊が人間の形状を保っている。
 そんな、そんな存在。それは、クルスだった。
 クルスが俺を殺しにやってきた。
 手には抜刀した剣。一方、こちらは無手。
 対峙するための武器はない。
 殺される。それは確かな予感。
 決闘を前に、今日、この場で切り捨てられる。
 そう思った瞬間、クルスは弾かれたように襲い掛かってきた。
 何もできない。
 その剣に対して俺は無防備で迎える。
 何もできない。決闘を前に……死ぬ。
 だが、俺と彼女の間に滑り込んでくる人間がいた。
 その人物はモナル。
 俺に叩き付けられた殺意をものともせず、抜き身の刃相手に、その身を晒す。

 「モナルさま……なぜですか?なぜ、その者を守るのですか?」

 クルスは寸前で剣を止めた。
 モナルを前に、さっきまで殺気は消えていた。

 「それは……国を、皆を守るためです!?」

 モナルは毅然と答える。

 「民を守るために自身を犠牲にするというつもりですか!?」

 少女に放たれる怒気。それを前にしても、モナルは怯えすらしていない。
 ただ一言だけ

 「クルス。貴方は間違えてます」

  そう一喝した。
 

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