現世(うつしよ)と幻(うつつ)の世界で……

ノベルバユーザー173744

第11話、読書サークル入部編。子犬にはしつけ教室が必要です。

黙々と自分達の自由な調べものに、ふと手を止めた祐也ゆうやが、別の本を取りに行く途中で、声をかけた。

「そう言えば、ビックリしたんですけど、穐斗あきと、ハーフなんだそうです」
「知らなかったのか?」
「はい、全然」

日向ひなたは眼鏡をはずし、

「入学時に話題になった。イングランドでも名門の貴族のご令息が入学するらしいと。で、そのご令息が小さくて、地味で大人しいって、逆に拍子抜けで、皆、『なーんだ。あれが?』ってことになったらしい」
「なーんだって、何を期待してたんですかね?俺は、聞いたことありますけど、最近のイングランドの貴族っていうのは、遺産相続で結構財産を取られて、街のアパートに住んでるとか聞きますよ。爵位を売るとか……」
「と言うか、穐斗の父親はかなりの資産家で、広大な土地を持った城主なんだそうだ」
「へぇー。それこそ、穐斗には関係ないし……俺は、名前とかで穐斗と友人になった覚えはないですから」
「お前らしいな」

日向は苦笑する。

「まぁ、うちの連中も……穐斗をそういう目では見てないな。醍醐だいごは、子犬だと思ってるみたいだが」
「餌付けしてますよね」

醍醐の実家は老舗の和菓子店舗で、昔ながらの材料を使った素朴な味で、藝妓げいこさんや舞妓まいこさんをはじめとする、舌の越えた人々に愛される和菓子を作る事で有名である。
醍醐は三男坊で、兄二人が職人として腕を磨いており、店の実際の経営はしなくてもいいが、自分の周囲のことを調べたりするうちに日本史を学びたいと思うようになったらしい。
で、時々実家の味が懐かしくなり、見よう見まねで作っては持ってくる。
その味に餌付けされている穐斗である。



最初は、ボーッと、本人によると、

「実家のベランダで育てていた親は茎が太かったのに、どうしてもヒョロヒョロしてて心配だなぁ……」

と多肉植物たちのことを心配していて、図書館前を歩いていたときに、ぶつかっていってしまい、転んでしまった穐斗を、

「おやぁ?すみませんね~。大丈夫ですか?」

と声をかけた醍醐から甘い臭いをかぎとり、

「あぁ‼あんこの匂いです~‼美味しそう~‼」

と声をあげた穐斗に、図書館の奥のこの部屋に案内し、お饅頭を渡したところ、大喜びで、

「わーい!ありがとうございます‼」

とお礼を言った穐斗をそのままサークルに誘い込んだ……らしい。
和菓子につられる穐斗も穐斗だが、醍醐も黒い……のかもしれない。



「まぁ、あれじゃぁ、あの笑顔で周囲を寄せ付けなかった醍醐もほだされるだろう」
「人嫌いですか?」
「まぁ、良いところの御曹司だ。そういう目で見る人間も多い」
「はぁ……大変ですね。その点、ひな先輩も大変だし。俺は先輩たちも大好きですから、何かあったら言ってくださいね。俺は、頭はいい方じゃないですけど、動くことなら大丈夫ですからね」

祐也の一言に、日向は目を見開きまじまじとみる。

「……お前も、本当に、『利用していいですよ』と言ってるようなものだぞ?」
「はぁ、そのつもりですけど?犯罪は困りますけど、先輩たちって、そう言うのって絶対避けるでしょ?俺たちを逆に巻き込みたくないって言いそうですし。だから普通に相談とか、何か大きなものを運ぶとか、出来ますよ」
「……お前も大物だな」
「いえ、普通だから、図太いんですよ。じゃぁ、言ってくださいね?それと、しばらく俺、穐斗の家に居ますんで」
「住むのか?」
「いえ、怪我がある程度よくなるまでいてやろうかなと……」

自分が怪我をさせたとはいえ、かなり人の良い祐也である。



ちなみに、祐也の入部のきっかけは、餌付けされた穐斗が、お礼をするんだと、小さい多肉植物の鉢を持ってうろうろしていたのを、用事で探していて、これ又図書館前で醍醐に捕獲されたのである。

なぜ捕獲か……。
それは、図書館前で、

「だから、二年生の先輩に、そんな名字はない」
「だってぇ~‼松尾まつおってあったのに?」
「違うって、それは、日本史苦手の俺でもわかるぞ?松尾まつのお‼京都に松尾大社まつのおたいしゃっていう、古い格式のある神社があるんだ。松尾まつのお先輩なら有名だ‼」
「あの~。さっきから、こんなところで、私の名字を連呼しないでください」

醍醐は横にいた日向が珍しく引くほどキレかかっていた。
元々、京都でも格式のある名家のお坊っちゃんで、成績優秀で、首都圏の良い大学に入れる人間が、地方都市の、学費が全国一安い国立大学と呼ばれるここにいるのを嫌みで言いふらす人間もいて、毛嫌いしているのだ。
ちなみに、ここの大学に進学した理由は、ちゃんとした理由があり、日本史研究のためなのだが、日向以外に誰も知らない。

「あ、やっぱり。穐斗。この先輩だろ?」
「うん‼」
「すみません。先輩。大騒ぎしてしまって……」
「あれ?君は……」

珍しくキョトンとする。

「はい。去年の夏にお世話になりました。安部祐也あべゆうやです。今年、入学しました。で、この同じクラスの穐斗が、先日お世話になったからと当てずっぽうにちょこまかと……しかも、日本史を専門に学んでいて、二年生で、和菓子をって聞いたので、松尾まつのお先輩だって言っていたんですが、違う~‼って名前を叫びながら走り回ろうとしたので、引っ張ってきたんです」

祐也が頭を下げる。

「穐斗。先輩は、松尾醍醐まつのおだいご先輩。『まつお』じゃない。それに、まだ大学内をろくに歩けないのに、道に迷いながら名前を呼ぶな‼先輩に迷惑だろう」

そんなことまでやってたのか‼

日向は愕然とする。
醍醐がキレる‼
しかし、その空気をものともせず、もじもじとした少年は、醍醐の前に立つと、

「ごめんなさい。先輩。あの、和菓子をありがとうございました!それと、名前を名乗っていませんでした。僕は、清水穐斗しみずあきとです。先輩の名前をちゃんと聞いていなくて、本当にすみませんでした」

深々と頭を下げると、顔をあげて、

「この間の和菓子、美味しかったです。僕は、お菓子作れないので、育てている多肉植物の苗をと思って……先輩なら、ブロンズ姫さまが似合うかなぁって……」

えへへ……
とはにかむ、大学生には到底見えない、ちっちゃい子犬系少年は醍醐に捕獲された。
傍に付き従っていたと言うか、子犬のしつけ教官も共にである。
一年の頃は、ピリピリしていた醍醐だが、この二人と知り合ってから大分黒さとイライラが無くなり、よく笑うようになった。

祐也と穐斗入部編である。

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