一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

ノーラとエリリー

 –––☆–––


 そんなこんなで魔力向上を狙って俺は、クロロさんことクーロン・ブラッカスさんと……俺の剣の師匠であるギシリス・エーデルバイカ先生と一緒にゲフェオン付近の平野地で、魔物狩りに出掛けることになった。
 俺とギシリス先生は領主邸から出て、暫く入り口で待機。クロロが出掛ける準備をしてくるというからだ。 
 ふと、俺は隣に立つギシリス先生の顔を見上げ、疑問に思ったことを尋ねた。
「どうして同行すると?」
 俺が疑問に思ったのはこれだ。
 訊くと、ギシリス先生は背後の建物に背中を預け、腕を組んで目を伏せた。ギシリス先生の何かの癖なのだろうか……よくこの姿勢でいることが多いのだが、とても様になっていて格好良い。まじ、戦乙女……よりも女戦士の方がいいよね!
 ギシリス先生は少し間を空けてから、俺の質問に答えた。
「うむ……お前は強い。私が直接剣を教えているのだから、それは分かる……だから、お前を信用していない訳ではないが……やはり心配なのだ」
 いつも凛々しかったギシリス先生の表情が、目尻も下がって弱々しく感じられた。俺が怒るとでも思っているのだろうか……結局、俺の実力はまだまだギシリス先生に心配されるくらいのものでしかないということ……ただそれだけのこと。
 俺は軽く肩を竦めてから、苦笑いした。
「そうですか」
 それから暫く待っていると、クロロがやってきた。
「お待たせしました」
 髪型こそは変わらず、闇色の長い髪が束ねられているまま……。装備は軽装で忍者のような服に、腕や足に洋風の鎧の武装がなされていた。腰にはまさに大和撫子な刀が……ギルダブ先輩の刀ほど長くないな。
「ん?どうしました?」
 俺がクロロの服装を眺めていると訝しげな顔で言われた。
「いえ……クロロさんってお美しいなぁーって思いまして」
 クロロは俺の言ったことに対して、しれっとした顔をして返した。
「お口が上手いんですねグレイくんは。でも節操の無い子に育ったらダメですよ?」
 おっと、叱られてしまった。さすがに大和撫子だった。あれだな。エッチなシーンとかになったら、「破廉恥な!」って叫びながらビンタしてくるタイプだよね。気をつけよう。
「いやー本心からに決まってるじゃないですか。クロロさんには想い人とかいないんですか?」
「それは……いないこともないですが」
「へぇーナルクさんとか?」
「ナルクは……」
 そのままクロロさんはため息をついた。ナルク……憐れな男だ。いや、俺はいい奴だと思うよ?うん。
「そうだ。私からもグレイくんに質問してもいいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「グレイくんは歳の割に強い気がするのですが……誰に戦い方を学びましたか?剣術や魔術も申し分ないくらい実力はあると思います。しかし、それらを併用した戦闘スタイル。とても八歳の子供とは思えません。思わず手加減できませんでした」
 この人大人気ないな……それで剣技なんて使ったのか。しかし、その疑問も当然かもしれない。こんな八歳の子供が剣術と魔術を上手く・・・生かすして、相互に使うことができるなんて驚きだろう。
 例えるなら二刀流のようなものだ。一本の剣と二本の剣を扱うのでは勝手が違うのだ。
 俺はどう答えたものかと悩み、とりあえずこう答えた。
「剣術はギシリス先生に習いましたし……魔術も……それを生かして戦う方法は独学ですかね……」」
 そう言うとクロロが目を丸くして驚いた。
「ど、独自に?」
「はい」
「そうですか……」
 クロロは暫く俺を凝視した後にため息を吐いた。
「とても信じられませんね……」
 ポツリといったクロロの声……おい、ちゃんと聞こえてるぞ。まあ信じられねぇのも無理ねぇけど……。
「それが事実だから、仕方ない」
 ギシリス先生はクロロの隣に立つと、そう言った。なんだろう……何か諦められているのだろうか。
 クロロはもう一度、ため息を吐くと言った。
「それでは行きましょうか」
「はい」
 俺とクロロ……ギシリス先生は領主邸から離れ、ゲフェオンの町を出た直ぐのところの平野地へ向かう。確かそこにいる魔物はバウーンという四足歩行する獣型の魔物だ。
 ドラゴンなんたらクエストでいうスライムのような奴だ。
 平野地に向かって大通りを進んでいる間、妙に視線を感じた。どうもクロロとギシリス先生が目立っているようだ。この大和撫子とアマゾネス様はかなりの美人だからなぁ……その隣を歩く子供は俺です。
 もしかして親子に見られたりとかしてないだろうな?やめてっ!クロロの婚期がっ!
 俺みたいに三十路まで結婚できなくなっちゃうよ?俺が心配そうな顔でクロロを見ているとクロロが訝しげな目で俺を見た。
「何か失礼なこと考えていませんか?」
「やだなぁ。僕、ただの子供だからわかんなぁ〜い」
「そういう発言が子供っぽくないんですよ」
 あ、そう…昔から可愛げがないとか良く言われてたけどさ。あっちでもこっちでも。
 それにしても……クロロに加えてアマゾネス……じゃなかった、ギシリス先生もいるから親子というよりも訳ありな感じがして重いね!パネェ!マジパネェ!
 暫く、雑談をしたり独り言のように思考を巡らせたりしていると、ふいに奇妙な気配を俺は感じた。俺の索敵スキルは相変わらず精度が高い……この独特な気配はソーマのものだ。
 気配の感じる方向へ目を向けると俺は目を見開いた。そして相手も俺を見て目を見開いている。
 俺の視線の先にいたのは……ノーラント・アークエイとエリリー・スカラベジュムの二人だった。
「ノーラ……エリリー?」
 思わず口に出した名前にクロロが、「ん?」と首を傾げると俺と同じように視線を二人に向けた。ギシリス先生は俺よりも先に気付いていたようで、耳をピクピクさせながら目を伏せた。
 二人は俺を見るなり、ピタッと立ち止まって数回ほど目をパチクリした後に慌てて俺の方に走ってきた。
 なんだ?
「ちょっとグレイ!」
「聞いたよ!?義勇軍に入るって本当!?」
 二人が俺に詰め寄ってきて言った。近い近い近い……。
「誰から聞いたの?」
 俺はとりあえず二人を引き剥がして訊いた。
「グレイのお母さん」
「ソニアさんからも」
 俺は納得した。でも、別に悪いことをしているわけではない。二人……からっていうか母さんからは許可とってるし。ソニア姉には悪いことしたなぁ……。
「あたしが倒れてるとこ助けてくれたっていうからお礼に行こうと思ったらいないし……義勇軍に入ってるっていうし……どうしてよ……」
「ノーラ……?」
 突然ノーラが泣き出してしまった。そのままノーラは俺の胸をポカポカ叩いてくる。あんまり痛くない。それより痛いのは俺の背後に刺さる視線だ。
 チラリと横目で見るとソーマが怒りを露わにしてこの光景を見ていた。あの変態め……大人しくアリステリア様の護衛してろよ!
 しっかし、どうしたものか……俺は困った風に笑いノーラの頭を撫でた。短いボーイッシュな茶髪は男のそれとは違って、綺麗で撫でていてこっちが気持ちいいくらい手触りがいい。
 やがてポツリポツリとノーラが喋り始めた。
「どうして……義勇軍にはいっちゃうの?し、死んじゃったら……どうするの?ウチヤダよ……もう友達が死んじゃうのヤダよぉ」
 そうだった。ノーラを見つけたとき、ノーラ以外のものは全員亡くなっていた。ノーラだけが生き残った。一人ぼっち……俺はその孤独が何となくわかった。だから、俺はノーラの頭を撫で続けた。エリリーはその光景を黙って見つめていた。
 しかし、このままってのも良くない……よな。
「僕はね……父さんみたいになりたいんだよ」
「?」
 急に語り始めた俺にエリリーが首を傾げた。ノーラは相変わらず俺の胸で泣いている。
「父さんは……僕を庇って死んだんだ」
 俺はあのときあったことを掻い摘んで話した。全て話したところで無意味だ。ただ、俺は確固たる意志で義勇軍に入ったのだということを二人にしっかりと伝えた。
 エリリーは少し複雑そうな顔をしていたが納得したように頷いた。ノーラも顔を上げて腫らした目を擦って頷いた。
「わかった……」
 ノーラはそう言って俺から離れると、背を向けた。
「はぁ……情けない姿みられちゃったよ」
「本当……」
 ノーラの言葉にエリリーが同意した。俺は当然の反応だと思っていたのだが……。
「グレイ。あたし達、将来グレイのお嫁さんになれるように頑張るから」
「へ?」
「絶対に死んじゃダメだよ?」
 そう二人は言って、身を翻し俺に向き直ると徐に二人は俺の両方の頬にキスした。
「おやおや」

 クロロが後ろでニヤニヤしていた。あのやろう……。加えて、ギシリス先生も微笑ましいものを見るような目でこっちを見ていた。熱い……天気が良いみたいですね。
「じゃあねグレイ」
「またね」
 二人は俺に別れの言葉を告げると、踵を返して歩き出した。このあと彼女達がどうするのか俺には分からない。彼女達が何を頑張るのか分からないが、まあ取り敢えず応援しておこうか。
 彼女達が去ったあとに残ったのは微笑ましいものを見たというようなクロロとギシリス先生の笑顔と、寒気がするくらい怖い視線を送ってくるソーマだけだ。
「はぁ……」
 俺は小さな溜息を吐いた。全く……これ、なんかのフラグじゃないだろうな?
 俺がそうやって未来のことに想いを馳せているところに、怖い視線を向けていたソーマが、そのままの表情で俺に近寄ってきていた。
「グレーシュ」
「ひっ」
 呼ばれて……俺は怖すぎて、思わず仰け反った。
 ソーマは顔を眼前まで寄せると、やがて諦めたように溜息を吐いて、その恐ろしい視線という矛を収めた。
 た、助かったの……?
「一応……伝えておくが」
 ソーマはそう前振りしておき、続けた。
「ノーラと……あとスカラペジュムは安全な町へ引っ越すことになった」
「え?」
 俺は驚いて、目を見開いた。どうきて別れの言葉を告げられたのか……その意味が俺には分からなかったが……まさか、そういうことなのか?
「スカラペジュムの父親は男爵位で、ここから離れたところに領地を持っているのだ。そこへ、ノーラも連れて行けるようにしてもらったのである……だから、次に会うことはないかもしれん」
「…………」
 俺はどう返すべきか考え付かず、ただ顔を伏せて黙った。ソーマはやはりもう一度、溜息を吐くと言った。
「……ノーラは貴様のことを好いている。……もしも、お前がアル……アルフォードのセガレでなければ、吾輩も認めずに済んだのであるがな」
 ソーマは天を仰ぎ、晴れ渡る空を見上げた。ギシリス先生はそんなソーマを眺めて、ポツリと呟く。
「アークエイ……」
 自身の名前な反応したソーマは、やはり建物な身を預けて立つギシリス先生に、言った。
「分かるであろう……エーデルバイカ。アルは吾輩達にとって戦友であっただけではない。そのセガレだ……吾輩も認めざるを得ない。グスンっ」
 泣くなよソーマ……しかし、そこまでソーマに言われたらさすがの俺でも分かった。要約すると、お前が死ぬとノーラが悲しむから、必ず死ぬな。そして、いつか必ず会いにいけ……的な?
 どこまで当たっているかは分からない。子供らしく、グズグズと泣いているソーマにそれを全て聞き出すのも野暮なことだろう。
 ふと、俺もソーマと同じように天を仰いだ。どこまでも青い空……きっとノーラとエリリーもこの空の下で過ごすのだろう。
 全く……ギシリス先生もソーマも過保護過ぎるんだよ。言われなくたって……俺は父さんから家族を任されているんだ。母さんや、ソニア姉を残して死ねるかよ。

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