一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

惑わす悪魔

 –––オーラル皇国軍対策会議–––


 ゲフェオン領主邸では引き続き、トーラの町の奪還に向けての作戦会議が行われていた。出席者の中に、今回はグレーシュはいない。
「調査の結果だが……トーラの町には現在十二万近くのオーラル皇国軍が駐屯しているらしい」
 ヨーレンツの言葉に出席者達の表情は曇った。
 通常、攻城戦で必要な兵力は敵兵力の三倍。オーラル皇国軍一十二万に対して、ヨーレンツ率いるイガーラ王国軍中師団の数と義勇軍を合わせても三倍というよりも悪く、十二万にすら届いていない。
 今回のゲフェオン防衛で対等に渡り合えたのは、オーラル皇国軍が侵攻側だったのと、ギルダブやナルク率いるクロロ達義勇軍の戦闘部隊の活躍が大きかったのが要因であった。
 そして密林部に現れた魔導機械マキナアルマがわ運良く何者かによって破壊されたということ……これがなかったら防衛線は総崩れ、ゲフェオンの町も蹂躙されていたかもしれない。
「まだ魔導機械マキナアルマに関しての情報は入っていないのですかな?」
「あぁ……調査させているが分からん」
 ウルスラーの問いにヨーレンツは答えることが出来ず、肩を竦めた。
 この場でたった一人だけ事情を知っているアリステリアは、自分の後ろに立つ侍女アンナに目配りすると、何か察したアンナは会議室から退室した。
「どうした?」
「いえ、なんでもありませんわ」
 ヨーレンツが訝しげに言ったので、アリステリアは慌てて取り繕う。自分の婚約者のそんな挙動に、ヨーレンツの隣に立つギルダブは疑問符を浮かべた。
「なんにしろだ……トーラの町の奪還っつーのは現実的じゃねぇな」
 沈痛な面持ちで言ったナルクに、誰も反論することが出来ない。兵力が足らない。
「しかし、このままオーラルの者共に好き勝手させるわけにはいかないですな」
「じょあ、なんか作策でもあんのかよ。領主様?」
「それは……今、検討中でしょう?」
「その通りだ。そのための会議だ」
 ウルスラーとヨーレンツの二人から言われて、ナルクは肩を竦め、それから自嘲気味に口を開いた。
「幸いにも敵の撤退が早かったおかげで被害は少ないんだよなぁ……」
 敵将マハティガルの死が、敵を撤退させたおかげで、死傷者も少なく、怪我人もかなり少なかった。
「いま、治療魔術士師の方々が治療に当たってくれていますわ」
 アリステリアの報告で一同は少しだけ安堵の息を漏らした。怪我をした人々を癒すことができる者がいるというのは、とても心強い。
 それから会議はトーラの町の奪還についての作戦会議へと、本格的に変わった。
 暫くして、会議が終わったところでアリステリアは義勇軍の代表であるナルクをちょいちょいと、手招きして呼び寄せた。
「なんだい、公爵令嬢殿」
「アリステリアでいいですわよ。それよりも……込み入った話がありまして。この後、会議室に残ってくださる?」
「ん?かまわねぇが……」
 と、ナルクはチラリと後ろに控えている仲間に目配りする。アリステリアは察して言った。
「御同席していただいて構いませんわ」
 こうして会議の終わった会議室にはアリステリアとその護衛の二人…そしてナルクやクロロ……それにワードンマとアルメイサの義勇軍の上層部が残った。


 –––グレーシュ・エフォンス–––


 グリフォンを倒した俺は、ゲフェオンの町に戻ってきた。人々の表情は不安の色一色だ。そりゃあそうか……戦時中だもんな。
 俺だって、呑気なことをしちゃいられないよな。義勇軍の後方支援だって大事な仕事……一生懸命頑張って、出来る限りの支援をさせてもらおう。
 俺がそんな風に決意しているところに、あの密林であった看護の女の人が、唐突に俺の目の前に現れた。
「失礼致します。グレーシュ・エフォンス様。私はアンナ・カルレイヤと申します」
「は、はぁ……」
 いきなり現れたものだから、少し気圧され気味に、俺は頷いた。
 アンナという女性は、そんな俺を特に気にすることなく続けた。
「アリステリアお嬢様がお呼びです」
「え……アリステリア様が?」
 なんだろう……二年前の闘技大会のときのような嫌な感じがするんだけど……。
 若干の不安を覚えたが、しかし公爵令嬢のお呼びを一平民の俺が、無下に出来る訳がない。仕方ない……。
 俺は付いてくるように促すアンナに付いて、領主邸を目指して歩き出す。
 そうしてテレテレとお互い無言のまま数分歩き、ゲフェオンの領主邸に着くと、直ぐにあの対策会議室へ通された。
「ん?
 と、会議室に入った俺は首をかしげた。それは中にいた人物を見ての反応だ。
 よく知っているナルクやクロロが居り、加えてアリステリア様やアンナ、アイクがいるわけだが、そこに見慣れない二人がいたのだ。
 片や、大柄で厳ついオッさん……片や、綺麗な美女……絵図らだけ見たら美女と野獣だ。
 俺が頭上にハテナを浮かべていたからか、クロロが気を遣って紹介してくれた。
「あ、グレイくん。こちらは私の冒険者の同僚で……アルメイサ・メアリールさんとワードンマ・ジッカさんです」
 クロロの紹介に合わせて、大柄なオッさん……ワードンマが俺の前に一歩出て笑った。
「よろしくのぉ。クロロから聞いとるぞ、グレイ」
「あ、はい……よろしくお願いします」
 口調が年寄り臭く、声もガラガラと年季が入っていた。対して、ワードンマの後に出てきた美女は薄く笑って言った。
「よろしくするわね?グレイちゃん」
「あ、よろしくお願いします」
 普通……そうに見えるが、なんだこの獲物が狩人に目を付けられたかのような感覚!
「気を付けてください。アルメイサさんはドSです」
「え」
「や〜ん、クロロちゃん。そんなこといっちゃダメよ?怖がっちゃうじゃない」
 ふえぇぇ……怖いよぉ……。この人の目、怖いよぉ……。
「節操のない奴じゃ」
「あら?娼婦で(自主規制)まくってる年寄りには言われたくないわね?」
「誰が年寄りじゃ!」
 アルメイサとワードンマが何やら言い争いを始めたのだが、いつものことなのかクロロとナルクはやれやれと肩を竦めて傍らで眺めているだけだ。
 もうホント……やれやれ。
「話……初めてもいいのでしょうか」
 アリステリア様が遠い目をして俺に問い掛けてきた。
 あの二人にお訊き下さい。まる。


 –––オーラル皇国皇都オーラルヌス皇宮殿–––


 時は遡ってイガーラ王国とオーラル皇国の宣戦布告無き戦いの前……場所は、オーラル皇国の皇都オーラルヌス。その国の王である、皇王が住む皇宮殿の眼下には、巨大な城下町が広がっていた。
 その皇宮殿にて、パタパタと走る一人の少女の足音が響き渡った。。皇宮殿に仕える者たちは、その足音を聞くと、和やかに微笑んだ。
 皇宮殿を走る少女の名は、カミーラ・オーラル第三皇女……歳はまだ六つと幼い。カミーラはとても可愛らしい少女で、パタパタと皇宮殿を走る彼女の愛らしさに、使用人達はどこか微笑ましげだ。
「きゃーーーー!」
「こらこら、カミーラ。皇宮殿の中は走ってはいけないと言っているだろう?」
「きゃーーーーー!」
「ちゃんと聞きなさい!」
 というのは、オーラル皇国を治める皇王ユンゲル・オーラルだ。きゃっきゃっと楽しそうに叫びあげながら走って逃げ回るカミーラを、ユンゲルは自分で走るなと言っておきながら走って追いかけていた。
 説得力の欠片もない……。
 と、その光景を微笑ましく見つめていた使用人達は各々そんな感想を浮かべていた。
 そんな使用人達の微笑ましい雰囲気に気づき、ユンゲルは怒鳴り散らした。
「見てないで助けてくれよ!お前ら全員クビにするぞ!?」
 まーったはじまったよ、というのは使用人達の心の声だ。オーラル皇国の皇王は、口ではそんなことを言っているが、本当に自分達を解雇したりなんかしないのだ。
 民からは甘々王なんて呼ばれて親しまれている。王がそんなんでいいのかとも思うが、これがオーラル皇国の王なのだから仕方ない。
 あげくの果てに、王様の三女様は城である皇宮殿で走り回る始末……それを追いかける彼は間抜けな王にも程があるのだが……不思議と彼の下には人が付いてくる。
 内政もバッチリ取り仕切っており、軍事に関しても将軍と並んでよく相談していたりする。民のことを重んじる歴代の皇王の中でもユンゲルは情けない男ではあるが、その意思はしっかりと継いでいた。
 まあ、やはり娘を追いかける父親の姿は王にはとても結びつかないが……。
「きゃーーーー!」
「もう!パパの言うこと聞きな––––––!」
 皇王の叫び声が皇宮殿に響き渡り、反射で語尾の方はよく聞こえなかった……。
 皇王のそんな悲鳴に反応して、一人の美しい女性が皇宮殿の広い廊下に現れ、カミーラの走る線上に立った。
 カミーラはそれで一瞬避けようとしたが、立っている女性の顔を見てむしろ、その女性に飛びついた。
「お母様ぁー!」
「あっ、ちょっと」
 いきなり抱き着かれて、カミーラにお母様と呼ばれた女性は思わず尻餅をついてしまった。
「うふふーん〜おっかあ様〜」
「もう……甘えん坊なんだから」
 やれやれといった感じだが、女性は優しくカミーラを抱き上げた。この女性の名前はカミュリア・オーラル皇妃。つまり、ユンゲルの妻である。綺麗な緑色の髪を持ち、カミーラも、その色を受け継いでいた。
「はぁ……なんでカミュリアの言うことは聞くんだろうな?」
「貴方がしっかりしてないからでは?」
「えー俺頑張ってるのにー」
 ぶーたれる夫にカミュリアは呆れた顔で肩を竦めた。
「あぁ、それはそうと……ユリアを知らないか?朝から見てないんだが……」
 ユンゲルが困ったように訊くと、カミュリアは訝しげに首を傾げた。
「ユリア?私も見ていませんけれど……」
 ユリア・オーラル第二皇女。ユンゲルとカミュリアの間に生まれた二人目の娘で、カミーラの姉だ。年齢は九つとなる。
「おっかしいなぁ……」
 ユンゲルがユリアを探そうと廊下を歩くと……それは唐突にやってきた。
「ご機嫌よう……ユンゲル皇王」
 ユンゲルの他に誰もいない、静寂に包まれた空間を切り裂くようにして響いた美しい声音に、ユンゲルは一瞬だけ反応が遅れたが、それでも彼の危機察知納涼は並外れていて、咄嗟に護身用の短剣を懐から取り出して振り返り、叫んだ。
「何者だ」
 先ほどまで、とても家族と幸せそうにしていた男が腹の底から夥しい殺気を放ちながら、謎の侵入者に向けて言った。
「うふふ。そんなに怖い顔をしないで欲しいですわぁ〜?」
 甘い声が思わずユンゲルの脳を揺さぶったが、ユンゲルは何とか耐えて、窓ガラスから差す陽光によって出来た影の中にいる女性を見据えた。
 とても若い女性のように見えるが、男を誘惑する甘い声や口調が熟練の娼婦のように感じられる。
 やがて、その姿が陽光へ曝け出されると、ユンゲルは息を飲んだ。
 美しい肢体で、バランスのいいプロポーション……たわわな胸が強調されるような大胆な服装をしており、髪は明るいピンクで、肩口にかかる程度まで伸びていた。髪と同じ双眸は妖しく光り、男を惑わす魅力的な作りの顔が、不敵な笑みを浮かべていた。そんな完璧な容姿をもった彼女だが、二つほど特徴的なものがあった。それは、頭から生えている湾曲した二本の角と、妖精族長耳エルフ種のような長い耳だった。
 ユンゲルは思わず見惚れてしまったが、直ぐに頭を振って自分を律すると、その女性を見据えながら思考を巡らせた。
(なぜだ……?この女を見ているだけで引き込まれる……俺はカミュリア一筋だし、他の女に目移りなんて、どんなに美しくともしたことはない……。この女……頭の物といい……魔族か?)
 魔族……この世界にいる知的生命体の一つであり、人族、獣人族、妖精族などと普通に共存している種族だ。
 見た目は様々で、殆どが異形の姿をしており、目の前にいる女もまた、耳やら角やら、そしてお尻から生えているウニョウニョと蛇のように蠢く尻尾が魔族であるとユンゲルが確信した証拠であった。
 そして魔族であるならば、自分が目の前にいる女に魅了されてしまう原因が分かる。魔族色魔サキュバス種と呼ばれる、男性を自分の虜にし、その生を吸い尽くす者たちがいるという。
 ユンゲルは初めて実物を見た訳だが、話には聞いていたために、そう判断することが出来た。
「もう一度訊く…何者だ?」
 だからこそ、ユンゲルはさらに警戒を強めて問い掛けると、女は肩を竦めて答えた。
「私は……ゼフィアン」
「ゼフィアン……だと?」
 ユンゲルは、ゼフィアンと名乗った女性の名前を復唱して、頭の中にある名簿と照合し始め、ふと……一人だけその名前に当てはまる者がいた。照合し終えたユンゲルは絶句し、目を見開いて言った。
「ゼフィアン……ゼフィアン・ザ・アスモデウス一世か!」
 ユンゲルが大声で叫びあげると、ゼフィアンは口の端をニッと吊り上げて、その綺麗な手を前に出し、グッと握りしめるという不可解な動作をした。
 ユンゲルから幾分か離れたところでのその動作に何の意味があるのか……と、なんとゼフィアンの動作に合わせてユンゲルの口元が見えない何かに塞がれて、声を出すことが出来なくなってしまった。
「…………っ!」
「少しうるさいわねぇ……」
 他の者に見つかりたくないのか、ゼフィアンはユンゲルが大声を出せないように口元を何らかの方法で塞いだようだ。その方法というのが、この世界で数人ほどしかいない魔術の達人が使えるという達人級マスター闇属性魔術【念動力サイコキネシス】である。
 この魔術は、離れたところにある物体を動かしてたりすることができ、ゼフィアンが今し方やったようなことが出来る。
 世界に数人時間使えない達人級の魔術を扱える彼女が、もちろん普通の人物である筈がない。
 彼女……ゼフィアン・ザ・アスモデウス一世は所謂、『魔王』と呼ばれる者であり、イガーラ王国、オーラル皇国などがあるスーリアント大陸と呼ばれる大陸を海で跨いだ先にあるアスカ大陸のアスモ領という場所を、かつて統治していた。
 アスカ大陸とは、そのようにして何名かの魔王達がそれぞれの領地を統治しており、スーリアント大陸とはまた違った文化体制を広げていた。
 そんな魔王の一人……ゼフィアン・ザ・アスモデウス一世は魔術の達人の一人でもあることで有名だ。二重の意味で有名な彼女を、まさかユンゲルが知らない筈もなかった。
 はたして、それほどの人物が何のためにここへ来たのか……ユンゲルはとある噂を思い出していた。
 その噂というのは、色魔サキュバスの魔王が国の王様を魅了し、その国を意のままに操って、適当な国と戦争させているという……もちろん、専らの噂で、ユンゲルは流していたのだが……。
(ま、まさか……本当に?)
 だとしても、戦争をさせる目的はなんだ?一体なんのために?と、ユンゲルが様々なことに思考を巡らせているところに、ゼフィアンは、まるでその思考を読んだかのように答えた。
「私の目的は禁忌級アカシック魔術【ゼロキュレス】の発動……うふふ。そのために、億の命が必要なのよねぇ〜?だから、こうして……」
 言いながらゼフィアンはユンゲルに近づき、触れないギリギリのところまで顔を寄せて、耳元で囁いた。
「各国の首脳を籠絡して戦争させてるのよぉ〜?ね?お願い……」
 甘い甘い声音……その悪魔の囁きにユンゲルは完全に堕ちてしまった。
「うふふ……うふふふふ」
 ゼフィアンの薄気味悪い笑い声……それを部屋の扉の隙間から見ていたユリア第二皇女は、九歳という若さながらも状況を正確に把握し、いま自分に出来ることを考えた。
「は、早く……早く誰かに知らせなくっちゃ……」
 ……それから、暫くしてカミュリア皇妃やカーミラ第三皇女、ユリア第二皇女は護衛の騎士達とともに皇宮殿から速やかに逃げ去った。その後、オーラル皇国軍が、皇王ユンゲルの命令で全軍が挙兵し、イガーラ王国の端……トーラの町の近くにある砦を陥落させ、トーラの町へとそのまま進軍していった。


 –––グレーシュ・エフォンス–––


 皇宮殿制圧……オーラル皇国の事実上の崩壊……その話を聞いたこの場の全員が凍り付いた。まさか、いま戦っている敵国の内情がそのようなハチャメチャな状況などと誰が予想がつくだろうか。いや、誰もつくことはできない。
 ナルクは頭痛でもするのか、頭を抑えて頭を振って言った。
「……変だと思ってたんだよなぁ。オーラル皇国の皇王っつったら甘々王で有名だからな。そんな皇王が宣戦布告も無しに戦い吹っかけてくるとは思えなかったんだよなぁ」
 ナルクはボヤくように言いつつ、頭を掻きむしった。それから、ワードンマが険しい表情で、アリステリア様とテーブルを挟んだ向かい側で立って、腕を組みながらも、椅子に座るアリステリ様に尋ねた。
「しかし……一体、これほどまでの詳しい情報をどこから得たのじゃ?」
 ワードンマの指摘は確かにそうだ。どうして、一公爵令嬢にしか過ぎない彼女が、これほどまで詳しい実情を……それに彼女だけが知っているのか。
 指摘されたアリステリア様は困ったような笑みを浮かべてから、小さく口を開いた。
「わたくしはお友達・・・が多いんですの」
「いや、そういうことをじゃないのじゃが……」
「わたくし……お友達……多い……ですのよ?」
 意味が分からん……多分、この場にいる全員がそう思ったのかもしれない。しかし、アリステリア様が言外に、「訊くな」と言っていることは確かなことだと全員分かったようで、俺も口を噤んだ。
 が、はたと考えてみる。一体どうやってアリステリア様はこんな情報を得たんだ?まさか、本当にお友達が多いとか、糞リア充みたいな理由な訳がない……うん、アリステリア様はリア充だけれどもー。
 ウンウンと逡巡してみるが、結局答えは見つからず……話の流れが次に移り出した。
「じゃあ、私からもいいかしら?」
 アルメイサが顎に手をやって、何か考えながらアリステリア様に言うと、アリステリア様はゆっくりと頷いた。アルメイサはそれを確認してから、一拍空けて口を開く。
「……どうして、その情報をあの会議室で言わなかったのかしら?」
 む……俺は先ほどの会議に出席していないため知らないなぁ。言わなかったのか、アリステリア様は。
 となると、アルメイサの疑問も当然だ。俺も気になって、アリステリア様が答えるのを待っていると、アリステリア様は切り出した。
「トーラの町に侵攻してきた敵軍の発見が遅れた理由は、見張りの兵に間者が混じっていたという話です」
「見張りの……兵に?」
 ナルクが復唱して聞き返すと、アリステリア様は頷いて続けた。
「そうです。買収でもされたのかと思っていましたが、この情報を手に入れた際に分かったのです。見張り兵は誰もが男性……」
「あ……ゼフィアンは色魔サキュバスですから、魅了で虜にしたんですね」
 クロロが気づいて言うと、アリステリア様はもう一度頷いた。なるほど、ゼフィアンというエッチィお姉様が見張りをメロメロにし、間者として使ったわけか。
「トーラの町の前にあったオーラル皇国との境にある砦も陥落し、生存者はゼロです」
「全員殺されたってのか……?」
 ナルクはそんな馬鹿なという風に訊いたが、アリステリア様はやはり頷くだけで、ナルクは絶句した。
「……降伏した兵士や捕虜もいないっていうの?」
 アルメイサも信じられないようで、アリステリア様に問い掛けた。それに答えるようにしてアリステリア様は口を利かせた。
「分かりません……逃げ出した兵士達も恐らくゼフィアンの力で虜になって殺されてしまったでしょう」
「む……むぅ」
 ワードンマが難しそうに唸ると、他のメンツも同じように唸り声を上げて考えて込んだ。
 ふむ……と、ここで初めて俺は口を開いた。
「えっと……チラッと話に出てきたゼフィアンの目的……禁忌級アカシック魔術【ゼロキュレス】って、なんなんですか?」
 ふと、俺はここにいる全員に訊いたのだが、全員が首を竦めた。おい、なんで誰も知らねぇんだよ……。
「わたくしも聞いた時に疑問に思っていたのですが……禁忌級アカシックなどという階級は全六階級にはありませんし」
 アリステリア様が言って、全員でウンウン唸っていると、ふとアルメイサ一人だけが得意げに口を開いた。
禁忌級アカシックは魔術協会が作ったもう一つの階級よ。全六階級の中から危険であるとされて、この世界から抹消された最凶の魔術のことよ」
 魔術協会……それは、俺もエドワード先生から聞いたことがある名前だ。世界の魔術に関しての研究をしている機関であり、魔術師達を統制するところでもある。平たく言えば、魔術の専門機関だ。
「そういえば、主は魔術師じゃったのぉ」
「そうよ。でも、魔術師とは言っても禁忌級アカシックに関して知っているの者は少ないわ……」
「ど、どうしてですか?」
 クロロが恐る恐る訊くと、アルメイサは表情を歪ませて答えた。
「……それだけ危険だからよ。中でも、【ゼロキュレス】っていうのは禁忌級アカシック魔術で一番有名な魔術なのだけれど……元は夢幻級ファンタジーの魔術で、その詳しい内容を知っているの者は少ないわ」
 そう、夢幻級ファンタジーの魔術というのは名前だけであって、その実……何も分かっていない。実在するかも分からないような魔術なのだ。
 ふと……再び俺は思考を巡らせてみる。
 それなら、どうしてゼフィアンという人物は【ゼロキュレス】のことを知っていて、
 尚且つそれを発動させる条件を知っているののだろうか。
【ゼロキュレス】の発動条件……億の命……そのためにゼフィアンは各国で戦争を起こしていると噂もらあるらしいし……。
 何のためにゼフィアンが【ゼロキュレス】を発動させようとしているのかも分からない……考察するには情報不足……。
 アリステリア様もそれを察して、溜息を吐いてから切り出した。
「今のところは、これくらいでしょう……差し当たっては、会議であがったトーラの町の奪還のことなのですけれど」
「あぁ、俺ら義勇軍の戦闘部隊が敵本陣を叩くって奴だろ?」
「えぇ。それで、その作戦にグレーシュ様を入れて欲しいのですわ」
 アリステリア様の提案で一斉に、俺に視線が集まる。
 俺としてはトーラの町の奪還に、後方支援じゃなくてちゃんと戦い参加できるってんなら嬉しいが……。
「しかしだなぁーこれは遊びじゃねぇんだぜ公爵令嬢様?いくらなんでも子供を前線に立たせるっつーのはなぁ…たしかに戦えはするんだろうけど」
「はい、私もナルクと同意見です。グレイくんはその歳にしては確かに強い……でも、飽く迄もその歳での話。大人と比べてはいけないかと……」
 確かに俺は子供だ。反論はできない。俺がナルクやクロロの立場なら、とても子供を戦争に参加なんてさせられないと思う。
 それにしても……なんでアリステリア様は俺を戦闘部隊に入れようとしているんだ?
 そんな俺の疑問に答えるようにアリステリア様は口を開いた。
「ふふ、皆様の言うことは御尤も……ところで皆様?密林に現れた魔導機械マキナアルマのことは知っていますわよね?」
「ん?あぁ……あれだろ?なんか敵将のマハティガル共々誰かに倒されたってやつ」
「すごいですよね。私は魔導機械マキナアルマなんて倒せませんし」
 へ?あのデカブツってそんなに強かったのか?偉い簡単に沈んだぞ……というかアリステリア様?もしかして……、
「はい。実はその敵将や魔導機械マキナアルマを討ち取ったのはグレーシュ様ですわ」
 おい、なんで知ってんだよ。思わず内心で突っ込んでしまった。
「は?なんの冗談だ?こいつ、クロロのやつより弱いんだぜ?」
「……」
 ナルクは冗談だろ?という顔をしているが、クロロは何故か俺を凝視していた。アイクは知っていたのか平然としている。アルメイサやワードンマは、意外そうに眉を上げるだけだ。
「本当ですわよ?」
 アリステリア様はどこか楽しそうに笑って言っている。果たして、このお姫様は何を企んでいるんだろうか。最近知ったが、このお姫様は意外と腹黒だったりする。
「もう、冗談はよしてくれやい。俺らは遊びで来てるんじゃねぇんだよ」
 ナルクはさすがに痺れを切らして、少し強い語調でいった。アリステリア様は心外だという風に肩を竦めた。
「わたくしだって遊びではありませんわよ」
「遊びじゃないならなんだってんだ?」
「ナルク……おそらく公爵令嬢様の言うことは本当です」
「クロロ?」
 クロロは俺を凝視したまま、目線を動かしていない。何を見ているかは分からないが、どうやらクロロは俺を見て本当のことだと判断したらしい。
「どうしたのじゃ、クロロ?」
 ワードンマが訊くと、クロロは答えた。
「グレイくんの魔力保有領域ゲートは魔力が漏れるほどの強大な魔力を内包しています」
「え?クロロさん、魔力が見えるんですか?」
 俺がクロロに尋ねると、クロロは苦笑して答えてくれて。
「完全に見えるわけではないんですけどね。集中してみれば何となく感じる程度には見えるんですよ」
「なぁ、本当なのかよグレーシュ?」
 ナルクに聞かれ、俺は困ったように笑った。事実ではあるが、ほんとんど不意打ちだったし、真正面から戦えば勝てる確率なんてゼロだっただろう。
 つまりは運が良かった。俺が自分にしている評価はそんな感じだ。第一、クロロで勝てないやつを俺が倒せるわけがないのだ。
 だから、俺はそのときの状況を誤解されないように詳細に伝えた。密林で敵を殺しまくったこと、そしてマハティガルの不意をついて魔導機械マキナアルマ共々打ち倒したこと。
 そしたら信じられないというような目で見られた。なぜ?
「お前……」
「なるほど、そういう……」
「ふふふ」
 ナルクやクロロは驚いているが、アリステリア様は楽しそうに笑っていた。な、謎だ。俺が疑問符を浮かべることに気がついたクロロが溜息を一つこぼして言った。
「どうやら自分がどれだけ人間離れしているか分からないようですから言いますが……まず、密林という樹々が乱立する場で弓なんて上手く射れないんですよ?しかも、一本も外さずに敵を全て射抜くなんて神業ですよ神業。不意をつくにしても、魔導機械マキナアルマを貫くほどの威力の弓技を空中で攻撃を避けながら使うなんて無理ですよ。つまり…グレイくんは弓の名手なんですよ」
「えぇ?僕が……ですか?」
 正直ビックリだ。弓の名手って言われるほどのもんじゃないと思っていたんだが……。
「それと、もう一つ聞きたいのですが……グレイくんのその魔力量はなんなんですか?つい三週間まえに教えたばかりなのに、魔力の増加が早すぎるんです」
「あぁ、それは……」
 俺はグリフォンを倒してその魔石を手に入れたことを話した。そしたら今度はナルクとクロロが声も出ないってくらい驚いていた。
 口を開けてポカーンって本当にあるんだな……。
 聞くと、グリフォンというのは伝説の生物で中々お目にかかれないらしい。
 まあ、グリフォンが出てきたのは虐殺から魔物を守るためだったからなぉ……。
 伝説の生物であるグリフォンはその名に恥じない強さを持っており、その魔石はとんでもない量の魔力を内包しているのだという。
 それを手に入れた今の俺は、まさに伝説の生物と同じか、それ以上の魔力を保有していることになる。
「私、今のグレイくんに勝てる気がしません……」
「は、はぁ……そうですか」
 なんだか自分が強くなった感じは全くないのだが……ともかく、俺は義勇軍の戦闘部隊とともに行動することになった。
 あと、密林の話はここだけの秘密となった。アリステリア様曰く、貴族達にバレると面倒とのこと。
 そういう意味でも義勇軍の戦闘部隊に俺を置くことで、俺という存在を秘匿することができるらしい。
 なぜなら、その功績は飽く迄も義勇軍のものになるからだ。
 トーラの町の奪還作戦は一週間後となる。それまでに、準備は整えておくべきだな。


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