一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

お出かけ

 ※


 霊峰の山頂付近……俺がここまで登ってきたのは、今まで戦ってきた霊峰の猛者達からある噂を聞いたからだ。
 聞けば、霊峰の頂近くにある氷室に『不動』と呼ばれる弓の達人がいるという……その達人は異名に違わず氷室から一切出ることはなく、ただ毎日のように氷室から糸付きの矢を放っては、遠方から射抜いたと思われる動物を引きずっていくという。
 俺も幾度か霊峰の上の方から矢が放たれたのを見たことがある。大気を震わせるほどの矢だった……【ブースト】を使ってようやく視認出来た矢の速度は、およそマッハを超え、銃弾を軽々と超えるスピードだった。
 そんな達人がいるというのだから、是非弟子入りしようとわざわざ山頂にまで登ってきた俺は、氷室を探して山頂周辺を何回か周回した。
 そして、やっとのことで見つけた氷室は雪に覆われて真っ白……入り口も埋まっていたので、どうするかと考えあぐねていると……突然入り口が爆発したかと思うと中から矢が放たれ、空の遠く彼方へ姿を消した。
 間違いない……噂の『不動』がここにいる。
 そう確信した俺は、氷室の中を覗きつつ、大きな声で叫んだ。

「頼もぉー」

 霊峰にはルールがある……一つは霊峰での殺生は禁止。正確には人間同士の殺し合いの禁止だ。これは神聖な霊峰を汚さないために出来たルールである。
 二つ目……霊峰での戦いは全て一対一の決闘形式で行われること。それさえ守られれば、決闘の前に罠を張ろうが構わない。
 三つ目……強者は弟子をとり、弱者は師を得ること……このルールは霊峰の頂点に座る達人達の技術を後世に伝えるために出来たルールだ。この霊峰の本当の頂点……ミスタッチ・ヴェスパによる取り決めだ。
 まだ、俺は見たことはないが……ヴェスパ氏に会った猛者達は口を揃えて言う。

『美しい』

 その一言……。
 俺も会ってみたいが、ヴェスパ氏がいるのは霊峰のであり、霊峰の中へ入ることが許されるのは達人認定された猛者だけだ。俺はこの霊峰で達人に一度たりとも勝利出来ていない……それほどまでに俺と達人との距離はある。
 まあ、ともかく……俺は三つ目のルールに則って、弟子入り時の決まり言葉を言った。
 氷室の中には沢山の氷が綺麗に切り出された状態で置かれ、広さは二十畳ほどで広々とした空間だ。その中心から奥……俺の正中線上に件の達人である『不動』ジルアーガス・デオルドヴィッチ氏が氷の椅子に座っていた。
 そして……俺は『不動』を見て思わず固まった。
 なん……だと……?
 こういう場合……やはり屈強な男か、もしくはヴェスパ氏のようにみんなから美しいと言われるような美女というのが相場と決まっている。しかし……これはどういうことだろうか……。
 俺の目の前に鎮座している男はどっぷりと丸々膨れた腹を抱え、頬は贅肉で垂れ、額にはこの寒さにも関わらず脂ギッシュな汗をびっしりと浮かべていた。
 おう……俺の夢が瓦解した瞬間である。
 ぶっちゃけよう……おかしいだろ!どう見てもモブか、あっても敵のウザキャラじゃねぇか。
 と、俺が内心で叫びを上げているとデオルドヴィッチ氏が眉を顰めて言った。

「おめぇ……今、俺のこと見て『うっわ!デブがいる!』って思っただろ?」

 見た目に反して野太い声……重圧を感じさせる圧倒的気配、まさしく達人のもつ独特な威圧感だ。間違いなく目の前にいるのは、『不動』ジルアーガス・デオルドヴィッチ氏だ。
 俺は頬に一雫の汗を垂らしながら、『不動』と対面した。
 ジルアーガス・デオルドヴィッチ氏はふんっと鼻を鳴らすと再び口を開いた。

「まあどうでもいいけどよ。それより、おめぇ俺の弟子になる気か?ミスタッチのクソアマの膝下で暮らしている身としちゃあ、あいつの作ったルールに逆らうつもりはねぇ……」

 デオルドヴィッチ氏の言うとおり、彼ら達人はこの霊峰に住まわせて・・・・・もらっている身……それは俺たちも同じであり、この霊峰はミスタッチ・ヴェスパ氏の縄張り……他の達人がヴェスパ氏に逆らわず、そのルールに従っているのはヴェスパ氏が強いからというだけではなく、みんながヴェスパ氏に恩義を感じているからだ。
 達人の中には俗世から追われている身もいる……そういう身の上の者にとっては、俗世から切り離された霊峰『フージ』は最後の逃げ道なのだ。
 だからこそ、弟子なんてとりたくなくともヴェスパ氏に逆らえない達人は弟子入りを拒むことは出来ない……だが、とデオルドヴィッチ氏は付け加えるように言った。

「仕方ねぇから弟子にはしてやるが、俺は何か教えるつもりはねぇ。これはミスタッチのルールを破るわけじゃねぇぞ?俺は人に教えるのが苦手なんだ」
「それでも構いません……盗んでみせます。あなたの弓術を」

 俺はそう言って、デオルドヴィッチ氏に己の弓を掲げた。

 これが俺……グレーシュ・エフォンスと、弓術の師である『不動』ジルアーガス・デオルドヴィッチ師匠との出会いだった。


 ※


「ん……?」

 俺はパチクリと目覚め、辺りを見回す。目に映るのは見慣れた我が家の寝室……あぁ、夢か。随分と懐かしい……昔の記憶……。
 と、少し懐かしむように目を瞑った時に鼻腔をよく知った匂いが擽り、俺は顔を顰めた。
 あれ?なんか……身体を柔らかい何かで抱き締められて……視線を自分の胸の方に落とすとソニア姉がまたしても俺に抱き付いて寝ていた。
 おー?
 どうにもソニア姉の寝相が悪い……これはこれは抱き枕的に役得ではあるが、思春期の脳内お花畑男子に、二十歳を超えた大人の女性が抱き付いているという構図は色々ダメだと思う。しかも、近親だし。アウトです……僕的に。
 俺はソニア姉を起こさないように布団から出ようとするが、その瞬間ぎゅーっとソニア姉の力が強くなって、出られなくなった。

「ちょっ……」

 思わず声が出てしまったが、ソニア姉が腕に力を込めるほどに柔らかい物が官能的に脳を刺激してしまう。
 アウトオォォォ!!!

「んー……ウサギ……ネコ……イヌぅ……」

 ソニア姉は俺の胸に顔を埋めながら、なぜか動物の名前を出し始めた。どれも愛玩系の種類だったのだが途中から……、

「クマ……トラ……」

 ちょっと危ない方向に走り始めた。なんの夢を見ているのか私は心配です……。ソニア姉の夢の中なら、どんな怖い動物でも可愛らしい感じになってそうだな……ソニア姉はファンシーな物が好きだから。
 それを裏付ける証拠として、「可愛いもの……いっぱい……しあわせぇ……」という寝言を零した。
 あぁ……僕の中にいけないものが目覚めそう……暫くして、目を覚ましたソニア姉は俺の胸の中で目を擦り、見上げると直ぐに見えるであろう俺の顔を見て少しだけ頬を朱色に染めるとボソッと言った。

「お……おはよ」
「うん。おはよう」

 ソニア姉はパッと俺から離れると、スタスタと寝室から出て行ってしまった。
 恥ずかしいのなら、その寝相を直すべきではないだろうか……。
 俺もお布団から這い出て、寝室からリビングの方へと移動して、先に起きていたラエラ母さんと挨拶を交わした。

「おはよう。母さん」
「んー?おはよう。グレイ」

 明るい笑顔を見せて言ったラエラ母さんは、直ぐに台所へ視線を戻した。今日の朝食は何かな?と後ろから覗き見ると……スライスしたパンに山菜と薄切りのお肉をサンドし、ラエラ母さん印の特製ピリ辛ソースをかけたサンドイッチだった。俺の好物……。

「んふふ〜今日はグレイのためにグレイの好きなものを作ってあげようと思ってね。折角帰ってきたんだもの。今日は私とソニーはお仕事お休みだし……お出掛けしない?」

 勿論、断る理由はない。俺は二つ返事で頷いた。
 もう少し朝食の準備にはかかるだろうし、俺は顔を洗うために外に出て、水を貯めている樽のところまで来た。
 あれ……?ソニア姉も顔を洗いに来ていると思ったんだが……いないなぁ。
 俺は索敵スキル……俺の持つ気配察知能力を展開し、周囲一帯の気配を感知……そして、ここからおよそ五百メートルほど離れた森の中にソニア姉の気配を感じた。その直ぐ近くには、弱り切った小動物のような気配も感じる。

「…………ふむ」

 よく分からないが……取り敢えず行ってみる他ないだろうな。
 俺はテレテレと歩いて、朝露には濡れる落ち葉を掻き分けて森を進み、やがて視界にソニア姉が映ったので声を掛けた。

「お姉ちゃーん?」

 呼んでみるが反応がない……まるでただの屍のようだ……いや、それは洒落にならん!何かあったのかと焦り気味に近寄ると、仄かな光がソニア姉の手のひらから出ていることに気がつき、そこで初めてソニア姉の足元に小さな生き物が横たわっていることに気が付いた。

「……魔物?」

 俺が尋ねると、ソニア姉はゆっくりと頷いた。魔物は動物が何らかの理由から大気中の魔力によって汚染され、突然変異した生命体……人間に害悪を及ぼすことが殆どで、それの討伐組織として冒険者ギルドというのが存在するまである。
 その魔物を……弱り切っている魔物にソニア姉は治療魔術を施していたのだ。
 俺が普通の弟なら……普通の人間なら止めたかもしれない……このイガーラ王国が国教とする神聖教では魔物排撃という教えがある。まあ、それは一部の教典に記されているだけで、全ての神聖教徒がそういった考えを持っているわけではない……しかし、過激な信徒は魔物を排撃しようという者が多い。
 そういった考えをもつ者が、ソニア姉のしていることを見たら咎めようとするだろう。それが暗黙の了解というものだ。
 だが……俺は普通じゃない。俺は昔……グリフォンのグリアと出会い、そいつとの約束で魔物を殺さない誓いをした。それに……魔物を虐殺した負い目もある……俺はソニア姉が魔物を助けようとするのを黙って見ていることにした。
 暫くすると、ソニア姉の胸の中で小さな魔物が元気な鳴き声を上げた。
 ソニア姉は魔物を抱きつつ、俺に振り返り満面の笑みを向けた。ついつい俺も笑みを浮かべながら、ソニア姉に抱かれている魔物に目を向けた。
 黒い体毛は短く、毛並みはやや荒れている。見た目は猫のように見えることから、猫が魔物化したバイオキャットだろう。

「【イビル】」

 俺は手を超合金で覆い、ソニア姉に抱かれたバイオキャットに触れようとすると……猫の顔がパックリと裂けて、中からはグニョグニョと触手やら牙やらが出てきて俺の手に噛み付いた。
 おい……これはもはや単なる猫の戯れとかじゃねぇぞ……。
【イビル】で守られている俺の手に食らいつく猫(?)は正しく魔物……手を食われながらソニア姉に視線を戻すと、天を仰いでブツブツと何か言っていた。

「あぁ……この子飼えないかなぁ……こんなに可愛いならお母さんも許してくれないかなぁ……」

 いやいやいやいやぁ……これ猫じゃなくて魔物だから。飼う飼わないじゃないから!
 ソニア姉がふと視線を落として猫を見ると、バイオキャットは目にも止まらないスピードで裂けた顔を元に戻して、「にゃー」などとソニア姉に可愛らしく甘え出した。
 この野郎……。
 再びソニア姉が天を仰いで、「あぁ……カワユス」なんて言っている間にバイオキャットは俺の手に再度食らい付いた。

「はぁ……」

 まあ、俺の超合金の手を必死に食らいつくそうとしている姿は愛らしいような……あれ?カワユスくない?…………なんか、そう言われると可愛いかもしれない……。
 俺は咳払いしてから、天を仰ぐソニア姉に言った。

「い、家に戻ってお母さんに頼んでみようか?」

 俺がそう言うとソニア姉はぱあっと目を輝かせて嬉しそうに笑って言った。ちなみに、その時にはバイオキャットは……まあ、言わなくても分かるだろう。

「ホントに!?じゃあ、早く帰ろ!グレイ早く!!ハリーだよ!」
「どこでも覚えたの……」

 俺は色々ダメな気がしなくもなかったが……ソニア姉が楽しそうならいいかなと思って、走り行くソニア姉の後を追って走り出した。

「あはは〜早く早く〜」
「待て待て〜」

 なんちゃってね。
 にしても……本当に楽しそうだな……ソニア姉。
 俺とソニア姉は暫く走って、家に着くと直ぐに朝食を作り終えていたラエラ母さんに言った。

「お母さん!この猫飼っちゃダメかな!?」
「ん?いいんじゃないかな?」
「はやっ」


 ※


 朝食のサンドイッチを食べ終えた俺たちは、改めて猫……バイオキャットに目を向けた。
 テーブルの上で毛繕いをしているバイオキャットの姿は猫そのもの……だが、魔物だ。
 ラエラ母さんはお茶を啜りつつ、「うーん」と考え込むように目を伏せた。その姿をソニア姉は向かいの椅子に座って、固唾を飲んで答えを待っていた。
 ソニア姉の必死な姿に、俺も思わず心臓の鼓動を早める。
 これ……許可しなかったらソニア姉……非行に走ったりしないよね?大丈夫だよね?ね?そんな心配で俺の心臓が破裂しそう……。
 ねぇか……。
 やがて、ラエラ母さんのお茶が底を尽きたころ……ついに答えを出した。ソニア姉はその一言一句逃さないと耳を傾けた。

「……いいよ〜」
「いいんだ……」

 反応したのは俺だ。だってさぁ!これ猫じゃなくて魔物だよ!?飼うもんじゃないでしょこれ……。
 ソニア姉はそんなことどうでもいいのか、「やったー!!!」と大喜びしてバイオキャットを抱き上げ、ギュ〜っと抱きしめた。
 バイオキャットはそれに応えるように甘え、視線だけ俺に向けて、「ふっ……勝ったぜ」見たいな目をしていた。
 ほほ〜う?この俺に喧嘩を売っているようですねぇ……覚悟はいいかい?
 ラエラ母さんやソニア姉の見えないところで、俺と猫(?)の戦いを始まろうとしていた時、ソニア姉は言った。

「この子の名前考えなきゃ!」
「あ、そうだね。ソニーが決めたら?」
「うん!」

 ソニア姉は、「名前……」と逡巡し出し、チラッと俺に目を向けると訊いた。

「何かいい名前ないかな?」

 名前か……ソニア姉に抱き上げられたバイオキャットを暫く見つめ……俺はこう言った。

「クロ」
「黒いから?」
「うん」

 ソニア姉は安直じゃない?と言っているが、こういうのは無難な方がいい。ソニア姉は暫く唸った後に、何か閃いたのか唐突に叫んだ。

「じゃあこの子の名前はユーリ!決めた!決定!」
 それ、同じ意味だから……黒い猫(?)ユーリは気に入ったのか甘えるような鳴き声をあげてソニア姉に擦り寄った。

「いい名前じゃない。ユーリ〜」

 ラエラ母さんはそう言いながら、ソニア姉に抱き抱えられたユーリの顎を優しく撫でてやる。すると、ユーリは気持ちよさそうに目を細めてまた鳴くのだ。
 仕草は一丁前の猫である。魔物だが……。
 ラエラ母さんは幸せそうな笑みを浮かべ、ふと俺に手招きした。グレイも撫でなよ!と言っているようだ。
 俺は半眼で猫(?)を見つめながら、ゆっくり手を伸ばすと……、

「シャー!」
「おっと」

 バイオキャットは爪を鋭く伸ばして俺の手を引っ掻こうと、自分を抱くソニア姉の腕から身を乗り出してきた。だが、ソニア姉ががっちり抱き締めているため、俺が手を引っ込めてしまうと引っ掻くことは出来ない。ただ、ユーリがソニア姉の胸の中で愛らしく暴れているようにしか見えない構図は、何とも微笑ましい。
 もはや猫(?)だ。
 そろそろハテナも取れるかもしれないね!やったね!ユーリちゃん!
 ん?…………こいつってオス?メス?
 と、俺は本来なら名前を付けるに当たり重要な情報となるであろう性別について議論されていないことに疑問符を頭上に浮かべるが……まあ、どっちでもいいかと肩を竦めた。

「よぉーし!ユーリ!今日から君もあたし達の家族だよ!まずはあたしを名前で呼んでみよう!ソ、ニ、ア、だよ」
「いやぁ……さすがに無理じゃないかな?」

 俺はユーリを掲げるソニア姉に呆れ気味に言ったが、ソニア姉は諦めないらしい……なんというか会っていない間に強情になった気がするなぁ……楽しそうだからいいけども……。
 ユーリは険しい表情をしながら口をモゴモゴさせて……、

「ソニャア〜」

 などと言った。これには俺も含めて、二人も驚いた。
「惜しい!」

 そっちかよ……ソニア姉は、「後ちょっとだよ!」と猫を励ましていた。途中からラエラ母さんも加わって、名前を呼ばせようとしていた。
 アホみたいな光景だろうけど……ユーリを中心に今までの埋め合わせのように楽しい時間だと俺は思った。
 そこだけは猫に感謝してやらんこともない……かな?
 ふと、ユーリに目を向けると俺を嘲笑うかのように見ていた。まるで、「ソニアは俺がもろたで〜」と言っているようだ。
 ぶっ殺すぞ……クソ猫!


 ※


「ふ〜んふんふふふ〜ん」

 ソニア姉は頭の上にユーリを乗っけて、ラエラ母さんと俺の前を鼻歌交じりに歩いていた。その鼻歌に合わせてユーリも、「にゃー」と鳴いている。
 俺は隣を歩くラエラ母さんに心配気味に、ソニア姉に聞こえないように話しかけた。

「大丈夫かなぁ……ユーリのことが魔物ってバレたらまずいんじゃ?」

 俺が言うと、ラエラ母さんは目の前を歩く幸せそうなソニア姉を笑顔で見つめながら、俺と同じように小さな声で言った。

「大丈夫……見た目は猫だもん。心配しすぎず……自然にしていた方がかえって怪しまれないよ」
「うん……そうだね」

 ラエラ母さんは考えていないようで、結構色々と考えていることは一緒に過ごしてきた長い時間の中で分かっていることだ。ユーリを飼う許可を出したのも何か考えがあるのだろう。
 俺は黙って頷き、再び前を歩くソニア姉に目を向けた。
 俺たちが歩いているのは、トーラの町の中心街へ続く大通り……そこは露店やお店で賑わっている。相変わらずだなぁ……と思いながらキョロキョロ露店を眺めたり、時折店の中を覗き込んだりと……一昨日に見て回っていた時は軽く見回っていただけだったために、どんなお店があるのかと少しワクワクしていた。
 ユーリも初めてみる人間の町に、ソニア姉の頭の上で首を忙しなく回している。こうしてみると人畜無害にしかみえない……にしても大人しい。普通の魔物なら、道行く人々を見て襲いかかってもおかしくはない。
 ユーリはラエラ母さんもソニア姉も襲わない……変な魔物だ。俺だけには牙を剥くんですけどねぇ……。
 暫くの間、テレテレブラブラ歩いていき、ソニア姉がアクセサリーショップに入っていったので、俺とラエラ母さんも後ろに付いて店に入った。
 店の中はこじんまりとしているものの、豊富なアクセサリーの数に、ソニア姉は目を輝かせた。

「どれがユーリに似合うかなぁ」

 どうやらユーリにアクセサリーを買ってやるつもりらしい。ラエラ母さんは、「そうだねー」と逡巡しつつ、手頃で可愛いらしい首輪を選ぶがソニア姉は唸って、首を横に振った。お気に召さなかったらしい。

「じゃあ……こっち?それともこっち?」
「あ!いいねぇ!どっちも!」

 大の大人がキャッキャとはしゃいでいる……止めてくれ……周りの人が見てるから。特に、この二人は容姿的にかなり目立つ。自然と人の目が彼女達に向けられるのも無理はないだろう。男性なら顔を赤く染めて魅入り、女性でさえも思わず見惚れる……そんな二人と一緒に居る俺は、周りから見たらもはや視界に入っていないのではないだろうか。
 まあ、別にいいんだけど……。
 俺は周りの視線から逃げ出したくなりながらも、キャッキャとはしゃぐ二人に寄ると……そこに少しガラの悪い男が二人と、その後ろに頭の悪そうな女が一人……ソニア姉とラエラ母さん近付いていた。

「やーやーお二人さん?なんだか楽しそうじゃねぇかよ……よかったらもっと楽しいことしねぇかい?ええ?」

 脅すような物言いは、とても楽しい誘いをしているようには見えない。それは男の下卑た顔を見れば明らかだ。
 楽しい時間を邪魔されたソニア姉は強気な姿勢でキッと二人の男を交互に睨みつけつつ、ラエラ母さんを背後に回して守った。ラエラ母さんは不服そうだが、こんな時に言い争っている場合でもないだろうと大人しくソニア姉の後ろで小さくなっていた。

「まあまあ……そんなに怖い顔をしなさんなってぇ」

 男はソニア姉に触れようと手を伸ばし……パシンッとソニア姉はその手を弾いた。

「悪いけど……あたし達は今楽しくお買い物をしているところなの。邪魔しないでくれる?」

 威圧の篭ったソニア姉の凄むような声に、ソニア姉よりも体格の大きな二人の男が思わずたじろぐが、それでも構わず……むしろ逆上してソニア姉に無理矢理触れようと再び手を伸ばした。
 俺はその瞬間にソニア姉の前に割って入り、男の手を取って捻り上げた。

「あっででででで!!」

 俺は男の手首を返して関節を決めているため、男はその痛みから苦悶の表情で悲鳴を上げた。

「悪いけど……そこまでだ。これ以上はそこの僕の姉が何をするか分からないからね」

 俺が言うと、背後でソニア姉が非難の声を上げた。

「な、何ってなに!?」
「いやぁ……だって」

 学舎で護身術を会得しているソニア姉なら、ただガラが悪そうな男達にとって食われるようなことがある筈がないのである。こうして俺が男を止めていなかったら、イライラの積もったソニア姉が男を滅多打ちにしかねない。まあ……それだけ強いと逆に安心もできるけどさ……弟としてはやっぱり心配だ。

「いでででで!参った!参ったから!離してくれぇ!」
「おっと」

 俺は拘束を解いて男を離す。男は涙目なりつつ、俺から離れると悔しそうに睨んできた。結構度胸があるというか……肝が据わったナンパ男だ。

「まあ、ナンパしたい気持ちは分かるんですが……無理矢理は止めた方がいいと思います」

 俺がそう言うと、男は少し落ち着いたのか申し訳なさそうに頭を下げた。

「わ、悪かった……確かに無理矢理だった。最近……ナンパが上手くいかねぇから焦ってたんだ。許しちゃくれねぇか……?」

 俺は後ろのソニア姉の方に振り返り、目線で許してあげてと訴える。
 ナンパ男はアニメや漫画じゃあ、いつも悪役のモブとして登場しては酷い目にあっている。その度に主人公達が格好つけているが……それは正義なのか?
 だって、そうだろう?
 主人公はナンパするまでもなく、美少女にモテるからいいじゃないか!でもな!こいつらはガラが悪いから!ナンパするしか方法がないんだよ!!!
 前世の俺に関してはゴミッカスみたいな容姿だったからナンパすら出来ない始末……もう死んじゃおっかなぁ〜とか軽く考えた時期もあったさ!
 だからこそ……俺はこいつらを責めたりはしない……だからソニア姉!許しあげて!
 もちろん、ソニア姉に俺の心の叫び声は届かないのだが……ソニア姉は暫くの逡巡の後に、「まあうん」と頷いてくれた。

「本当に悪かったな……」

 男は再度謝ってきたので、俺は手振りで気にしないでくださいと答え、それから口を開いた。

「うちの姉と母は美人ですからね。ナンパしたくなるのは分かりますね」
「身内だったのか。てっきり、二人ともお前の女かと……」
「違いますよ……」

 何となく男に親近感を抱き、フレンドリーに接していたからか男の表情が少し緩んできた。

「そうか。お前は顔立ちはいいから、モテると思ったんだ。それで腹が立ってナンパしたってのはある」
「顔立ちはって、余計ですよ。僕は性格もいいですからね!」
「本当に性格のいいやつはそんなこと言うかよ!バーカ」

 何て……ちょっとナンパ男と仲良くなった。
 それから二人のナンパ男と結局なんであの場にいたのか分からない女に手を振って別れた。
 残された俺はふと、後ろを振り返り……なんだか呆れた顔をしていたソニア姉とラエラ母さんを見て首を傾げた。

「ん?どうしたの?二人とも」
「いやー……グレイってちょっとズレてるなぁって」
「そうだねー……ナンパと仲良くなるなんてね。まあ、グレイらしいからいっか」

 ラエラ母さんがそう言って隣のソニア姉に微笑みかけると、ソニア姉も、「そうだね」と頷いて笑った。それに同意するようにして、ソニア姉の頭の上のユーリが鳴いたので、俺は釈然しないままアクセサリーショップを後にした。

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