一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

再会……?

 ※


 翌朝……何故か俺の腹の上にユーリが身体を丸めて優雅に寝ていた。
 俺はユーリをそっと退かして寝床から立ち上がり、朝食を取りに昨晩夕食を済ませた広間へ向かうと、既にソニア姉やラエラ母さんといった面々が食事をしていた。

「遅いよ、グレイ」

 ソニア姉は広間に入ってきた俺を一瞥すると共に言った。

「あ、うん。ごめん……というか、早いね?」

 別に俺は寝坊したわけではないはず……ソニア姉達が妙に早いのだ。
 それで首を捻っているとアルメイサが口をナプキンで上品に拭いながら言った。

「朝早くから国王陛下との謁見でねぇ〜?私達クロロちゃんと、セリーちゃん……それと王宮治療魔術師ということでソニーちゃん達も一緒に謁見することになってねぇ」
「え、僕は?」
「ワシらが証言してくるからのぉ、グレイは好きにするとよい」

 ワードンマがガツガツ食べながら言った。
 え?一人だけ?俺、ぼっち?おーーー?

「ほら、兵士になるんでしょう?今日は志願にでも行ってくればいいわよ」

 セリーはそう言った。そういう気遣いがあってのことらしい。よかったー知らぬ間に俺氏ぼっちとか笑えねぇ……思わずまた引きこもるとこだったわー。まる。

「頑張ってね、グレイ」
「うん」

 ラエラ母さんの応援を貰い、俺も朝食を食べるためにクロロの向かいの席に座る。すると、クロロと目が合った。

「……」
「……」

 暫く見つめ合って、やがてクロロがポツリと言った。

「頑張ってくださいね」

 笑顔のクロロに応援され、俺は頷いて返した。


 ※


 鐘は二回と少し頃……午前八時か九時頃になる。王都の街並みはスケールが大きい……大通りの商店街も朝から大変賑わっており、商人達が馬車を引いて闊歩している。
 どこに目を向けても目移りしてしまうが……まあ、観光はまた今度だ。今日は兵士になるために志願しにいくのだ。
 兵士になるためには色々あるが、方法の一つとしては平民とか低い身分の者が使う方法……志願だ。
 ある程度、腕に自信にある者は兵種検査を受けた後に割り当てられた師団へと入る。王都だと沢山師団があって、志願すれば間違いなく入れるが、これが町などでは師団が領主のだけだったりすることがあって、その場合は志願しても人数の上限で雇ってもらえないことがある。
 この上限というのは、その領主が一度に兵士達を養える経済力によって差があり、それが小師長だとか大師長の差であるそうだ。
 後はお金だ。お金を払って雇ってもらい、ある程度の地位を得て、戦の時なんかに後ろの方で偉そうに踏ん反り返っている……まあ、貴族のボンボンなんかが金にもの言わせて行う方法だ。
 あとはまあ勧誘とか色々あるけど……俺はもちろん志願で行く。
 志願方法は、王城の方で手続きをするだけだ。王城は王宮やら魔術塔だとか色々と中で区分けされており、その一つに軍事塔がある。
 そこで手続きをし、とりあえず配属が決まるまでは待機になるが王都だといつでも人手不足な状態で大体直ぐに配属が決まる。
 テレテレ歩き、王都の中央に聳える王城の門前までやってきた俺は門番の人に訊いた。

「すみませーん。兵士に志願しに来たんですが」
「む?それなら、そこにある横道から直接軍事塔へ行くといい」

 とても親切な門番さんだ。俺は一つお礼を述べてから、言われた通りに王城の門前……そこを右に曲がる大きな道を通っていくと確かに塔へ続く道があった。
 テレテレと歩いて塔を登って、やがてとある一室に到着すると数人ほどの男達が何やら列になって並んでいた。
 俺が部屋の入り口でその光景を眺めていると、皮の鎧に身を包んだ兵士に、「おい」と呼ばれて振り向いた。

「お前も志願者か?」
「はい。並べばいいんですかね?」
「あぁ。順番が来るまで待ってな」

 志願兵の担当なのだろうか……俺はその兵士の人の指示に従って列が進んでいくのを待つ。ボーッと(特技)していると、やがて俺の番が回ってきた。

「よし、次だ。えっとーなんか戦闘経験とかまあそんな感じのはあるか?」
「あ、はい」

 おっといけないいけない……特技を発動していたため反応が遅れた。

「戦闘経験ありか……弓とか剣とか何が得意なんだ?特にないなら槍兵として雇うぞ」

 この世界でも剣以上弓以下のリーチを持つ槍は評価が高い……高いが剣術の中級ノーマルともなると簡単に間合いを詰める術があるため、戦闘経験のある者はこうやって希望の兵種を選んだりできる。
 騎馬に乗る……つまり、騎兵というのは身分の高い貴族がなる兵種だ。乗馬をしたことがあるのなんて貴族くらいだからな……わざわざ庶民に乗馬の訓練させる時間を割くよりも、槍を使わせた方が効率が良い。
 まあ、とりあえずどうでもいいが……ふむ。俺は大抵の武器なら何でも使えるのだが……まあ、やっぱり弓になるのだろうか。どうしようかと……俺が答えあぐねていると早くしろと催促するように目の前で椅子に座る担当の兵士の人が顔を顰めた。それで俺は咄嗟に慌てて答えてしまった。

「え、えっと……大体何でも出来ます」
「何でも……そうか。弓が使えるなら丁度弓兵に空きがあるんだが……」
「あ、じゃあそれで」
「よしわかった。じゃあ、次だ」

 そう言って、兵士の人は順番を回した。俺はその際に兵士の人から一枚の紙切れを手渡されて、そのまま部屋から出された。
 紙を広げて見ると、配属先の師団長の名前があった。
 マリンネア・フォード……その名前を見ても特にピンと来なかった。とりあえずこの人に会って、詳しい話を聞くのだろうか……えっと、今日の鐘が三回鳴る前に軍事塔前の訓練広場に集合か……現在は二回と半分だからあと二時間か三時間ほどか……とはいえ、それまで時間潰しというのも時間が微妙過ぎる……まあ、広場で待っていればいいか。
 俺はテレテレと広場まで向かって歩いて行き、着くと既に何人もの人達が集まっていた。この人達全員、志願兵なのかな……三百人くらいいるだろうか。
 その人達を見てみると、手には俺と同じ紙がない……それにさっき軍事塔でも見なかった人達だ。恐らく、今日手続きを受けた人達ではないようだ。
 滑り込みセーフとか、そんな感じなのだろうか。よかったー弓が使えて……。
 などと、思っていると不意に正面から男が歩いてきて俺に肩をぶつけようとしてきたのでヒラっと躱した。
 すると、何故かその男が立ち止まって俺を睨みつけてきた。

 え?

「てめぇ……舐めてんのか?」

 …………あぁ、なるほど。
 どうやら、柄の悪い人に絡まれたらしいと俺はようやく気が付いた。体格は大きく筋肉質な身体で、パンピーの志願兵ではないのが見受けられる……傭兵上がりか冒険者といった感じだな。実力は目測で上級ハード……。
 俺はとりあえず笑顔で返した。

「何か?」

 言ってやると、男は周りの目も気にせずに突っかかってきた。

「てめぇみたいに見るからに弱っちそうな奴が兵士?はっ、やめとけやめとけ。早く帰ってネンネしな」

 男は俺を嘲笑うように言う。

「他の奴らも弱っちそうな奴らばっかだな!王国軍ってのはこんな奴らしか雇わないのかねぇ!」

 広場にいた兵士の人達は特に気にした風ではないのが気になるな……。ここは怒ってもいいところだろうに……。
 それにしても、この目の前で熱弁を振るう男は何なのだろうか……新兵が果たしてこんな風に大仰な態度をとっても良いのだろうか。
 ふと、俺の索敵範囲内にこちらを見つめる視線を感知し、目線だけ送ると軍事塔の窓から広場を眺めている人影が目に入った。
 ふむ……。
 と、俺が考え込んでいると男の挑発的態度に我慢できなかったのか俺と同じくらいの青年が男に立ち向かった。

「弱い……だって?なめんな!」
「ほう?威勢はいいな?ガキ」
「っ!」

 その後、青年が男に飛び掛かるのだが返り討ちにあうのは言うまでもない。だが、男は青年に必要以上攻撃を加えることなく距離を置くために青年を突き飛ばすかのような攻撃をばかりを繰り返している。
 だからだろうか、青年はあまりダメージがないようで何度も何度も果敢に攻めている。
 それで俺はピンと来た。
 茶番か……。どんな目的なのか知らないがわざと俺たち新兵を挑発しているようだ。これで何か学ばせているつもりか?

「おらっ!」
「ぐあっ!」

 と、こっちに吹き飛ばされてきた青年を俺は受け止めてやって傷の具合を見てみると案の定……大して酷くはない。

「もう、やめといたら?」
「いやだ!馬鹿にされて黙っていられるか!」
「あっそ」

 俺は受け止めた青年を立たせてやり、それから再び突っ込んでいった青年を呆れたように眺めた。
 それが暫く続いた後、男と青年が対峙している中でパンッパンッと手を叩く音が聞こえ、俺は視線をその音の方向に向けた。
 向けてみると、広場の入り口から何人かの従者を連れて綺麗な女性が歩いてきていた。
 全身フルプレートの騎士甲冑のような鎧に身を包んだその女性は俺と同じ黒髪で、黒い瞳をしている。
 女性は男と青年の間に割って入ると、こう言った。

「ご苦労だ、ザリス。下がれ」
「ハッ」

 ザリスと呼ばれたさっきの男が女性の命令で下がる。それを見て、新兵達は何事かとざわめいた。
 その答えを女性は口にするために口を開く。

「私の名前はマリンネア・フォードだ。君たちの入る師団を率いる頭だ。今のは君たちを試す茶番だ……そこの青年」
「え、お……おれですか?」
「そうだ。名を何という?」
「お、俺は……ヨリト……」

 さっきの青年はそう名乗り、それを聞いたマリンネアは満足そうに頷いた。

「ヨリト……お前は勇敢な戦士だ。その誇りを忘れるな。皆も心に刻め!我々は誇り高きイガーラ王国軍だ!常に誇りを胸に戦え!いいな!」
「「は、ハッ!!」」

 その場の全員の呼吸があった瞬間だ。マリンネア・フォードか……カリスマ性を感じるな。女の人なのに凄い人だ……まあ、それはそれとして……もう一つ気になるのは……と、俺はマリンネアに見惚れて動けないでいる青年……ヨリトに目をやる。
 ヨリトか……完全にというと語弊があるが似ている……俺の前世の故郷の名前の感じに。
 ヨリトの容姿もマリンネアと同じで黒髪黒目……だが、マリンネアと違うのは堀の浅い顔の造形がまるで…………いや、考えすぎか。
 というか、もしもそうだったとしてもどうでもいっか。
 こういうことは首を突っ込むと面倒なことになるというのが世の常であり、お約束である。俺は聞かなかったことにして、その場から少し離れようとして……、

「あ、すまん……そこの人?立てそうにないから手を貸してくんない?」
「…………」

 ヨリトに言われて手を貸すしかなかった。まる。


 ※


「いやー悪い悪い。俺はヨリト・カシマだ。宜しくな」

 手を貸して起こしてやったヨリト……。
 俺たちは広場で我らが上司であるマリンネア大師長から有難いお話しをいただいてから、兵士の訓練場へと連れて来られている。
 槍兵、剣兵……これが主な歩兵で、土の上で木剣やら木槍を交えて訓練をしているのが目に入る。
 先輩兵士さんの指示でそれらの兵種に分けられた新兵達は訓練に混じっている。今回は初日だから何だか丁寧な印象を受ける。
 ドンドン抜けていって、やがて残りは弓兵だ。残っているのは俺やヨリトを含めて数十人ほどである。
 マリンネア大師長と兵士の先輩方三人が話し合っている。
 その兵士の人達も全身フルプレートであることからかなり階級が上であることが分かる。

「にしても、お前も弓兵だったんだな?てか名前教えろや」
「まあ……一応。僕はグレーシュ・エフォンスです」
「一応?」

 俺はヨリトのことを無視して、次々に抜けていく同僚達を見て少し焦った。
 お、俺の番はまだ?
 そう思って待って、やがて俺とヨリトの二人だけになるとマリンネア大師長が近寄ってきて、俺が肩を貸してやっているヨリトの顔を覗き込んだ。

「……ふむ。よし、ヨリト……お前は我が本隊の弓兵に配属だ」
「ほ、本隊!」

 ヨリトは驚いたように声を上げた。
 ここで説明しておくと、師団というのはその師団の統率者である師長が率いる本隊と呼ばれるものと、その師長の下にいる師兵とよばれる階級のものが師長に変わって兵士達を率いる分隊というのがあり、これをそれぞれ師長団、師兵団と言う。
 新兵はまず師兵団で経験を積み、ある程度実力があると認められると本隊に移される。それは本隊が戦力的に戦いの要であることを意味しているからである。
 つまり、新兵が本隊へ配属されるというのはこの場合……異例中も異例というわけだ。びっくり仰天である。
 ヨリトの驚いたような間抜けな顔をマリンネアは笑ってやると、次に俺に目を向けた。

「お前……困ったものだな」

 え?俺は意味が分からず首を捻った。

「いやなに……私は大体一目見ればその人物の力量が計れるのだがな。お前は……よく分からん……とりあえず欠員補充に充てるしかないが……ふむ」

 マリンネアは暫く考える素振りを取ると、決めたようで言った。

「よし、お前はアークエイの師兵団の弓兵に配属だ」
「ハッ」

 俺は返事をしてからはてと、首を傾げた。アークエイ……?

「今は兵達の訓練でいないから、この先の訓練場へ向かうといいだろう。ヨリトは私と来い」
「あ、はい!」

 ヨリトはさっきまで俺の肩に寄りかかっていた癖に、直ぐに反応すると踵を返して歩き出したマリンネア大師長の後ろに付いて歩いた。歩けたのかよ……。
 と、ヨリトがチラッと俺に振り返ると口をパクパクさせて、「ありがとう」と口パクで言った。
 はいはい……もう、出来れば関わり合いたくないな。絶対に面倒ごとを抱え込んでいるタイプの人間だ……あれと関わると友人キャラは絶対に手を貸して上げないといけなくなるパターンだろあれ……。
 上司とフラグ立ててやがるし、どう見ても主人公キャラだ。
 よし、決めた。ヨリトくんとは関わらないようにしよう……師団は一緒でも俺は分隊だから会うこともないだろう。
 あれは何か問題起こして周りに迷惑を掛けるやつだ。あれの友達になった奴はドンマイだな!ハハッ。


(閑話休題)


 俺はこの先にいるというアークエイさんに会うために歩を進めた。
 アークエイね……アークエイ。もしかして、ひょっとするのだろうか。
 ちょっとの期待を込めて、俺は急いだ方がいいかなと走り出した。結構時間も取られたしな!
 訓練場の作りは縦長だ。広いから何千という兵士達が一度に訓練出来る。
 俺は一度訓練場から出て、訓練場脇にある通路を駆けて通る。
 ふと……アークエイって、誰に会えばいいのだろうかと俺は思った。
 こ、困ったなぁ……奥に行けと言われただけでこれじゃあ誰に会えばいいのやら……そう困っていると通路の突き当たり……ちょうど曲がり角の向こうから人の気配を感じた俺は咄嗟にぶつからないように避けるように飛んだ。
 と……、

「え?」
「っ!?」

 俺が避けた方向に、曲がり角から歩いてきていた人が同じように避けた・・・。俺は何とかぶつからないようにと、足を踏ん張って立ち止まった。相手も俺に向かい合うように立ち止まり、俺たちは暫く見つめ合う。
 上半身は茶色の軽鎧で身を固め、同じ色の腕甲や足甲を着けている。
 確か、この手の装備の人は速い展開の剣術家に多い。その証拠に、その女性の腰には少し細めの剣……細剣が納められていた。
 顔を見ると、茶色の瞳と目があった。
 男勝りと見て分かるような勝気そうな目つき、茶色の短髪だが襟足から二つに結ばれた髪が細い束となって流れている。
 整った顔立ちで、白く綺麗な肌は見惚れて当然……とはいえ、俺はこの手の美女を見慣れているせいかそうそう見惚れることはなかった。
 しかし、何故かその女性から目が離せなかった。それは見惚れているから……そういう理由ではない。
 純粋に驚いたからだ。
 俺は……俺は目の前に立つ女性のことを知っている。さっきその名前を聞いて期待はしていた……まさかこんなに早く会えるとは。

「ノーラ」

 俺は何年かぶりに幼馴染の名前を口にした。

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