一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

幼馴染

 目の前にいる相手は見紛うことなく、俺の幼馴染のノーラント・アークエイだ。間違いない。
 チェストプレートの所為で分かり難いが昔から全く成長してないのだって分かる。成長したのは身長と髪くらい……とはいえ、外見から幼さは抜けており、麗しい淑女(?)にクラスチェンジ出来ているようだった。
 懐かしいなぁ……なんて思ってジッと見ているとノーラが口を開いた。

「……その跳ねた髪」

 ポツリと聞こえた呟き声は、八年前よりも低いけれど女性的なソプラノチックな感じ?アルトチック?まあ、どっチック(わざと)でもいいけどーとにかく、お互いに成長したことがよく分かった。

「グレー……プ?」
「なんでそこまでいって間違えちゃうかなぁ……僕はちゃんと覚えてたんだけど」
「ご、ごめん……驚いて噛んだだけ」
「あ、そう……」

 何とも言えない空気になったところで、ノーラが何か思い出したようにハッとなってどうするべきか悩んだ挙句に言った。

「ご、ごめんグレーシュ・・・・・!私、ちょっと急いでるから……また後でゆっくり話そう!」
「え、あ、待って!」

 俺は走りだそうとしたノーラの腕を掴んで引き止める。すると、ノーラは少し驚いたように振り返って俺を凝視した。

「あ、引き止めて悪いけど……実はカクカクシカジカでさぁ……」
「なるほどね……」

 ノーラはそう言って、俺の手を振りほどくと俺に身体ごと向けて綺麗な佇まいで言った。

「ウチは……じゃくて、私はイガーラ王国軍マリンネア大師団所属一番隊ノーラント師兵団隊長……ノーラント・アークエイ」

 ノーラント師兵団……しかも一番隊というと本隊の側近か。
 分隊には番号があるのだが、その番号は一番から順に弱くなっていく……つまり、ノーラの師兵団は分隊の中で最高位なわけか。凄い……俺とタメなのになぁ……いくら俺がタメと比べて遅い出だしと言っても……。
 と、俺は凛とした表情をしているノーラを遠い目で眺めつつ、はぁっとため息を吐いた。

「まさか……ずっと僕の後を付いてきてくれた可愛い幼馴染が自分の上司になるとは……」

 こんなことがあるのだろうか……と、俺の呟きが聞こえたようでノーラが顔を真っ赤にして怒ったように叫んだ。

「それ、昔の話でしょ!言っとくけど、ウチはもう昔とは違うからね!階級は小師兵だし!わかった!?」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はひ」

 こうして八年ぶりに再会した幼馴染に怒られた。それにしても、アニメや漫画なんかだと八年ぶりとかに再会した幼馴染相手でも主人公やヒロインって結構普通に接したりする。むしろ、昔と同じように……。
 だが、さっき俺はノーラにグレーシュと呼ばれてしまった……幼馴染とはいえ上下関係にあるのだから距離を保つ必要があるのは分かるが俺の名前を呼ぶ第一声が愛称ではなかったのが、どことなく寂しかった。
 やっぱり、アニメや漫画なんか当てにならない。結局はご都合主義なのだ……だが、残念ながらここは異世界でファンジーだが現実である。
 人は死ぬし、戦いばかり……俺はそんな世界で一握りの家族守るだけで精一杯だ。
 ふと、俺は気になったことあり、スタスタと前を歩くノーラに訊いた。

「ねぇ、ノーラ……いえ、ノーラント小師兵・・・・・・・・……エリリーはどこで何を?」

 ノーラが上下関係を気にするのなら……と、俺は改まった言い方でノーラを呼んで訊いた。一瞬、ノーラがピクリと立ち止まったが直ぐに歩き出すと、ゆっくりと教えてくれた。

「……エリリー・スカラペジュムもイガーラ王国に在籍している……階級はウチ……私と同じ小師兵だ。二番隊の隊長……気安く話しかけちゃダメだから」

 何故か途中から昔の口調に戻っていた。無理しなくてもいいと思うのだが……威厳を保ちたいのだろうか。
 首を傾げたが、まあいいかと流した。
 訓練場脇の通路を二人で歩いていく途中で、ノーラが、「あれだよ」と顎で左側に広がる広大な訓練場を指し示した。促されるままに視線をそちらへ向けると、黒髪のツインテールを靡かせて、木剣を恐ろしい速度で振るう懐かしい顔が……。

「いえ、僕はあんな怖そうな人は知りません」

 怖い……なにあれ?エリリーなの?と俺は思わず目を疑った。
 エリリー・スカラペジュムはノーラと同じで俺の幼馴染……よく二人で俺を取り合っていた。なんか照れ臭いな!モテるって辛い……。←嘘です
 木剣を振るっているエリリーは、屈強な兵士達をバッタバッタと斬り伏せている。訓練をしているようだが、あれは実力差があり過ぎるな……遠目で見ているだけで分かる。
 エリリーから発せられる覇気、それに技のキレ具合……あれから八年間……二人は一体を何をしていたんだ?そう思わざるを得ない。
 エリリーの容姿はノーラと同じくそれは見目麗しくなっている。若干ノーラよりも胸があるくらいにしか成長していないのになぁ……こんなにも色々と変わってしまうのか。関係とか……まる。
 俺がノーラの残念な胸を見ているのに気付いたのか、ノーラがキッと俺を睨み付けた。

「どこ見てんの?」
「ドコモ」

 片言で否定した。その所為でどこかの某電話会社の名前みたいになってしまったが他意はない。マジで。
 ノーラは暫くジト目で俺を見つめたが、やがてため息を吐いて再びスタスタと歩き出す。その後に続きながらも、後でエリリーとも話したいなぁーと考えていた。


 ※


 ノーラの師兵団が訓練していたところに着くと、兵士達が綺麗に整列していた。俺はノーラの指示で弓兵隊に捻じ込まれ、一番後ろで俺たちよりも幾分か高い位置に立っているノーラを見上げていた。
 ノーラは俺たちを見回した後に、ゆっくりと口を開いた。

「全員いるみたいだね……よしっ、それじゃあこれから王都付近にいる魔物の掃討作戦を始める!」

 え?

 というのも俺だけではないようで、師兵団の所々でザワザワとした声が上がったがノーラは何も言わずに師兵団を率いて訓練場から直ぐのところにある門から王都の外周へ出た。
 ノーラは馬に乗り、我々は徒歩でござる!馬にも乗れるようになってんのかよ!
 俺が内心でそう叫んでいると、弓兵隊の先輩兵士が一番後ろを歩いていた俺のところまで下がってくると肩に手を回して言った。

「おうおう、新兵諸君はいきなりの魔物掃討作戦にビビってるみたいだが安心しなって。魔物っていっても王都外周にいる魔物は強くないからな!軍じゃあ、掃除ついでに兵士の訓練のために魔物を倒してるんだよ。まあ、そのうち慣れるさ」

 なるほど……さっきザワザワしていたのは新兵達だったようだ。同時に、あの時ノーラが何も言わなかったのは、わざわざノーラが言わなくとも先輩兵士が教えてくれるからだろう。
 親切な人たちである。まる、
 現在、師兵団は隊列を組んで行軍している。先頭にノーラが立っており、その後ろに鎧も何もない剣兵や槍兵などの歩兵隊……その後ろに皮の鎧を着た歩兵隊……そのさらに後ろに弓兵隊が控えている。
 弓兵も装備に違いがある……これは階級の違いによるもので、階級が高いものほど装備が良い。ノーラがプレート装備を身につけているのがその証拠だ。
 主に新兵達は普段着のようです。締まらない……。
 行軍を続ける中、俺はどうしようかなぁーと悩んでいた。俺は例の約束で魔物を殺せない……というか殺したくないし。殺されるのも見たくない。
 魔物が人間に害となるのは確かであり、討伐されるのは仕方がないが、アレとの約束だ……俺が殺さなければいいという考え方はあまりしたくない。
 まあ、目を瞑るしかない……。
 やがて、狩場に着いたのか……行軍が止まって隊列を組む。
 前方に見えるのは沢山の魔物達だ。
 ふと……僕だけ武器がないことに気が付いた。おかしいなぁ……他の新兵達は持ってるんですけどぉ……と思っていると、先ほどの先輩兵士がオロオロしている俺に近寄ってきて、「どしたー?緊張してんのかー?あはは」と笑いかけてきた。
 それから、俺が手持ちに何もないのを見て不思議そうに首をかしげるとポンっと手を打った。

「お前は来るのが遅かったからなぁ……軍で支給してた弓を受け取り損ねたんだろうな。仕方ない。これ使えよ。俺のお古だから弦がヨレヨレだけど……使わなけりゃ大丈夫さ!あはは」
「ありがとうございます」

 そんなんだったら錬成術で自前で用意したく方がいいかも……。
 俺は引き攣った笑みを浮かべ、それから名前を訊いた。

「ん?俺の名前かー?俺はスカッシュ・アプデロイだ。アプデロイ子爵家の長男でなーまあ、一応貴族だ。つっても貧乏ななんちゃって貴族だから仲良くしてくれよ、庶民くん」

 皮の鎧に身を包む先輩兵士……スカッシュ先輩は再びあははーと笑うと隊列に戻った。仲良くなりたいなら俺の名前を名乗らせて欲しかった。というか聞いて欲しかった。ちょっと僕、寂しいよぉ……。
 なんとなくそう思いながら、いよいよ魔物の掃討作戦兼兵士達の訓練が始まる。

「まずは弓兵……第一射用意!」

 新兵達はノーラの命令を受けて慣れないながらもすぐに弓の用意をする。
 なるほど……習うより慣れろってことか。確かに隊列やら戦術やら戦略やらは実践してみて初めて身につくものだ……理論から徹頭徹尾教えていては時間と労力の無駄。だから、魔物を使って訓練するわけね。
 作戦としては、弓兵隊の射撃で魔物を減らした後に歩兵隊で殲滅するという感じだな。
 俺は弓を他の弓兵達と同じように斜め上方に構えた。とりあえず、俺の矢は適当に放ちます。
 意識を戦闘モードへ移行し、一人称の視点が三人称へと変わる。
 全ての準備が整うと同時にノーラの命令が轟いて、矢が一斉に放たれた。
 矢の雨が魔物の群れに直撃し、鳴き声を上げて倒れて魔石に変わる。俺の矢はヒョロヒョロと風に流され、どこか遠く彼方へ消えて行った。

「……」

 ふと、視線を感じたので目だけそちらへ向けて見るとノーラが俺を見ていた。その表情はどこか不満そうで、納得していないように見える。

 さ、サボってるわけじゃ……ないんですよぉ?

 俺は頬を引攣らせながら、汗を一雫流した。


 ※


 訓練が終わり日当のお給料……初任給で銀貨三枚をいただいた。これが一ヶ月で合計金貨九枚分で、日本円にして九万円である。とんだ貧乏暮らしである。
 とはいえ、ここら戦績に応じてボーナスがあるし昇給すればお金も沢山貰えるようになる。なるようになれ……だな。
 で、ノーラとエリリーだが……二人はやはり階級柄忙しいようで俺と違ってまだお仕事があるようだ。今度ゆっくりと話をする時間があればいいんだが……と、俺は訓練も終えたことだしと王城を後にして泊めてもらっている教会に帰ろうとしたところで、先輩兵士のスカッシュ先輩に呼び止められた。

「おー新入り〜よかったらこれから酒場で飲み行こうぜー」
「お、いいですね〜。しかし、残念ながら早く帰らなければならないので」
「んだよ〜女か?女だろ?ふざけんなよ?」
「先輩……目がマジすぎで怖いっす。てか、先輩も女の人と飲む気満々じゃないすかー」

 俺はスカッシュ先輩の後ろにいたうら若き女性を顎で指して言った。
 スカッシュ先輩はデレっとした顔でニヤけると言った。

「あぁーあれ?あれ俺のカミさんなんだわ。わりぃな!あはは」
「女房連れてきて何やってんだ……って、もしかして先輩の奥さんも兵士を?」
「おうとも!同じマリンネア大師長の師団なんだけな。分隊は別なんだ……まあ、お互いなんやかんやで兵士長になるくらいまでには生き残ってたからな……な?」
「はいはい」
「奥さん冷たいっすね!」
「そこがまたいい!」

 あれなんだろうか……ドMなのだろうか。俺はチラッとそんなことを思いつつ、スカッシュ先輩とその奥さんと別れた……別れる前に、「グレーシュ・エフォンスっす〜」と名乗れた。よかったぁ……。
 そう思って、今度こそと王城を出るためにテレテレ軍事塔を経由して帰る集団に揉まれているところで、通路のちょうど曲がり角のところで顔見知りの気配を感じた俺は、突然そこから出てきた手に腕を引っ張られても抵抗せずに曲がり角へ入った。
 そして直ぐに通路から見えない脇道へ連れていかれると、徐に壁に押しやられて俺の顔の横にドンッ手が置かれた。
 所謂、壁ドン……ちなみにその顔見知りとはエリリーである。
 さっき見たのは遠目だったから間近で見るのは久方ぶりだ。
 時刻が既に夕方ということもあって、脇道に差し込む夕陽の光がエリリーの黒い艶のある髪を妖しく照らしていた。本当に……二人とも綺麗になった。そう思った。
 暫く、エリリーはさっきの通路の方を気にしていたが、やがて安堵の息を吐くと俺から離れた。

「えっと……久しぶりグレー……」
「グレーシュね?」
「うん。分かってるよ?グレーシュ」

 エリリーも愛称で呼んでくれないんだぁ……そっかぁ。
 一度離れた心は、なかなか元には戻れない……現実はそんなもんだ。

「本当に久しぶりだね、エリリー。そういえばノーラが言っていたんだけど小師兵だってね?タメ口はやっぱりダメかなぁ……」

 俺がボヤくとエリリーはクスッと笑った。

「なんか……あれだね。あんまりグレイ・・・は昔と変わらないね」

 俺はビクッと一瞬だけど固まってから、少し照れくさくなってこう言った。

「な、なんだよ……色々と変わったじゃないか。ほら、見てよ!身長がずっと伸びたよ?エリリーは僕よりも頭一つも違うじゃないか」

 俺が言うと、エリリーは「そういうことじゃないよ」と言ってまた笑った。

「そうじゃなくてさ……なんだろう、小心者?そういうところが変わってないよ。権力とか実力的に上の人が相手になると下手に出たり、媚び売ったり。年上の人に好かれるのもね」
「ねえ、人付き合いが上手いって言ってくれないかなぁ……」

 僕のライフはもうゼロです。

「ふふ……ほらスカッシュさん。あの人はノーラの分隊でも腕利きの弓兵だから知ってるんだ」

 そ、そうなんだ……というか、俺とスカッシュ先輩が仲良くしているところなんてどこで見ていたのだろう……それを訊くが、エリリーは笑うばかりで答えてはくれなかった。
 ふと、エリリーは時間を気にするように茜色の空を見上げると俺から一歩二歩と距離を取った。

「ごめんグレイ、私はまだ仕事が残ってるからそろそろ戻るとするね。ノーラにグレイの話を聞いて、いてもたってもいられなくて……それで会いに来ちゃったんだ。ごめんね?」

 いや別に……それにしてもノーラが俺のことを……。

「じゃあ、バイバイ。グレイ」
「うん。じゃあね」

 そう別れを告げて、俺もエリリーも踵を返して立ち去ろうとした時だ。エリリーがポツリと……、「ノーラの言った通り……」と呟いて戻っていった。
 俺は暫くエリリーの後ろを姿を眺めながら、教会に帰るために帰路に着いた。

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